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成長期(よこ)

少し冷めてしまったカフェオレを夏希が啜る。

叫び走り回ったあとの疲れた体に、角砂糖八個分の甘さが染み渡るようだ。

ミルクもたっぷりと入っているおかげで、コーヒーの苦味や酸味は全く感じない。


社会人になると何故かコーヒーを差し入れられる。

カフェオレ、次点というか最低ラインで微糖なら許す。だがブラックを差し入れる奴。あいつらは本当に頭がどうかしているのではなかろうか。

心底謎文化である。夏希としては炭酸ジュースの方がよっぽどうれしいのに。


ただここで誤解しないでほしいのが夏希はコーヒーが嫌いではないということだ。

砂糖マシマシミルクたっぷりのコーヒーであれば大好きと言ってもいい。

それでも歳を取るにつれて健康を気遣ってスティック砂糖一本とミルクで夏希は飲めるようになった。本当はコミュ障ゆえ店員さんに追加で欲しいと言えなかっただけなのだが。


香月家へ来てカフェオレで飲む兄妹に、夏希は違いを教えてやろうとした。そして見せつけるようにドヤ顔でブラックコーヒーを飲んだことがある。

そしてあまりの苦さに夏希は顔を思いっきり顰めることとなる。まさか吐き出すわけにもいかない、なんとか意地で飲み込んだ。

砂糖と牛乳を追加してカフェオレにしてもらって何とか飲み切った。それでも最初の一口の苦味は消えなかった。


夏希は自分のことを子供舌と思っている。好き嫌いの多いので他人からも言われたことだってある。自他共に認める子供舌だ。

それが本当の子供に逆戻りしてしまった。

そんなエピソードから夏希は素直に甘くして飲むようにした。


「そんなにお砂糖入れたら病気になっちゃうんじゃない?」


投入角砂糖四個と大して夏希と変わらないのに、冬里が偉そうに健康を語っている。いい子ちゃんアピールだろうか。


「そうね。いいとは言えないけど、摂取量を管理できていれば大丈夫よ」


こちらは無糖ブラックで飲む青葉。

まともなことを言っている気はする。しかし連日徹夜をするような人物なので健康について語る資格はない。


「ねえ。冬里」

「んー。なーに?」

「さっき遊びながら食べてた板チョコあるでしょ。あれ角砂糖五個分だから。つまり冬里の方がわたしより多くの角砂糖を食べてるってことだよ」

「え」


何も知らないお子様に衝撃の事実を夏希は告げていく。


「昨日の夜食べてたアイスクリーム。あれが八個。遊びに行ったときに買ってたペットボトルのジュース買って飲んだでしょ。あれは十五個分も砂糖が入ってるんだよ」

「ええ、そうなの!?」


正確なところは分からない。けれど過去に学校の授業やテレビなりで見たうる覚えの知識である。

実際に学校でペットボトルに砂糖をいれて展示してあるのを見た時、夏希は衝撃を受けた。

そのペットボトルに水を入れ砂糖水にして飲み、先生に怒られたのは苦い記憶である。


「冬里の場合は病気の前に、太らないようにしないとね」

「んなっ! たいへん体重量ってこなきゃ! お母さん、体重計どこにあったけ!?」

「洗面台の戸の下よ」


冬里はイスから立ち上がると青葉に体重計の所在を尋ねる。場所がわかると部屋を出ていった。体重を図りに行ったのだろう。

先程力尽きるまで追い駆けられた仕返しにとイジワルにと軽い気持ちで夏希は言ってみた。

なのにあんな過剰に反応するとは思っていなかった。


別にあれくらいの量のお菓子を食べるのは普通ではないだろうか。

冬里くらいの年頃とき夏希はもっとお菓子を貪っていた。それでも標準体型だったので、そんなに心配しなくてもいいのではないだろうか。


しかし女性は体重や体型を気にするもの。そして冬里は絶賛多感なお年頃。何気ない会話でさえ深く考えてしまう。そんな時期に太ったなど言われたら一生ものの傷になってしまうこと間違いなしだ。

口が悪くヤンチャだった小学生の時。誰がどう見て太っていた女子とケンカしたとき、デブと言ったら泣かれた。こういう時女子は団結しやがるのが困る。一気に悪者とされてしまった。


本当のことを言っただけなのに。本当に解せぬ。

その後外野で聞いていた友人曰く、デブを肯定する遠回しの慰めをしている人もいたのだとか。ケンカ相手だった彼女が、それをどう受け取ったかは知らない。


「どうしようお母さん! 二キロ太っちゃった」


太っちゃったかぁ。

ちょっとした仕返しにと夏希は言っただけなのに。

内心大変焦っているが表には出さない。目を閉じてゆっくりカフェオレを煽る。甘くて大変美味しい。


「それは前回いつ計ったときのと比べてる?」

「身体測定のとき。四月の」

「それなら太ったんじゃなく。成長したのよ」


なんと返事をしていいのか判らない夏希の代わりに青葉が答えた。

言われてみれば冬里はまだ中学生一年生。まだ成長期の終わらぬ少女だ。まだ身体が成長過程なのだ、身長が伸びれば体重だって増える。

さすがは母親。とても冷静な分析だった。


「そ、そっかー」


成長と聞いて安心したのか。ようやく冬里はテーブルに戻ってきた。

だが冬里の様子がおかしい。

テーブルの上にまだ残っていたカフェオレを深刻そうにじっと睨みつけ黙って動かない。


「なっちゃん。ちょっと来て」

「え。な、なんで?」

「いいから」


急に立ち上がったと思えば、冬里はついて来いと言い夏希を引っ張った。

行きたくない。話があるならここですればいい。それなのになぜ夏希だけを連れ出そうとするのだろうか。

わかっている。これはきっと怒っているのだ。


今後食事をするたびに、夏希の言葉が思い起こされ、気分よく食べれることができなくなってしまったかもしれない。

これから冬里は人目のないところに夏希を連れて行き、二度と生意気言えないようヤキを入れようとしているのだ。


「……」

「……」


ふたりとも口を開くことなく階段をのぼる。

夏希の部屋に連れてこられた。すぐに扉が閉められ、冬里は無言のまま俯いている。

ここは素直に謝罪をしよう。先に誠意を見せた方が罪が軽くなるかもしれないいと、夏希は土下座をするため膝をつこうとしたその時。


「なっちゃん。どうしよう!」

「んぇ?」

「実はさっきのウソなの。サバをよんだの! 本当は二キロ増えたんじゃなくて、四キロだったの!」


なぜそれを夏希にカミングアウトしたのだろうか。そういうのは母親とかに相談するものじゃないかな。

そんなこと言われても困る。大変困る。

なんと返事をしたらいいのか分からない。だけど今回は青葉がいないため夏希が何か言わないといけない。


「ぇと。ほら。それは成長期だよ! さっき青葉さんも言ってたでしょ」


ようやくしぼり出した言葉は、結局青葉の言った言葉のリピート。


「で、でも最近ね。お風呂で鏡みてたら、なんか身体が丸くなってきたなって思ってて。ずっと怖くてはからなかったけど、今日体重を量ってやっぱりってなったの!」


ここで黙ってしまえば太ったことを認めたことになりかねない。夏希は頭を高速回転させた。

そして多分学校でも習ったであろう、なけなしの知識を口にする。


「あー。いやー。その。なんていうか。ほら、女の子って大人に近づくにつれて身体に脂肪がついてくるって保健の授業で習った、よ?」

「でもなっちゃんは色々細いし」

「いや、それは」


それは比べる相手が悪いのではないだろうか。

冬里たち世代の子らと比べて夏希は軽く頭一つ分以上に小さい。

この間、青葉に連れられて例の薬を研究していた施設に行った時のこと。身体検査を担当してくれた堂前琴音の話だと、夏希の身長体重は大体小学三年生相当とのこと。


事前にアンケートに夏希が答えた通り、中学生くらいの年齢になるように薬の調整があったようだが。実際はこんななりとなっている。

夏希に使われた薬は人体への治験すら行われていない。真っ黒も真っ黒、法的にアウトな薬品だ。

投与後にどのくらい若返るのか。どう変化するのかするかは打ってみないと確かな事は分からなかった。


記念すべき被験者一号となった夏希は若返るという効果はしっかり現れた。少々効きすぎて幼めだが、むしろ成功と言える。ただ性別の転換という副作用が起こったことは、些細な問題なのかもしれない。

そのためこの身体は中学生相当ではない可能性が高い。

自身の身体が設定年齢からかけ離れ貧相なだけであって、中学生の冬里は年相応の体型だ。


「あのね。わたしは病気してたから、病院の先生に成長が遅れてるって言われてるの。同い年の人たちと比べても、わたしって小さいでしょ。だから比べるならクラスの子と比べてみよう。栞さんって太って見える?」

「ううん。見えない」

「そうだね、見えないよね。わたしから見て冬里は太ってないよ。わたしの言う事は信じられない?」

「そんなことない」


こうして目の前にして冬里を見ていても太っているようには思えない。

彼女くらいの年頃の子らの裸体をみる機会など夏希には当然皆無。だから比較することはできない。

しかしお風呂で見た感じ、冬里のお腹周りに脂肪がついているようなことなかった。肌と肌が触れたときの感触が柔らかいのは、男性のように筋肉質ではないから。

やはり何度考えても冬里が太ってはいない。


「よかったぁ! そっかそっか、太ってなかったか! てっきりこの間トメ子おばあちゃんが持ってきたお菓子の残りをいっぱい食べたから太っちゃったかと思ったよー!」

「……」


急に否定できなくなってしまった。

以前近所に住むトメ子が香月家に来た日のこと。あの日トメ子は持ってきた菓子類は、子供たちで食べなさいと言ってすべて置いて帰った。

賞味期限が近い生菓子は夕食後と次の日に持ち越してみんなで食べた。


だが本当に食べきれないほどのテーブル一面に並べられたお菓子。その後あれらの行方を夏希は知らなかった。

まさか冬里が持っていたとは思いもしなかった。しかも口ぶりからかなりの量を食べたことが伺える。


やはり冬里の言う通り、身体が横に成長した可能性が出てきた。

悩みが解消した冬里は上機嫌でリビングに戻って行き。残りの角砂糖四個分のカフェオレを美味しそうに飲み干していた。

なんと200件近い誤字報告をいただきました!

そんなものを掲載してるとか泣きたくなりますねー。あとニと二の違いとかよくわかりましたね!

改めて報告ありがとうございました。これからも誤字報告どしどしお願いします!(感想とか評価もッ)

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