秘密 ~掃除婦・刺繍講師~
私は、しがない掃除メイド。
各部屋のごみを集めて焼却炉へと運ぶのが仕事よ。
もちろん、領地運営に関わる重要書類なんかは、執事のラセル様が処分しちゃうから、
見たことも触ったこともないわ。
でもでも、実は、ここだけの話――…。つい先日、
旦那様の書き損じのお手紙が紛れ込んでたの!!!もーびっくり!!
いけない事だってのはわかってるけど…、ちゃんと処分するし、ちょっとだけッ、本当にちょっとだけよ。。。
すぐ燃やしたわよ!
でもね、そこに書かれていたのは、触れ合えない日々に思いを馳せる一人の男性の心情が痛いほど書かれてたの!
きゃー、私も情熱的に愛されたい!!!
ただ残念な事に?宛名には【バーバラ】って書かれてたのよ…。
私は奥様付きのメイドじゃないから、詳しくは知らないんだけど――、
あっちのメイドたちの間では奥様があまりにも不憫だ~って嘆いているらしいわよ。
あッ、本当に、ここだけの話だからね!!
☆
私は、奥様に2週に一度、刺繍の手ほどきに来ております。
手ほどきと言っても、奥様は手解きもいらないほど刺繍の腕はお上手なのですが、
話し相手になって欲しいと今でもお邪魔させていただいております。
「本日の刺繍は、ローズですか?とても素敵な出来ですね。ここに書かれているのは誰かのお名前ですか?」
そこには花の下にバラムと見えました。すると奥様は、
「異国の地でローズの事をバラと言うそうですので、それを刺繍したのです。ですが、スペルを間違えてしまったみたいです。私もまだまだの様です。」
そう言って奥様はそのハンカチをそっとしまいました。
本日はこれにて失礼しますと馬車までの道を歩いている時でした。
庭師の方でしょうか、日当たりのいい南側のローズの手入れをしている方に向かって老年の庭師の方が呼びかけました。
「バラム、そこはあまり間引きすぎるなよ!」
「はい、師匠」
そう言って青年は作業に戻っていきました。立ち尽くしている私を気にも留めておりません。
〝バラム〟……偶然ですよね?
奥様はスペルを間違えたと――…
私は彼の方を見ずに馬車へと足を進めました。そして何を思ったのかふっと後ろを振り返った時、
二階の窓辺にたたずむ奥様を見た気がしました。