秘密 ~新婚旅行~
しばらく旦那様はとても忙しくしておられました。
週一で取られていたお休みも返上してお仕事を進めておられました。
伯爵から侯爵に上がったことも大きいのでしょう。
私には何もすることができません…。お茶会の招待状が届きますが、一年ほどは謹慎もかねてお受けできない旨を丁寧に手紙にしたためお返事いたしました。
そんなある日、今では食事は必ず一緒にとるようになりました。
忙しくて朝と夕しか無理な日も多いですが、それでもなるだけ会話をしようと取り決めました。
不満があったら必ず隠さずに言う事。気になる事も聞くこと。
少しずつ旦那様との約束事が増えるたびに私は何とも言い表せない気持ちになります。
今までの人生、命令は多くありましたが約束は初めてかもしれません。
夕食の席でのことでした。旦那様が食後のお茶を飲みながら話します。
「ローズ、やっと仕事の目途が立った。3日後に新婚旅行へ行こうと思うんだが、大丈夫だろうか?」
これは、私に選択肢を聞いているのだろうか?貴族の女性たちは基本的に家長に言われたことに粛々と従うしかないので、どういった反応をすればいいのか分からなかった。
「…旦那様、」
「ローズ、旦那様なんて他人行儀ではなく、ウィリアムかウィル。なんならバラムと呼んでもいいよ」
あの騒動から屋敷の中の一部の部屋の改装があった。
お客様が来た時用の食卓とは別に作られたのは家族のみが使う食卓だった。
今は子どもがいないので二人で掛けるのにちょうどよい大きさのテーブルしかなく、
今の私たちの距離はとても近い…。
「だッ…ウィリアム様、どちらにお出かけ予定なのですか?」
「今はそれで我慢しよう…。あぁ、グラリス地方に行く予定だ」
グラリス地方とは、自然豊かで海や川など自然にあふれている場所だと聞くが、ここから馬車で一月半はかかるそれは遠い場所だった。
「あまりにも遠すぎませんか?お仕事もあるでしょうし、私はもっと近場で構いません」
往復で三か月、滞在まで考えるとそんなに長くは領地を空けていられないだろう。そう言った私の提案に
「ラセル、聞いたか?僕の愛しのローズが僕の仕事の事や領地のことを心配して…、」
「えぇ、もちろんでございます旦那様。私たちは得難い方を主の伴侶に迎えられ感激でございます。」
私の中でのこの二年ほどで培われた旦那様像がガラガラと音を立てて更新しております。
どうしましょう、こそばゆいどころか、かゆいわ――…
私は助けを求めてメイドたちに視線を送りますが誰とも合いません…。
エルダだけは生ぬるい微笑を浮かべながら頷いておりました。
ウィリアム様の心配ないと言うお言葉に3日後の出発に向けての準備が始まりました。