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友達がいる教室

夏希は焦っていた。


2度目の中学生で、しかも転校生としての途中入学。つい3日前まで社会人として働いていた身。どうしてこうなったのか自問自答して教室の前で待っていた。

朝のホームルームで転校生として紹介されたあとはすぐに授業に移ったことに夏希は安堵した。もしここが小学校だったら一時間目を丸々使ってのオリエンテーションになっていた事だろう。


さすがに授業中は夏希への注目が減った。それでも好奇の眼差しがなくなることはなくクラスメートからちらちらと盗み見られていた。それでも極度の緊張状態だった夏希は幾分か平静を取り戻すことができた。

それも授業中の話で、授業の終わりを告げるチャイムが鳴るとともにクラスメートたちが夏希を囲んだ。


「香月さん! どこからきたの? 前の学校ってどんな所だった?」

「ねえねえ。夏希ちゃんって呼んでもいい」

「もしかして香月さんと香月さんって知り合いだったりする? なんか顔見知りって雰囲気だし」

「え、ええーと」


集まってきた生徒から一斉に質問が飛んできた。

どれから答えたものか、同時にいくつも問いかけられ正直なところ聞き取れない。夏希が対応に戸惑っている最中でも絶えずクラスメートたちは話しかけてくる。


「こらー! みんな一斉にしゃべりかけたら分からないでしょ!」


隣に座る冬里が立ち上がり興奮したクラスメートたちを静止してくれた。

まだ届いていない教科書を見せてもらう都合、冬里と席を隣り合わせにしていたのが幸いし早速助け舟を出してくれたのだ。


「なっちゃんと話をしたければ、まずお姉ちゃんの私を通してもらおうか」


冬里が何かとち狂ったことを言い出した。


「お姉さんってことは、やっぱり香月さんたちって親族だったりするの」

「え、でも冬里ちゃんって、香月くんと兄弟なんだよね」

「なっちゃんとは親戚でね、私の妹なの! ねー!」

「え? うん」


冬里はクラスメートに当然のように夏希のことを妹と紹介するものだから思わず頷いてしまった。てっきり昨日でお姉ちゃんウントは諦めたことと夏希は思っていたのに。

だがクラスメートとの間に冬里が入ってくれたことにより対応はだいぶ楽になった。


投げかけられる質問には大部分を青葉が即興で考えた作り話を基に夏希は話していった。昨日は何言ってるんだと青葉を非難しようとも思ったが、こうしてシナリオが用意されていなければ問いかけられた事になにも返事を返せないところだった

所々は自分の想像で補填しつつ二時間前の休み時間を乗り切った。


「おつー。大変だったね。夏希ちゃん。あ、夏希ちゃんって呼んじゃっていいかな?」

「はい。大丈夫ですけど」


背後から一人の女子生徒が親しげに夏希に話しかけてきた。

取り囲んでいた生徒たちがチャイムを聞き席に帰っていくなかだったので、夏希は小首をかしげ返事をしてしまった。


「おっと、ごめんごめん。自己紹介がまだだったね。花村栞だよ。そこの冬里とマブダチなの」

「なのさ!」


その女子生徒は冬里の肩に手を乗せると花村栞と名乗った。冬里は夏希にサムズアップを向けて栞とは友達だとアピールしている。

冬里は振り返ると、いえーいと息ぴったりに栞とハイタッチを交わした。


「そうなんですね。冬里がいつもお世話になっております。わたしは香月夏希です」


冬里の友達と聞き夏希は頭を下げて丁寧に挨拶を返す。

同じクラスに春樹と冬里がいるが二人は家族枠なので除外すると、転校初日なので夏希はまだ友達ゼロ人だ。

コミュ障の夏希にとって栞が冬里の友達というだけで価値がある。冬里は夏希の面倒を見る気満々なので、冬里と一緒に居れば自然と栞と会話する機会が増えるだろう。


夏希はもう自分から話しかけていくタイプではない。親しくもない知らない誰かに話かけてもらっても会話が絶対に盛り上がらない。これは断言できる。一言二言交わしたあと無言になって微妙な雰囲気を醸し出してしまう自信があるので、自分が無言の間は冬里が間を持たしてくれるはずなので安心だ。

栞とは是非とも仲良くなっておきたい。このチャンスを夏希は逃す気はなかった。


「あはは。知ってるよー。なんかこうして話してみると夏希ちゃんの方がしっかりしててお姉さんって感じだね」

「なんだとー! しおりん、それは一体どういうことー!」

「おっと、これは失言だったか。また落ち着いたらゆっくり話そうね。じゃね、夏希ちゃん」


冬里は腕を振り上げて抗議をアピールするも、栞はふたりに手を振って席に帰っていった。

栞が着席するとタイミングよく教師が教室に入ってきた。冬里が机の引き出しから用意している教科書から2時間目は数学の授業のようだ。

ノートを開きながら夏希は中学生の数学の内容を思い出す。xやyを使った式を計算した覚えがあるがそれ以外は思い出せなかった。


生憎数学が必要になる仕事はしていなかったので、そもそもxyを使った計算方法すらも怪しかった。社会に出たら四則演算が出来れば充分だと逃避しているうちに授業は始まってしまった。




四時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。

夏希は午前の授業をなんとか乗り切った。国語、数学、理科、社会の授業を終えての感想は、こんなものか、だった。

わりと本気で授業について行けるか不安に感じていた夏希だが、所詮は中学一年生の授業内容。まだまだ優しい内容の授業ばかりだった。


数学の授業では病気で碌に学校に通えていなかったという設定の夏希のために、学習中の図形の計算を復習と言って丁寧に最初から説明してくれていた。そのおかげでなんとなくだった記憶を思い出すことができた。一度習った内容であったし、数学は計算方法が時代によって変わるものではないので何とかなりそうだ。


理科、社会はなんとなく昔授業で聞いたことがある気がする。くらいの記憶だったが、これくらいならテスト前に暗記すれば何とかなりそうだと夏希は思った。


しかしそれだと一度目の人生と同じだ。その場しのぎの勉強では意味がない。こうして二度目があるのだ、大人になって失敗だったと考えることは今から変えていかなければ、また同じつまらない道に進むことになる。

帰ったら春樹か冬里に教科書やノートを借りて復習しようと決めた。


「なっちゃん、お昼だよ!」


くっつけた隣の席の冬里が今日一番のハイテンションで話しかけてきた。


「そうだね。お昼だね。ところでこの学校のお昼は給食じゃなくてお弁当なの?」

「そうだよー!」


今朝、夏希は学校に出かける前に青葉から巾着を渡されていた。中を開けて確認はしなかったが巾着を受け取った時に触った感じ中にはお弁当箱が入っていると予想していた。


「よーし! それじゃあおかずを取りに行こうー!」

「おかず? え、ちょっと引っ張らないで」


急に席をたった冬里に手を引かれ夏希も引きずられるかのように立ち上がった。はじめて教室からでた夏希は手を引かれるがまま冬里のあとを追って廊下を突き進む。

お昼休みになり夏希たちのように教室を出てきた生徒は途中トイレに消えていく以外はみな同じ方向に向かっていた。

先程の会話で冬里は給食はないと言っていたはずだが。お昼ご飯を食べるのかと思いきや、夏希たちは何も持たずに教室を出てきてしまった。


「ねえ、冬里。どこに向かってるの?」

「およ? あ、そっかそっか! 説明してなかったね。ごめーん」


足は止めず振り向いた冬里は言葉を続ける。


「うちみたいにお弁当持ってこれない子のために学校がお弁当用意してくれるんだ。それを取りに行くとこ!」

「そういうシステムなんだ。あれ? じゃあ今朝、青葉さんが渡してきたアレはなに?」

「あの入ってるのはご飯だけなの。だからおかずは学校で用意したのをもらって食べるんだよ!」


夏希が一度目に通っていた中学校は給食だった。高校生の時はお弁当だったが母親が毎日作ってくれていたし、作れなかった日は購買で買っていた。

この中学校に購買があるのかは不明だが、お弁当を作れない事情があるようは家庭にはこのシステムは助かるのかもしれない。


「ご飯のありなしは選べてね。うちはなしにしてるんだ。だって苦手なおかずだったときは、ふりかけとか掛けてあればご飯だけで凌げるでしょ!」

「たしかに! 頭いい!」


暗に苦手なおかずがあった時は食べないと言う冬里に元大人として叱るべきかとも思ったが、むしろ好き嫌いが多い夏希はその発想に共感してしまった。

母親は夏希の好き嫌いを把握してお弁当を作ってくれていたが、学校で用意されるお弁当に受け取る側の選択肢がない。もしもメインのおかずが苦手な食べ物だったらとぞっとする。


業者が持ってきたお弁当を職員玄関で教師が配られており、受け取ったら壁に貼られた用紙の一覧から自分の名前をチェックする仕組みだった。

順番待ちの中で、急に決まった夏希の転校生だったので自分のお弁当が用意されているか少し心配だったが、しっかりと用意されていて一安心した。


「やあやあ、お二人さん食べる準備はしておいたよ」


受け取ったお弁当を持って来た道を戻ると、教室では栞が三つの席のくっつけた状態で待ち構えていた。


「しおりん、ありがとー!」

「ささ、夏希ちゃん。こちらの上座にどうぞ」

「えっと、ありがとう?」


その引かれた椅子に夏希が素直に着席すると、栞も自分の席に座った。

二人よりも先に席についていた冬里は、カバンから夏希と色違いのご飯の入った巾着を取り出すところだった。それに倣うように夏希もカバンからご飯の入ったお弁当箱を取り出した。


巾着の中からはなんとも可愛らしいサイズのお弁当箱が出てきた。

こんなので足りるのかと疑問に思ったが、高校生時代の女子生徒もこんなサイズのお弁当箱で食べていた気がする。大きさなど人によるが、よく考えたらいまの夏希の体格からいえばちょうどいいサイズなのかもしれない。


「わーい、ハンバーグだ!」

「お。よかったね。今日はあたりの日だ」

「逆にはずれの日ってなにがあるの?」

「最近で言えばゴーヤチャンプルだよー。あれはひどかった。しおりんにおかず交換してくれなきゃ、私のお昼はお米だけだったよ」

「それはひどい。あんまりだ。栞さんマジ神だよ」

「しおりん様。その節はありがとうございましたー」

「こらこら。ふたりとも私を拝むな」


何を考えてゴーヤチャンプルをお弁当に入れたのか。人として許される所業ではない。苦いものがおかずになりえるものか。そもそもゴーヤを一度も食べたことがないが見た目がもうマズイと言っているようなもの。食わず嫌いの夏希はとっても憤った。


「さては夏希ちゃんも野菜嫌いだな」

「も、ってなんだよ。も、って。私は野菜が嫌いなんじゃなくて苦いものが嫌いなのー」

「えっ」

「ちょっとぉ、なっちゃん!? その裏切ったなみたいな目はなにかな!」

「裏切ったな」

「言われた! わたしが野菜食べれるのがそんな意外かな!?」

「だってねー」

「ねー」


夏希は栞と頷き合う。

見た目というか雰囲気というか絶対に冬里は野菜嫌い仲間だと思っていた。夏希は裏切られた気分だった。よく思い返してみれば昨日の夕食で冬里は普通に野菜を食べていた。


友人宅や上司に御呼ばれしたときは、例え食べられないものがあっても気を使って無理してでも食べるタイプなので、昨日の夕食はガンガンよそってくる冬里に嫌と言えず食べていた。特にネギが辛かった、涙をこらえ夏希はすべて飲み込んだ。


「食べられないものがあれば、いつでも言うんだよ夏希ちゃん。冬里お姉さんが代わりに食べてくれるから」

「に、苦い系以外なら任せていいよ」

「ううん、大丈夫。頑張って食べるから」


前の人生で私生活では嫌いな野菜類は一切食べてこなかった。食べたとして外食の時に付け合わせで出てくる申し訳程度のキャベツを食べるくらいだ。

今回の人生では野菜を食べることに挑戦しようと夏希は思ったのだ。


「えらい! 好き嫌いせずに食べたら、きっとなっちゃんの背もすぐに伸びるから!」

「そういう訳じゃないから」


別に背が低いことにコンプレックスだなんて思ってないですから。成長期が少し遅いだけでこれからだから、まったくこれっぽっちも気にしてなどいない。夏希は密かに心の中でそう続けた。


「それにしても夏希ちゃんちっちゃいよね。あ、けなしてる訳じゃないからね。気に障ったらごめんね」

「大丈夫です。わたしは気にしてませんから。それに背が低いのは事実ですし」


会話がいったん区切られたので、夏希はハンバーグに手を伸ばす。デミグラスソースのかかった味の濃いハンバーグで付け合わせの人参の味を誤魔化し食べる。味の薄いブロッコリーはデミグラスソースを付けて食べた。


「ちょっと、冬里? なんか夏希ちゃん怒っちゃった? なんとかフォローしてよ。お姉ちゃんなんでしょ」

「実はここだけの話。なっちゃんの方が誕生日早くて、私のが妹なの。なっちゃん背が低いの気にしてたんだ」

「何言ってんの?」


目をぎゅっと瞑っていやいや野菜を食べる夏希の姿にかわいいなと、栞は思いつつ新しい友達のご機嫌を取る方法に頭を巡らせた。


「あーと、夏希ちゃん。どうぞ、この唐揚げをお納めください」

「うむ、許す。あむっ」


栞が箸でつまんで差し出した唐揚げをそのまま口に運ぶ。おそらく冷食だけれど普通に美味しかった。


「なっちゃん。この卵焼きをどうぞ!」

「それ私の卵焼きじゃん!」

「あむあむ。卵焼き美味しかった。代わりにわたしの人参どうぞ」

「えぇ。いや、もらうけど。さっきの野菜も頑張って食べる発言どうしたのよ」

「明日から頑張るの。冬里は夜ご飯の時に期待してるね」

「くうぅ、騙されてくれないか。しょうがない。わたしのとっておき、お風呂上がりのアイス持ってけドロボー!」


冬里からアイスを勝ち取った夏希は夜が少し楽しみになった。

二度と戻ってこないと思っていた学生生活。なんとも思っていなかった当たり前の時間は、失ってはじめて思い出の中の光景が特別で大切な時間だったと気付く。


久しぶりに教室で友達と食べるお昼ご飯。それはとても楽しい時間だった。
















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