第二十三話
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「……にわかに信じがたいと思うが……この国、 ベリスタの皇帝が……」
国崩九魔の一人かもしれないんだ……
その言葉に全員が耳を疑った。
それもそのはず、 ベリスタ帝国は何百年と続く大帝国。
皇帝だって歴史では何代も受け継がれていると記されている。
姿だって見た者もいる。
それをカミツグは国崩九魔の一人だと言った。
この発言は、 下手をすれば皇帝に対する侮辱として処罰される案件だ。
「な、 何を言ってるのカミツグ……! 捕まっちゃうって……」
「無論分かっている……だがこれは事実だ……俺が殺してきた魔族から聞き出した情報だから間違い無い……」
「その魔族が騙してるかもよ? 」
そう言うエインにカミツグはある本を取り出した。
それはベリスタ帝国の歴史を記した本だ。
カミツグの話によれば、 その歴史書に書かれている年表を見ると、 皇帝の寿命が来る時期が一定周期で回っている。
考えてみれば、 それはかなり不自然と言える。
いくら皇帝と言えど一人の人間、 寿命だって個人差があり、 代替わりだって場合によっては早まる事もある筈。
その際の周期に出るはずのズレが全くないのだ。
「……確かに……どうして今まで気が付かなかったんだろう……」
「そう思い込むように民を支配していたんだろうよ……相手が魔族なら洗脳も想像するに容易い、 実際そういう魔族を俺は何十年も前に見たことがあるからな」
……なるほどぉ……それでカミツグは大会で優勝して、 王様と直接会う機会を狙って……ってとこかぁ……
話を聞いたエインはこの大会におけるカミツグの目的を推測した。
その考えに至った時、 他に方法があるんじゃないかとエインはカミツグを止める。
しかし、 カミツグは止まるつもりは無いと硬い意志を示した。
そんな彼に他の者も説得する。
「師匠の言う通りだ、 もしその話が本当だとしても、 他に方法があるはずだ」
「俺はこの時を十年待っていたんだ……真実を知った時からこうすると決めていた……どうしても止めたければ……俺を大会で倒せ」
そう言うカミツグにエインはそれでいいのかと聞く。
「……ここで倒されるようでは、 仇討ちなんて夢のまた夢……もし倒されたなら、 また鍛え直すだけだ」
……なぁんか……勿体ないなぁ……そんなつまらない生き方……
大切な誰かを奪われ、 憎しみで生きていくというモノを知らないエインにとって、 カミツグの生き様は退屈そのもののように思えてしまう。
世界には面白いモノで満ち溢れているのに……
それを知りたいと思うだけで、 人生がどれだけ楽しいモノになるか……
きっとカミツグは知らないだけなんだ……教えてあげたい……
そう思うエインを知る由もなく、 カミツグは全てを話した後早々に席を立ってしまった。
暗い話にすっかり酔いが覚めてしまったのか、 ヘリアも疲れたと言って立ち去ってしまう。
「……まっ、 人は人、 自分は自分、 アタシは別にカミツグがどうしようが知った事じゃないねぇ」
「すっかり覚めちまったな、 飲み直すか」
そして残った四人は気を取り直し、 再び宴を始めた。
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翌日、 遂に本戦が始まる。
……カミツグの奴……仇討ちって言ってたが、 国崩九魔がどういう奴らなのか分かってんのか……?
長年生きているウルにとって、 魔族とはどういうもので、 その中で国崩九魔とはどれだけ恐ろしい存在なのかは理解していた。
実際、 太陽級でもない限り、 勇者ですら国崩九魔を前に敗れ去る。
これだけでもカミツグがやろうとしている事は自殺行為だというのが分かるだろう。
ウルとガルンはそんな彼をどうにか止められないかと考えていると、 ヒュリデが二人の間から顔を出す。
「やっほ~、 お二人さん♪ 」
「ヒュリデか……今カミツグについて考えていたところだ……」
「別にいいんじゃない? あれで後悔しないって言うんなら、 ってか止めたいならエインに任せればよくない? 」
適当な事を言うヒュリデにガルンは頭を抱える。
しかし、 彼女は至って本気だ。
分かるのだ、 エインであればカミツグを止めるに足る実力があると……
実際に戦ってそれを実感していたのだ。
「……アンタの師匠なんでしょ? 信じてやれなくて何が弟子さ」
そう言うヒュリデにガルンはそれも尤もだと感じた。
そして本戦初戦が始まろうとしていた。
一番手はエインと……
「ゲェ、 あの新参の旅人じゃねぇか! 勝てる気しねぇ~……」
前大会五位に入賞している魔物狩りの魔法剣士、 ラルトだ。
彼は先天性で特殊な体質を持っており、 触れた物に魔力を宿らせる事が出来るという。
その魔力には四つの属性があり、 炎、 氷、 風、 雷の内一つが武器に付与される。
故にラルトは常に四本の剣を携えており、 状況に応じて使い分けるといった戦い方をする。
そんな体質を持っているのもあり、 周囲は魔法剣士と呼ぶが、 実際のところ彼自身は多様な魔法を扱える訳ではなく、 他戦士と同様に近接戦闘を得意としている。
特殊能力に頼らず鍛錬を積んできた努力家でもあるため、 剣の腕は確かである。
「よろしく♪ お兄さんの色んな技、 沢山見せてよ♪ 」
相変わらずの様子で笑顔を見せながらそう言うエイン。
ラルトはやるだけやってみるかと言ったような表情で頭を掻きながら構えた。
そして試合が始まる。
それに合わせてラルトが先に仕掛ける。
彼は背中の二本の剣の内一本を抜き、 勢いを乗せて振り降ろす。
すると、 ラルトの剣から炎が噴き出し、 それが弧を描いた。
エインは炎をマントの風圧で防御しつつ、 体勢を低くして剣を回避した。
空かさずラルトは次に腰の剣を素早く抜き、 足元にあるエインの頭に目掛けて剣を突き立てた。
それもエインは逆立ちするように体勢を変え、 頭の位置をずらして回避する。
しかし次の瞬間、 彼女は何かを察知したのか、 逆立ちしながら飛び上がり咄嗟に地面から手を離す。
そしてラルトの剣が地面に突き刺さると、 凄まじい電流が地面に流れ、 激しく稲妻を放った。
「……ひょえぇ~! 試合見てて分かってたけどやっぱ当たんねぇ~」
エインの驚異的な回避力にラルトは思わず苦笑いする。
その後もラルトは氷、 風属性の魔法剣を使いエインに攻撃するも、 全て躱される始末。
しかし、 その中でエインはある事に気付く。
……周りに氷の塊……さっき飛ばしてきたやつか……でもって風の刃で私を誘導してる……
ラルトはエインを氷の塊に囲まれる形となる位置へ誘導していたのだ。
「何か見せてくれるの? 」
ワクワクするエインにラルトは不敵な笑みを浮かべる。
次の瞬間、 ラルトは炎と風の剣を組み合わせ、 広範囲に爆風を発生させた。
当然の如くエインはその爆風をマントの風圧で防御する。
しかし、 ラルトの攻撃はそれで終わってはいなかった。
爆風によって彼女の周りに散らばっていた氷塊が溶け、 リングが水浸しになる。
……爆風による攻撃はブラフ……本命は……こいつだッ!
すると、 ラルトは雷の剣を地面に突き刺し、 水浸しになっている範囲から離れるようにジャンプで退いた。
次の瞬間、 剣から発せられる電流が溶け出した水を伝い、 エインがいた範囲十メートル程に強力な電気が流された。
爆風に気を取られた彼女は回避が遅れた……と、 思われた。
「……おい、 あれ! 」
地上の方に気を取られていた観客達の中、 何かに気付いた何人かが上空の方を指さす。
そこには高く跳び上がったエインの姿があったのだ。
彼女はマントを脱ぎ捨てており、 空中で抜刀の構えを取っていた。
観客達の声でラルトもエインの存在に気付き、 驚愕する。
……いつの間に上に! ? ……マントの防御で気を逸らせ、 爆風に紛れて高く跳び上がっていたのか
そう、 エインは既にラルトの攻撃を予知していたのだ。
「……中々面白い発想だったと思うよ♪ ……でも、 パパの方がもうちょっと意外性があったかなぁ? 」
微笑みながらそう言うと、 エインは構えたままラルトに目掛けて落下する。
咄嗟にラルトは背中の剣を抜き、 攻撃に備える。
すると、 抜刀の構えを取っていたエインはそのまま居合斬りを繰り出して来るかと思いきや、 剣を抜いた勢いを乗せてラルトに目掛け投げつけてきたのだ。
予想外の攻撃にラルトは飛んできた剣を間一髪で弾く。
そして隙を生じさせず、 エインは落下の勢いで回転しながらかかと落としを放ってきた。
……マジか……剣を投げてその後にかかと落としの二段構え攻撃かよ! けどな……俺だって剣士なんだぜ、 剣を投げてきた時点でそれくらいは読んでいる!
エインの攻撃を読んでいたラルトは腰にあったもう一つの剣を抜き、 薙ぎ払うように迎え撃った。
しかし……
「ッ! ? 」
エインは突然体を捩るように体勢を変え、 ラルトの攻撃を躱した。
そして彼女はラルトの目の前に着地した次の瞬間……
「えい♪ 」
ラルトの股間に蹴りを入れた。
「アッハァ~~~ッ! ! ! ? 」
ラルトは変な断末魔を上げ、 股間を抑えながら倒れ気絶してしまった。
しばらく会場に沈黙が走った後、 司会がハッと我に返る。
『しょ、 勝負ありー! ! 勝者エイン選手ーー! ! 』
それと同時に会場に大喝采が巻き起こる。
そんな中で衝撃の決着を目の当たりにした観客の男性陣の中には、 青ざめた顔で股間を抑える者も……
ガルンもその一人だった。
……タマ蹴られるの……そんな痛ぇのか……
彼らを見たウルは苦笑しながらそんな事を思った。
「あっははぁ……容赦無いねぇ、 あの子……」
股間を蹴られた男はどうなるのかを知るヒュリデもウルと同じ表情をしながらそんな事を呟く。
…………
試合後、 控室に戻ったエインは手記帳に何かを書き込んでいた。
それはこの大会に出場した選手達の戦闘法や戦術、 魔法の数々だった。
……さっきのお兄さんは面白かったなぁ……私も魔法が付与された武器とか使ってみよっかなぁ♪
そんな事を考えながら彼女は上機嫌でメモをする。
こうしてエインは他の者の闘法を学び、 真似をし、 自身の闘法に吸収している。
故に彼女は新たな敵と闘えば闘う程強くなるのだ。
彼女に好奇心がある限り、 その成長は止まる事は無い。
そしてメモに夢中になっていると
「……エイン」
いつの間にか目の前にヘリアが立っていた。
ハッと我に返ったエインはヘリアを見て挨拶する。
すると、 ヘリアはしばらく観察するように彼女の眼を見つめる。
「……凄い……最初に見た時より……強くなってる……なんて成長力……」
「んぇ? そうかな? 」
ヘリアの発言にエインはイマイチ実感が湧かない。
彼女にとって相手の能力を洞察し、 吸収できるモノを吸収するというのは日常だからだ。
そして、 彼女はキョトンとしながら首を傾げていると
「ッ! 」
エインは突然身を翻し、 ヘリアから距離を取った。
その反応にヘリアは少し驚いた表情を見せる。
「……驚いた……分かったんだ……」
「うん、 何となくね……あまりに分かり易かったからつい反射的に動いちゃった♪ 」
実はこの時、 ヘリアはエインに対し僅かながら殺気を放っていた。
それを感じ取った彼女は反射で躱す動きをしたのだ。
この時、 エインの視点ではヘリアが大太刀を抜いて振り上げるビジョンが見えていた。
実際ヘリアもその動作をイメージしていた。
……凄い……このお姉さん……やっぱり私と似た者同士なんだ♪
一連の体験でエインはそう確信した。
同時に今までに無く心が躍る感覚を覚える。
「……早く戦ってみたいなぁ……今すぐにでも……」
無意識にそう言葉を溢すエイン。
それに対しヘリアはうっすらと笑みを浮かべ
「……次の試合……私とエイン……戦うよ」
そう言った。
この時、 次の試合でヘリアが突破すれば、 二回戦目でエインと当たる状況だったのだ。
あまり感情が表情に出ず、 何を考えているのかも分からないヘリア。
しかし、 その心の内ではエインとの立ち合いを誰よりも楽しみにしていた。
エインもまた、 ヘリアの瞳の奥に宿る闘志に気が付いていた。
しばらく二人は部屋の真ん中で見つめ合っていると、 会場の係員がヘリアを呼びに来る。
「それじゃあ……楽しみにしてる……」
そしてヘリアは自身の試合へと向かった。
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本戦第一回戦の二試合目、 ヘリアの対戦相手は……
「うっわぁ~……よりによってアンタかぁ……」
ヒュリデである。
……彼女とヘリアか……あまり予想が付かない、 ヒュリデの実力はともかく……ヘリアの方は……得体が知れなさ過ぎる……
試合の組み合わせを見たガルンは勝敗の予想が出来ずにいた。
確かにヒュリデの魔法は凶悪的で、 使いようによっては近接戦においても最強クラスと言える。
ただ、 それらの魔法がヘリアに通じるかは分からない。
彼女も彼女で大太刀を扱いながらも、 エインの動きを連想させるような軽やかな立ち回りをする。
加え、 ヘリアはエインと同様、 現時点まで対戦相手の攻撃によるダメージを受けていないのだ。
他の観客達は今大会において、 優勝はヘリアかエイン、 カミツグの三人の内の一人だと予想するほどだ。
ヒュリデにとってかなり厳しい相手だろう。
そして観客達が試合の予想を巡らせている間に、 試合が開始される。
続く……