第十四話
・
・
・
リ・エルデ東側国境付近、 とある荒野にて……
「ガルン~がんばれ~♪ 」
「うぉッ! どわぁ! 」
エインとガルンは現在、 ロガウーレと呼ばれる岩の魔物の群れと交戦中である。
大地生命体は、 身体の全てが岩で構成された魔物である。
岩や鉱石が豊富な地域などに多く生息しており、 主に岩石から自然発生的に増える。
これに似たモノでゴーレムという、 同じ岩の生物を召喚する魔法があるが、 それはロガウーレとはまた別のモノである。
二人は交戦中とは言うが、 エインはガルンの修行のためにほぼ手は出さず、 ガルン単身で五体のロガウーレと戦わせている。
ロガウーレは体から鉱物を生成し、 それを投げて戦う習性をしており、 今この時もガルンはその飛び礫を必死に避けている。
……うーん……流石に動きが遅いとはいえ五体同時は難しいかぁ……
ガルンの戦いを見ていたエインはそう思い、 手伝おうと立ち上がる。
しかし
「師匠は手を出さないで下さい! 俺一人でやります! 」
ガルンはエインの行動を察して止めた。
言われたエインは微笑みながら再び岩の上に座った。
……このまま回避し続けても埒が明かない……あの飛び礫を何とかしなければ……
そんな事を考えながらガルンはふとエインの方を見る。
そしてあることに気付く。
彼女の背後、 数メートル程後ろにもロガウーレが一体いるのだ。
しかし、 ロガウーレはエインに感心を向けていない。
というより、 気付いていないのだ。
それを見て驚くガルンに気付いたのか、 エインは不敵な笑みを浮かべながら小さく手を振る。
「……まさか……」
何かに気付いたガルンはふと動きを止め、 静かになる。
すると、 今までガルンに攻撃し続けていたロガウーレ達は、 目の前にいる彼が突然消えたかのようにキョロキョロと辺りを探る動きを見せた。
……やはり……こいつら、 目が見えないのか……確かに顔らしき部位にもそれ以外の部位にも目らしき器官が見当たらない……
そう、 ロガウーレは身体の全てが岩で構成されている魔物、 故に他の生物が持つ器官を殆ど持たない。
彼らは主に地面から伝わる振動を頼りに対象の位置を把握するのだ。
つまり、 地面に振動が伝わる行為をしなければ彼らには気付かれないという訳だ。
その特性に気付いたガルンは静かに足元に落ちている石を拾い上げる。
そしてそれを数メートル先の方へ投げた。
すると
『……! ! 』
石が落ちた方向にロガウーレ達は反応し、 礫を投げようとする。
次の瞬間、 ガルンは彼らの足元まで接近し、 一体のロガウーレの胸に大剣を突き刺した。
胸を貫かれたロガウーレは動きが止まり、 バラバラに砕け散った。
「一か八かだったが……急所は心臓で合っているみたいだな! 」
そう言って立て続けにロガウーレの胸を狙って攻撃するガルン。
しかし……
「……! ? 」
二体目のロガウーレの心臓部を突き刺しても動きが止まらなかったのだ。
完全に不意を突かれたガルンは殴られそうになる。
その時
「惜しかったねガルン、 でも判断は正しかったよ♪ 」
そう言うと同時にエインが彼の頭上に現れ、 着地と共に周囲のロガウーレの手足を斬り落とした。
「た……助かりました……」
「ロガウーレの特性を知ってたら勝ててたかもねぇ♪ 」
エインが言うに、 ロガウーレは急所となる核が体内に埋まっているそうだが、 その核は個体ごとに位置が違うのだという。
その証拠に、 彼女は身動きが取れなくなったロガウーレをばらして見せた。
すると、 ある個体は頭の中に、 またある個体は左の脇腹辺りにと、 個体ごとに核が埋まっている部分が違っていた。
先程ガルンが胸に突き刺して倒れたロガウーレは、 偶然心臓部分に核が埋まっていただけだったという訳である。
「色んな魔物について勉強しておくのも戦況をより有利にする戦略だよ♪ 」
「肝に銘じておきます」
……確かに師匠、 日頃持参している手記帳に初めて見たり体験したモノは全て記録している……その上ステイロンに滞在中は図書館にて多くの書物を読んでいたらしいからなぁ……鍛えるだけが修行という訳ではないという事か……
ガルンは日頃のエインの行動を思い出し、 自身の修行観を改めた。
そんな事をしつつ国境を目指して歩くこと数時間……
「あれが国境の街かぁ……! 」
「着きましたね……しばらくあそこで休みましょう」
二人は国境に面する街、 リフェイドに到着した。
…………
リフェイドの街門にて……
そこには大勢の旅商人や武装した魔物狩りと思しき集団などが行列を作っていた。
中にいた一人の旅商人に話を聞くと、 近頃ベリスタ帝国とリ・エルデ王国の関係が悪化している影響で、 両国共に入出国者に対する警戒態勢が厳重になっているそう。
ただ、 それ以外にも問題があるようで……
「どうも最近、 『救済の灯』と呼ばれる謎の宗教団が各地で問題を起こしてるそうでなぁ……リ・エルデやベリスタ以外の国もその教団を警戒して入出国者を取り締まってるんだとよ」
「『救済の灯』? 」
「初めて聞きますね……」
『救済の灯』、 それは近年成立された謎のカルト教団だという。
彼らは世界各地の貧困な村や町を狙って信者を増やしているそうで、 活動資金はその信者達が作ったという魔道具を売って集めているのだという。
これだけを聞けば何ら問題は見られない普通の宗教団体に思える。
ただ、 最近になってその魔道具を使った事で謎の病の呪いにかかったという話や、 彼らは神話に記されている『火の時代』の復活を目論んでいるという噂が出始めているという。
その話を聞いてエインはある事を思い出す。
「『火の時代』といえば……もしかして『魔王』でも崇拝してるのかな……? 」
「おっ、 お嬢ちゃんよく知ってるな! 神話の勉強でもしてたのかい? 」
魔王という言葉に反応する旅商人。
……魔王、 それは『火の時代』において頂点に君臨し、 最も邪悪と恐れられていた存在である。
神話では魔王は天と地を引き裂き、 大気を灼熱に還る程の力を持っていたとされており、 世界の形を変えたという竜 ザルビューレと互角に渡り合った唯一の存在とも言われている。
その話を聞いたガルンは畏怖する。
「そんな存在が『火の時代』に……もしそんなものが復活すれば……」
「あぁないない! そんなのを復活させられる技術なんてこの世には無いし、 所詮は噂に過ぎないしな」
恐れるガルンに旅商人はそう言った。
「第一魔王がいた時代なんて何万年も前のお話だよ? 復活したってとっくにおじいちゃんになってるでしょ♪ 」
そんな事を言うエインに旅商人は大笑いした。
そんな話をしている内に二人は無事検問を通り、 街に入った。
…………
街の宿にて……
「それじゃ、 ここからは自由行動で! 」
「はい、 師匠はこれから何を? 」
「私は路銀を稼ぐために依頼を受けようかなぁって」
……最近ガルンが一緒になったからお金が底を尽きそうなんだよね……
そう考えていたエインはガルンに夕暮れには戻ると告げ、 別行動をする事にした。
その際、 ガルンも付いていくと言ったが、 エインに自由行動だから気にせずやりたい事をしろと言われたため、 今後の魔物との戦いの為に図書館にて魔物に関する見聞を広める事にした。
・
・
・
夕暮れ時……
分厚い魔物辞典一冊を読み終えたガルンはエインを探そうと図書館を後にした。
……師匠……依頼で路銀を稼ぐと言っていたが……今は何処にいるのだろう……
そう思いガルンは依頼の貼り紙が貼られている掲示板を覗く。
見るとそこに貼られている紙は一、 二枚程度しか無かった。
恐らくそこにあっただろう依頼の殆どはエインが受けたのであろう。
それならとガルンは街の人々に聞き込みをする。
「長い黒髪で剣を持ったお嬢ちゃんかい? もしかしたら昼間私が出した荷物運びの依頼を受けてくれた子かもねぇ」
「その方がどちらへ行ったか分かりますか? 」
…………
市場にて……
「あぁ、 その嬢ちゃんならウチで盗みを働いていた泥棒をとっ捕まえてくれたよ! まるでネズミ捕りの猫だぜありゃ」
「その方はどちらへ……」
…………
「池に落とした指輪を見つけてくれてねぇ……」
「その方は――」
…………
と、 そんな具合でガルンは聞き込みを続け、 エインを探した。
……師匠……一体いくつの依頼を受けたんだ……少なくとも八人もの人から依頼を受けていたみたいだが……
そんな事を思いながらガルンは山の景色が見える広場に来た。
すると、 そこにあるベンチにエインがこちらに背を向けて座っているのが見えた。
そよ風が吹く中、 彼女はただじっと夕焼けに染まる山の景色を黙って眺めていた。
そんな彼女の後姿は、 どこか寂しげな雰囲気を感じる。
それを見たガルンは静かに彼女に歩み寄り、 声を掛ける。
「師匠……」
「あっ、 ガルン! 見て見てぇ、 こんなに稼いだよぉ♪ 」
ガルンに気付いたエインは笑顔で袋一杯の銀貨や銅貨を見せる。
一体一日で何件の依頼をこなしたのかと驚きつつ、 ガルンはエインの隣に座った。
その後数分ほどだろうか、 二人はただただ静かに夕日を眺めた。
……そういえば……師匠と出会ってから色んな初体験ばかりだったなぁ……この夕日を見るのも……
ガルンがそんな事を考えているとエインが口を開く。
「……いい景色だねぇ、 ガルン」
「えぇ……師匠と出会う前は気付きませんでした……こんなに綺麗な景色がこの街にあったなんて……」
「来たことあるの? 」
実は、 ガルンは勇者といた頃に一度だけリフェイドを訪れた事があったのだ。
……思えば、 彼らと出会った切掛けは酒場で声を掛けられた事からだった……
…………
それは数年前……
当時のガルンはリ・エルデの各地を転々としている魔物狩りの一人だった。
成人してからすぐに家族を病で失い、 故郷である集落から自ら出て、 一匹狼の戦士として生きていくとずっと思っていた。
そんな彼がリフェイドに訪れていた時、 酒場であの勇者一行に声を掛けられたのだ。
「おい、 お前中々いいがたいしてるな」
「……勇者様か……何か用か……」
彼が尋ねると勇者は袋をテーブルに置く。
それには一杯の金貨が入っていた。
「俺の仲間になって欲しい、 今うちのパーティーに壁になれそうな奴がいないんだ」
今になって考えれば、 金なんかで動いていた自分は浅はかだったと思う。
だが、 当時の彼にとって生きる目的と言えば『酒』か『金』しかなかった。
そうして彼はあの勇者と共に行動する事になった。
大切に思える家族も友人もいない……騎士様のような大義も無い……
目標も抱くことなく……ただ命令された事をするだけ……
どうでもよかった……勇者達がどんなに浅はかで愚かな人間だとしても……
自分がそんな人間の仲間だとしても……
灰色な人生を送って……誰にも看取られる事もなく……ただ一人静かに死んでいくだけだ……
結果なんて……皆同じ……ただ、 死んでいくだけ……
どう生きようが……全て無意味だ……
そう思い込んでいた。
…………
「でも、 師匠に出会って……こんな灰色な人生を歩む俺でも、 変われるのではないかと……そう感じたんです……」
「どうして? 」
「あの村の人を庇うあなたを見て……初めて誰かに憧れるという想いを抱いたんです……」
夕日を眺めながらガルンは続ける。
「でも付いて来てみれば、 貴女はいつも自由奔放で世間知らずで……何を考えてるのかも分からない……傍から見れば正に『変人』です……」
……凄い言われようだなぁ……
いつになく酷い言葉を並べるガルンにエインは苦笑いする。
そんな彼女にガルンは
「……ただ、 この世の誰よりも自由で……何もかも楽しんでいる……俺の人生を塗り替えられるとしたら……きっと貴女しかいないでしょう……」
微笑みながらエインの眼を見て言った。
それに対しエインはガルンから目を逸らし、 景色を眺めながら呟いた。
「私はただ何事にも気まぐれなだけの『旅人』だよ……」
「……俺は……そんな『旅人』の貴女に憧れたんです……」
「ガルンも『変人』だねぇ……」
「……だからなのかもしれませんね……」
そんな会話をしながら二人は静かに微笑んだ。
・
・
・
宿へ戻る途中、 ガルンはどうしても気になりエインに自分が確認できたもの以外に何の依頼を受けたのかを聞いた。
「う~ん……あ、 子供たちと勇者ごっこに付き合って欲しいっていう依頼もあったなぁ」
「え、 そんな依頼が? 」
「うん、 なんせ勇者を襲う魔物役をやりたがる子がいなくて困ってたみたいでねぇ、 銅貨一枚で受けたよ」
その話を聞いたガルンはエインが魔物を演じている姿を想像し、 思わず吹き出す。
「いやぁ、 我ながら中々の演技だったと思うよぉ~♪ 」
まるで子供のように語るエインにガルンは微笑んだ。
そんな事がありつつ、 一日が終わった。
・
・
・
その後三日間、 二人は街で依頼をこなしたり、 稽古をしながら休息を取り、 いよいよ国境を越える事にした。
が……
二人は門の前で立ち往生していた。
何でも最近の戦争や教団の影響で、 国境を越える門を通る際には本人の身元を保証できる物が必要とされるようになったらしく、 ただの旅人であるエインは素性不明という事で通してもらえない状況なのである。
「身元不明の者を通す訳にはいかない! 早々に立ち去れ! 」
「えぇ~! 」
「仕方ありません、 他に通れる方法が無いか探しましょう」
という訳で、 二人は国境の街から次に進めなくなってしまった。
見張りの兵士が言うに、 身元不明であっても通行書を魔物狩り管理局という場所にて発行して貰えば通す事が出来るそう。(つまり大使館や市役所のような場所にてパスポートを発行するのと同じ)
ただ、 その為には一旦ステイロンに戻らなくてはいけないのだ。
……絶対戻りたくない! だってここまで何だかんだ一か月近くかかってるもん! ! 一か月近くかかってるもん! ! !
再び長い道のりを往復するのはエインでも嫌な様子。
宿へ戻る途中、 ガルンは聞く。
「師匠はリ・エルデに入る時はどうなさったのですか? 」
「え……森の中歩いてたらいつの間にか着いてたよ……? 」
言わば不法入国であった。
それを聞いたガルンは顔を覆う。
「……まぁ、 とにかくステイロンに戻る以外であの門を通る方法を探しましょう」
そして二人は街を練り歩き、 商人や魔物狩りに聞き込みをし、 門を通る方法を探した。
数十分後……
隅から隅まで聞き込みを行った二人。
しかし、 門を通る方法は見つからず仕舞いだった。
「やっぱり強行突破するしかないかなぁ……」
そう言ってエインはポーチを漁って怪しげな魔道具を取り出す。
本人曰く、 『ジュっとやってファサァ……』となる液体を噴き出す魔道具らしく、 それをどこかの壁に吹きかければ……とのこと。
ただ間違いなく犯罪者として指名手配されるのがオチである。
ガルンはその案を即却下した。
やはりステイロンに戻るしかないと考え始めた時……
「ん……? 師匠、 何か落としましたが……」
「え……あぁ、 これは確か……団長さんから貰った『カイキュウショウ』ってやつだったような……」
それを聞いた瞬間、 ガルンは即座にエインの手を引いて門の前に戻った。
そして先程の兵士にエインの階級章を見せると
「た、 大変失礼いたしました! 少佐とは知らず何たる言動を! 」
階級章が本物だと分かるや否や兵士達の顔が青ざめ、 すぐに二人を通した。
こうして二人は無事ベリスタ帝国へ渡ることが出来た。
・
・
・
「いやぁ、 まさかあれが身元を保証してくれる物だったなんて知らなかったよぉ♪ 」
「はぁ……師匠、 今度世間の常識についてきちんと勉強しましょう……」
そう言われるとエインは苦い顔をした。
続く……