第二十四話
前回、 見事フィーレイ闘技大会にて本戦出場を果たしたエイン。
その祝杯をしている中、 彼女はカミツグの大会における目的を知る。
彼が話したベリスタ帝国の皇帝が魔族である事をまだ半信半疑である中、 本戦へ挑む事となる。
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第二試合、 ヘリアとヒュリデの試合にて……
ヒュリデは持ち前の見えない斬撃と幻影を見せる霧でヘリアに攻撃するも、 案の定ヘリアには一切効果が見られず。
……今年の大会化け物しかいないじゃん……いやアタシの運が悪いだけ?
そんな事を思いつつ彼女はヘリアに攻撃を続ける。
しかし、 ヘリアは無表情のままリング上を駆け回り、 壁を蹴ってヒュリデのいる方へ一直線に突進してきた。
そして間合いに入った瞬間、 ヘリアは自分の身体ごと回転させながら大太刀で斬りかかってきた。
まるで巨大な回転のこぎりが飛んできたかのような攻撃にヒュリデは恐怖の声を上げながら体を仰け反らせて回避した。
すると、 隙を生じずヘリアはヒュリデの方に振り向き、 凄まじい速さで突きを放ってきた。
会場に鈍い衝突音が鳴り響き、 ヒュリデはリングの壁まで突き飛ばされた。
「……ひ、 ひえぇ~……あっぶなぁ~……」
ヘリアの突き攻撃を諸に食らったと思われたヒュリデだったが、 間一髪で杖を盾に防御していた。
ただ攻撃を免れたのは良かったが、 今の一発により彼女の杖が真っ二つに折れてしまっていた。
そして、 杖が使えなくなった彼女を見たヘリアは、 大太刀を手に歩み寄る。
次の瞬間、 ヒュリデは二つに折れた杖を投げナイフのようにヘリアに投げつけた。
だが、 そんな攻撃がヘリアに通用するはずもなく、 あっさり避けると彼女は一気にヒュリデの方に距離を詰め、 太刀を振りかぶった。
するとヒュリデは両手を上げ
「はい、 こうさ~ん! 無理無理ぃこんなのぉ」
そう言い、 ヒュリデは試合を放棄した。
……仕事以外で怪我するのは御免だからね……
こうして、 ヘリアの第二回戦の出場が決定した。
…………
試合後、 観客席にて……
「いやぁ負けちゃったぁ~♪ あのヘリアってお姉さんも強いねぇ」
ヒュリデはウルとガルンのいる席に来ていた。
何故追い詰められる前に対象の速度を減速させる魔法を使わなかったのか とウルは聞いた。
ヒュリデ曰く、 あの魔法は魔力消費が激しく、 一日に一回使うのがやっとならしい。
昨日のエインとの試合の時に使用した際の魔力がまだ回復し切っていなかったのもあり、 使おうとしたとしてもせいぜい五秒程しか持たなかったのだという。
「まっ、 規模はともかくあれは概念に干渉している魔法と言ってもいいからね……仕方ないのさ……ってか使えたとしてもあのお姉さんに勝てる保証はなかったし……」
勝てない勝負はやらないのが彼女の主義。
それは彼女にとって、 仕事である暗殺業で生き抜くために一番重要なのだ。
自分には殺せないターゲットを依頼された時は、 迷わず断る。
どんなに金を積まれたとしても、 死んでしまっては元も子もないからだ。
彼女はそうやって裏社会でも賢く生き抜いてきたのだ。
……まぁ、 敗者復活戦があるし……あわよくばまた三位かなぁ……金さえ貰えればアタシは結果なんてどうだっていいし……
この大会において名誉より金の事を考えていた彼女は、 試合に負けても差ほど悔しく感じている様子は無かった。
そんな中、 リングの方で凄まじい轟音が響く。
魔法による爆発のようだ。
この時の試合には、 爆裂系魔法を得意とする魔導士、 ビュロトという選手がいた。
その相手はカミツグだ。
「……」
「マジか……俺の魔法を諸に食らって立ってられるとか、 バケモンかよ……」
彼はビュロトの起こす爆発を受け、 腕を少し焦がす程度で済んでいた。
それを見た観客達は驚愕する。
魔法の爆発は火薬による爆発よりは少し威力が劣る、 しかし破壊力は絶大だ。
そんな魔法を諸に受けて軽傷で済んでいる人間なんてありえないのだ。
……魔力を纏わせる事による筋肉の硬化……無意識で発動してるなら想像以上の強者だな、 アイツ……
カミツグの耐久力を見たウルは一目でその秘密を見破った。
無意識での魔法の発動は長期間に渡る習慣によって身に付くことが殆どである。
魔法使いの中では、 何年も戦いの中で防御魔法を頻繁に使用している内に、 意識せずとも自動的に防御魔法が発動するようになったという事例もある。
この事から察するに、 カミツグは生きてきた時間の殆どを闘うための術を身に付ける事に費やしていたと言えよう。
言わば異常である。
……カミツグ……お前はそこまで国崩九魔を憎んでいるのか……
壮絶な人生を歩んできたであろうカミツグを想像したガルンは、 戦う彼の姿を見てそう思った。
そして、 試合も佳境を迎えていた。
カミツグは爆発を突破しながらビュロトに距離を詰める。
距離を詰められれば爆発は自分にも及ぶ。
故に手っ取り早く距離を詰めてしまうのが有効だと見ているのだろう。
しかし、 距離を詰められたビュロトは不敵な笑みを浮かべる。
カミツグの刀が首に差し掛かろうとした次の瞬間
『バキンッ! 』
と、 音を立てて刀が折れてしまった。
否、 折れたというより、 何かに吹き飛ばされたように破損したのだ。
観客達はビュロトが何をしたのか理解できずにいる中、 ウルは理解していた。
「……まさかあそこまで精密な魔力操作が出来るとはな……やっぱ人間の魔法技術は侮れねぇな……」
この時、 ビュロトは自身の身体すれすれのところで極小の爆発を起こしたのだ。
普通、 魔法というのはある程度の規模以下の威力を出すのは、 大きく出すよりも難しいとされる。
今の状況を例に、 刀を破損させ、 自身にダメージが及ばない程度の爆発を発生させるというのは、 走る馬の上で針穴に糸を通すような芸当だ。
それをビュロトは戦闘の最中の一瞬で行ったのだ。
刀を折られたカミツグは、 一瞬動きが止まる。
それを見逃さず、 ビュロトは持っていた大杖でカミツグの脇腹に一撃を入れる。
しかし……
「……ッ! ? 」
「フゥゥゥ……」
カミツグは攻撃を受けながら杖を掴み取った。
そして、 彼はそのまま凄まじい回転をかけ、 遠心力でビュロトの手から杖を引き剥がした。
次の瞬間、 カミツグは奪った杖でビュロトの頭を思いきり殴った。
その威力は殴った杖諸とも破壊する程で、 さほど鍛えている訳でもないビュロトは敢え無く気絶してしまった。
『勝負ありー! ! 勝者カミツグ選手! 』
カミツグの勝利だ。
観客は彼に歓声を送りながらも、 滅茶苦茶な戦い方に少し引いていた。
身体強化で無理やり爆発を突破し、 挙句には相手の持っていた武器を奪って頭を殴るなんて、 普通なら考えられない。
そんな彼を見たガルンも少し引いていたが、 それ以上に、 彼の戦い方に命を懸けた覚悟のようなモノを感じていた。
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闘技場の廊下にて、 試合を終えたカミツグが歩いていると……
「お兄さん……」
エインが彼の前に立ち、 声を掛けてきた。
その表情には珍しく笑顔は無く、 無表情で彼を見つめていた。
「お前か……止めたいなら無駄だぞ……俺は絶対に止まる気は無い」
「……そっか……でも一つ聞かせてよ、 なんで折角生き延びたのに……自分から危険な道を進もうとするの? 」
エインにはどうしてもカミツグの想いを理解できなかった。
両親を失う感覚すらも知らない彼女にとって、 どうして死んでいたかもしれない状況から生き延びたのに関わらず、 自ら危険な道を歩もうとするのか。
……確かに私も魔族は嫌いだけど……わざわざ自分から戦いに行くほどじゃない……だって危ないし……私はまだ死にたくないから……
折角貰った命、 それをただの憎しみなんかに使ってしまうなんてあまりに勿体なさ過ぎる。
それがエインの考え方だった。
その思いを伝えようとするも、 カミツグは止めたければ試合で自分を倒せの一点張り。
そして彼は結局聞く耳を持たず、 彼女元を去ってしまった。
「……お兄さん」
エインが何故ここまでカミツグを心配しているのか。
それは恐らく、 彼に共通する何かを感じていたからだろう。
エインから見れば今のカミツグは、 森の中でさ迷っていた自分と重なっていたのだ。
生きたいと思っているのかも分からない。
ただ、 恐怖から逃れたいという感情だけがあった……
あの頃の自分と……
…………
大会は順調に進み、 いよいよ第二回戦に進む……
と、 その前に敗者復活戦が行われた。
その試合形式は少し変わっており、 一回戦敗退者全員で同時に一つのリング上で争うというものだった。
手段は問わない、 誰かと組むもよし、 全員で一人を狙うもよし、 誰か一人が勝ち残ればよいのだ。
そんな形式な為、 裏切りや惨い一人狙いも絶えない試合だが、 観客にとってはいいスパイスだとかなり好評。
一対一ばかりの本大会において、 観客へのちょっとした余興のようなものとなっているのだ。
そんな試合に出場する五名の内、 ヒュリデも含まれていた。
しかし、 彼女はエインやヘリアと闘っていた時とは打って変わって余裕そうな表情を浮かべている。
……まぁ、 あの二人に比べちゃね……
そして試合が開始された。
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結果……
リングには体中が切り傷だらけになって倒れる四人の選手達……
その中央でたった一人、 無傷で立つヒュリデの姿があった。
試合の一部始終を見ていた観客達はどよめいている。
……不意打ちや汚い手を使うこの試合なら……アタシ大得意だもんねぇ♪
試合の時、 ヒュリデは他の選手達が潰し合っている中、 彼女はずっとリングの隅で気配を消して機会を伺っていたのだ。
そして選手達が同士討ちで疲弊したタイミングを見計らい、 霧と斬撃で一網打尽にしたという訳だ。
普段は暗殺者である彼女にとって、 相手の意識から自身の存在を消すことなど容易い事。
この戦いは彼女の専売特許とも言えるのだ。
こうしてヒュリデは敗者復活戦にて見事勝利し、 第二回戦の出場が決定した。
…………
そして遂に第二回戦、 第一試合はエインとヘリアだ。
観客達は遂に来たかと言わんばかりに心を躍らせている。
これまでの試合で、 圧倒的回避力と技術力を見せつけてきた両者は共に剣士、 そして得体が知れない更なる強さを秘めている。
ここまで予想もつかない試合、 楽しみにしない者はいない。
それはウルとガルン、 ヒュリデも同じだった。
三人だけではない、 エインと対峙した今大会の選手全員も二人の戦いを一目見ようと集まっていた。
「……エイン……カミツグの事、 止めたい? 」
「え……それは……出来ればだけど」
唐突のヘリアからの質問にエインはきょとんとした表情で答える。
すると、 ヘリアは大太刀を抜き、 剣先をエインに向ける。
「そう……でも、 私は手を抜くつもりは無い……私は……カミツグを止める事より……強そうな人と、 本気で闘ってみたいから……」
そう言う彼女にエインは笑みを浮かべる。
「大丈夫♪ 私もこの試合を楽しみたいから」
そして、 試合が開始された。
次の瞬間、 ヘリアとエインの姿がリング上から掻き消えた。
何事かと観客が驚いていると、 一瞬、 二人の姿が現れる。
二人は剣を交わらせ、 移動しながら打ち合っているようだった。
姿を現し、 そしてまた消え……
そんな現象を目の当たりにした全員が、 二人の速さに驚愕していた。
一方、 当の本人たちは戦いの最中でありながら、 まるで楽しんでいるかのように微笑んでいた。
実際、 彼女たちはこの戦いを観ている誰よりも、 心の底から楽しんでいたのだ。
あまり感情を表に出さないヘリアは、 この時ばかりは顔に出る程高揚していた。
……今までにない速さ……今までにない精密さ……
何もかもが初めての相手。
こんな相手がいたのかと、 ヘリアは心底感激した。
そして、 二人は剣をぶつけた反発の勢い乗り、 一度お互い距離を取る。
次の瞬間、 二人は同時に踏み込み、 剣を振りかぶりながら突進した。
そしてすれ違い様、 ヘリアはエインの首に目掛けて刃を振る。
それをエインは剣で止め、 滑らせるようにして攻撃を躱した。
そうしてお互いに通り過ぎた二人は再び向き合った。
両者共に譲らぬ戦いに会場は大盛り上がり。
観客席からの歓声が止まらない。
……今の……完全に殺す気だったなぁ……夢中になり過ぎだよぉ、 お姉さん……
先の攻撃でヘリアの殺意を感じ取ったエインは微笑みながらもそう思った。
その時のヘリアの眼は、 正に獲物を捕らえる時の肉食獣の眼のようだった。
続く……