第二十二話
前回、 フィーレイ闘技大会予選を勝ち進んできたエイン。
その予選決勝にて、 ヒュリデと立ち合う事になるも試合は硬直。
痺れを切らしたエインは追加ルールとして、 三分間の攻撃チャンスをヒュリデに与える事にした。
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審判がエインとヒュリデの間に立つ。
「……それでは行きます……開始ッ! 」
その合図と共にヒュリデは動き出し、 エインの目の前まで瞬間移動してきた。
そして槍のような形状をした杖を突き出した。
エインはそれを宙返りで躱す。
次の瞬間、 エインの周辺で連続して金属音が鳴り響き、 同時に見えない何かが地面を抉った。
「……フフ……嘘でしょ? 普通今の弾く? 」
笑みを浮かべながらもヒュリデはエインの素早さに驚く。
「ほらほらぁ、 どんどん来ないと時間無くなっちゃうよ? 」
まだまだ余裕そうなエインはヒュリデを挑発する。
ヒュリデは笑みを浮かべながら再びエインの方へ突撃する。
その度にエインの周囲では連続して金属音が鳴り響き、 リングの床や壁に斬撃の後が現れる。
その間約一分にして、 リングはヒュリデの攻撃によってボロボロになってしまった。
しかし、 エインにはまだ一撃も当てることが出来ずにいた。
「はぁ……はぁ……初めてだよ……アンタみたいなすばしっこい人は……一体どんな修行をすればそんな身体能力が手に入るのか教えて欲しいよ」
息を切らしながらヒュリデはエインの実力に称賛を送る。
すると、 彼女の雰囲気が一気に変わる。
「これは本戦以外で使うのは初めてだなぁ……お願いだからすぐにやられないでよぉ? 」
そう言うとリング中に白い霧が立ち込め始める。
ヒュリデの固有魔法、 幻影を見せる霧だ。
観客席からはエインとヒュリデの様子が見えなくなり、 会場には緊張が走る。
……さて、 エインに幻影が効くのか……見ものだな
ウルは勝負の行く末を密かに楽しみにしていた。
…………
霧の中、 エインは相変わらず棒立ちのままヒュリデの攻撃を待っていた。
その視界には複数に分身したヒュリデの姿が見え隠れし、 姿を現す度に不気味な笑い声が耳の中で響いてくる。
……この霧……なぁんか昔見た事あるような気がするんだよなぁ……なんだっけ?
幻影を見せる霧にエインは昔の事を思い出していた。
「……あぁ思い出した! あの霧の魔物だぁ♪ 」
エインの言う霧の魔物とは、 通称 静霧魔と呼ばれる霧の身体を持つ魔物である。
主に人があまり訪れない森の中に潜んでおり、 迷い込んだ旅人を霧に誘い込み、 その者が最も恐れているモノを幻影で見せ、 精神を喰らうという。
スェーソウに襲われた人間の大半は廃人となってしまうが、 恐怖に負けない強靭な精神を持つ者であればその攻撃を免れる事が出来るそう。
そして、 エインは過去にスェーソウと遭遇しており、 生還していた。
それが意味する事すなわち……
「……ホッ」
「なっ……! 」
幻影に混じって姿を現した本物のヒュリデが杖をエインに突き出す。
しかし、 エインは分かっていたかのようにそれをあっさり躱してしまった。
そう、 彼女にとって幻影は何の障害にもならないのだ。
そんな彼女にヒュリデは必死に霧の中から見えない斬撃や杖の突き攻撃を放つも、 全て弾かれたり躱される始末。
その状況を音だけが伝わっていた会場は緊張が絶えない。
……嘘でしょ……霧の中でも見えるっての! ? それに幻影はどうしてるの! ?
「……」
この時、 エインは視覚や聴覚でヒュリデの動きを感じ取ってはいなかった、 ヒュリデが発している体温や動きによる大気の揺らぎ。
それらを触覚で感じていた。
要は、 ヒュリデが発する僅かな気配のみで彼女の位置や動きを正確に把握しているのだ。
……こうなったら奥の手……使うっきゃないか……こんなの初めてだよ……
いよいよ時間も無くなり、 追い詰められたヒュリデは第三の固有魔法を使う事に決めた。
次の瞬間、 リング上に透明の膜が降ろされる。
それと同時に霧が晴れ、 二人の姿が顕わになる。
「ホント凄いね……アタシに大会で第三の魔法を使わせたの、 アンタが初めてだよ」
「それは光栄だね♪ さぁ、 どんな魔法を見せてくれるの? 」
すると、 エインは自身の身体に違和感を覚える。
動きが鈍いのだ。
何かに縛られている訳でもなく、 麻痺している感覚とは違う。
動きというそれそのもの自体が遅くなっているようだった。
ヒュリデの第三の魔法、 それは……
「……対象の速度を遅くする魔法か……! 」
見ていたウルが魔法の正体を見破った。
エインはヒュリデが構築した結界の効果により、 身体の動きが普段よりも遅く時間が経過するようになっていたのだ。
「『指定した物の動きの速度を十分の一にする魔法』……結界の範囲は半径十メートルくらいだし、 魔力消費も激しいから長期戦には向かない」
「でも……今のこの状況なら、 一瞬で決められるチャンスがある……残り十秒くらいかな……」
「それで十分……アタシにとっては三十秒にも等しいチャンスだよッ……! 」
そしてヒュリデは一気に距離を詰め、 突き攻撃を放つ。
エインはそれをギリギリで躱す。
圧倒的不利な状況に立たされた彼女を見て、 観客達はヒュリデの勝利を予期した。
しかし、 それはものの数秒で覆った。
彼女の攻撃がエインに当たらないのだ。
ヒュリデの動きは熟練の戦士とまではいかずとも、 そこそこに洗練された槍捌きではあった。
なのにも関わらず、エインは変わらずヒュリデの攻撃を躱し続けていた。
……どうして……どうして当たらないの! ? あんなゆっくりな動きなのに……どうして通り抜けるみたいに……
それを例えるなら、 ゆっくりと舞い落ちる羽毛に対し、 力強い正拳を放つが如く。
そして……
「……ゼロ……」
約束の三分が経過し、 エインがそう呟いた。
ゆっくりと彼女の足が地面に着いた次の瞬間。
『……ッ』
エインは剣の柄に手を置いたポーズのままヒュリデの正面から背後へと瞬間移動したのだ。
するとヒュリデの動きが止まり……
『……ブシュッ! 』
と、 音を立てながら時間差で彼女の胸が大きく斬り裂かれ、 血が辺りに飛び散った。
そしてヒュリデは倒れ、 結界も散り散りとなって消滅した。
その状況を見た救護班が駆け付け、 ヒュリデの容態を確認した。
「……大丈夫だ、 浅く斬られているだけだ」
「生存確認! 」
その声と共に司会が興奮した声で言う。
『勝負ありー! ! 勝者はエイン選手ぅーー! ! ! 』
それと同時に会場にこれまでに無い大喝采が巻き起こった。
…………
控室にて……
「凄いですね師匠、 あの魔法に物ともしないなんて……! 」
ガルンがエインの実力に改めて感心する。
「いやぁそんな事ないよぉ♪ あのお姉さんだって強かったんだよ? あんな攻撃をまともに食らっていたらと思うと……」
そう言いながらエインはわざとらしく身震いを見せる。
……師匠……絶対まだ余裕を残していたんだろうなぁ……
彼女の様子を見たガルンはそう思った。
そんなやり取りをしているとヒュリデが部屋に入ってきた。
胸には包帯が巻き付けられているものの、 その様子は元気そのものだった。
「いやぁ負けた負けたぁ♪ エインちゃん……だっけ? アンタホント凄いよ、 アタシに奥の手使わせてあんなあっさり勝っちゃうなんて」
「お姉さんだってまだやれたはずだよ、 どうしてあそこで気絶したフリなんかしたの? 」
そう言うエインにやれやれと言わんばかりに頭を掻くヒュリデ。
「そこまで見抜かれてたとはねぇ……アタシは勝てないと見た勝負はやらない主義なんでね♪ 仕事柄そういう判断力が無ければ生死に関わるし」
「仕事? 」
首を傾げるエインにヒュリデは耳打ちをする。
「実はアタシ……裏社会ではそこそこ有名な暗殺者なんだぁ……ヒュリデって名前も実は偽名でさ♪ 」
「えぇ! ? 」
声を上げて驚くエインにヒュリデはシーッと指を立てて沈める。
そして不敵な笑みを浮かべながらエインとガルンの顔を見る。
「……さぁて、 次は本戦だねぇ……まぁアンタがいるから優勝は無理としても、 三位くらいには入れたらいいかなぁ……それじゃ♪ 」
そう言って背を向けて手を振りながら部屋を立ち去った。
……あのお姉さん……カッコいい!
ヒュリデの正体を知ったエインは目を輝かせながら彼女を見送った。
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その後、 ヘリア、 カミツグの二人も対戦相手を圧倒する形で決勝を突破する。
こうして予選にて残った選手はエイン、 ヘリア、 カミツグを含む一位五名と、 ヒュリデを含む二位五名。
計十名の選手が本戦へ進んだ。
そして、 本戦は翌日に行われるという事で、 この日の試合は幕を閉じた。
予選を見ていた観客達は本戦前にも関わらず、 至極満足気な顔をしていた。
しかしそれは、 観客だけではなかった……
試合の最中、 新参の選手、 特にエインの事をずっと見ていた者がいた。
それはベリスタ帝国の皇帝だ。
彼は何を考えているのか分からないが、 試合で闘う選手達を選別するかのように観察していたのだ。
「……このエインと名乗る旅人……前に鉱山争奪戦争の時、 我が軍を一人で退かせた騎士団員と同じ名だ……これは偶然か? 」
皇帝は選手のリストを眺めながらエインの事を話す。
それに対し、 隣にいた騎士らしき人物が答える。
「まず同一人物と見て間違いないかと……容姿、 性別共に当事者のストラディーヌの証言と一致しています」
それを聞いた皇帝は少し黙り込む。
そして片手にワイングラスを持ち、 酒を一口飲むと
「大会が終わった後、 この女を城に呼び出せ……優勝していようがしていまいがどちらでも良い……必ず連れて来い」
「……御意」
当然と言うべきか、 エインはベリスタ帝国の皇帝にすっかり目を付けられてしまった模様。
…………
その頃、 エインは……
「へっくしゅッ! 」
「誰かに噂でもされてんのかぁ? エイン」
「かなり有名人ですからね、 師匠」
酒場で彼女の予選突破を祝杯していた。
テーブルにはエインが見たことが無い料理が並べられており、 彼女はそれらに目を輝かせながら頬張る。
代金はどうするのかというと
「気にせず沢山食べてって、 金なんて仕事で沢山稼いでるんだから♪ 」
ヒュリデが奢ると言ってくれたのだ。
また、 祝杯に参加したのは彼女だけではない、 ヘリアやカミツグ、 予選を突破した選手全員が酒場に集まっていた。
そんな中、 エインは一際注目を買っていたようで、 選手たちは彼女と話をしようとその周囲に集まる。
何処から来たのか、 その剣術は誰から教わったのかなどと、 彼女の強さの秘密について聞く者が殆どだ。
エインはそんな彼らに対して食べ物を口に入れながら適当に受け答えをする。
どの質問も彼女にとってはどうでもいいモノだ。
終いにはあまりに絡まれるエインを見かね、 ウルが食事の邪魔だと言って全員をエインから退かせる。
「フフ……すっかり有名人だねぇエインちゃん、 アイツらを見ていたらアタシも話を聞きたくなっちゃったよ」
「……私も……エインの話に興味ある……」
「俺にも聞かせてくれ……ガルンの師の過去……興味がある」
そう言って同席していたヒュリデ、 ヘリア、 カミツグが詰め寄ってくる。
しばらくして、 エインは口の中の物を飲み込み、 仕方ないなぁと言いながら語り出した。
彼女がここから遠く西の果て、 森の中で迷う自分を拾ってくれた父の事……
父から何を教わり、 何を貰って来たのか……
この旅で、 自分は何を見つけようとしているのか……
エインは話せる限りのことを全て話した。
……そう言やぁ……エインの過去をちゃんと聞いたのは初めてだったな……意外としっかり目的を持って旅してんだなぁ……
いつも能天気な彼女を見ていたウルは、 エインの意外な一面を知った。
その時、 カミツグがふと、 ある質問をした。
「……エイン、 急な事を聞くようだが……お前は魔族という存在について、 どう思う? 」
「? ……確かに急だね……でもそうだなぁ……魔族ねぇ……」
聞かれたエインは何か思い出すように少し黙り込む。
その内、 彼女は普段の態度から想像もつかないような神妙な目付きになる。
……魔族……思い出してみれば、 初めて会ったのは……奴らが村を襲っている時だったなぁ……
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それはエインが旅に出て間もなかった頃の話……
当時の彼女は小さな村を転々としながら歩みを進めていた。
その中で、 彼女は初めて魔族と出会ったのは、 彼らが村を襲った後だった。
彼らは卑劣にも、 襲われた村の生存者に紛れ、 エインを待ち伏せしていたのだ。
生存者である村人達は魔族に命令され、 彼女を騙し、 夜の寝込みを襲った。
しかし……
彼女に敵うはずもなく、 標的を逃してしまった村人達は魔族に殺された。
その方法は生物の生命エネルギーとも言われる『魔力』を徐々に吸い上げ、 苦しめながらといったものだった。
エインが村人達を救おうと村に戻った時には、 既に手遅れだった。
彼らの足元には果実の残りカスのように捨てられた村人達の亡骸。
それをあろうことか、 魔族達はそれをゴミのように彼女の前に投げ捨てた。
『そいつらが死んだのはお前のせいだ……』と、 彼らは言った。
その時からエインは、 魔族に対して強い嫌悪感と憎悪を覚えるようになった……
…………
「……魔族は嫌いだよ……あれは命をただの道具としか思っていない……お話ししても気分が悪くなるだけよ……」
過去の経験を踏まえて話したエインはそう結論付けた。
その眼には、 殺意が込もっていながら、 村人達を助けられなかったと……後悔の思いが込もっているように感じられた。
……エインもあんな顔するんだな……まぁ、 俺も魔族は嫌いだが……
「ふ~ん……魔族ってそんな酷い奴らなんだぁ……」
「魔族って……魔力を食べるの……? 」
話を聞いていたヒュリデとヘリアは魔族に興味を示す。
エインはそんな二人に魔族に関する事を話した。
それを聞いた二人は少し畏怖する。
人間という生き物は鈍感なもので、 魔力を吸われたとしても、 それを感知できるのは訓練を積んだ魔法使いを除いて殆どいない。
故に戦士職である者は魔力の吸収攻撃にはめっぽう弱い。
実際、 魔物狩りの中でも魔力を吸い取る魔物に遭遇し、 気付かぬ内に全て吸い取られて死亡……なんていう事故もある。
その事を重々知るヒュリデとヘリアは、 魔族がどれだけ脅威的な存在なのかをすぐに理解した。
「パパが言うに、 魔族は人間とは相容れない存在で、 火と水みたいな関係なんだって……私は実際に会ってその言葉を理解したよ」
一連の話を聞いていたカミツグは続いて質問した。
「そこまで知っているなら……『国崩九魔』も知っているな……」
それを聞いた一同は凍り付いたような表情に変わる。
『国崩九魔』、 それは『火の時代』に存在したという魔王の力を受け継ぎ、 古来より世界における恐怖の象徴とされてきた九人の魔族の事。
その名に恥じず、 その一人一人が国一つを滅ぼせる程の力を持っており、 世界で唯一太陽級の勇者と渡り合える存在である。
彼らは『火の時代』を取り戻し、 再び生態系の頂点に君臨する事を悲願としており、 世界の形を変えたザルビューレと、 それに乗じて世界を横取りした人類を強く憎んでいる。
歴史上では幾度も人類に挑み、 多大な被害を出しているが、 いずれも太陽級の勇者の手によって敗れ去っている。
しかし、 それでも魔王の力は途絶える事は無く、 その代の者が死ぬと、 新たに生まれた魔族のどれかにその力が継承され、 新たな『国崩九魔』として再び世界を恐怖に落とし入れる。
そんな事が続いているのもあり、 魔族の生態には詳しくなくとも、 今や世界で『国崩九魔』の事を知らない者はいない。
そのことを知る一同はその名を聞くだけでも恐怖する。
「……知ってる、 一番気を付けるべき相手だってパパが言ってた」
「そうか……実は俺は……過去にその国崩九魔に故郷を滅ぼされた……」
話の中、 カミツグは突然自身の過去について打ち明けた。
エインの話を聞く内に、 自分も語りたくなったという。
一同はエインの話に続き、 カミツグの過去についても興味を抱いた。
「国崩九魔に襲われたって……よく生きてたねぇ」
「両親が最後に……俺を転移で遠く離れた場所へ逃がしてくれたんだ……」
聞くに、 カミツグの故郷はベリスタ帝国の隣にあったという街だそう。
数年前、 その街を襲った魔族こそが国崩九魔の一人だったと、 彼は風の噂でそれを知った。
以来、 カミツグはその国崩九魔に仇討ちをすべく、 その生涯の殆どを戦うための鍛錬に費やした。
自分を助けてくれた両親に報いるため、 魔族を恐れている自分を乗り越えるため……
カミツグはその想いを一点にただ強さを求め続けたのだという。
それでは、 何故そんな目的があると言うのに、 フィーレイの闘技大会なんかに参加しているのか。
そう疑問に思う一同に彼は衝撃の事実を話す。
「……にわかに信じがたいと思うが……この国、 ベリスタの皇帝が……」
国崩九魔の一人かもしれないんだ……
続く……