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私はただの『旅人』です。  作者: アジフライ
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第十話


「私はただの旅人だよ……」


エインは微笑みながらそう答えた。


『旅人……? ふざけた事を……貴様のような旅人がいるか! 』

「うむ……確かにそれは同感だ……」


ティーハの発言にガルンは思わず頷く。


「ちょっ、 ガルンまで酷いよぉ! 」


エインはガルンの反応にショックを受ける。

するとティーハは鎖を手足に纏わせ始める。


『もういい……こうなれば肉弾戦と行こう……我が牙の餌食となるがいい……』

「へぇ……それじゃあ私も少し本気出しちゃおうかなぁ……」


そしてエインとティーハはお互い睨み合いを始める。

しかし次の瞬間……


『……! ! ? 』


ティーハは突然何かに恐怖するような表情になり、 震え始める。

エインは少し微笑みながら剣の柄に手を掛けようとゆっくり動き始める。

そしてエインが剣を握ろうとした瞬間。


『ご、 ごめんなさい! ! 参りましたぁ! ! 』


ティーハは突然情けない声でそう叫ぶと蹲ってしまった。

ガルンは何が起きたのか理解が出来ず困惑する。


「し、 師匠、 一体何を……? 」

「え……私まだ何もしてないんだけど……」

「え……」

「え? 」


エイン自身もティーハが怯えだした理由が分からなかった。

だが、 エインが剣の柄に触れる刹那、 ティーハは感じたのだ。

今までに感じた事の無い、 斬り裂かれるような殺気と恐怖を……

……私いつもみたいに構えようとしただけなんだけど……まぁいいか……もう戦意は無いみたいだし……

そう思ったエインはティーハの目の前に歩み寄る。


「大丈夫だよ、 もう何もしないから……」

『ほ……本当に? 』

「だって敵意の無い相手を殺すなんてしたくないもん……私としてはただこの森の生態系を壊すのをやめてほしかっただけだから」

『わ、 分かりました! もう動物達を食べるのは止めます! 』

「い、 いやそこまでしなくても……」


急に従順になったティーハにエインは戸惑う。

……私的にはただ村の人達が困らないようにしてくれればそれでいいんだけど……

そこでふと、 エインはある事を思いついた。


「そうだ! 折角だし君にアミィラ村の警護をしてもらおうか! それなら村の人達も狩りが楽になるし村の安全も守られるし! 」


そう言うエインにガルンは慌てる。


「正気ですか師匠! ? この魔物は災害も起こす厄災魔獣ですよ! ? 信用できるんですか! ? 」

「大丈夫大丈夫! 対話ができる種類に限るけど、 奴らは自身よりも強いと感じた相手には絶対服従する魔物だからさ、 でしょ? 」

『は、 はい! 私は旅人様に従います! 我ら種の誇りに掛けて誓いは破りません! 』


そういうことでエインはティーハを服従させた。

帰り道、 ガルンは付いてくるティーハを見ながらエインに聞く。


「大丈夫なのでしょうか……あんな大狼を見たら村人達は怯えるのでは? 」


ガルンは村人達を案じていた。

するとエインは微笑み


「大丈夫、 厄災魔獣は人の姿になる事も出来るからさ……村に着く前に変身させておけば問題ないでしょ? 」

「はぁ……」


すると二人が話しているのを見ていたティーハはエインに話かける。


『あの……付かぬことを聞きますが、 旅人様は以前にも厄災魔獣と対峙した事が? 』

「うん、 あるよ? それがどうかしたの? 」

『あのぅ……もしかして……ここより西の最果てにあるという神霊の樹海に住む竜を服従させたという旅人って……』

「……? 」


ティーハの質問にエインはしばらく考え込む動作を見せる。

するとエインは何か思い出したように手を叩く。


「あぁそれもしかしたら私のパパと戦ったドラゴンさんかも! 名前はたしかぁ……ざる……? なんだったっけ? 」

『天心竜・ザルビューレ様ですよ……この世界の半分を支配するとされる神に等しき御方です……』

「そうそれ、 昔色々遊んでもらったなぁ……ドラゴンのおじさんとしか覚えてなかったから名前はよく思い出せなかったけど……」

『ザルビューレ様をおじさん呼ばわりして許されていたとは……旅人様の父上は一体何者なんですか……』


二人の会話を聞いたガルンは酷く驚いている様子だった。

それもそのはず

ザルビューレとは、 おとぎ話に出てくるドラゴンの事だからである。


『かつて世界は火に包まれ、 悪魔達が支配していた……人はこれを『火の時代』と呼んだ……

そこに一滴の雨粒が地に舞い降り、 雨粒はやがて大きな竜へと成長した……

竜は悪魔達の王、 魔王を討ち、 世界の炎を沈め、 大地を水と木で覆い尽くした……

やがて世界に命が栄え、 竜は人に世界の半分を明け渡した……人はこれを『竜の時代』と呼んだ……』


そんなおとぎ話に出てくる竜の名がザルビューレなのだ。

おとぎ話の通りであればザルビューレは世界の始まりから存在し、 人々に繁栄もたらしたという事となる。

いわば神に等しい存在なのである。

そして、 エインはそのザルビューレが住まう神霊の樹海にいた事を明かした。

まるで嘘のような話ではあったが、 彼女の強さを知る二人は何となくそれに納得した。


「師匠の父は……もしや神の類の者だったのでしょうか……であれば師匠の戦闘能力に説明がつきます……」

「まっさかぁ~、 私は見ての通り普通の女の子だよ? 」

((どこが……))


ガルンとティーハは思わず心の中でツッコむ。

しばらくして……

アミィラ村へ戻ったエイン達、 そこでティーハは……


「……これでどうでしょう? 」

「うん! 大丈夫だと思うよ! 」


白い髪をした狼の耳を持った少女の姿になっていた。


「う~ん……にしても服はそれしか無いの? 」

「そうは言いましても……服という物は普段身に付けませんし……」


エインはティーハの服装を心配する。

ティーハはボロボロの白いワンピースのような服を着ており、 鎖を首に巻いているのもあり、 まるで奴隷のようだった。

そこでエインはある提案をする。


「それじゃあこうしよう! ティーハは厄災魔獣に囚われていた謎の奴隷で、 偶然私達が助け出した! って事で」

「うぅむ……しかし隠し切るには難しいのでは……彼女の力は強力です、 国が嗅ぎ付ける可能性も……」

「そこは団長さんに何とかしてもらうよ♪ 」


……あの人なら問題があっても何だかんだ解決してくれるだろうし……

完全に人任せである。

しかし、 危険な存在を野放しにしておけないのは事実、 いつでも目に届く所に、 そして問題が起きても対処可能な人物を側に置いておきたい。

遅かれ早かれ、 自分はあの村を旅立たなくてはいけないから……

それがエインの考えだった。

…………

アミィラ村にて……

エインは村人達に事の経緯を話した。


「……って事があってね、 悪いんだけどこの子を村に置いてあげられないかなぁって……一応魔法も使えるから村の役にも立つと思うんだ」

「そういう事でしたら……こんな村で良ければ」


事情を理解した村人達は快くティーハを受け入れた。


「よかったぁ、 それじゃティーハ、 これからは村の人達と協力するんだよ? 」

「……はい」


静かに返事をするティーハの表情は何故か少し安心しているように見えた。

……何とか納得してもらえたかぁ……出発は思ったより早くなりそうかな……

そんな事があり、 ティーハがアミィラ村の一員に加わった。

それから数日は早かった。

ティーハはあっという間に村に馴染み、 その能力で度々村人の危機を救い、 村の発展に貢献した。

そうする内に……


「ティーハお姉ちゃん、 遊んで遊んで! 」

「ティーハお姉ちゃん! 」


村の子供達に囲まれるティーハ。

彼女はすっかり村の子供達の人気者になっていたのだ。


「わかったわかった、 順番ね! 」


ティーハも出会った当初の狂暴性も抜け、 面倒見のいい姉のような存在になっていた。

エインとガルンはそんな彼女を見て安心している様子だった。

すると、 エインを見つけた彼女は助けを求めた。


「旅人様ぁ! た、 助けて下さいぃ~! 」

「アハハッ! 頑張れ~♪ 」


無慈悲である。


「た、 旅人様ぁ~……」


その夜……


エインはこっそりと荷造りをしていた。

アミィラ村を出る準備をしているのだ。

……村の皆には悪いけど……私は旅人……一つの場所で一生を終えるなんてやっぱりつまらない……それに……


「……見つけなきゃいけないからね……私が何なのか……その答えを……」


エインは剣を眺めながら静かに呟いた。

翌日、 まだ辺りに霧が漂っている時間……

エインとガルンは荷物を持って村の出入り口に向かっていた。


「師匠、 本当によろしかったのですか? 」

「……いいの、 この村はもう大丈夫……私がわざわざ守る必要もない……」

「せめて挨拶くらいは……」


黙って去ることに対して心苦しく感じていたガルンはそう言うと


「いいの! 」


エインは笑顔でそう言って歩み始める。

……まぁ……寂しくないって言えば嘘になるけどね……

本当は心半ば寂しいと感じていたエイン。

そこに


「旅人様……」


背後からティーハが声を掛けてきた。

振り向くと彼女は寂しそうにこちらを見つめていた。

ティーハはすっかり村に馴染んだ頃から、 エインが村を去ってしまうのを薄々勘付いていたのだ。


「……行ってしまうのですね……やはり……」

「うん、 私は旅人だからね……この村は任せたよ」

「……旅人様、 ありがとうございました……」

「? どうしてお礼なんか……」


厄災魔獣はその強過ぎる生態から産まれる際、 その母体を死に至らせるという。

故に彼らは産まれて天涯孤独で生きていく宿命にある。

それはティーハも同じこと。

己以外は全て『敵』だ……本能がそう言い続けていた。

彼女は『敵』を殺し続けた、 生きる為、 排除する為、 己の誇りを守る為に……

故に彼女はずっと孤独だった。

しかし……本能とは別に、 彼女の心は誰かを欲していた。

それは友か、 家族か、 愛人か、 一緒にいれるのなら誰でも良かったのかもしれない。

そんな時、 彼女は自分より遥か上の存在と出会った。

否定のしようがない敗北、 そして服従……しかし、 悪い気はしなかった……


「私は……ずっと探していたのかもしれません……自分以外の誰かと一緒に居られる理由を……それが命令でもいい……ただ私は……自分で納得できる切っ掛けが欲しかった……」

「ティーハ……」


するとティーハは涙ぐみながらも微笑み


「旅人様……私を見つけてくれて、 ありがとうございました……」


静かにそうお礼を言った。

そんな彼女にエインは歩み寄り、 優しく頭を撫でる。


「ティーハは厄災魔獣とは思えないくらいいい子だね……今のあなたならきっとこの先も大丈夫、 この村の人達と元気でね……」

「それは……」


「命令じゃないよ……ティーハが望むまま、 自由に生きればいい……ティーハの人生はティーハだけのモノなんだから」


ティーハはエインの言葉を命令として受け取ろうとした。

しかし、 彼女はすぐにそれを否定した。

そんなエインの言葉にティーハは生涯初めて、 誰かを想いながら涙を溢した。

…………

ティーハと別れの挨拶を終え、 二人はアミィラ村から出ていった。

しばらく歩き、 村が見えなくなった頃


「私を見つけてくれてありがとう……かぁ……」


エインはふとティーハの言葉を思い出し口にする。

……そういえば私がパパと一緒になる切っ掛けは……怪我をして歩けなかった私をパパが見つけてくれた事から始まったんだよなぁ……

十年前……


「……」


草木が豊かな森の中、 足を怪我した幼き頃のエインが蹲っていた。

大きな溝で足を滑らせてしまったのだ。

そこは人の気配もしない森、 風でざわめく木々の音に、 何もいないはずの場所から得体の知れない視線を感じる。

彼女は絶望と恐怖で完全に目から光を失っていた。

そんな時……


「……子供? 何故こんな場所に……」


この先エインにとって父となるあの男が現れた。

男は蹲るエインの足を見て何があったのかを大体察し、 静かに傍に寄る。

そして裸のエインに自身のマントを着せる。


「……お前、 名前は? 」

「……」

「何故ここに……? 」

「……」


男は様々な質問をするも、 彼女は首を横に振るばかりで何も答えない。

そんな彼女の様子を見かねた男は手を差し伸べた。


「……一緒に来るか? どの道このままではお前は死んでしまうぞ……」


男はそう言うとエインは顔を上げた。

記憶も無く、 何故自分がこんな目に遭っているのかも分からず、 恐怖の中で感情を失いかけていた……

しかし、 それでも尚、 彼女は『生きたい』と思ったのだろう……


気付いた時には、 エインは既に男の手を取っていた……


……パパがあそこで見つけてくれなかったら……今の私はいなかった……


「……もしまた会えたら……その時はお礼を言わなくちゃね……」

「ん? どうかなさいましたか師匠? 」


独り言を呟くエインにガルンが気付く。

それに対して彼女はいつもの態度で


「なぁ~んでも♪ ただちょっと昔の事思い出しただけだよ」


そう言った。

彼女の様子が気になりつつもガルンは話を続ける。


「それで師匠、 次の目的地は……」

「うーん……そうだねぇ、 ベリスタ帝国にでも行ってみようか♪ 」


それを聞いたガルンは青ざめた。

当然だ、 現在ベリスタ帝国はリ・エルデ王国と対立している状態。

エインが参戦したあの戦もそれによる各地で勃発している紛争の一つである。

そして彼女は敵国の兵士達に自身の名を教えている。

今彼女がベリスタ帝国へ赴くのはあまり良い判断とは言えないだろう。

事情を知るガルンはすぐにエインを止めようとする。

しかし


「……それでも行くよ、 今行きたい所に行く……それが私の旅だから」


自身が置かれている状況を理解しても尚、 その足を止めようとはしなかった。


「それにベリスタ帝国の王都ってここから歩いたら遠いんでしょ? 何か月もすればほとぼりは冷めるってぇ♪ 」

「そんな無茶な……あっ、 師匠! 待ってください! ! 」


エインとガルンの旅はまだ始まったばかりだ……

続く……

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