第十三話
『氷竜の大口』での吹雪の原因である魔族を討伐し、 平穏を取り戻したエイン。
終わらせたエインはガルンと共に集落へと戻った。
・
・
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吹雪がおさまってから翌朝、 シュネイト族の村に戻った二人は早速グラエスに吹雪の原因が無くなった事を話す。
それを聞いたグラエスは大きく態度には出さなかったが、 安心しているようだった。
そしてその日は村全体で宴を行う事となった。
「兄ちゃん、 別に手伝わなくたっていいんだぞ? 」
「そうだぜぇ、 今回の功労者はアンタとあの嬢ちゃんなんだからよぉ」
宴の中、 ガルンは村人に混じって力仕事を手伝っていた。
「それでも手伝いたいんです……それにそもそもの原因を解決したのは全て師匠のお陰ですし、 何も出来なかった自分は少しでも皆さんの役に立なければ……何だか情けなくて」
そう言うガルンにシュネイト族の男達は皆で彼を励ました。
そうしている内に皆口々に日々女性たちに対する愚痴を吐き出し始める。
「強い女の側にいると苦労するよなぁ……」
「分かるぜぇ、 ウチの嫁なんか怒り出すと斧振り回すんだ」
「そりゃオメェの酒癖が悪いからじゃねぇのか? 」
『ハハハハハ! ! 』
いつどんな時も活気に溢れているシュネイト族の男達にガルンはすっかり元気を取り戻していた。
一方、 エインは……
「お姉ちゃん次はこれ! 」
「これも乗せてー! 」
頭と両手に様々な食材を乗せてバランスを取るという芸を子供たちに見せていた。
面白がる子供たちは次から次へとエインに果物や野菜を持って集まって来ていた。
それでも尚彼女は余裕な表情で頭と両手に物を乗せていく。
そして……
「いくよ~……それ! 」
エインは勢いを付けてバク宙をし、 食材を宙へと飛ばす。
次の瞬間、 エインはテーブルに置いてあったナイフを取り、 次々と落ちてくる食材を斬り刻みながら鍋や籠に放り込んだ。
それを見た周囲の大人も子供も全員拍手した。
「助かるよぉ嬢ちゃん! 食材を切る手間も省けるし、 おまけに子供達の相手までしてくれて」
料理を担当していたカディはエインに感謝する。
そんな事がありながら二人は宴を楽しんでいた。
…………
エインとガルンが食事している時……
グラエスが二人の元に現れた。
エインはすっかり友人のようにグラエスと接し、 しばらく三人でくだらない雑談をした。
そうしている内に日が傾き、 黄昏時となった。
二十年間もの間、 ずっと晴れずに雲に覆われていたとは思えない美しい景色に村人達は全員目を奪われる。
エインとガルンもその景色を眺めていると隣にいたグラエスが口を開く。
「……まさかこの夕日を再び見れる時が来るとはな……父にも見せてやりたかった……」
「……」
少し寂しげな表情を浮かべるグラエス。
それに対しエインは言った。
「族長さんのパパも見てるよ、 空の上から」
その言葉にグラエスは静かに微笑んだ。
するとグラエスはふと思い立ったようにエインに旅をしている目的を聞く。
「実は私、 自分の事をあまり良く知らないの……パパに拾われる前には何処にいて誰と過ごしていたのかも覚えてなくて……だから思ったんだ、 私はどこの誰なのか……その答えを探したいって」
エインは父と呼ぶその男に出会う前の事は何も覚えていない。
故に自身の本当の名も、 家族は何処の誰で、 どのような顔なのかも知らない。
父に出会う前は何者だったのか……その疑問は成長すると共に大きく、 そして強く抱くようになっていた。
彼女はその疑問を解き明かす為にも、 世界中を巡る旅に出たのだ。
その事情を聞いたグラエスは
「左様か……見つけられるといいな……」
エインの事を少し可哀想だと思いながらそう言った。
その時、 彼女は父との会話を思い出す。
・
・
・
それはエインが旅に出る数年前の頃……
「エイン……旅に出るなら、 全力で楽しめ」
焚火に枝を入れながら父はふと彼女に言った。
「ん? どうして? 」
当時の彼女にとって、 この旅の目的は自身の過去を知る為のもの。
成長するに従ってその意志も強くなっていた。
だが、 父はそんな彼女を案じていた。
「お前が探しているのは……手掛かりも無いのにこの森から一つの小さな宝石を探すのと同じくらいに見つけるのが難しいモノだ……そんな事ばかりに囚われていてはあまりにもつまらないだろう? 」
「確かに……! 」
「……お前の探す答えとは必ずしも望んでいる答えとは限らない……もし長い旅の果てに見つけた答えが落胆するものだったとしても、 後悔が無い旅だったと……そう思えるようにしなさい……」
そう言う父にエインは笑顔で頷く。
・
・
・
そんな父の言葉を思い出したエインは言った。
「でも、 やっぱりそれよりも……この世界の色んなモノを見たいなぁって思ったのが一番かな」
「ほう……何故だ? 」
「だって、 覚えても無い事ばかり考えててもつまらないじゃん? 探し物は案外他の事をしている内に見つかる事が多いし、 どうせなら楽しみながら探した方がずっといいでしょ♪ 」
そう言うエインにグラエスは思わず笑った。
「確かに、 つまらん事を考えながら見つけるよりも、 それを忘れるくらいに楽しんでいる内に見つかる方がよっぽどいいな」
そんな会話を聞いていたガルンも共感した。
それと同時に彼は考えた。
自分は何のためにエインに付いていくか。
無論、 彼女に付いていく理由は既に明確だ。
彼女のように戦士としても人としても強くなるため、 そして自身の人生を見直すため。
彼にとってのこの旅の目的はそんなところだ。
だが、 ガルンは気付いた。
そんな事ばかりに囚われていてはあまりにつまらないじゃないか。
その考えに至ったガルンはエインに見習い、 言った。
「師匠……俺も、 この旅を楽しもうと思います……貴女と共に……」
「……うん、 楽しい旅にしようね♪ 」
笑顔で答えるエイン。
こうして村総出の宴は幕を下ろした。
・
・
・
それから数日間、 二人は村の手伝いや観光をしながら旅立つ準備をした。
そしてその時が来た……
「アンタ達には本当に世話になったね、 また立ち寄ることがあれば遠慮なく来な! 」
「二十年もの間、 あの吹雪でこの村が活気を失っていたのを……旅人様が救ってくださった……感謝してもし切れませぬ……」
村の出入り口でシュネイト族全員が二人を見送っていた。
子供達はエインに行って欲しくないと引き留めようとする。
「ごめんね、 私にはもっとやりたいことがあるから……皆だってやりたい事が出来ないなんて嫌でしょ? 」
エインがそう諭すと子供達は名残惜しい様子を見せながらも大人しくなる。
そこにグラエスが二人の前に出る。
すると徐に懐から二つの首飾りを取り出す。
「この首飾りは我らシュネイト族の戦士が持つ事が許される『氷竜の牙』だ……君らにはこれを持つ資格は十分にある」
「わはぁ……! ありがとう! 」
「俺は何も出来なかったというのに……こんな」
遠慮しないエインと遠慮するガルン。
グラエスは構わず持っていけと二人に首飾りを渡した。
そうして二人はシュネイト族の村を出ようとした時、 エインはふとある事をグラエスに聞いた。
「そういえば、 族長さんってカディさんに異様に避けられてたみたいだけど……何かあったの? 」
そう言うエインにグラエスは気まずそうに答える。
「あぁ……カディは私の娘でな……その……つい最近喧嘩したばかりで……」
それを聞いた二人は驚愕する。
……え……全然分からなった……だって似てなかったし……
そう思うエインの表情に察したのか、 グラエスは事情を話す。
正直な話、 カディはグラエスの本当の子ではなく養子なのだ。
吹雪を起していた魔族によって両親を失った幼いカディを彼が受け入れ、 代わりに育てたのだという。
「そうだったんだね……」
「きっと彼女の両親も報われた事だろう……改めて、 君らには感謝する……この村の『勇者』よ……」
グラエスは深々と頭を下げた。
その言葉にエインは微笑みながら
「私はただの『旅人』です……勇者だなんて大層なものじゃないよ」
そう言った。
それに対してグラエスは静かに微笑み返した。
そうして二人はシュネイト族の村を後にした。
…………
村を出てしばらく歩いた頃……
「結局、 今回も俺は師匠に頼りきりでしたね……」
ガルンは今回の事を振り返り、 反省する。
あまり活躍が出来なかった事に落ち込んでいるガルンにエインは言う。
「気にする事ないよ、 今回の件に関しては私が勝手に引き受けた事だもん」
その言葉にガルンは少し気が軽くなる。
「それにガルンのお陰で足場の悪い雪上での戦闘も楽だったし、 ガルンがいなかったらこんなに早く終わらなかったと思うよ♪ 」
加えてそう言う彼女にガルンは最初は気を遣っているのではないかと思った。
しかし、 真っ直ぐとこちらを見つめながら言うエインの表情を見た瞬間にその疑いは消えた。
……師匠は嘘を付かない……思った事は包み隠さず真っ直ぐに言う……この方はそういう方だ……
エインと共に過ごしている内に彼女の人柄を理解し始めていたガルンはそう思う。
「……もっと貴女の力になれるよう、 精進します」
「うん! 私もガルンが誇れるような師匠になれるよう頑張るよ! 」
そんな会話をしているとエインはある物に目が留まる。
その視線の先には崖上でこちらを見つめる氷狼の群れだった。
ガルンも気付き、 警戒する。
しかし、 氷狼は何をするわけでもなく、 二人の事をじっと見ているだけだった。
その様子にエインは微笑みながら言った。
「氷狼はね、 本当は無闇に生き物を襲わない魔物らしいよ……襲うのはお腹が空いた時だけ……」
「……彼らもまた被害者だった……と……」
エインの話を聞いたガルンは再び氷狼の群れの方を見る。
心なしか、 氷狼もエイン達に感謝しているようにも見えた。
……全ての魔物が悪い物とは限らない……彼らもまた、 この世界に生きる命に過ぎない……という事か……
ガルンがしみじみとそう感じている内に、 二人は『氷竜の大口』の出入り口となる谷に到着した。
久々の緑の景色にエインは大きく息を吸う。
「ふぅ~……楽しかったね! ガルン」
「……はい! 」
そして二人は次なる街を目指して歩みを進める。
その時、 二人の上空に大きな影が通過する。
その影の主は十メートルもあろう程の大きさの鳥だった。
恐らく吹雪が収まった事で『氷竜の大口』を通るようになった渡り鳥の一種だろう。
それを見たエインは目を輝かせる。
「何あれ何あれ! ? ガルン、 追いかけよう! 」
そう言うとエインは猛スピードで駆けだした。
「えっ、 ちょ……師匠! ? 待ってください師匠~! ! 」
突発的な行動をする彼女に慌てたガルンは急いで後を追う。
二人の旅はまだまだ続きそうだ。
・
・
・
その頃、 リ・エルデの国境に面する街、 リフェイドにて……
その街では現在、 隣国のベリスタ帝国に対する警戒が強まっていた。
最近あった鉱山での戦もあっての事だろう。
そんな中、 一人の青年が隣国へと続く門を目指して歩いていた。
顔には何者かに引っ掻かれたかのような大きな傷跡があり、 腰には普通の剣ではなく日本刀が掛けられている。
表情には笑顔が無く、 何かに対する明確な殺意を持つ目つきをしていた。
そして青年は門の前に着く。
見張りの兵士が青年を止め、 ベリスタ帝国へ向かう目的を聞く。
「……ベリスタの先にある地域に故郷だった場所があるんだ……墓参りみたいなものだ」
「……そうか、 気の毒にな……荷物に不審な物は無いみたいだし、 通っていいぞ」
この世界では魔物によって滅ぼされる村は珍しくない。
故郷を滅ぼされ、 逃れた者が長い時を経て戻る事もある。
それを知る兵士は青年の事情を察し、 それ以上問い詰める事は無かった。
…………
ベリスタの国境に入った青年は森の中を歩いているとゴブリンの群れに出くわした。
すると彼は構える。
その構えはまるでエインの抜剣の構えのようだった。
そして次の瞬間、 青年は目にも留まらぬ速さで刀を円状に振った。
それを見ていたゴブリン達は同時にその首が地面に落ちる。
一瞬にして戦いが終わり、 青年は刀を納める。
「……いよいよだな……絶対に報いを受けさせてやる……」
そう呟く青年の紫の瞳には強い殺意が込もっていた。
続く……
『氷竜の大口』での吹雪の原因である魔族を討伐し、 平穏を取り戻したエイン。
終わらせたエインはガルンと共に集落へと戻った。
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吹雪がおさまってから翌朝、 シュネイト族の村に戻った二人は早速グラエスに吹雪の原因が無くなった事を話す。
それを聞いたグラエスは大きく態度には出さなかったが、 安心しているようだった。
そしてその日は村全体で宴を行う事となった。
「兄ちゃん、 別に手伝わなくたっていいんだぞ? 」
「そうだぜぇ、 今回の功労者はアンタとあの嬢ちゃんなんだからよぉ」
宴の中、 ガルンは村人に混じって力仕事を手伝っていた。
「それでも手伝いたいんです……それにそもそもの原因を解決したのは全て師匠のお陰ですし、 何も出来なかった自分は少しでも皆さんの役に立なければ……何だか情けなくて」
そう言うガルンにシュネイト族の男達は皆で彼を励ました。
そうしている内に皆口々に日々女性たちに対する愚痴を吐き出し始める。
「強い女の側にいると苦労するよなぁ……」
「分かるぜぇ、 ウチの嫁なんか怒り出すと斧振り回すんだ」
「そりゃオメェの酒癖が悪いからじゃねぇのか? 」
『ハハハハハ! ! 』
いつどんな時も活気に溢れているシュネイト族の男達にガルンはすっかり元気を取り戻していた。
一方、 エインは……
「お姉ちゃん次はこれ! 」
「これも乗せてー! 」
頭と両手に様々な食材を乗せてバランスを取るという芸を子供たちに見せていた。
面白がる子供たちは次から次へとエインに果物や野菜を持って集まって来ていた。
それでも尚彼女は余裕な表情で頭と両手に物を乗せていく。
そして……
「いくよ~……それ! 」
エインは勢いを付けてバク宙をし、 食材を宙へと飛ばす。
次の瞬間、 エインはテーブルに置いてあったナイフを取り、 次々と落ちてくる食材を斬り刻みながら鍋や籠に放り込んだ。
それを見た周囲の大人も子供も全員拍手した。
「助かるよぉ嬢ちゃん! 食材を切る手間も省けるし、 おまけに子供達の相手までしてくれて」
料理を担当していたカディはエインに感謝する。
そんな事がありながら二人は宴を楽しんでいた。
…………
エインとガルンが食事している時……
グラエスが二人の元に現れた。
エインはすっかり友人のようにグラエスに接し、 しばらく三人でくだらない雑談をした。
そうしている内に日が傾き、 黄昏時となった。
二十年間もの間、 ずっと晴れずに雲に覆われていたとは思えない美しい景色に村人達は全員目を奪われる。
エインとガルンもその景色を眺めていると隣にいたグラエスが口を開く。
「……まさかこの夕日を再び見れる時が来るとはな……父にも見せてやりたかった……」
「……」
少し寂しげな表情を浮かべるグラエス。
それに対しエインは言った。
「族長さんのパパも見てるよ、 空の上から」
その言葉にグラエスは静かに微笑んだ。
するとグラエスはふと思い立ったようにエインに旅をしている目的を聞く。
「実は私、 自分の事をあまり良く知らないの……パパに拾われる前には何処にいて誰と過ごしていたのかも覚えてなくて……だから思ったんだ、 私はどこの誰なのか……その答えを探したいって」
エインは父と呼ぶその男に出会う前の事は何も覚えていない。
故に自身の本当の名も、 家族は何処の誰で、 どのような顔なのかも知らない。
父に出会う前は何者だったのか……その疑問は成長すると共に大きく、 そして強く抱くようになっていた。
彼女はその疑問を解き明かす為にも、 世界中を巡る旅に出たのだ。
その事情を聞いたグラエスは
「左様か……見つけられるといいな……」
エインの事を少し可哀想だと思いながらそう言った。
その時、 彼女は父との会話を思い出す。
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それはエインが旅に出る数年前の頃……
「エイン……旅に出るなら、 他の事を楽しめ」
焚火に枝を入れながら父はふと彼女に言った。
「ん? どうして? 」
当時の彼女にとって、 この旅の目的は自身の過去を知る為のもの。
成長するに従ってその意志も強くなっていた。
だが、 父はそんな彼女を案じていた。
「お前が探しているのは……手掛かりも無いのにこの森から一つの小さな宝石を探すのと同じくらいに見つけるのが難しいモノだ……そんな事ばかりに囚われていてはあまりにもつまらないだろう? 」
「確かに……! 」
「……お前の探す答えとは必ずしも望んでいる答えとは限らない……もし長い旅の果てに見つけた答えが落胆するものだったとしても、 後悔が無い旅だったと……そう思えるようにしなさい……」
そう言う父にエインは笑顔で頷く。
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そんな父の言葉を思い出したエインは言った。
「でも、 やっぱりそれよりも……この世界の色んなモノを見たいなぁって思ったのが一番かな」
「ほう……何故だ? 」
「だって、 覚えても無い事ばかり考えててもつまらないじゃん? 探し物は案外他の事をしている内に見つかる事が多いし、 どうせなら楽しみながら探した方がずっといいでしょ♪ 」
そう言うエインにグラエスは思わず笑った。
「確かに、 つまらん事を考えながら見つけるよりも、 それを忘れるくらいに楽しんでいる内に見つかる方がよっぽどいいな」
そんな会話を聞いていたガルンも共感した。
それと同時に彼は考えた。
自分は何のためにエインに付いていくか。
無論、 彼女に付いていく理由は既に明確だ。
彼女のように戦士としても人としても強くなるため、 そして自身の人生を見直すため。
彼にとってのこの旅の目的はそんなところだ。
だが、 ガルンは気付いた。
そんな事ばかりに囚われていてはあまりにつまらないじゃないか。
その考えに至ったガルンはエインに言った。
「師匠……俺も、 この旅を楽しもうと思います……貴女と共に……」
「……うん、 楽しい旅にしようね♪ 」
笑顔で答えるエイン。
こうして村総出の宴は幕を下ろした。
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それから数日間、 二人は村の手伝いや観光をしながら旅立つ準備をした。
そしてその時が来た……
「アンタ達には本当に世話になったね、 また立ち寄ることがあれば遠慮なく来な! 」
「二十年もの間、 あの吹雪でこの村が活気を失っていたのを……旅人様が救ってくださった……感謝してもし切れませぬ……」
村の出入り口でシュネイト族全員が二人を見送っていた。
子供達はエインに行って欲しくないと引き留めようとする。
「ごめんね、 私にはもっとやりたいことがあるから……皆だってやりたい事が出来ないなんて嫌でしょ? 」
エインがそう諭すと子供達は名残惜しい様子を見せながらも大人しくなる。
そこにグラエスが二人の前に出る。
すると徐に懐から二つの首飾りを取り出す。
「この首飾りは我らシュネイト族の戦士が持つ事が許される『氷竜の牙』だ……君らにはこれを持つ資格は十分にある」
「わはぁ……! ありがとう! 」
「俺は何も出来なかったというのに……こんな」
遠慮しないエインと遠慮するガルン。
グラエスは構わず持っていけと二人に首飾りを渡した。
そうして二人はシュネイト族の村を出ようとした時、 エインはふとある事をグラエスに聞いた。
「そういえば、 族長さんってカディさんに異様に避けられてたみたいだけど……何かあったの? 」
そう言うエインにグラエスは気まずそうに答える。
「あぁ……カディは私の娘でな……その……つい最近喧嘩したばかりで……」
それを聞いた二人は驚愕する。
え……全然分からなった……だって似てなかったし……
そう思うエインの表情に察したのか、 グラエスは事情を話す。
正直な話、 カディはグラエスの本当の子ではなく養子なのだ。
吹雪を起していた魔族によって両親を失った幼いカディを彼が受け入れ、 代わりに育てたのだという。
「そうだったんだね……」
「きっと彼女の両親も報われた事だろう……改めて、 君らには感謝する……この村の『勇者』よ……」
グラエスは深々と頭を下げた。
その言葉にエインは微笑みながら
「私はただの『旅人』です……勇者だなんて大層なものじゃないよ」
そう言った。
それに対してグラエスは静かに微笑み返した。
そうして二人はシュネイト族の村を後にした。
…………
村を出てしばらく歩いた頃……
「結局、 今回も俺は師匠に頼りきりでしたね……」
ガルンは今回の事を振り返り、 反省する。
あまり活躍が出来なかった事に落ち込んでいるガルンにエインは言う。
「気にする事ないよ、 今回の件に関しては私が勝手に引き受けた事だもん」
その言葉にガルンは少し気が軽くなる。
「それにガルンのお陰で足場の悪い雪上での戦闘も楽だったし、 ガルンがいなかったらこんなに早く終わらなかったと思うよ♪ 」
加えてそう言う彼女にガルンは最初は気を遣っているのではないかと思った。
しかし、 真っ直ぐとこちらを見つめながら言うエインの表情を見た瞬間にその疑いは消えた。
……師匠は嘘を付かない……思った事は包み隠さず真っ直ぐに言う……この方はそういう方だ……
エインと共に過ごしている内に彼女の人柄を理解し始めていたガルンはそう思う。
「……もっと貴女の力になれるよう、 精進します」
「うん! 私もガルンが誇れるような師匠になれるよう頑張るよ! 」
そんな会話をしているとエインはある物に目が留まる。
その視線の先には崖上でこちらを見つめる氷狼の群れだった。
ガルンも気付き、 警戒する。
しかし、 氷狼は何をするわけでもなく、 二人の事をじっと見ているだけだった。
その様子にエインは微笑みながら言った。
「氷狼はね、 本当は無闇に生き物を襲わない魔物らしいよ……襲うのはお腹が空いた時だけ……」
「……彼らもまた被害者だった……と……」
エインの話を聞いたガルンは再び氷狼の群れの方を見る。
心なしか、 氷狼もエイン達に感謝しているようにも見えた。
全ての魔物が悪い物とは限らない……彼らもまた、 この世界に生きる命に過ぎない……という事か……
ガルンがしみじみとそう感じている内に、 二人は『氷竜の大口』の出入り口となる谷に到着した。
久々の緑の景色にエインは大きく息を吸う。
「ふぅ~……楽しかったね! ガルン」
「……はい! 」
そして二人は次なる街を目指して歩みを進める。
その時、 二人の上空に大きな影が通過する。
その影の主は十メートルもあろう程の大きさの鳥だった。
恐らく吹雪が収まった事で『氷竜の大口』を通るようになった渡り鳥の一種だろう。
それを見たエインは目を輝かせる。
「何あれ何あれ! ? ガルン、 追いかけよう! 」
そう言うとエインは猛スピードで駆けだした。
「えっ、 ちょ……師匠! ? 待ってください師匠~! ! 」
突発的な行動をする彼女に慌てたガルンは急いで後を追う。
二人の旅はまだまだ続きそうである。
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その頃、 リ・エルデの国境に面する街、 リフェイドにて……
その街では現在、 隣国のベリスタ帝国に対する警戒が強まっていた。
最近あった鉱山での戦もあっての事だろう。
そんな中、 一人の青年が隣国へと続く門を目指して歩いていた。
顔には何者かに引っ掻かれたかのような大きな傷跡があり、 腰には普通の剣ではなく日本刀が掛けられている。
表情には笑顔が無く、 何かに対する明確な殺意を持つ目つきをしていた。
そして青年は門の前に着く。
見張りの兵士が青年を止め、 ベリスタ帝国へ向かう目的を聞く。
「……ベリスタの先にある地域に故郷だった街があるんだ……墓参りみたいなものだ」
「……そうか、 気の毒にな……荷物に不審な物は無いみたいだし、 通っていいぞ」
この世界では魔物によって滅ぼされる村は珍しくない。
故郷を滅ぼされ、 逃れた者が長い時を経て戻る事もある。
それを知る兵士は青年の事情を察し、 それ以上問い詰める事は無かった。
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ベリスタの国境に入った青年は森の中を歩いているとゴブリンの群れに出くわした。
すると彼は構える。
その構えはまるでエインの抜剣の構えのようだった。
そして次の瞬間、 青年は目にも留まらぬ速さで刀を円状に振った。
それを見ていたゴブリン達は同時にその首が地面に落ちる。
一瞬にして戦いが終わり、 青年は刀を納める。
「……いよいよだな……絶対に報いを受けさせてやる……」
そう呟く青年の紫の瞳には強い殺意が込もっていた。
続く……