第二十一話
フィーレイ闘技大会にて、 見事第一回戦を突破したエイン。
その後、 ガルンの出番がやってくる。
その対戦相手は、 開会式の際にエインを助けたあの青年だった。
…………
青年を見たエインは『あっ』と声を上げる。
「あのお兄さん、 開会式の時に助けてくれた人だぁ! 」
「助けてくれたって……何やらかしたんだよ……っていうかカミツグって……東の大陸の奴らにありそうな名前だな……まさかそこから来たのか? 」
名前を聞いたウルはそんな事を呟いた。
興味を持ったエインは詳しい話を聞く。
この世界の東方には、 他の国とは一味違った独特な文化を持つ国がある大陸が存在するのだそう。
かつてベリスタ帝国の隣にも、 その文化を引き継いで大陸を渡って来た者達が築いた街があったそうだが、 数年前に魔族の手によって滅ぼされてしまったという。
現在そこは魔物の巣窟と化しており、 とても人が住めるような環境ではないそう。
「少なからず生き延びた奴らもいるだろうし、 もしかしたらカミツグってやつもその一人かもな……」
「へぇ……そんな事があったんだぁ……」
魔族というワードを聞いてエインは一瞬神妙な面持ちを見せた。
……ウルが言ってる事が当たってるとしたら……あのお兄さん、 パパもママもいないで生きてきたのかな……
そう考えたエインはカミツグとの間に何かしらのシンパシーのようなものを感じた。
そんな事を話している間に試合は既に始まっていた。
ガルンとカミツグはお互い隙を探っているのか、 全く動こうとしない。
「……」
……この男……何だか師匠と同じ気配を感じる……あの鋭い殺気が正にそれだ……
カミツグと向かい合うガルンがそんな事を考えていると
「……ッ! 」
カミツグが動き出す。
彼は蛇のような軌道を描きながらガルンに近付き、 背後から居合切りを放ってきた。
ガルンは素早く反応し、 どこか手慣れた様子でその攻撃を大剣で弾いた。
その反動でお互い仰け反り、 再び距離を置いた形となる。
そんな静かでありながら緊張感のある戦いに観客達も息を飲んでいた。
「……ありゃ負けるぞ……ガルンの奴……」
初撃で二人の大体の実力差を測ったウルはガルンの敗北を感じていた。
しかし
「いや、 頑張れば勝てると思うよ? ガルンまだ全力じゃないし」
考えが違うエインはそう言うと
「……ッ! 」
ガルンが一直線にカミツグの方へ走り出した。
カミツグはタイミングを計り、 目にも留まらぬ速さで横に刀を薙ぎ払う。
しかし、 ガルンはその直前に自分の体を倒し、 スライディングをしながらカミツグの懐に潜り込んだ。
次の瞬間、 勢いを乗せてガルンは大剣を縦に大きく振りかぶった。
大剣は大きな半円を描き、 カミツグ諸とも地面に叩きつけられた。
会場に凄まじい轟音が響き、 リングには砂煙が舞う。
「……」
煙が晴れてくると、 大剣を地面に叩きつけたまま動かないガルンの姿が見えてくる。
すると
「何ッ……」
叩き付けられた大剣の下には刀一本で受け身を取るカミツグの姿があった。
ギシギシと金属が強くこすれ合う音を立てながらカミツグはガルンの大剣を支えている。
……俺よりも体格は小さいこの青年が……刀一本でこの衝撃を耐えたのか……!
攻撃を耐えられた事に驚くガルン。
その隙にカミツグは蹴りで大剣をどけ、 起き上がり様に横薙ぎを放った。
ガルンは咄嗟に回避するも、 額に浅く切り傷を付けられてしまった。
この試合で初めての大きな動きに会場はざわめく。
「あっちゃ~、 反応は良かったんだけどなぁ」
「カミツグのやつ、 意識せず魔力で身体強化を使ってやがるな……かなり腕の立つ剣士だ……」
「え、 どうして? 」
ウルが言うに、 普通は近接戦闘を得意とする戦士職が使える魔法はとても少ない。
その訓練時間の殆どは武器の扱い方や技の鍛錬に費やすからだ。
故に身体強化の魔法を始め、 簡単な魔法だけでも使える戦士職の人間は珍しいのだ。
それを意識せずに使っているカミツグの様子から、 相当な鍛錬を積んだか、 才能があると言えよう。
「へぇ、 あのお兄さんそんなに凄い人なんだぁ……」
話を聞いて感心するエイン。
……俺からすりゃお前の方がずっと化け物だがな……
ウルからすれば、 魔法を使ってすらいないのに規格外な戦闘能力を持つエインの方がずっと化け物に感じた。
そんな事をしている間に試合は佳境に入る。
体格差がありながらも戦闘力に全く差を感じさせないカミツグの猛攻にガルンは徐々に押されていた。
……まずい……動きが速過ぎて付いていけん!
翻弄されるガルン。
それを見たエインは突然大声を出す。
「ガルーン! 釣りだよー! 」
その声にガルンは反応し、 突如として動かなくなった。
「釣り……? 」
何の事だかさっぱりのウルは首を傾げる。
一方、 ガルンは感覚を研ぎ澄ませていた。
……思い出せ……自分ではなく……相手の気配に集中しろ……
その時、 ガルンの中に一本の釣り糸が浮かび上がる。
次の瞬間、 カミツグがガルンの方へ踏み込む音と同時に釣り糸が動き出す。
それに合わせてガルンは背後に向けて大剣を薙ぎ払った。
すると激しい金属音と同時に体勢を崩されたカミツグの姿が現れた。
「うおぉぉぉぉッ! ! 」
隙を逃さずガルンはギャリギャリと地面を擦らせながら大剣を下から振り上げた。
凄まじい風圧で砂煙が舞い、 カミツグの姿が見えなくなる。
「おぉ! ガルンやるじゃねぇか! 」
「……」
ウルはガルンの逆転勝ちを確信した。
しかし……
「……なるほど……よく洗練された動きだな……良き師がいる証だ」
砂煙からカミツグの声が聞こえた。
そして煙が晴れると、 そこには振り上げられたガルンの大剣の剣先に立つカミツグの姿があった。
次の瞬間、 カミツグは大剣の刃を伝って接近し、 ガルンの顔面に強烈な蹴りを入れた。
その蹴りが決まり、 ガルンは敢え無くダウンしてしまった。
『しょ、 勝負ありー! ! 勝者、 カミツグ選手ぅー! ! 』
会場に大喝采が巻き起こる。
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選手控室にて、 エインはガルンの健闘を称えた。
「惜しかったねぇガルン、 あれは相手が悪かったよ~」
「いえ、 自分が未熟だっただけですよ……あのカミツグという青年、 かなり実戦経験が豊富のように感じられました」
するとそこにカミツグが部屋に入ってきた。
彼はガルンに気付くや、 試合での戦いぶりを称賛した。
「いい試合だったぞ……」
「ありがとう……一つ教えてくれないか、 どうすればそこまで研鑽を積めるのか」
そう言うガルンにカミツグは少し間を置き、 答えた。
「ただ一つの目的に……突き進むという覚悟だろうか……俺が強くなれる理由はそんなところか」
「目的? 」
彼の言う目的についても聞こうとするも、 カミツグはそれは話したくないと言った。
……彼なりに何か事情があるのか……だが、 そんな彼が何故こんな大会に……まさかこの大会と彼の目的に何か関係が……
カミツグの目的を考察するガルン。
しかし、 人の詮索はするモノじゃないと珍しくエインが止めた。
「知られたくない事なんて一つや二つあるよ、 ガルンだってそうでしょ? 」
「……そうですね、 詮索するような事をして済まなかった」
「構わない……して、 まさかそこの少女がお前の師なのか? 」
その質問にガルンが頷くとカミツグは少し驚く。
……まぁ……驚くのは無理もないか……こんな華奢な少女が俺のような男の師匠だなんて……
しかし、 一回戦目のエインの戦いを見ていたカミツグはすぐに納得した。
するとカミツグはエインに指を差し、 宣言した。
「なるほどな……ならば先に言っておこう……もし、 お前が決勝まで勝ち残ったなら、 俺は全身全霊にてお前を叩き伏せる……無論、 俺は絶対に決勝まで勝ち進むつもりだ」
そんなカミツグに対してエインは微笑み。
「うん♪ 楽しみにしてるよ♪ 」
のほほんとした態度で答えた。
…………
一方、 試合会場では……
「おい、 あの女剣士スゲェぞ……」
「精霊の炎がまるで通じない……」
観客達はある選手に釘付けになっていた。
それは……
「クソっ! 何なのよあの女ッ……! 」
「……」
炎が吹き荒れるリング上を駆け巡る一閃。
その先には華麗になびく白銀の髪。
手には三尺もあろう白刃の大太刀が握られている。
そう、 ヘリアである。
彼女は無表情のまま炎の精霊の猛攻をいなし、 躱し、 弾き返していた。
そして一瞬で距離を詰め間合いに入ると、 目にも留まらぬ速さで大太刀を薙ぎ払った。
しかし……
「……フ……フフ、 素早いけど……防御魔法は破れないみたいね……」
精霊を操っている魔法使いの女は自身の周りに防御結界を張っており、 ヘリアの攻撃を防いだ。
隙を見た炎の精霊はヘリアの背後から火炎放射を吐き出した。
ヘリアは火炎に包まれ、 勝敗は決したかと思われたその時
「……あなた……邪魔……」
静かにそう呟くヘリアの声と共に、 炎の精霊の背後にその姿を現した。
次の瞬間、 炎の精霊の身体が縦に両断され、 火の粉となって消えてしまった。
一瞬の出来事に魔法使いの女は唖然とする。
……あのヘリアって選手……あの精霊を相手に剣一本でぶちのめしちまった……あの魔法使いも相当な手練れなのによくやるぜ……
ヘリアと精霊との戦いを見ていたウルも彼女の戦闘能力に感心していた。
そして、 精霊を処理したヘリアは再び魔法使いの女の方に向き直る。
「あなたさっき……私の力じゃ防御魔法は破れないって言ったよね……」
「へ……? 」
ヘリアはそう言うと視界から姿を消す。
観客達も彼女がどこへ行ったと探すと、 何人かがリングの上空を指差した。
そこには空へ高く跳び上がったヘリアの姿があり、 大太刀を地面に突き刺す構えを取っていた。
次の瞬間、 ヘリアは凄まじい速さで空間を蹴り、 目にも留まらぬ速さで魔法使いの女の頭上へ目掛けて落ちていった。
彼女が地面にぶつかると同時に会場に凄まじい衝撃と轟音が走った。
そして、 舞った砂煙が徐々に消え、 ヘリアの影が見えてくる。
そこには
「……まだやる? 」
「こ……降参……しましゅ……」
魔法使いの女を押し倒し、 彼女の顔面のすぐ横に大太刀を深く突き立てるヘリアの姿があった。
『勝負ありー! ! 勝者、 ヘリア選手ぅー! ! 』
ヘリアの勝利だ。
この時、 既に大会では何人もの新参の選手が大会経験者を倒している。
異例の事態に会場は選手の活躍に大盛り上がりだった。
……あのヘリアって奴もかなりの強者だな……今のところエインとはいい勝負しそうだ……
ヘリアの実力を見たウルは、 今大会の選手が強者揃いな事に心を躍らせた。
こうして大会は予選第二回戦、 第三回戦と順調に進んでいき、 エインを始め、 カミツグとヘリアも予選決勝にまで勝ち進んだ。
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予選決勝、 エインの出番となった。
相手は赤毛で紫の瞳をした女魔導士。
前大会三位の実力者、 その名はヒュリデである。
……ヒュリデ、 確かアイツは固有魔法を三つ持ってるって話だったな……だが前大会ではその内二つしか使っていないんじゃないかって噂になってたな……
彼女の固有魔法は『見えない斬撃』、 『幻影を見せる霧』、 この二つが判明している。
その戦い方は卑怯そのものであるが、 より実戦的とも言われている。
そんな彼女の戦い方と容姿の赤い髪からか、 別名『血みどろの魔杖』と呼ばれている。
近接戦を主としているエインにとっては不利な相手に思える。
ただ、 ウルとガルンは感じていた。
それらの魔法を持ってしても、 エインに勝てるビジョンが思い浮かばないと……
「試合見てたよぉ~、アンタ強いんだねぇ」
「そうかな? 見た限りお姉さんも強いと思うけど? 」
「ふーん……まぁ、 いい勝負ができる事を期待してるよ……」
そんな会話をした後、 エインとヒュリデは開始の位置につく。
そして試合が開始された。
次の瞬間、 リング上に謎の金属音が鳴り響いた。
エインもヒュリデも棒立ちで何かした様子は無かった。
するとヒュリデが口を開く。
「ひゅ~、 凄いねぇ♪ 様子見の攻撃だったんだけど、 初撃を正確に弾いたのはアンタが初めてだよ」
先程の金属音はヒュリデが飛ばした見えない斬撃によるものだったらしい。
あまりに一瞬の出来事に観客達は呆気に取られる。
ただ、 それ以上に驚かれたのは
「……エインの奴……まさか今の一瞬で剣を抜いて弾いたのか……? 」
そう、 エインは風を切る音を出さず、 予備動作も見せず、 凄まじい速度でヒュリデの斬撃を剣で弾いたのだ。
当の本人は相変わらず何を考えているのか分からない笑みを浮かべながらヒュリデを見つめている。
一見何も脅威に感じないエインの佇まい。
しかし、 ヒュリデは薄々気付いていた。
エインの奥底からこちらを見つめる、 黒く、 巨大で、 得体の知れない殺気の塊を……
……分かる……アタシは何度も人間同士の殺し合いを経験してきたから……あのエインっていう旅人……かなりヤバい……
そう思うヒュリデは不敵な笑みを見せつつも、 頬には冷や汗が伝っていた。
しばらく両者の睨み合いが続くとエインが首を傾げた。
「あれ、 攻撃してこないの? 」
「よく言うよ……全然隙を見せない癖に……」
一見隙だらけに見えるエインの立ち姿。
しかし、 その内には隙の無い構えが完成していた。
それに気付いていたヒュリデは全く手を出せずにいたのだ。
するとエインはある提案をする。
「じゃあさ、 今から三分間私は絶対に反撃はしないから、 お姉さんの魔法を見せてよ♪ 」
「……嘘を付かない確証は? 」
エインの提案に当然ヒュリデは疑う。
「それもそっかぁ……あ、 じゃあもしその約束を破ったら失格っていうのは? 」
そう言うとエインは審判を呼び出し、 その旨を話した。
それを聞いた審判は驚きつつもすぐに司会の方に連絡する。
『な、 何と、 ここでエイン選手からこの試合にて追加ルールの申し出がありました! 開始の合図から三分間、 エイン選手はヒュリデ選手に対し一切の反撃を行わないとの事、 もしヒュリデ選手に反撃を行った際には即失格にしてほしいと言うのです! 』
そのアナウンスを聞いた観客は大盛り上がり。
……エインの奴……本当に筋金入りのバカだなぁ……あのヒュリデに三分も攻撃チャンスをやるなんて……
無茶苦茶なエインの行動にウルは呆れる。
続く……