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山を登ると現れたのは

「……」

「……」


冬里は夏希の部屋に来るたびになにかと持ち込んでくる。

本日はボードゲーム。一箱でオセロに将棋、五目並べなどが色々なゲームが盛りだくさん詰め込まれたお徳用おもちゃだ。


子供の所有するおもちゃ特有の事象。それは付属品いつのまにか消え去る現象。

付属のカードや駒を失くしてしまいゲームの進行不能になるなどよくあること。

久しぶりに引っ張り出してきたトランプのカード。実は複数枚のカードが無くなっており。ババ抜きが一生終わらないなんて経験を夏希はしたことがある。


だがそんな時は紙やダンボールをハサミで不器用に切り抜いて代替え品を用意したことはないだろうか。

少なくとも夏希は作ったことがある。

不揃いのカードでも気にも留めないような昔の話。


冬里の持ってきたボードゲームも例に漏れずだ。

オセロの駒は大体多めに予備があるはずなのに、手作りの駒がないとゲームができない。将棋の王将と玉将は何処から取って来たのか、プラスチック製ではなく木製の本格的な駒に置き換わっていた。

また付属されていた説明書はすでに紛失されていた。

だから二人ともルールが分からない、囲碁やバックギャモンなどは除外するしかなかった。


「1。2。3。4」

「1! 2! 3! 4!」


まずは五目並べ。

粘り強いと定評のある夏希。勝つための思考は上手くないが、負けないための構図は描ける。粘りに粘って盤面の半分が埋まったくらいで凡ミスで負けた。

その後何度か挑むも一度目のゲームで集中力が切れ、始まって早々に敗北を重ねた。


「14! 15! 16!」


次に将棋。

これはもう始める前から夏希は勝ちを確信していた。なぜなら冬里よりも学力は夏希の方が上だ。

負けた時の冬里の泣きっ面を思い浮かべ、自信満々に夏希は一手目を指した。

結果は負け。納得いかない夏希は再戦を挑み二枚落ち、四枚落ちとハンデをもらい、無事に負けた。惨敗であった。


「29! 30! 31!」 


そして現在オセロで対戦をしていた。

夏希は過去に親のパソコンに入っていたオセロのゲームでCPU相手に14手目で勝利を収めたことがある。

だから負けるはずなど


「59! 60! わたしの勝ちだね!」


本日7度目の敗北。

これはオセロのみの結果だ。五目並べと将棋を入れたらもっと負けている。


「およ? トイレ?」


喜ぶ冬里を尻目に夏希はゆらりと立ち上がる。

床に散らばった駒や盤面を踏まないように避けていき。


「~~~~ッ!!」


夏希はベッドに向けて飛びこむと布団に顔を埋め、くぐもった叫び声を上ながら足をバタつかせる。

勝手に下に見ていた冬里にこれでもかというくらいにコテンパンにやられた。

ゲームで負け続けた夏希の思考は退行。いま頭の中は悔しさや何やらでぐちゃぐちゃな状態である。


普段は夏希のことを妹と言って甘やかしてくるのに、なぜゲームでは甘やかしてくれないのだろうか。

もっと手加減してくれてもいいではないか。

三回に二回くらいはご機嫌取りでわざと負けてくれてもいいのではないか。


「えーっと。なっちゃーん?」


ある程度フランストレーションを発散させると夏希はピタリ動きを止めた。


「なっちゃんのカワイイおしりとおぱんつ見えちゃってるよー。ほーら、お姉ちゃんとコッチで遊ぼう?」


暴れたことで夏希の衣服は乱れ、短いスカートにいたってはめくれあがり下着が完全に露出していた。

本日のコーディネートは冬里が選んだもの。夏希自ら選んだ訳じゃない。


「楽しくない」


顔は伏せたまま片手でスカートの位置を直しながら夏希がつぶやいた。


「わたしは勝ちたい。勝ちたいのぉ!」


夏希は元来負けず嫌いなのだ。

大人げないとか、実年齢が三十を超えてるとか、そんなものはもはや関係ない。

とにかく夏希は勝ちたかった。この際勝ちを得られるならゲームは何だって構わない。ただ勝利が欲しい。いっそ卑怯な手を使ってでも、どうにかして冬里を負かしてやりたい。


「冬里が苦手なゲームはなに!?」


夏希はプライドをかなぐり捨てて正直に尋ねた。


「んーと。あ。チェスは苦手だよ!」

「……。わたしルールわかんないもん」


自分は最初から一回り以上も年の離れた、十二歳の小娘に全力で負かそうと挑んだくせに負けたら駄々をこねる。

もしここに正体を知る青葉がいたのなら、なんとか夏希は理性を保っていたかもしれない。

しかしこの場には冬里しかいない。だから夏希が見た目通りな振る舞いをしても咎められることはないのだ。


「えー。えーっと、えと。あれは! 下行ってゲームしよう! レースゲームとか!」

「ぜったいイヤっ! またコースをショートカットとかするんでしょ! そんなのずるいもん!」

「しないよ! もうしないから! ね!」


冬里がリビングに行って家庭用ゲーム機で遊ぼうと提案する。

だが夏希は激しく拒否。

冬里が言っているゲームは、いまやお国を代表する某キャラクターの名を冠するレースゲームだ。


そのゲームを香月家に来てから夏希もプレイをしたことがある。ブランクあれど、こちとら初代をプレイしたことのある身だ。そう簡単に負けるわけがないと挑んだ。


対人戦のマルチプレイ。あれはだめだ。

みんなうまい。アイテムの使い方、使い時も熟知している。

なんか爆弾投げてくるし、それがこちらに向かって歩いて来て爆発するし。大砲の砲弾に変身したり透明なったりする。

またブレーキ知らずで常にアクセル全開の夏希に勝つことは不可能だった。


なによりショートカット。あれはずるい。とにかくずるい。

初心者をバカにしている。はじめてプレイするコースで、ショートカットしてくる相手にどうやって勝てというのだ。

夏希はいつも最下位争いをしているので、いいアイテムこそでるにはでるが、それを有効に使えないのでは意味がない。

まあ大変面白くなかった。


「うーん。そうなると」


一方、冬里はというとはじめて見る腹の虫の居所が悪い夏希に、どう対応したものか戸惑うばかりだ。

困らせているのは夏希も分かっている。

でもいつもはだいたい夏希が冬里に困らされているので、たまにはこれくらいいいではないか。


それに視線を変えてみれば、夏希が冬里に対して素を見せるようになったとも捉えれる。

香月家に来た最初は夏希も借りてきた猫のような状態だった。

皆で集まってごはんを食べるとき。最初の頃は黙って息を殺していたが、最近は夏希からしゃべることもある。


いまも部屋に籠っているが、猫のおとーさんと遊ぶためにたまに自分から部屋を出る。

日を追うごとに自然体に、そして行動範囲を広げている。

それを夏希に言ったのなら、取り繕っていたのがボロ出るようになったと答えるだろう。


「なっちゃん。なっちゃん。元気出して! ボクたちと遊ぼうよ!」


部屋の隅でゴソゴソと何かを漁ったあと、ベッドのそばで声を変えた冬里がしゃべりだした。

顔を伏せているので夏希からは見えてはいないが、何をしているのかは容易に分かった。きっと冬里の手には小さな人形が握られていることだろう。


人形は先週の休日に冬里が持ち込んできたものだ。森の中に建つ家がモチーフのドールハウスとともに複数体の人形を持ってきた。そうして夏希はお人形遊びに興じることとなった。

遊び終えたあともなぜか回収されることはなく、丸ごと夏希の部屋にそのまま置かれている。


モデルルームのように生活感のない部屋だったのが、最近変化しだしている。悪い意味で。

きっと先ほどまでやっていたボードゲームも冬里はこのまま置いて帰るのだろう。

おそらく夏希の部屋を物置とでも勘違いしているのではないだろうか。


「わあ。おっきい山があるよ! 山登りして遊ぼう!」


そう言うと冬里がベッドに乗り込んでくる。夏希の背を人形が軽快なステップで登っていく。

ついでに夏希の手元には、夏希の用の人形が置かれた。もし夏希が参加した場合、山が消失することになるが冬里はどう考えているのだろうか。

それに山登りが遊び? 成人ならその発想には思い至らないだろう。


「なんだこれは! 黒いツルが絡みついてくる! ここは危ない! ボクを置いて逃げるんだエイミー!」

「ダメよ、マイク! あなたを置いてなんていけないわ!」


なにがハマったのか、ひとりで冬里は人形遊びを始めだした。

敵役は夏希の髪の毛。マイクは複数の黒いツルに雁字搦めにされ締め上げられている設定のようだ。

夏希の髪はさらさらで絡まりにくいとはいえ、人形にグルグル巻き付けるのご遠慮願いたかった。

それに身体を無遠慮に這いまわる人形がだんだんと鬱陶しいく感じ始める。


「うなぁあぁぁぁ!」

「マイクぅ!」


我慢の限界が来た夏希はようやく立ち上がった。

案の定マイクは夏希の髪に絡まり拘束され宙ぶらりんとなっている。


「はは! マイクを助けたくは、わたしを倒すことだ!」

「待っていてマイク! いまこの化け物を退治してやるから!」

「うりゃ!」

「なんのぉ!」


二人はベッドの上で取っ組み合い始めた。

しかし冬里が押し返しはじめる。負けずと夏希も本気で全体重をかけて押し込む。


「うんどりゃあ!」

「きゃ!」


上から抑え込んでいる夏希が優位に立っているはずだった。

やはりというか夏希よりも冬里の方が体格も筋力的に勝っている。体勢を整えると冬里は足に力を入れて立ち上がらんとしてきた。

すでに全力を出している夏希。これにはどうしようもなく、じりじりと優位性が失われ弱点し押し倒されてしまった。


「まだまだぁ」


倒れる瞬間に夏希は、冬里の足を引っかけて一緒に転ばしてやる。


「ふぎゃ!」


まさか自分も倒れるとは思わなかった冬里は目を白黒させる。

その隙に夏希は起き上がるとマウントポジションをとると、手をワキワキさせ言った。


「ふふっ。うふふふ。覚悟はできてる?」

「な、なにを」

「こしょこしょこしょ!」

「わはは! ちょっ、やめ! あははは! こうさ、こうさんんっ。も、もうやめてぇへへっ!」


夏希は怪しい笑みを浮かべ、冬里の脇腹に手を差し込むとくすぐり始める。

これには冬里もたまらず大きく笑い声をあげ降参を口にする。

だが日ごろの鬱憤を晴らすべく、夏希の手は止まらない。脇腹に加えて腋の下も責めることで、より一層大きな声を冬里はあげる。


「参ったかぁ!」

「はっ、はぁあ。はぁ」


上気させた顔で目に涙を溜め息絶えの冬里。その姿を満足そうに夏希は見下ろす。


「え?」


どこにそんな力を残していたのか。突如冬里は上体を起こす。その反動で夏希は後ろにひっくり返った。


「覚悟はできてるよね」

「ご、ごめんなさい。あの。あやまるから」


反対に冬里に押さえこまれてしまい夏希は身動きが取れない。

これから起こることが容易に想像できた。だから夏希は素直に謝り許しを請うが。


「さーて。なっちゃんは、どんなかわいい声で鳴いてくれるのかな?」

「や、やめっ」


だが冬里は聞く耳をもたず。攻守交代。

この後。香月家には悲鳴ともとれる笑い声がしばらく響き渡った。

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― 新着の感想 ―
かわいい……かわいい……青葉さん、青葉さん、見てますか……この立派な成長を……
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