秘密 ~伯爵夫人2・王太子~
「今から向かうのは、法廷だ」
王太子の言葉に一瞬氷ついた。法廷…? 瞬時にしていろいろな事が頭の中を駆け巡る――…
「君には証言台へと立ってもらうが、正直に質問に答えてもらえれば何の問題もないよ。」
「あッ、あの、旦那様はどちらにいらっしゃるのですか?」
私が法廷に呼ばれている事を旦那様が把握していないはずがない…。
「もちろん、心配しなくても先に君を待っているよ」
あぁ、私の知らぬうちに物事は水面下で動いていたのだ…。平穏に過ごしていたのは私だけ
☆
数時間は待つことを覚悟していたのだが、待ったのは1時間にも満たない時間だった。
乗り込んできた伯爵夫人は背筋をすっと伸ばし派手過ぎず、
かといって決して安くはないであろうドレスを身にまとい、上品に結い上げた髪の毛。
装飾品は結婚指輪と主張し過ぎないネックレスとピアスのみ。化粧も控えめでとても好ましい
扇で隠れてはいるが気品の良さと美しさが透けて見える。ただ一つ残念なのは、
その表情が随時〝無〟だと言う事だろうか…。【氷の貴婦人】――彼女の社交界での通り名だ
色素の薄い銀の髪、水色の瞳、透き通るような肌。触れたら溶けてしまいそうだ。
私が勝手に来ただけなのに、待たせたことへの謝罪を入れる堅実さ。
確かに表情は乏しいが好感が持てるご婦人の様だ。媚びないところがさらにポイントが高い
これまでのやり取りの間、表情の変化が一切分からなかったのだが、ウィルの事を尋ねられた時だけ
言葉にも表情にも変化があった。これは、少しぐらい期待してもいいのかな?
☆
馬車は滑らかに王城へと入っていった。一度控えの間へと通され、侍女にお茶を入れてもらい
口を付けると、思いのほか喉がカラカラだったことに飲み干してから気づいた。
実は先ほどから冷たくて手足の指の感覚がない。まるで雲の上を歩いているような気分だった。
だが、今から向かう先は天国ではなく地獄かもしれない……。
重苦しい沈黙が続く部屋に軽快なノックの音が場違いに響く――…
「夫人、お時間です。こちらへどうぞ。あなたはここまでで」
ここまで一緒に付いて来てくれたエルダに従者は冷たく言い放つ。その言葉に
「エルダ、戻って来るまでここで待機しておくように。私の侍女をぞんざいに扱うと言う事は、私を見くびっている事と同義ととらえてよろしいでしょうか?」
私の言葉に従者は慌てたように、そのようなつもりは…などとモゴモゴ言っていた。
仕事をしてくれない表情筋もこのような場面では役立つので複雑な心境です。
エルダが私の目をしっかりと見つめて〝いってらっしゃいませ。おかえりを…お待ちしております〟
彼女だけは何があっても私の味方だと、声にはならないエールをくれました。
さぁ、私は伯爵夫人。顔だけではなく心も武装していざ戦場へ――