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おとーさんと内緒話

夏希は打ちつけた頭をさすりながら、逃げていった枕の行方を追う。

枕あらため猫のおとーさんは庭に入り込んできたボールを追いかけていた。転がるボールを捕まえるとじゃれついて遊んでいる。

その姿にいまになって家の外に連れて出てよかったのだろうかと不安がよぎった。


このまま逃げ出してしまうのではと夏希は慌てて立ち上がる。

すぐに追い駆け捕まえようとしたが、裸足であることに気付き庭に降りることを躊躇する。

玄関に行き靴に履き替えようとしたも考えた。しかし目を離してしまった隙に逃げ出してしまたらどうしようと足を止めた。


戻ってくるように呼びかけよとも考えたが、おとーさんからしたら夏希は突然群れに現れた新顔。序列的にも一番下だろう。そんなやつの言うことなど聞いてくれないはずだ。

それに下手に呼びかけ興味対象であるボールから注意を逸らしてしまう方が、逃げ出してしまうリスクの方が高そうでもある。

やはり確実性があるのは自分の手で摑まえること。夏希は意を決して裸足のまま庭に飛び出した。


「捕まえた!」


ボールにじゃれついていたおとーさん。その背後から夏希は忍び足で近づき、手が届く範囲まで行くと素早く両脇を掴みあげ捕まえる。

抵抗はなくすんなりと夏希の腕の中に収まってくれた。


「おまえは賢いよな」


抱えられても大人しくしているおとーさんに話しかける。返事は返ってこないが瞳は理性的で夏希を見つめ返してくる。

こんなにも真っ直ぐ見つめられると、つい逸らしてしまうのが人見知りの性だ。しかし相手が人間ではなく動物だと大丈夫であることに夏希は気付く。


むしろ可愛いのでずっと見ていたい。逆におとーさんの方から視線を逸らされてしまうと、夏希はショックを受けてしまうかもしれない。

そう夏希は考え、自分に当てはめて思い返す。

だいだい夏希は会話をする際は相手と目線を交わさず話をするのだ。もし目線が合っても一瞬ですぐに逸らす。


夏希だって別にしたくて目を逸らしているわけではない。

言い訳をするなら目と目を合わせると居心地が悪く感じる。それに相手から責められているように錯覚してしまう。それがストレスになり、ますます目を合わせれなくなった。


それで相手がショックを受けていたかは定かではない。ただ相手からの印象は悪いことに間違いない。

なんとなく頭では分かっていた事だった。ただ自分と相手を置き換えて考えたことがなかっただけ。

そこでふと夏希は閃いた。つまりそれを感じさせない相手なら目と目と合わせて会話する練習ができるのではないかと。


「えっと。少し前からあなたのお家に住まわせていただいてる夏希といいます」

「ミャー」


おとーさんを顔の前に掲げ夏希が自己紹介をする。すると短くだが返事も返してくれた。

なんていい子なのだろうか。夏希は感動した。


「趣味も特技もありません。苦手なことは人間関係です。だからひとりで居るときがとても落ち着きます。あっ、でも。これはわたしの問題であって、あなたが嫌いとかじゃなくて。その。なんていうか、あなたからはいっぱい話しかけてほしいというか。あと一緒に遊んでくれたらうれしい、な」

「ニャ」

「だから。えっと。不束者ですが、これからも仲良くしてほしいにゃん!」


ざり。と砂利が擦れる音が耳に届き、反射的に音がした方を夏希は振り向く。


『……』


この時ばかりは無言でしっかり目と目で見つめ合い。そしてとても気まずい空気が二人の間で流れる。

夏希は頭が真っ白になり、とっさに言い訳をしようと口を開く。しかしその口から言葉が発せられることない。


「あーー。その」

「っ」


沈黙を打ち破った近見謙吾の声が耳に届いた途端。はじけるように夏希はその場にうずくまり顔を隠す。

何でここにコイツがいるのだろか。部活はどうした。サボりか。サボりなんだな。いいよな陽キャは部活サボってもお咎めなくて。先輩や顧問からは笑い話程度にサボりをいじられ、お咎めなく終わりなんだろ。わたしのような陰キャとは違って人生イージーモードで羨ましい限りだ。


そう面と向かって言える勇気もなく、あくまで頭の中で夏希は散々毒をはく。

ただでさえ猫に話しかけていた場面を見られただけでも恥ずかしいのに、さらに話していた内容が最悪だ。

きっと明日学校でこの出来事を広め、夏希のことを笑いものにするのだろう。トラウマ確定である。


「や。ボールを探して"いま"来たところなんだけど、コッチに来てたりしないかな?」

「ん」


近見の質問に蹲ったまま顔をあげることなく、おとーさんが戯れていたボールを夏希は指さす。

そんな見え透いた噓などに夏希は騙されたりしない。本当に来たところであるならば、あの気まずい間もなく、その言葉が最初に来るはずだから。


「おーい謙吾。そっちボールあったか? って、おい! どうした夏希!」


続けてプラスチック製のバットを持った春樹がやってきた。そして近見の視線を辿ると蹲る夏希を見つける。

春樹は持っていたバットを投げ捨て、すぐさま夏希に駆け寄る。


「おい。大丈夫か! もしかしてボールが当たったのか!」


先程まで春樹らは香月家のとなりにある空き地で野球をしていた。春樹が打ったボールはバットの芯を捉えよく延び、空き地から自宅方向に飛び消え去った。

そのボールを探して二人はここまでやってきた。

そして顔を隠し蹲る夏希と、その傍らに落ちているボール。


それを見て春樹はボールが夏希に当たったものと勘違いした。

駆け寄った春樹は怪我の具合を確認しようと夏希の顔を覗き見ようとする。赤くなった顔を見られたくない夏希は抵抗するが、力比べ勝てるはずもなくガードしていた腕をはがされてしまった。


「真っ赤じゃねーか! ちょっと待ってろ。冷やすもん持って来るから!」

「いや、ちがっ。ま、まって!」

「いいから座ってろって。こういう時は冷やした方がいいんだぞ」


顔を赤くしている原因は恥ずかしい場面を近見に見られてしまったためである。夏希自身の口からこの説明することは絶対にしたくなかった。

だから春樹はボールが顔面に直撃したからと思い込んでいるのを訂正できなかった。


「それと念のため母さんにも連絡した方がいいか?」

「しなくていいよ! わたし元気だよ! ピンピンしてるよ!」

「ムリするなって。だっておまえ泣いてるじゃん」

「泣いてないもん!」


春樹が勘違いしたまま冷やすものを取りに行くだけならまだよかった。

だが青葉に連絡するとまでいうから夏希は必死に止めた。そんなことをしたら先程の出来事を一から説明しないといけない。それを聞いた青葉は絶対に夏希を揶揄うに決まっている。

だから春樹の腕をつかむと夏希はこれ以上は行かせまいと全力で邪魔をした。


「ふふ」


かみ合わないふたりの姿を見て近見はつい笑い声が漏れてしまった。


「何がおかしいんだよ」

「いやいや。ごめんごめん」


真面目に心配している春樹は笑う友人を睨み付ける。


「だぶん夏希ちゃんの言ってることは本当だよ」

「なんで分かるんだよ」

「あー。それは」


フォローするつもりだった近見だったが、このままありのままを伝えていいものかと言葉を詰まらせる。

近見が夏希に目線を送ると、案の定ブンブンと首を振り言うなと訴えてくる。

そして春樹は春樹で早く言えとばかりに凄んでくる。


「俺がここに来たときは、元気だったよ。うん」

「それだったら謙吾がきた後に何かあったってことか」

「まあ、そうなるね」

「まさかとは思うがおまえが夏希に何かしたわけじゃないよな? もしそうなら」

「いや、まさか! あっ。でもきっかけではあったかもだけど」

「あ?」

「違うよ! 近見さんはなにも悪くないよ!」


いまにも掴みかかる勢いで春樹は近見を問いただす。

一発即発な雰囲気を感じ夏希は間に入ると春樹にありのままを告白した。


「ただ、その。わ、わたしがおとーさんに話しかけていたところを近見さんに見られちゃって。だからボールが当たったとかじゃなくて。あの。だから、恥ずかしかったってだけなの!」


大体こうなった原因は夏希の自爆である。

それでも認めたくない現実を認め、さらには自分の口で説明させられる。そんな羞恥に耐えられず、夏希は泣いた。

初投稿から3年目!

これからも誤字脱字報告と応援お願いします!

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