第十九話
鳥がさえずる森の中、 エイン達一行はフィーレイを目指して歩き続けていた。
旧火山地帯を抜けてからはや七日経っている。
そして……
「……あっ、 あれって! 」
「ようやく着いたか、 急ぎ足だったもんで疲れたぜ」
「あれがフィーレイか……思えば初めて来る都市だ」
森を抜け、 視界が開けた先に遠くからでも分かる程巨大な都市が現れた。
そう、 三人はベリスタ帝国の首都 フィーレイに着いたのだ。
都市が見えたエインは興奮が抑えきれず駆け出す。
その速度は戦場を疾走するチャリオットの軍馬の如し、 あっという間にウルとガルンを置き去りにしてしまった。
二人も慌ててエインの後を追った。
「……なるほどねぇ……あれがボス達が言ってた旅人かぁ……」
三人が通った森の茂みから、 何者かがエインを見ていた。
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フィーレイ外部の草原にて、 エインはあともう少しの所まで来ていた。
「おっはぁ~! 大きな壁~、 ステイロンよりずっと頑丈そう! 」
エインは街を囲う防壁を見てはしゃいだ。
その時、 エインの背後から何か光る物が一直線に飛んできた。
エインは流れるように首を傾け、 何食わぬ顔でそれを避けた。
……今のは……刃物?
飛んできた物の正体を見破ったエインは振り返る。
「流石幹部の手首を落としただけはあるねぇ、 こりゃ不意打ちも無理と見た」
そう言って彼女の前に現れたのは一人の少女だった。
茶髪のショートヘアーで紫の瞳をしており、 年はエインと同じのように見える。
そして、 身なりからするに盗賊である。
幹部……? 手首……?
エインは少女の発言を聞いて思い出す。
「あぁ~! もしかしてウルがいた組織の? 」
「ご名答♪ ステイロンへ一稼ぎに来たらボス達から連絡が届いてねぇ……アナタを殺したら金貨十枚くれるって言うもんだからさぁ」
……私、 そんな懸賞金かけられてたの?
エインは盗賊組織の一件以来、 幹部達に目を付けられていたのだ。
あの街を発つ際に襲わなかったのは再びアジトが襲われる危険があると感じた故だったのだろう。
……完全に諦めたと思ったんだけどなぁ……めんどくさぁ……
そんな事を思いながらエインは頭を掻く。
「う~ん……っで、 どうする? ここで戦うの? 」
「フフフ……」
少女は不敵な笑みを浮かべる。
すると、 そこにウルとガルンが追い付いてきた。
「師匠~、 置いて行かないで下さいって……ん? そこの人は……? 」
「んん? あれ……アイツ、 知ってるぞ」
少女に気付いたウルとガルン。
ウルは彼女を一目見て知人だと言った。
そんな彼女の声に反応し、 少女は驚いた様子で振り返る。
「あ……え……ウル! ? 」
「テフィー、 お前まだ生きてたんだな! 」
明らかに動揺するテフィ―と呼ばれる少女。
エインが知り合いかと聞くとウルは笑いながら話し出した。
「そいつは俺がフィーレイに来てた時に知り合った盗賊仲間でな、 通称メッキ盗賊って言うんだ」
「そう呼んでるのはアンタだけでしょぉ! 」
「メッキ盗賊? 」
「あぁ、 実はそいつ、 二年前のフィーレイ闘技大会の優勝者なんだが……そん時は決勝相手が試合中に腹痛で倒れてなぁ、 試合続行不可能って事でテフィーが勝ったんだ」
その話を聞いたエインとガルンはメッキ盗賊の由来を理解した。
すなわち、 まともに戦っていないのに世界最強の猛者の称号を手にしてしまった、 いわゆる見せかけのメッキのような偽物にちなんだあだ名なのだ。
「も、 もうその話はいいでしょぉぉ! 私だって不本意だったのよ! 」
「じゃあ何で自分から優勝を放棄しなかったんだよぉ~? 」
そんな調子で煽るウルにテフィーは涙目になりながらギャンギャン騒ぐ。
他にもウルはテフィーの恥ずかしい過去を二人にバラす。
その内エインとガルンは憐れむような目でテフィーを見ていた。
最終的には……
「あぁもぉ! そうよぉ! どうせ私は運だけで人生を乗り切って来たペラペラな盗賊ですよ! どうせこんな事になるんだったらあんな組織の連中に期待されるよりもっとまともな仕事で期待される人生を送りたかったよぉ~! 」
と、 そんな事を叫びながら泣き崩れる始末。
……なんかぁ……かわいそうな子だなぁ……
一連の話を聞いたエインはテフィーを哀れむ。
するとテフィーは立ち上がり、 目の周りが真っ赤になりながらエインの方を見る。
「きょ、 今日のところは挨拶だけにしてあげる! 見てなさい、 運だけじゃないって事をいつか証明して見せるんだから! 」
そう言うとテフィーは懐から何かの玉を取り出し、 地面に投げつけた。
辺りは一瞬にして煙幕に包まれ、 気が付くとテフィーの姿は消えていた。
「……アイツまた来る気かよ……エインに勝てるわきゃねぇのに……」
「師匠、 どうします? 」
「うぅ~ん……まぁ実害は無さそうだし、 放っておいてもいいかな」
……あの子、 煙でむせながら走ってたなぁ……
煙幕の中でも全部見えてたエインはテフィーが立ち去る姿を思い出していた。
そんな予期せぬ出会いがありながら、 三人はフィーレイへ入っていった。
…………
ベリスタ帝国の首都 フィーレイ……
「わはぁ~……! すっごぉーい! 」
三人を出迎えたのは奥の王城まで続いている大通り。
そこには多くの人や馬車が行きかっており、 街は活気に溢れていた。
立ち並ぶ建物はステイロンとは大きく異なり、 三角屋根のモノは殆どなく、 大体が長方形型のビルのような建物ばかりだった。
中には大きな看板が立てられている物もあり、 そこには何かの製品を宣伝するような絵が描かれている。
……ステイロンと全然雰囲気が違う! 何だろう、 凄い最先端的!
街の景色を見てエインは興奮する。
「かなり人がいるな……」
「そりゃ闘技大会の時期だからな、 試合を一目見たい奴も賞金や名誉を欲する猛者達もみーんなこの街に集まってくる」
相変わらず子供のようにはしゃぐエインを見ながら二人はそんな会話をする。
そして一行は早速大会にエントリーする為、 闘技場へ向かった。
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フィーレイの闘技場に来た三人。
やはりと言うべきか、 闘技場も実に大きい。
形は円形で、 まるでローマのコロッセオを彷彿とさせる雰囲気がある。
闘技場の前には多くの参加希望者が集まっており、 どれも歴戦の猛者の風格を漂わせている。
しかもその種類も豊富であり、 剣士を始め、 魔法使いや拳法家、 盗賊もいる。
「ほぇ~、 色んな人がいるんだねぇ」
「この大会に職業は問われないからな、 ならず者の盗賊だろうが海賊だろうが戦えりゃ誰だって歓迎なのさ」
「にしても、 武器を使う者に関してはどうするんだ? 流石に本物では死傷者が出てしまうだろう」
参加者に興味を示すエインに対して武器の使用に関して心配するガルン。
それに対しそこは心配ないとウルは言う。
試合では参加者が持つ武器は預かり、 試合用の武器を使う事になっているという。
それらは勿論剣は斬れる心配は殆ど無く、 鈍器も通常より軽い物となっている。
「魔法を使う者に関してはどうするんだ? 」
「特に制限は無ぇ、 ただそれでもし死傷者を出せば豚箱行きさ」
これに関しても魔法職以外の者も同じだ。
試合用の武器を使っても武器は武器、 死傷者がゼロになるという訳ではないのだそう。
それで幾度か選手が捕まっているという。
……その辺に関してはかなり厳しく取り締まるんだな……まぁ、 こんな大きな大会なのだから当然と言えば当然か……
そんな話をしていると……
「あの、 大会に参加したいんですけど! 」
エインがいつの間にか大会の参加受付のカウンターにいた。
そしてエントリーの一覧に名前を書くエイン。
すると受付の人が妙な事を言い出す。
「では……失礼ですが、 手の甲を確認させて頂けますか? 」
「え? どうして? 」
理由を聞くエインにウルが答えた。
「勇者の参加を防ぐためだ、 そんなのが参加されたら試合にならねぇからな……そうだろ? 」
「はい、 その通りです」
実は、 この大会では勇者の参加は認められていない。
この世界において勇者とは世界の敬愛を受け、 特別な力を得てして生まれた最強の象徴、 いくら歴戦の猛者とは言え勇者が相手となるとその殆どは勇者の圧勝に終わる。
実際に、 かつての大会で勇者が一人エントリーしたのだが、 その試合は全く持って退屈極まりなかったという。
相手の攻撃は物ともしない、 それに対し勇者は人間離れした圧倒的戦力を持って対戦相手を圧倒していたのだそう。
「その内結果が分かり切ってしまった客はどんどん興味を無くして、 挙句には観客が殆どいない状態で表彰という目も当てられねぇ悲惨な大会になっちまったんだとよ」
「なるほどぉ、 それを防ぐために勇者の参加を禁止にしたんだね」
「そういうこった」
そういう訳で、 エインは受付に手の甲を見せ、 勇者ではないことを証明する。
念のために紋章を化粧などで隠していないか、 手の甲の洗浄と隠蔽魔法の検査も行われる。
そして数分後
「はい、 これで検査は終了です! ご健闘をお祈ります」
エインは大会の参加が決定した。
それを見たガルンは何か言いたげの様子。
すると彼は受付に向かい
「あの、 俺も参加します! 」
自分も参加すると言い出した。
「えぇっ! ガルンも参加したいの? 」
「はい……俺、 師匠と出会ってまだ日も浅いですが、 試してみたいんです! 今の俺が世界の猛者相手に何処まで通用するのか」
ガルンがそう言うとエインは
「ふぅ~ん……それじゃあ、 もし私と当たったら……その時はガルンに本気で相手してあげるよ」
と、 いつになく不敵な笑みを浮かべながら彼に言った。
……師匠の本気……! ? 戦ってみたい……本気の師匠と……!
日頃の稽古では全く本気を見せないエイン、 その彼女が今、 弟子である自分に本気で戦ってやると言っている。
弟子としてこんなチャンスを逃したくないと、 ガルンの心に火が付いた。
こうしてフィーレイの闘技大会に、 エインとガルンの二人が参加する事となった。
一方、 ウルはと言うと……
「ウルは参加しないのか? 」
「あぁ~俺はいい……元々戦闘はそこまで専門じゃねぇんだ、 せいぜい応援してるよ」
と、 適当な理由を付けて参加しようとはしなかった。
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受付が終わったエイン達は街を観光することにした。
フィーレイには様々な店があり、 喫茶店を始め珍しい魔法具を売る店や玩具を売っている店まで幅が広い。
エインはそんな見た事もない店を見て回る。
その様子はまるで新しい玩具を見つけた子供か、 はたまた何にでも興味津々な犬のようだった。
ウルとガルンはそんな彼女に振り回され、 結局夕暮れ時まで街中を走り回る事となった。
…………
その夜、 三人は街の全体を見渡せる公園に来ていた。
「わぁ~……綺麗~♪ 」
エインは宝石のように煌めく夜の街に見惚れた。
とても世界レベルの大会に出場するとは思えない振る舞いである。
「なぁエイン、 俺……前から思ってたんだが……お前って犬みたいだよな……」
ウルがサンドイッチを食べながらそう言うとエインは笑った。
「それパパにも言われたぁ! 」
……親父も言ってたのかよ……昔っからあんな性格なのか……
そんな事を考えているとエインがいつの間にかウルの目の前に来ており、 物欲しそうに彼女のサンドイッチを見つめていた。
『……犬……』
よだれを垂らすエインを見た二人は彼女に尻尾と犬耳が生えているように見えた。
ウルは仕方なさそうな表情を見せながらエインにサンドイッチの半分をあげた。
「……師匠は……どうしてあんなに楽しそうに出来るのだろうか……とてもこれから闘技大会で戦う者とは思えない」
ガルンは日々のエインの振る舞いを見ていたのもあり、 彼女の心情に疑問を感じていた。
「……さぁな、 俺はエルフとして何百年も生きてるが……あんな奴初めてだ……なんつーか、 エインという人間は……物凄く深い……魂の底からやって来たように感じるんだ……」
ウルもエインを見ながらそんな事を呟いた。
……え……ウルって何百年も生きてるのか……?
話の中でガルンは本題よりもウルの生きてきた年数に驚いた。
この世界ではエルフは希少な種族であるが故、 その生態は殆ど知られていないのだ。
故に彼らが人間よりも長寿である事を知る人はごく少数である。
因みに、 ウルは 御年741歳 である。
「ふあぁ~……もう宿に戻ろっか、 大会はすぐ始まるって言ってたし休まないとね」
そうして一通り観光を満喫したエイン達は、 大会に備えて英気を養う事にした。
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大会当日……
闘技場へやって来た三人。
そこには大勢の観客と参加者達が集まっていた。
そしてエインとガルンはウルと分かれ、 受付に案内されながら試合の準備場所へ向かった。
その途中、 二人の武器は預けられ、 試合用の武器がある倉庫に案内される。
そこには剣を始め、 槍、 大斧や鎖鎌、 中には……
「え……何このおっきなハサミ……これも武器なの? 」
自分の背丈ほどもあろう巨大なハサミまであった。
関係者の話によると、 大会には多種多様な武器を扱う者が参加する為、 大会時にその選手と同じ種の武器が無かった場合は臨時で錬金術師が武器を作るのだそう。
それで使われる武器は毎年種類が増えているのだという。
……こんなおっきなハサミを使う選手もいたんだ……どうやって戦うんだろう……
試合前からエインはこれから戦うであろう色んな猛者を想像して心を躍らせた。
続く……