第十一話
アミィラ村に別れを告げ、 ベリスタ帝国の首都を目指して歩き出したエインとガルン。
二人の旅路に一体何が待ち受けるのか……
…………
アミィラ村を出てから五回目の朝……
「……」
「くかぁ~……」
何とも言えない表情で何かを見つめるガルンの視線の先には胡坐の姿勢で逆さまになりながら寝ているエインがいた。
彼女の見たことも無い寝相にガルンは呆然としていたのだ。
……師匠……小屋で寝ていた時は何ともなかったというのに……野宿になった瞬間毎朝変な姿勢で寝ている……
「師匠、 起きて下さい……朝です」
エインの変な特徴を一つ知ったガルンは困惑しつつも彼女を起こした。
「んへぁ……? 」
変な声を出し、 エインは目がショボショボになりながらも起きた。
そして近くにある泉で顔を洗うと
「おはようガルン、 それじゃ朝の稽古始めよっか! 」
寝起きとは打って変わった様子で言った。
そして二人は朝の稽古をした後、 朝食を済ませる。
これがエインとガルンの朝のルーティンになっていた。
この日の稽古中、 ガルンはエインにある事を聞いた。
「師匠は俺と出会う前、 いつもこのような修行を? 」
「うん、 まぁ私の場合はいつも修行してるみたいなもんだけど……」
「? 」
エインは自分は日常的に修行を行っているという発言にガルンは疑問に思う。
そんな彼に察したエインははぐらかすように
「私と一緒にいればそのうち分かるよ♪ 」
微笑みながらそう言った。
そんな事がありながら二人は身支度を済ませ、 ベリスタ帝国を目指して歩き出す。
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リ・エルデ東部にて……
そこは二つの山脈が楕円状に並ぶ盆地のような地形となっており、 山から下りてくる冷たい空気によって一年中真冬のように寒い気候となっている。
リ・エルデでは有名な地域であり、 そこは『氷竜の大口』とも呼ばれている。
ステイロンの図書館にてリ・エルデの地理を記した書籍を見て知っていたエインはその先にあるという街に向かう為、 『氷竜の大口』を抜けようとしていた。
しかし、 ガルンは
「し、 師匠……本当にここを渡らなければいけませんか……? 」
『氷竜の大口』の厳しさを知っていたため、 そこへ入るのに躊躇していた。
「だって一年中真冬の地域なんだよ? こんなの行ってみるしか無いじゃん! 」
街へ向かう為というのは完全に建前だった。
名前が付けられる程寒い地域、 彼女はそこに興味をそそられ自らその寒さを体験してみたくなったのだ。
どの道戻ろうにも遠回りになってしまう上、 先へ進むにも『氷竜の大口』の抜け道は並ぶ二つの山脈の境目を通るしか方法は無い。
「まぁこの地域にも人は住んでるみたいだし、 厳しかったらそこで休憩させてもらえばいいでしょ♪ 」
「そんな無計画な……」
エインのいい加減さに呆れながらもガルンはずんずん進んでいく彼女の後を追った。
そして案の定……
「さ……寒いぃぃぃっ! ! 」
想像を絶する猛吹雪と寒さにガルンは凍えた。
それに対してエインはというと……
「わはぁ! これが『氷竜の大口』かぁ! なぁんにも見えないやぁ、 あははぁ♪ 」
まるで初めて雪を見た子供のようにはしゃいでいた。
「どうして師匠は平気なんですかぁ! ? 」
「そりゃ鍛えてるからねぇ♪ 」
鍛えてどうにかなるような寒さではない。
ガルンは心の中でそう叫んだ。
凍えて前に進めない彼を見かねたエインは仕方なさそうにポーチから緋色の水晶のタリスマンを取り出した。
エイン曰くそのタリスマンを付けていれば寒さから身を守ってくれるそう。
一刻も早く寒さから逃れたかったガルンはタリスマンを身に付ける。
しかし
「し、 師匠……全く寒さが消えないのですが……」
相変わらず凍えるような寒さがガルンを襲った。
「あれぇ? おかしいなぁ……壊れてはいないはずなんだけど……」
不思議に思ったエインはタリスマンを見て何かに気付く。
その時、 吹雪の中から獣の唸り声が聞こえてきた。
声がする方を見るとそこには白い狼の群れが二人を睨み付けていた。
……あれは図書館の本で見た……確か キフドゥ……『氷狼』とも言うんだっけ……
冷害獣……通称『氷狼』、 寒冷地帯に生息する魔物の一種である。
普段から群れで行動し、 吹雪になると視界の悪さを利用して獲物を不意打ちする習性を持つという。
その賢さから魔物狩り達からは『氷柱の吹雪』と呼ばれる程恐れられている。
因みに魔物狩りとは、 言わば冒険者と同じような者であり、 勇者とはまた別に魔物を狩る事を生業としている一般人の事である。
「丁度いいや! ガルン、 運動でもして身体温めるよ! 」
「は、 はいぃ! 」
ガルンは寒さで震えながらも大剣を構える。
氷狼は敵意を感じるや否や二人を囲い込み、 吹雪の中から次々と飛び掛かって来た。
エインはそれらをまるで見えているかのようにひらりと躱す。
ガルンは思うように体を動かせないなりに必死に防御している。
その間、 エインは氷狼達のある異変に気付く。
氷狼の額に謎の紋章が刻まれているのだ。
……本で見た絵にはあんな模様は無かったような……
そんな事を考えていると
「師匠ーーー! ! 手を貸して頂けませんかぁぁぁ! ! 」
氷狼に押し倒されながら必死に防御しているガルンが助けを求めた。
「あ……ごめんごめん今助ける! 」
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数分後、 二人は無事氷狼の群れを討伐した。
その頃には吹雪も穏やかになり、 視界もはっきりとしていた。
「ほぇ~、 氷狼の牙は氷みたいだって書いてたけど本当だぁ……それでいてとても硬い……こりゃ並の魔物狩りの人じゃ苦戦する訳だぁ……記念に持ってこ♪ 」
倒した氷狼の身体にエインは興味津々。
ガルンは氷狼の額に刻まれている模様を見て考え込む仕草を見せる。
……この模様は……焼き鏝? それにこの術式は……
その時、 二人の元に何者かが近付いてきた。
「おや、 この辺じゃ見ない顔だねぇ……外から来た人かい? 」
それは熊の毛皮で出来た服を着込んだ一人の女性だった。
肩には狩猟したばかりであろう獣が担がれており、 背中には彼女の背丈ほどもあろう大きな斧が背負われている。
それを見たエインは目を輝かせる。
「もしかしてお姉さん、 シュネイト族の人! ? 」
「ん? あぁそうさ、 アタシは歴としたシュネイト族の人間さ」
「シュネイト族って……まさか雪に生きる民ですか! 」
シュネイト族、 それは『氷竜の大口』にのみ暮らすと言われ、 別名『雪に生きる民』と呼ばれる民族である。
その数は少ないながらも、 極寒の環境の中で数百年も存在し続けている屈強な集団とされている。
ただ、 二十年程前から『氷竜の大口』の環境が以前よりも厳しくなってきた事により、 リ・エルデの政府はその存在を確認できずにいた。
故にその頃からシュネイト族は絶滅した幻の民族として扱われるようになったのだ。
既に滅んでいたと信じていた側だったガルンは驚きを隠せずにいた。
「凄い凄い! 本では幻の民族って書かれてたから会えると思わなかったよ! 」
興奮を抑えきれないエインは子供のように彼女に纏わり付く。
そんな彼女にシュネイト族の女は笑った。
「あっはっはっは! 随分と愉快な子が来たもんだ! アンタら、 名前は? 」
「私はエイン、 ただの旅人です」
「俺はガルンと言います。 この方の弟子をさせて頂いています」
二人が名乗るとシュネイト族の女はガルンに近付き、 顔を凝視する。
「……へぇ、 中々の男前じゃないか! うちの村に来たらモテるよアンタ」
「そ、 そんな事は……」
彼女に顔立ちを褒められて謙遜するガルン。
……確かに言われてみれば、 ガルンって中々いい顔してるなぁ……戦士というより騎士が一番イメージに合ってるかも……
シュネイト族の女の言葉にエインもガルンの顔をまじまじと見てそう思った。
そしてシュネイト族の女は名乗った。
「アタシはカディだ。 付いてきな、 こんな所にいたって事は吹雪の中歩いてきたんだろう? しばらく村に泊まっていきな」
そう言われた二人はカディに付いていくことにした。
…………
道中、 三人は近年の『氷竜の大口』について話していた。
「ここは二十年前から猛吹雪ばっかりでね、 晴れてる日なんて殆どないんだよ……だから何も知らないよそ者が迷い込んで遭難なんてザラなのさ」
カディが言うに、 彼女の村は吹雪の時は皆家に引き篭もり収まるのを待つのが日常になっているそう。
そして晴れた時は遭難者がいないかの捜索を行い、 度々迷い込んだ外の人間を救助しているという。
ただ、 時には手遅れで凍死体となった者も見つかる事も……
「前見つけた時はデカい馬車の中で五人揃って死んでた奴がいたね、 恐らく近道でここを突破しようとした商人のキャラバンだったんだろうさ」
「どうしてみんなはこんな所に迷い込んじゃうんだろうね? 」
現在は危険な状況である『氷竜の大口』を知らずに迷い込んでしまう人間が後を絶たないのにエインは疑問を抱く。
「リ・エルデでも『氷竜の大口』の現状を知るのは魔物狩りか政府関係者ぐらいですからね……カディさんが見つける遭難者は大体リ・エルデ国外方面なのでは? 」
「そうだねぇ、 そう言われてみればアタシが見つける奴らは全部東側から来た奴ばかりだね」
リ・エルデでも一般人の殆どは『氷竜の大口』についての情報を知らない。
それが国外にもなれば尚更である。
故に、 より無知な人間が多い国外から迷い込んだ人間が遭難しやすいのだそう。
……うーん……情報の普及で国が対処しきれてないってことかぁ……これで勇者も手を貸してくれないとなると詰みだなぁ……
話を聞いてエインは事態の重大さを知る。
そんな話をしていると……
「……おや? あれは……うちの村の奴らだね」
カディが遠目に何人かの集団を発見する。
その集団に対して白い大きな何かが攻撃をしている様子。
「あの白い獣……まさかエラキウォスか! ? 」
それは巨大な白い熊だった。
死冷気熊は氷雪地帯に生息する熊型の魔物の一種である。
主に雪原の景色に溶け込みながら獲物を狩る習性を持ち、 相手が生き物であれば何でも食らう凶暴性を持つ。
雪のように白く分厚い毛皮はダイヤモンドの如き防御力を持っており、 魔物狩りが十人いても討伐は簡単ではないと言われている。
そんな狂暴な魔物とシュネイト族の人間達が戦っているのを見たガルンは慌てる。
「師匠、 彼らを助けた方がいいのでは――」
「待ちな! あの様子なら大丈夫だ」
そう言って加勢しようとするガルンにカディが止めた。
すると……
『グォォォォッ! 』
エラキウォスが一人の男にターゲットを絞り、 爪で攻撃する。
それを男はカディが持つ大斧と同じ斧で受け止めた。
「今だぁ! 」
男が合図を送ると他の人間達がエラキウォスを囲い、 一斉に斧やこん棒をその巨体に叩き込んだ。
するとエラキウォスの分厚い毛皮に覆われた背中に斧が喰い込み、 こん棒が巨大な手足をへし折った。
最後に身動きが取れなくなったエラキウォスを、 先ほど攻撃を受け止めた男が頭に斧を叩き込む。
十人がかりでも倒すのが難しいエラキウォスをたった5人で倒してしまった。
一連の戦いを見ていたエインとガルンは驚く。
「凄い……エラキウォスをあんな簡単に……」
「シュネイト族……しゅごい……」
そんな二人を余所にカディは男達に声を掛ける。
「おーい! 男どもー! 」
「おっ、 カディじゃないか! 」
「その後ろの二人は遭難者か? 」
カディの声と共にエインとガルンに気付いた男達は二人を歓迎する。
こうして合流した一同は討伐したエラキウォスと共に村があるという場所へ向かう事になった。
……ん? この熊の額にある模様……どこかで……
討伐したエラキウォスを見たエインは真っ二つに割られているせいで分かりづらかったが、 額に刻まれている模様に気付いた。
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歩く事数十分……
一同はシュネイト族の集落に到着した。
大きな煙突が特徴的なレンガ造りの家がいくつも佇んでおり、 人々は皆毛皮で出来た服を着込んでいる。
「ほはぁ~……! ここがシュネイト族の村かぁ……! 」
村を見たエインは興奮を抑えきれず一目散に駆け出し、 集落の探索に出てしまった。
それを見たカディと男達は元気な子供を見るかのように笑った。
「師匠~! 申し訳ない、 一旦ここで失礼します! 」
「おう、 アタシの家は村の奥の丘の上にある、 泊めてやるから後でそこに来な! 」
そしてガルンは連れ戻す為に彼女を追いかけていった。
…………
その頃、 エインは集落の子供達と戯れていた。
「ねぇねぇ、 お姉ちゃんは外から来たの? 」
「外には何があった? 」
普段集落の外に出ない子供たちにとってエインは珍しい来客。
『氷竜の大口』の外の事について質問攻めをしてきた。
それに対してエインは何一つ嫌な顔することなく自慢げに見てきた事を語り出す。
彼女の話を聞く子供達は目を輝かせていた。
その中で一人の少年が質問を投げかけた。
「お姉ちゃんのその剣ってさ、 魔物と戦う用? 」
「そうだよ、 私こう見えて結構強いんだよぉ~? 」
「じゃあじゃあ! 氷のドラゴンも倒せる! ? 」
「氷のドラゴン? 」
子供たちの言う氷のドラゴン、 それはシュネイト族の中で伝わる伝説の竜の事らしく、 この地に集落を築いた初代の族長が集落の者を守る為に一人でその竜を討伐したという話があるそう。
それ以来、 その族長が持っていたという大斧は代々シュネイト族の族長に受け継がれているという。
その話を聞いたエインは考える仕草を見せながら
「うぅ~んどうだろう? 戦ったことが無いから分からないや」
素直な返答をした。
そこで先程戦った氷狼の話をする。
「でもね、 氷狼となら戦ったよ♪ 」
そう言う彼女に子供たちは嘘だと茶化した。
それに対してエインは討伐した氷狼から取った氷のような牙を子供たちに見せた。
子供たちは皆目を輝かせて牙を見つめた。
すると、 その中の一人が氷狼の牙が欲しいとせがんできた。
「私も~! 」
「俺も! 」
他の子供たちも釣られてエインにせがむ。
そんな彼らの表情を見たエインは優しく微笑み
「いいよ♪ 全員分あるから一つずつね」
そう言ってポーチから人数分の牙を取り出し、 全員に配った。
そこに追いかけてきたガルンが到着した。
「師匠、 ここにいたのですね」
「あっ、 ガルン! ごめんね置いて行って、 行こっか♪ 」
そしてエインは子供たちに別れを告げ、 ガルンと共にその場を後にした。
その時、 後ろを振り向くと子供たちがエインにありがとうと言いながら手を振っていた。
続く……