第十六話
前回、 森で遭難中に偶然魔物狩りの部隊と出会ったエインとガルン。
そこで二人は街へ案内してもらう代わりに彼らの仕事の手伝いをする事となった。
そして、 遺跡の中で未知の怪物と行方不明となっていた魔物狩り二人を発見した。
・
・
・
「あの怪物……どうしましょう」
行方不明者を連れて遺跡から出ようと試みていた一同。
ただ、 その帰り道にはあの怪物がいるのは確実だった。
「アンタらが逃げて来たばかりだって事はまだ近くをうろついてるだろう……絶対鉢合わせる事になるぞ……」
絶望的状況に不安になる三人。
しかしエインは笑顔で
「大丈夫♪ さっきのであの怪物さんがどれくらい強いのかは分かったから……これは勘だけど、 多分殺せるよ♪ 」
そう言ってすたすた歩いていく。
また勘か……と言わんばかりにガルンは不安そうな顔をしつつも彼女の後に続く。
そうして数分もしない内に例の怪物と鉢合わせた。
怪物は相変わらず不気味な唸り声を上げながらエインを睨み付ける。
どうやら腕を斬り落とされた事を根に持っているようだ。
ガルンは魔物狩り二人を守る体制に入る。
「師匠……」
「大丈夫、 一瞬で終わるよ♪ 」
一度だけとは言え、 剣でエインが狙いを外した相手。
そのことが気がかりだったガルンは不安な眼差しでエインを見守る。
すると、 怪物が視界から姿を消す。
辺りの空間から風を切る音と不気味な爪のギシギシとした音が鳴り響く。
エインは剣の柄に手を置く。
……やっぱり……速いように見えるのは錯覚かぁ……光も無い暗い空間であの黒い身体だからね……普通に走るだけでも闇に溶け込んで、 まるで瞬間移動してるみたいに見える……
エインは怪物の動きを見て、 一度目に攻撃が外れた理由を見破った。
「初めてだったから不意打ちされてたら私が危なかったかもね……でも……」
次の瞬間、 エインの背後へ怪物が大きな爪を振りかぶって飛び掛かって来た。
しかし……
「私に二度目は通じないよ♪ 」
そう呟くとエインは怪物の攻撃を躱す。
そして避けられた怪物は地面に激突すると、 頭が取れてそのまま転げながら息絶えてしまった。
彼女が避け様に怪物の首を斬っていたのだ。
あまりの一瞬の出来事に見ていた三人は唖然とする。
……師匠が剣を抜く瞬間も納める瞬間も……全く見えなかった……風を切る音すらも出さずにあんな自然に……
ガルンは彼女の強さに改めて感心しつつも、 不気味な程に凄まじい剣技に畏怖した。
そんな彼らを余所にエインは早速怪物の死体を物色し始める。
「ほぇ~、 身体に毛は生えてないね……ぶよぶよだ……そしてこの爪! 凄いなぁ……何かに使えるかな……とっとこ♪ 」
「……何なんだ……あの嬢ちゃん……」
「魔物狩りにしちゃ強過ぎやしねぇか……? 」
色々と不可解過ぎる彼女に不信感を抱く魔物狩りの二人。
「……彼女は……ただの『旅人』です……ちょっと強過ぎるだけの……」
説明が面倒になったガルンは二人にそう言って無理やり納得させる。
「えぇっと……あれ、 頭どこに転がっていった? ガルン探してぇ~」
「えぇ……? 」
そんなこんなで一同は無事遺跡から脱出することが出来た。
…………
遺跡の出入り口にて、 行方不明だった魔物狩り達を見た部隊の皆は彼らの帰還に喜んだ。
そして二人の魔物狩りは助からなかった一名が持っていたのであろう首飾りを取り出し、 部隊のリーダーに渡した。
「どこの誰かは知らないが、 助かった……お陰でこれ以上仲間を失わずに済んだ」
「いいよそんなぁ、 私はただ道案内をしてもらいたかっただけだから」
リーダーが言うには、 近日中には遺跡は封鎖され調査は中止になるだろうとの事。
人が五人も死んだ上に、 まだ他にもあのような怪物がいないとは断言できないからだそう。
「ま、 その内政府が勇者を雇って遺跡の最深部まで調べさせるだろうよ」
「そっかぁ、 おじさん達はどうするの? 」
「そうだな、 しばらくしたらまた仕事に戻るさ……今回の件に関しちゃ報酬は無しだろうがな……」
物理的成果なしで帰れば報酬は無い、 至極当然だ。
その話を聞いたエインはふと思い出したようにポーチからある物を取り出す。
それは遺跡内で討伐した怪物の頭だった。
怪物の頭を見た魔物狩り達は驚く。
するとエインはその頭をリーダーに差し出した。
「これ、 依頼した人に見せれば討伐報酬くらいなら貰えるんじゃない? 」
「えっ、 だがそいつは嬢ちゃんの物だろ……」
そう言うリーダーにエインは微笑む。
「いいの、 おじさん達の生活の方が大事だもん♪ 」
……それに怪物さんの頭のスケッチは取ったし……まぁできれば実物も取っておきたかったけど……
言われたリーダーは怪物の頭を受け取った。
そして彼らはエインに感謝し、 二人を近くの街まで案内する事にした。
・
・
・
歩く事数時間、 一同は街に到着した。
魔物狩り達は依頼主に報告する為、 街の出入り口で二人と別れる事になった。
「俺達はここまでだ……嬢ちゃんには本当感謝するよ」
「戦士の兄ちゃんもな、 歩けない怪我人を運んでくれて助かった」
魔物狩り達は改めて二人に感謝する。
そこで一人の男がエインに聞く。
「にしてもアンタ、 相当強いんだな……まさか勇者様だったり? 」
それに対してエインは微笑み
「私はただの『旅人』です」
と、 彼らにそう言ってその場を立ち去った。
…………
ベリスタ帝国西部、 国境付近の街……
街に着いた二人は休息のついでに観光をする事にした。
とは言っても、 街の雰囲気からすると観光向きではない、 寧ろスラム街のような趣きである。
そんな街の雰囲気にエインは何故だろうと呟くと、 ガルンが教えてくれた。
どうもベリスタ帝国に在中する街は殆どがこのような状態だという。
帝国の王が国中から資金をかき集め、 王都の発展を重視しているのが主な原因だそう。
ベリスタは資金を提供しない街は問答無用で帝国の軍隊によって滅ぼされる程の支配国家。
故にどこの街の領主も必死になり、 市民から金をむしり取っているそうだ。
「ひどい王様だなぁ! リ・エルデの王様はもっと優しかったよ! 」
「だからこそ対立関係にあるんでしょうね……」
話を聞いたエインは頬を膨らませる。
……ガルンの話を聞くに……さっきのおじさん達も必死だったんだなぁ……
魔物狩りの彼らを思い出し、 助けた甲斐があったと思うエイン。
その時、 背後からボロボロの布切れを被った何者かがエインの小銭袋を盗んでいった。
背丈はエインよりも少し小さい、 子供だろうか。
そのまま逃げられてしまうと思った瞬間
「こぉら! ダメだよ人の物を勝手に盗っちゃ」
始めから気付いていたのか、 エインは素早く盗人の首根っこを捕まえて注意する。
掴まれた拍子に布切れが取れると、 その素顔が顕わになる。
その正体はエインよりも年下に見える少年だった。
しかも、 人間にしては珍しい薄緑の髪と、 エメラルドのような緑の瞳をしていた。
耳の形も人間の物とは違い尖っている。
その少年の姿を見たエインとガルンはすぐに少年が何なのかを悟った。
「まさか……この少年は……」
「エルフ! ? 」
そう、 エルフだ。
この世界においてエルフは希少種族。
書籍では森の中にのみ生息する種族であり、 加えて綺麗な水と豊かな自然に恵まれた森にしかいない。
そして、 彼らは生物的に精霊と近縁の存在とされており、 他生物から隠れる技術や、 魔力操作の能力が非常に優れている。
そういった希少性や能力の高さが原因で、 エルフの人身売買を行っている組織も一定数存在している。
因みに、 そういった組織の人間を覗けば、 世間一般からのエルフの扱いは普通の人間とそう変わらない。
ただ、 人前で姿を晒すのは健全ではないため、 人間社会で生活するエルフの殆どは正体を隠しているのが一般的だ。
そんなエルフが今、 二人の目の前にいるのだ。
「は、 離せ! このッ! 」
エルフの少年は抵抗する。
次の瞬間、 少年はエインに手を向け、 空気の刃を飛ばす。
エインは咄嗟に帽子を押さえながらしゃがんで回避する。
その隙に少年は魔法で透明化し、 その場から立ち去った。
「師匠! 」
「……っと、 びっくりしたぁ……エルフってあんな咄嗟に魔法出せるんだねぇ」
相変わらずの反応のエイン。
「そ、 それより師匠、 路銀が……」
そう言うガルンにエインは得意げな顔で盗られた小銭袋を見せた。
少年からの攻撃を回避する瞬間、 エインは袋を取り返していたのだ。
路銀が盗られていなかった事に安心したガルン。
するとエインは少年が逃げていった方向を見る。
「……ガルン、 あの子追いかけよっか……」
「……そうですね、 俺も少し心配です」
……いくら少年とは言え、 また盗みを働いたとしたら……いずれ報復を受けるだろう……放ってはおけない……
エルフの少年が気になった二人は後を追う事にした。
…………
街の路地にて……
エインは探し物の方向を示すコンパスを手にあの少年を捜索していた。
しかし……
……あの子……やり手だねぇ……上手く妨害してコンパスを狂わせてる……こうやって追われるのは一度目じゃないみたいだね……
相手は魔力操作に優れるエルフ、 あの少年は魔力探知などで追われるのを見越してそれらを妨害する魔力を蒔き楔のように散らしていたのだ。
「師匠、 どうされますか? このままでは見失ってしまうのでは……」
「大丈夫♪ 私だってこういう経験は初めてじゃないもん」
そう言ってエインはコンパスをしまい、 辺りを見渡す。
すると、 彼女の視界に謎の靄が浮かび上がる。
エインの眼は様々なモノを見通す能力を身に着けている。
空気の流れ、 匂いの軌跡、 通常見る事の出来ない光、 果てには魔力まで……
幼い頃から過酷な訓練を受けていた彼女は、 無意識に視覚に映るモノをコントロール出来るようになっていたのだ。
他にも見ることが出来るモノはあるが、 それはまた後に……
……ふぅ~む……妨害用の魔力があちこちに……でも甘いねぇ……範囲こそ広いけど、 まだ逃げていった方向を判別できるくらいには魔力が集中してる……
「……ざっと北東の方向くらいかなぁ……行こうかガルン」
「は、 はい! 」
……時折、 師匠は俺にも見えない何かを見通す……本当にこの方は凄い人だな……
そうして二人は少年の逃走経路を辿っていった。
・
・
・
数十分後、 二人は教会らしき廃墟に辿り着いた。
そこは人の気配は無く、 普通に見れば人がいるとは思えない程に古い。
そんな廃墟の雰囲気に尻込みするガルンを余所に、 エインはずかずかと廃墟に入っていく。
中は当然もぬけの殻、 瓦礫や放置された椅子などが無造作に置かれているだけだ。
少年の姿も見えず……
するとエインは周囲の壁や床を這うように探った。
しばらくすると彼女はガルンの側に戻り、 考える仕草を見せる。
「地下に空間は無いかぁ……壁にも隠し扉みたいな物は無い……だとすれば……」
ぶつぶつと呟くエイン。
それを聞いたガルンは
「……上……でしょうかね……」
察してそう言った。
それに対してエインは指を鳴らしながらガルンに指を差し、 不敵な笑みを見せる。
すると彼女は廃墟内に上へ繋がる物が無いか探した。
そして上から垂れ下がった一本のロープを発見する。
「これで上に行けそうだね」
「しかし……俺では上の床が落ちてきそうですね……」
「体重は私の方が軽いし大丈夫かな、 ガルンは待ってて♪ 」
そう言ってエインはガルンを下で待機させ、 少年がいるであろう廃墟の二階部分へ登っていった。
「……ん……しょ……っと……」
上に登るとそこには案の定、 あの少年がいた。
「……どうして追って来た……それにどうやって……妨害や痕跡の隠蔽はした筈だぜ」
少年は外の景色を眺めながら言った。
どうやら二人が来ている事に気付いていたようだ。
そんな少年にはお構いなしに、 エインは彼の隣に座った。
「ちょっと心配になってね……こんな街でこんな所に住んで……何か理由があるんでしょ? 」
「……」
警戒する少年。
エインはそれから何も言わずにじっと外の景色を眺めていた。
根気よく待つ彼女に、 少年は少しずつ警戒を解いていく。
そしてしばらくして、 少年は口を開いた。
「お前のお察し通り、 俺は身寄りもないただの盗人エルフだ……故郷はここからずっと遠く離れた森に『あった』んだ……」
「そんな風に言うって事は、 もう無いって事なんだね……」
少年曰く、 故郷は四百年以上も昔に魔族に滅ぼされてしまったそうで、 現在に至るまで各地を放浪し、 盗賊紛いの事を繰り返して生活していたという。
そんな少年にエインは何故孤児院などの施設に頼らなかったのかと聞く。
「……見た目がガキだろうが、 人と生きる時間が違うエルフを匿ってくれる孤児院がある訳が無ぇ……だからこうして一人で盗みで食い繋いでいたのさ……」
「ふ~ん……」
話を聞いたエインは適当な返事で返す。
エルフは長寿である事でも有名だ。
故に見た目が少年少女だとしても、 中身は数百、 数千年も生きた老人である事は珍しくない。
そして少年もまた同じだった。
そんな相手を保護する施設なんて存在する世界ではない、 それくらいはエインも分かっていた。
「……盗みはやめるつもりは無いの……? 」
「そりゃぁ……やめられるモンならやめたいさ……誰かに追われながらこんな所で隠れる生活を何百年も続けるなんて……考えたくもねぇ……」
続けて聞いた話によると、 少年が本当に好きなのは魔法の研究なのだそう。
以前は故郷で魔法研究に励んでいた事もあり、 故郷ではそれなりに有名だったとの事。
故に少年にしか使えない独自の魔法をいくつも持っており、 人並み以上には魔法の腕に自信があるという。
もし、 盗みもせずに生活ができるなら、 また魔法の研究でもしたいと考えているそう。
そんな思いを打ち明けた少年にエインは少し間を空けて話を持ち掛けた。
「じゃあさ、 私達と一緒に来ない? 」
「……俺が哀れに思ったからか? 」
「それもあるけど……私達二人の内で魔法を使えるのは私ぐらいなんだけど、 私も扱える魔法は殆ど護身用とかのばっかりだし……魔法に関しては剣術に比べてあまり修行はしてないから微調整とかも苦手で……あまり旅の役には立たないんだぁ……」
「それで民間魔法を使える奴が欲しいと……」
「そゆこと♪ 」
ガルンと旅をしていたエインは感じていた。
日常的に使える魔法を扱える者がいないと困る場面が多くなった、 と……
ガルンと出会うまでは一人旅だったエインは、 魔法が無くとも持ち前の身体能力のお陰で不自由はしていなかった。
ただ、 そんな彼女と比べて劣るガルンが一緒になるとそうも行かなくなっていた。
ガルン自身も魔法は使えない事は無いのだが、 戦士として訓練されていた彼にとって、 魔法は一から教わらなければ使えないレベル。
故にその殆どはエインに頼り切り、 ただエインも扱える魔法はどれも戦闘向けで高等かつ規模が大き過ぎる物ばかり。
そんな一か百かしか無いパーティで長い旅を続ければ、 不自由に思う事も一つ二つと増えてくるものだ。
その旨を少年に話すと
「……全く聞いてらんねぇなぁ……いいぜ、 お前らのパーティー加わってやるよ」
少し間を空けて答えた。
口では面倒くさそうに言うが、 その表情は満更でもなさそうだった。
「ホント! ? 」
「ただ今は無理だ……」
「え~、 何でぇ! 」
「まぁ聞け、 こちらとて理由も無くこんな街に留まってる訳じゃねぇんだ……この街を裏で牛耳ってる奴らと縁があってな……その縁を切らねぇ事にはこの街を出ても追われる事になっちまう」
少年の話によると、 この街には裏で盗賊達を統率している組織が存在しているという。
組織は四人の幹部が指揮を執っており、 それぞれがチームを作り、 街の盗賊達から集めた金品の一部を収集している。
規模は非常に大きく、 街にいる盗賊達の殆どはその組織の所属。
故に組織に所属せずに盗みを働いている者がいればすぐに組織の幹部に知られる。
そうなれば最悪報復を受け、 強制的に組織に加えられるか、 街を追い出されることになるそう。
「ほぇ~、 そんな組織が……でも抜けるなんて言って大丈夫なの? 聞いた話からするに結構ヤバそうな組織だけど……」
「さぁな、 まぁ報復は不可避だろうな……だが死にやしねぇだろうよ、 明日には合流するから心配すんな! 」
「……わかった……それじゃ明日、 広場近くの宿で待ってるね」
明らかに平然を装っている少年にエインは少し思うような表情をしつつ、 そう答えた。
…………
その後少年と別れ、 エインとガルンは宿に来ていた。
ただ、 エインはあの少年の事が心配になって仕方がなかった。
「……大丈夫かなぁあの子……」
「誰かを心配するなんて珍しいですね、 師匠」
「失礼な! 私だって心配するよぉ、 だってあの子エルフなんだよ? 」
そう、 あの少年はエルフ。
先に説明した通り、 エルフは一部組織では人身売買される程に高値で取引される種族。
あの少年も例外ではないだろう、 それに相手は盗賊達を牛耳る闇組織、 金儲けの為なら人身売買も厭わないと考えるのが妥当だ。
……あの子、 危ないかも……私の勘って結構当たるからなぁ……
嫌な予感と心配が抑えられないエインは立ち上がり、 あの少年を探すことにした。
続く……