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見なかったことにしてください

人間の精神は活動する肉体に引っ張られると夏希は定義する。

男性は競争意識が強く、感情や自身の弱い部分を表に出すことを控える傾向にある。

社会からは強くあることを求められ。辛いことがあったとしても内に秘める傾向にある。


女性は共感性が高く、他者に対し感情を露わにする傾向にある。

感情を言語化することが得意で、話すことにより整理し発散を行う。

そして人との関係性を重視し繋がりを大切にする。

あくまで男女の傾向を表したもので、これに当てはまらない人は多くいるだろう。


人間の精神は過ごした環境によって形成されていく。幼児期に自我が芽生え、学生となり集団行動と社会性を学ぶ。

この過ごす環境によりそれぞれの個性が生まれていく。それは成人したころにはもう固定され、環境による多少の変化はあるものの、成長し成熟した精神は根本的には変化しない。


年齢を重ねて夏希は世間一般的には大人の一員となった。

就職してお金も稼いでひとりで生きていた。社会一般的に自立していたはずだ。

それがどうだろうか。突然の予期せぬ出来事により幼い器に変えられ、あまつさえいまは中学校にまで通わされている。


中学校で現役の中学生とともに、大人が一人混ざって教室で勉強している。これだけ聞くと本人だけではなく、誰だって違和感を抱くことだろう。

けれどその大人の見た目が中学生と同じであればどうだろうか。


中学校という限定さられたコミュニティで、さらには見た目が同じというだけで瞬く間に壁がなくなる。周りはすんなりと受け入れる。自分たちと同じものとして扱うはずだ。

しかし見た目が周りと同じだけの大人はどうだろうか。


ただ見た目だけ変わり。子供として日常を過ごせと言われた。

本当の自分を隠して偽りの自分を演じる日々。

周りのだれも知らなくて、だれもが自分を知っていない。そんなはじめての環境で不安で怖くて。不意に押し寄せる寂しさに押しつぶされそうになる。


そんな生活に身を置いていると自分が自分でなくなるような錯覚に陥る。

防衛反応からか学校にいるとふとした瞬間に自分が本当の学生であるように思え。休み時間や部活で笑い、話していると本当の友達と居るように感じる。


そんなふうに本当の子供のように過ごしていたならば、時には涙だって流すこともあるのだ。

これは普通ではないことが身に起きた夏希にしか理解が出来ない感情である。

だからこれは共感を求めても誰からも真実からの賛同を得られない出来事。


「まあ、ほら。俺だって普通におとーさんに話しかけるし。てかうちの家族みんな話すし。気にすることはないぞ。ボクは気にしないニャー。ボクもひとりでいることが多いからもっと話しかけてほしいゾ。泣き止んだならボクと仲良くいっぱい遊ぶニャ。ほら、こいつもこう言。ィテッ!」


春樹は猫のおとーさんを使って一生懸命に夏希の気をひいて励まそうとしていた。しかし途中でおとーさんの我慢の限界が来たのか猫パンチを受ける。同時に近見謙吾のチョップが春樹の頭に落とされた。


励ますために春樹なりに頑張って考えたのだが、内容が煽っているよにしかとれない。

そしてその蒸し返すような内容に夏希は少なくないダメージを受けていた。


「そういうとこだよ春樹」

「どういうとこだよ。なんかダメだったか?」


突然泣き出した夏希を前に、当初男子中学生の二人はどうしたものかと狼狽えた。

立ったままなのもあれだからと、とりあえず夏希は手を引かれウッドデッキに座るようにと連れていかれ。

ほかにもなにか一生懸命話しかけてくれていたようだったが残念ながら夏希の耳には入ってこなかった。


きっかけは些細なものだった。けれど最近溜まりに溜まった、なんかもう色々な感情が押し寄せ。夏希は普通に泣いた。

すでにもう泣き止んでいた。けれど年下の前で普通にガチ泣きしてしまった。

その事実に夏希は物凄く気落ちしており、いまも顔を上げられないでいる。


「はい、これ。冷やしたタオル。冷やすと目の腫れがマシになるらしいから使って。擦っちゃダメだよ」


近見は香月家の台所を借りて作った、冷やしたタオルを差し出てくる。

普段であれば行動までイケメンかよと心の中でぼやくところだが、今回ばかりは素直に感謝し夏は受け取った。


「うん。ありがと」


タオルを受け取ると夏希は目を閉じ押し当てる。

泣いたせいか熱くなった瞼がひんやりと冷やされて気持ちが良い。


「あれだね。今回は春樹が悪かったってことで。さ、謝ろうか」

「なんでだよ。夏希とおとーさんが話してたのを謙吾が聞いたのが原因だろ」

「でもそのきっかけは春樹がボールをここに飛ばしたからだ。バットに当たらないからってムキになって力任せに振るからこんなことになったんだよ。結論春樹が悪いね」


となりの空き地で野球するにあたって昔から暗黙のルールがある。それは打っていい範囲は空き地内に収めることだ。

打球を高く遠くへ打てれば気持ちがいい。だが空地は学校のグラウンドのように広さがあるわけでもない。ひとたび打ったボールを見失えば探すのにとても手間がかかる。


ボールが空き地を飛び出だせば、行先はよその家の敷地か整備されていない土地の草むらだ。

よその家と言えど春樹からしたらご近所さんだ。昔から和良川中を遊び回っている春樹には敷地という境界の概念がないので、よその庭だろうがどこだろうと当たり前のように勝手に入って探すのだが。


近見はそういうルールがあることを夏希に説明し、今回それを破ったのが春樹だと申告する。

なんでも近見が投げた球を春樹はなかなか打てずにいた。そして苛立ちが募りフルスイングしたところ、運良くバットに当たりここまでボールが飛んできたのだ。


「春樹くんのばか」

「あれ!? やっぱこれって俺が悪いのか!」


ちなみにこのルールができたのは、ボールがなくなることを心配してだ。

たとえ百円で買えるボールだろうと子供には痛い出費である。それに田舎の和良川では欲しくても、入手する店がないので無くなったら手に入らない。週末にお出かけする時まで野球はお預けになってしまう。


「でもおまえが変化球ばっか投げるから!」

「だからってイライラしてフルスイングしたのは春樹だろう? それに折角面白そうなボールを買ったんだから試さないとね」

「ふん。たしかに謙吾いやらしい性格を表したような球だったな」

「はは。春樹の投げるボールは春樹と同じで真っ直ぐで打つのが簡単だったよ」


少しずつヒートアップしはじめ、ついには言い争いを始める。

そんなことよりも夏希は気になっていた事を口にした。


「そもそも。なんで二人は遊んでたの? 部活は?」

「「……。」」


両隣りに座る二人は夏希の言葉を聞いたとたんに黙る。

目をアイシング中のため夏希は目の前の光景を見てはいない。それでも春樹と近見から動揺する気配をありありと感じとる。

それがずっと疑問ではあったのだ。本日夏希は女子テニス部特有の事情があって帰宅した。


夏希は浜那美中学校の事情は詳しくは知らない。

だが全員が部活に所属することが義務付けられていることは知っていた。そんな学校でそう簡単に部活が休みになることはそうそうないはずだ。

それなのになぜサッカー部の2人が帰宅して野球に興じているのだろうか。


「それはアレだ。なあ? 謙吾」

「あーうん。アレアレ。えー。そう。病欠だよ。ちょっとお腹痛くてさ。あ、イテテ。思い出したら痛くなってきた」

「そうそう病欠病欠。俺は頭が痛くてさ。あー、クラクラするわ。だからサボりじゃねーぞ」

「ふたりして病欠? それは大変! それなら休まないと。あれ? ならなんで近見さんはここに? 春樹くんも遊んでないで家の中で休まないと。それはそうとこういう場合は大人の青葉さんにも一応連絡入れた方がいいよね」

「「……。」」


二人に反撃するチャンスを見つける。タオルを外し見上げると夏希はノリノリでそう言い放った。

するとふたりは目を逸らして二度目のだんまりタイムにはいる。

これだけ分かりやすい反応されたら、もはや答えを言っているようなものである。


夏希の予想通り春樹たちは部活をサボって遊んでいた。理由は近見が学校に持ってきたボールにある。

近見は先日購入した変化球が投げやすいというボールを学校に持ってきた。

休み時間に同級生の野球部に変化球の投げ方を教わってみんなで投げて遊んでいた。


軌道を変えて飛ぶボールが想像以上に楽しくハマってしまった。しかしふたりはサッカー部。

そう野球ができない。

だから春樹は頭痛、近見は腹痛という仮病を使い部活を休み今に至る。と二人は夏希に白状した。


「はあ」


なんとも子供らしい理由に思わず出たため息でた。


「でもちょっと待て。夏希だって部活はあるだろ。どうしたんだよ」

「ああ。なんか女子テニス部なんだけどね」


夏希はつい先程教室で早道姉妹から聞いたままを春樹たちに伝える。


「は? 自主練日?」

「そんな理由通る?」


案の定ふたりの反応からして理解に苦しんでいるようだ。ただ説明しといてなんだが夏希もまだしっかりと理解できているわけではない。だから深くは聞かないで欲しい。


「その、だな。夏希。今日のことは出来れば」


腑には落ちないものの、なんだかよくわからない理由で夏希は正式に部活が休みと無理やり理解する。

そしてしおらしくなった春樹は母親の青葉には黙っていてもらえるように、夏希と恐々交渉を始めようとする。


本日サッカー部はグラウンドを使えない日だ。テニスコートからでは春樹の姿を確認することはできない。体育館で部活をする冬里は言わずもがな。

そしてグラウンドが使えない日。サッカー部は練習は早く切り上げる。


本来であれば夏希たちが部活が終わり帰って来た時に近見と遊んでいたとしても言い訳は完璧だった。計画通りだったなら春樹が部活をサボったことは妹たちに知られることはなかったのだ。

ただ女子テニス部におかしな伝統があったのが唯一の誤算だった。


「でもさ。わたしが知らないだけでサッカー部だってそういう日があってもおかしくないよね? ほら。わたしって転校してきたばかりで学校のこと、まだ分からない事ばかりだからさ。ね?」

「おおう。そうなんだよ! たまたまサッカー部も自主休部の日だったんだ。偶然だな!」

「ほんとほんと! 重なるなんて奇遇だよね! あと春樹。自主練日ね」


まだまだ今の環境に夏希は疎い。

だからテニス部と同じでサッカー部も変な伝統があってもおかしくない。そう考えることにして夏希は春樹たちに騙されることにしたのだった。

お久しぶりです。

全てはゲームが悪いんです。

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