第十五話
無事、 リ・エルデの国境を越え、 ベリスタ帝国へ入ったエインとガルン。
二人は相変わらず野宿を繰り返しながら次の街へと目指していた。
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霧が漂う森の中にて……
道がどれなのかも分からず二人はひたすらに歩き続けていた。
頼りなのはエインの勘と持ち前の魔道具のみ。
とは言え、 魔道具に関しては人の気配がする方向に炎がなびくロウソクなのだが……
使っていられるのはせいぜい四十分、 手持ちは現在使用中の一本しか残っていない。
すなわち……
……このままロウソク使い切ったら本格的に遭難待ったなしだよ……
エインは変な汗が止まらずにいた。
「師匠……本当に大丈夫なのですか……? 」
「うん、 大丈夫じゃない♪ 」
それを聞いたガルンは天を仰いだ。
……何でこんな……そもそも師匠が寄り道して道を外れなければこんな事には……いやいや、 師匠を悪く言うのは良くない……師匠の寄り道はいつもの事だ
エインの寄り道癖は今に始まった事ではない。
例えば、 怪鳥の巣で卵を盗もうとして思い切り襲われたり、 人を丸呑みする程の巨大な怪魚がいるという湖に潜って危うく食べられそうになったり……と、 とにかく寄り道をする度にアクシデントに巻き込まれている。
……まぁ……だからこそ退屈しないのかもしれないが……
そんな事を考えながら歩いているとロウソクに動きがあった。
二人は歓喜しながらそのロウソクが揺れる方向に走り出す。
すると森の開けた場所に出た。
そこには
「……ん? 何だ……誰だ? 」
「救援隊か……? 」
十数人程の男女達がテントを立てて集まっていた。
中には負傷している者もおり、 明らかに普通じゃない状況だ。
彼らはエインとガルンの姿を見るや否や救援が来ただの騒いでいたが、 すぐに違うと分かると再び重い雰囲気になる。
話を聞くと、 彼らはこの森の付近にある街から派遣された魔物狩りの部隊だそうだ。
何でもここ最近、 考古学調査団が森で新しい遺跡を発掘したそうで、 その遺跡の安全調査のために寄越されたという。
「それで謎の魔物に襲われてこの様さ……」
「どうしてそんな軽装で遺跡調査を? 」
「学者先生が言うには何千年以上も前に埋まってた遺跡だそうでよ、 出入口は塞がれていたらしいし、 経過してる年月から予想するに魔物も動物も一匹もいないだろと思っていたんだ……」
……それでこれかぁ……魔物を甘く見過ぎだよぉ……
魔物の生命力と寿命の長さを知っていたエインは魔物狩り達の浅はかさに呆れた。
魔物とは『火の時代』の終わり、 悪魔達がほぼ絶滅した直後に繁栄しだした生物。
彼らは悪魔の血を受け継いでいるとされており、 その寿命と生命力は他生物と比べて桁違いに長く、 強い。
故に遭遇したならまずは油断せず、 不利だと悟れば迷わず逃げろ……エインの父はそう教えていた。
「んまぁとりあえず、 私達この近くにある街を探してたんだ、 おじさん達道教えてくれない? 」
「なんだ遭難していたのか……案内してもいいが、 生憎仕事がまだなんだ……負傷してる奴の処置が終わり次第また遺跡に潜るんでな」
……このパターン……私達も行かないといけない感じかなぁ……まぁ正直遺跡には興味あるけど……
このままでは先に進むことが出来ないと悟ったエインは、 一先ず彼らから遺跡の詳細について聞いた。
どうやら遺跡は地下に続いており、 複数の階層と部屋が存在しているそう。
底にはまだ辿り着いておらず、 少なくとも十階層以上はあるとされている。
そして、 彼らが魔物に襲われたのは十二階層辺り、 戻る際に3名が行方不明、 4名の死亡が確認されている状況。
遺跡内の地図は記録したそうだが、 魔物から逃走をする際にいくつか紛失し、 8階層の一部分までの物しか無いという。
その話を聞いたエインとガルンは彼らの状況の重大さを実感した。
「四人も死者が……師匠、 行方不明者の捜索だけでも……」
「……そうだね、 どちらにせよこの人達に協力しないと先に進めないし……遺跡も少し見て見たいから」
「貴女って人は……まぁ貴女らしいですが……」
そして二人は残った魔物狩りの部隊に加わり、 遺跡の魔物の討伐、 及び行方不明者の捜索へ向かう事となった。
…………
遺跡の出入口にて……
そこには見たことも無い構造の建造物の一部がむき出しになっていた。
それに地下へ続く穴が開いており、 一同はそこから内部へ侵入した。
内部は薄暗く、 通路や部屋の様子は良く見えない。
ただ、 全て石のような壁で構成されているようで、 所々にヒビが入っているのが分かる。
エインはその壁を触って確認する。
……石……いや、 石とは違うなぁ……粘土製のレンガでもない……ヒビ以外に切れ目みたいのは無いし……まるで全部繋がってるような……
「師匠、 急がないと置いて行かれます」
「あ、 うん……」
エインは父と過ごしていた頃にも何度か遺跡を見てきている。
しかし、 そのどれもが何の為の建造物なのか分からなかった。
そして今回の遺跡もまた同じだ。
その謎に彼女はいつも惹かれている。
遺跡を調べつつもエインは部隊に付いていく。
そうしている内に段々遺跡の全貌が見えてくる。
どうやら遺跡の通路は螺旋状になっているようで、 一周進むごとに下の階層へ行けるようになっている。
……この遺跡……円柱になってるのかぁ……パパと見た遺跡はどれも四角っぽい形だったけど……やっぱり地域が違うと遺跡も違うのかぁ……
……所々に見える部屋にも誰かが生活していた痕跡が少しだけどあるし……この遺跡は住居的な役割をしていたのかな……
そんな事を考えている内に一同は問題の十階層付近に到着した。
「……これは……」
「ヒデェ有様だろ……」
「あの魔物は食う目的で人を殺しちゃいねぇ……何ていうか……殺す事だけに執着しているような感じだ……きっとこの先にも死体が残されてるだろうよ」
その階層には戦闘の痕跡があり、 そこら中に血らしきモノが飛び散っていた。
するとエインは階層中にある痕跡を調べ出した。
「うーん……なるほどねぇ……そういう……」
……この壁の傷跡……これは戦闘の時に出来たやつだね……結構深い……爪かな……
次に壁の側に落ちている武器の残骸を見る。
……全部バラバラ……砕けた訳じゃない……折れたにしては断面が綺麗過ぎる……これは斬られたのかな……
そんな調子で彼女は魔物の生態と武器を予測する。
「あの嬢ちゃんは何だ……」
「彼女は……まぁ、 こういった未知に対してはかなり頼りになる専門家みたいなものです……」
彼女の不可解な行動に疑問を抱く魔物狩り達にガルンはそう言いくるめた。
数分後、 考え込んでいたエインは口を開いた。
「う~ん、 この痕跡からするに近い種族はいる事にはいるけど……これは多分未知の魔物だね」
それを聞いた一同は動揺する。
新種の魔物なのかと不安になる魔物狩り達をエインは落ち着かせ、 相手の武器が何なのかを予測の段階だが話した。
「きっと相手は長くて刃物みたいな爪を使って攻撃する、 それでいて速い……大きさがどれくらいか見た人はいる? 」
「さぁ……あの時は錯乱していたんでな……でも俺達よりは大きかったと思うぜ」
「なるほどねぇ……」
……長い爪、 人より大きな体、 大勢の魔物狩り達を翻弄する速さ……そして食べる為じゃなく殺す事だけに執着している思考性……思考性はともかく攻撃性の特徴からするに吸血鬼か……それか屍鬼種か……でも……
エインの考察は止まらない。
……日光が弱点の吸血鬼ならこの薄暗い遺跡にいるのは納得できる……でも……あの魔物達は長い時間人の血を吸わないでいると餓死してしまう……ここに人がいる訳ないし、 ここから近い場所に人里は無い感じだし……吸血鬼は無いかぁ……人がいない遺跡に屍鬼も湧く訳ないし……
「となるといよいよ相手が何の魔物か全く見当が付かない……」
「師匠……どうしますか? 」
全く未知の相手に不安を隠せない魔物狩り達を見るエイン。
そして出した決断は
「よし!おじさん達は皆外に戻ってて♪ 私とガルンでこの先に進むよ」
「えぇ! ? 嬢ちゃんとそこの兄ちゃんだけで大丈夫なのかよ」
「大丈夫大丈夫♪ 私達これでも魔物とは沢山戦ってきてるんだから! 」
……それに恐怖してる人を連れて戦いに挑むのは余計な犠牲を増やすだけだってパパが言ってたし……
そうしてエインは魔物狩り達を説得し、 ここからガルンと二人のみで先に進む事になった。
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遺跡地下、 十二階層辺りにて……
二人は魔物狩り達が襲われたという階層へ到着した。
ここまで来るのに行方不明者は発見できず、 死亡した四名だと思われる死体は発見した。
エインとガルンは行方不明者がまだ生きている可能性があると考えた。
「師匠……」
「大丈夫だよガルン、 ここから先はあの人達も知らない階層……未知なのはこの上ない危険だって事ぐらい分かってるよ♪ 」
「それもそうですが、 先程からおかしくないですか……? 」
そう言われてエインは辺りを見渡す。
しかし特に変わった様子は無い。
「……別に何も――」
何も変ではないと言いかけた時、 あることに気付く。
……何も無い……いや、 無さすぎる……
耳鳴りがする程の不気味な静寂、 生き物の気配もしない。
十二階層目に入る前まではコウモリか虫くらいは見かけていたというのに、 突然ぱったりとその気配が消えたのだ。
その瞬間、 エインとガルンは息を殺し動きを止める。
「……いる……結構近い」
「師匠……」
「伏せてて……」
ガルンはエインの指示通り静かに伏せる。
そして彼女は剣の柄に手を置く。
次の瞬間
『ボッ……! 』
エインのすぐ目の前を何かが高速で通過した。
それと同時に床に何かが落ちる。
「師匠! 」
ガルンはすぐさま立ち上がり彼女の近くに寄る。
そして床に落ちた物を見る。
そこには刃物のような長い爪が生えた黒くおぞましい何かの腕だった。
彼はその腕を見て一瞬たじろぐ。
するとエインは振り返り、 ガルンの背後を見る。
「いやぁ予想以上に速いねぇ! 今ので首を斬ったと思ったのにギリギリで躱されちゃったよぉ」
「え……! ? 」
後ろを見るとそこにいたのは
『ゴルルルルル……』
「師匠……あれは一体……」
血の混じったような黒色の大きな人型の体……手足は不気味な程に細く、 その先端には刃物のような長い爪……頭は人間の頭蓋骨のような形をしており、 口は無数の棘のような牙が生えている。
見たことも無い魔物だ。
そんなおぞましい姿の怪物にガルンは青ざめる。
怪物は爪をギシギシと不快な音を立ててこすり合わせながらゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
するとエインはガルンの手を引いて駆けだした。
「にっげろ~~♪ 」
「えぇ~! ? 」
突然の逃走にガルンは驚愕。
二人は遺跡の更に奥へ進みながら怪物から逃げる事になった。
「師匠、 あれは一体なんですか! 」
「わっかんなぁい! あんなの初めて見るよぉ、 もっと調べてみたい♪ 」
「ッんな事言ってる場合ですかぁ~! ! 」
無邪気な笑顔で言うエインにガルンは叫びながらツッコんだ。
そうして凄まじい形相で追いかける怪物から二人は死に物狂いで逃げた。
…………
しばらく逃げて怪物が追いかけて来なくなったのを確認した二人。
「はぁ……はぁぁ……し……師匠……これからどうしましょう」
訳も分からないまま逃げていたガルンはこれからの事を心配する。
しかし、 エインは相変わらずの様子。
それどころか悠々と口笛を吹きながら、 先の森の中で使用していたロウソクをポーチから出していた。
呆れながらも何をしているのかと聞くと
「じゃあここで簡単な問題♪ 行方不明者がさっきの怪物から私達みたいに逃げて来たとするなら、 ここでこのロウソクを使ったらどうなると思う? 」
「……そうか! ロウソクに反応が出ますね! 」
「正解! まぁ可能性の話だけどねぇ……」
そこでガルンは気付く。
「もしかしてさっき逃げ出した理由って……」
「うん、 行方不明者はこうやって逃げたのかなぁって思って再現してみただけ♪ 」
それを聞いて彼は顔を覆う。
……だが逃げたのは正解かもしれない……腕を斬り落としたとは言え、 あの師匠が狙った部位を斬り損ねるなんて……あの怪物の速さは師匠並……それ以上か……
先程のエインの戦いを振り返ってガルンはそんな事を考えた。
そうしている内にエインは火の付いたロウソクを持って奥へ進んでいた。
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行方不明者を探して20分は経っただろうか、 ロウソクに動きが無いのを見て諦めかけていた二人。
すると
「……お、 ガルン! 」
ロウソクの炎が揺らめきだした。
急いでその方向へ向かうと小さな部屋の前に来た。
「ヒッ! な、 何だ……人かよ」
「助かった! 」
そこには二人の魔物狩りが隠れていた。
魔物狩り達は二人を見て安心するも、 すぐに怯えた表情に変わる。
聞くに残りの一人は脱出を試みようとし、 あの怪物に殺されてしまったらしい。
その光景を見ていた二人は完全にトラウマになってしまっていた。
「あれは……悪魔だ……この遺跡には入っちゃいけなかったんだ……」
「きっとこの遺跡もあの怪物を封じ込めるために作られた牢獄なんだよ……」
震える声でそう言う魔物狩りにエインは考え込む仕草を見せながら言った。
「うーん……なぁんか違うと思うなぁ……あの怪物さんだけを閉じ込める牢獄にしては部屋が多すぎるし、 何より封印するための結界の後すらも無かったし……」
そんな事は今はどうでもいいとガルンは言う。
そして二人は魔物狩りの二人を連れて遺跡の脱出を試みることにした。
幸いな事に、 恐怖でどうにかなりそうになりながらも、 魔物狩りの二人はここまでの遺跡の地図を大雑把であるが記録していたようで、 道に迷う事はなさそうだった。
ただ、 問題は一つ。
「あの怪物……どうしましょう……」
続く……