早道家双子見分検定
教室には実質部活が休みな、夏希たち女子テニス部の3人だけになっていた。
「そんじゃ定番の双子クイズいってみよう」
「いえーい。どんどんぱふぱふー」
早道姉妹が突然なにかを始めだした。
「私は美奈でしょうか。それとも美花? 正解も外れも半分半分」
「ささ、お気軽にお答えを。間違えても今夜私たちがショックで寝つきが悪くなるだけだから」
「え。それって結構、わたしの責任重大じゃない?」
間違われるのがショックならば、もっと見た目で分かるようにしてもらえないだろうか。そう出題者の双子に夏希は苦情を入れたい気持ちでいっぱいだ。
面と向かって言えるほどの気概を夏希は持ち合わせてはいない。だから二人を見つめて真面目に考えてみたが分かるはずもない。
まずヒントになりそうなものがないか。先程までの出来事を夏希は思い出すことにした。
しかし早道姉妹が教室にやってきてから互いに名前を呼び合っていない。たとえ呼び合っていたとしても意識してか無意識かわからないが、早道姉妹は動き回って立ち位置を変える。そのためよく見ていないとすぐに見失う。
周りも周りで、そもそも二人を見分けるのを諦めている。だから多くの人はふたりセットで早道さんと呼ぶ人が多い。それ以外で言うなら美奈美花と二人同時に呼ぶ。
ふたりが学校で明確に分けて呼ばれるのは授業で当てられるときか、出席をとるときかくらいである。もっとも呼んだ教師も、返事が返ってきた方が当人という認識でしかない。
それくらいには皆この双子を見分けるのをもう諦めてしまっている。だから夏希が当てられる道理はない。
もっとも早道姉妹は周りをからかって面白がっているきらいがある。だから周囲もあまり気にしていない。
「えっと。ひ、ヒントを!?」
けれど転校してきたばかりで、クラスも違う夏希はその事実を知らない。
間違えられたらショックを受けると言っていたのを、本当だと思っているので本気で考えていた。
「ヒント? しょうがないなー。なんにする」
「そうだな。じゃあ好きな果物。美花はいちごが好きで美奈はリンゴが好き」
「なるほど」
いちごが好きなのが美花。リンゴ好きなのが美奈。
もらったヒントを夏希は反芻して導き出される答えは。
「ん? それだけ?」
「これ大々の大ヒントだよ」
「夏希はもっと観察眼を鍛えるべきかも」
「えぇ…」
くるくるとその場で回りはじめる早道姉妹。
好きな果物を教えられたところで、このクイズで何のお役に立つのだろうか。
例えば現物がありどちらか一方が嫌いな果物を言っていたなら、食べさせれば判明するかもしれないが。どちらも好きな果物を言っていては意味がない。
深く考えても意味がなさそうだ。もういっそ当てずっぽうで答え、早々に終わらせてしまおうと夏希が口を開きかけたときあるものを発見をする。
「あっ!」
やっと二人が言っていた意味が分かった。
ふたりして後ろを向いてカバンをわざとらしく振ってアピールしていたのだ。そしてカバンにはそれぞれ、いちごとリンゴのバッジがついている。
そうして夏希は思い至った答えを自信満々に伝えた。
それが夏希が下校する直前に起きた出来事だ。
帰り道で不審者に遭遇することもなく。当然信号のある交差点も問題なく渡ることができた。
何事もなく香月家に帰宅した夏希は背負っていたカバン下ろし制服を脱いでいく。
ちなみに双子クイズを見事正解することができた夏希は、『早道家双子見分検定七級』なるものを早道姉妹から賜ることとなる。
見分け検定ではなく、見分検定なのがこだわりの一つだと双子は語った。
今日はどの服を着ようかとクローゼットとタンスを右往左往しながら迷っていると、床に置かれたカバンに目が移る。
実は正解した夏希は賞品をもらっていた。それはいちごとリンゴのバッジだ。
正解するとともに賞品は早道姉妹の手により、勝手に夏希の通学カバンに付けられた。
それらが追加されることで可愛らしくなったカバンを夏希は微妙な表情で見つめる。
きっと夏希はこのままにしておく。人の手によって付けられてしまうと、どうしても外しずらくなるから困るのだ。
しかもコレを貰ってしまうと次回から双子の見分けができなくなって困ってしまうではないか。
「ふう」
しっかり時間をかけて服を選び終えた夏希は台所でお茶を飲んでいた。
「そういえば青葉いなかったな」
夏希たちが帰宅する時間帯。青葉はだいたいリビングにいる。そして帰宅すると出迎えに来てくれる。しかしそれが今日は現れなかった。
リビングに行っても青葉の姿はなく、エアコンも入っていない。
もう十月に入ったというのに日中の暑さは変わらない。
さすがに夕方ともなれば、それも和らいだように思える。それでも締め切られた部屋はとても蒸し暑い。
この状況を見越した訳ではないが、大胆に足を晒したショートパンツを選んだのは正解だった。
また着ているシャツは首元と袖口が大きめのためよく空気が通り、動いていると絡みつくような暑さは感じない。
しかしなんでだろうか。動くと涼しく感じるのに、動けば動くほど暑くなる矛盾。
そういえばこの身体になってから、夏希の感じる体感温度が変わったように思える。
男性と女性では体感温度が違うというのを聞いたことがあった。以前の男だったときはこの部屋の温度に耐えられなかった。きっと入室とともにすぐさまエアコンのリモコンの元に向かい。最低温度にしたうえで最大風量に設定していたはずだ。
たしかに体感温度は多少変わった。しかしいまの環境が不快であることは変わりない。
広いリビングで自分しかいない状況。なんとなくエアコンを付けるのが憚られてしまう。
そこで夏希は窓を開けることにした。新鮮な空気が入り込み、風が通ることで部屋の中も涼しく感じるようになる。
「あっ。すずしー」
夏希が窓を開けると、ひんやりとするマットの上で伸びていた猫のおとーさんが足元までやってきた。
しばらくの間、一緒に並び涼んでいたがだんだんと慣れてくる。涼しいと感じていた風の正体は実は生ぬるい風だった。
そのぬるい風が髪を揺らす程度ではあるが、先程までの纏わりつくような不快な暑さはなくなった。
夏希は網戸を開けて軒下のウッドデッキにでる。追ってきたおとーさんの隣に腰掛け足を外に投げ出す。
隣のおとーさんを撫でながら、その毛並みを堪能する。尻尾がゆったりと揺れるたびに夏希の太ももに当たりこそばゆい。
なにを考えるでもなく空を見上げ、地面につかない足をぷらぷらさせる。
ゆったりと流れる時間を目を瞑り感じる。時折りバイパスの方から大型車が走る音が聞こえてくる。それ以外は風で揺れる木々が揺れる音と、少し離れた所から子供の遊ぶ声も聞こえていた。
夏希が本当に子供だった昔の話。持っているゲームも漫画も飽きて、面白いテレビもやっていない。夕方のこの時間から友達と遊ぶのも億劫で、ただぼうっと時間が過ぎるのを待っていた事があった。
今も何をしたらいいのか分からず、贅沢な時間の使い方をして時が進むのを夏希は待っていた。
いつも夏希のやりたい事は漠然としていた。
だから自分でも本当は何がしたいのか理解できずにいる。また下手に我慢ができる大人になってしまった。たとえやりたい事を見つけても、知らぬ間にブレーキをかけてしまう。
本当にそれは必要なことなのか。次の瞬間にはそう考えてしまい、やらないでいられる言い訳を探し当ててしまう。
いまもそうだ。
動機はどうであれ、こうしてやり直すチャンスを夏希はもらった。今度こそ叶えられなかった夢を実現させるため、勉強なり努力をしないといけない。
それなのにこうして何をするでもなく、ただぼうっとしている。
誰もが一度は考え望み、叶わぬ夢と諦める。金で買えるものなら大金を叩いてでも。全てを投げ出してでもやり直したい人は多くいる。
それなのに何故。やり直す術をなぜ夏希なんかに与えられてしまったのだろうか。
夢はおろか自分のやりたい事すら理解できないのに。
結局夏希は外見だけは大きく立派に成長しだけ。内面はいつまで経ってもずっと子供の頃と変わらなかった。
今回は内面も含めて大人になれるのだろうか。
そんなことを考えてるうちにナイーブな心を癒すため、枕のようにおとーさんへと顔を埋めた。
「いてっ」
直ぐに枕が逃げ出し、夏希は額を打ちつけることとなった。




