先輩の提案とは強制イベントです
ただでさえ途中からの入部で肩身が狭いのに、理由があるとはいえ初日の部活に遅れてしまった。
先を行く七穂をうまく盾にし夏希は隠れるようについて、奥にある一年生が練習するテニスコートに移動しようとしていた。
そこに行き着くには二年生の先輩が練習するコートの隣を通らなければならない。なので当然すぐに見つかってしまった。
先輩に捕まりおろおろする夏希をよそに、女子テニス部部長の三好寧々が全体に集合をかける。全員が練習を中断して集まってきた。
体験入部のときにずいぶんと自由な活動だと聞き及んでいたが、流石に新入部員が入ったとなれば挨拶も一つもあるかと、夏希は肩を落とした。
年若い少女たちの前に晒し者にされた夏希はガチガチに緊張し上擦った声で簡潔な挨拶をする。
続いてさらっと二年生を三好が名前を呼んで紹介してくれる。だがそれだけで初対面の一人一人覚えるには印象がなさ過ぎて夏希の頭に入ることはなかった。万が一なにかしら話しをしないといけない場面がきても、最悪先輩と呼べば通じるので大丈夫だろう。
そうして地獄のような時間が過ぎて練習が再開となった。しかし同級生の後をついて行こうとした夏希を部長の三好が呼び止めた。
「そうだ。香月さんってテニス上手いんだよね」
「え? いえ。そんなことは」
「謙遜しない。しない。先週見てたよ。愛理をけちょんけちょんにしてたの」
油断していた。まさかこんなことになろうとは夏希は予想もしていなかった。
「どうかな交流もかねて、試しに私たちと練習試合してみない?」
「ぜひ、お願ぃします」
その拒否権のない問いかけに夏希はただ頷くしかできなかった。
なんとありがたいことだろうか夏希は二年生の中で一番強いペアと試合をさせていただくということになった。
そして夏希のペアは一年生からではなく、三好部長さまが務めていただけることにもなった。先輩方の胸を借りるつもりで前衛で自分の身だけを守ってやり過ごそうと夏希は考えていた。
「それじゃあ前衛は私に任せていいから、思いっきりやっちゃって」
「寧々ちゃんは頼もしいから安心していいよ」
普段は三好とペアを組んでいる赤羽茜が応援をよこす。
「あ、はい」
頼もしい先輩の活躍もあったものの、夏希たちは試合には負けてしまった。
相手のペアが強かったというよりは夏希のミスが敗因だった。
いきなり知らない人の中で、しかもそれが先輩というのも最悪だった。そんな過酷な環境で夏希が本来の実力を発揮することなどできるはずがない。
震える手でトスを上げたサーブは入らず。緊張で足がうまく動かず返せるはずのボールも間に合わず点を決められる。ボールを返せてもネットとアウトを量産。結果は惨敗だ。
試合が終わると夏希は先輩方に頭を下げて早口でお礼を言いうと返事を待たずに一年生コートに逃げ込んだ。
「いやー。災難だったね」
「おつかれー」
早道美奈と美花の双子の姉妹が夏希を迎える。
夏希が二年生と試合をしている間、一年生たちは練習せずにネット越しに試合を観戦していた。
「すごかったよ、夏希ちゃん! 先輩たちと試合できるなんて尊敬しちゃう!」
「うん。まあ、散々な結果だったけどね」
「あんなビュンビュン飛び交うラリー初めて見たよ。あんなに早い先輩のボールを夏希ちゃん平然と返してるんだもん。カッコよかった! 私なら打ち返せるかも分かんないや。それにそれにサーブもすごかった! ボールってあんなにギュンッって曲がるんだね。でもそれを返しちゃう先輩もすごかった。やっぱり先輩たちは強いんだね!」
矢継ぎ早に褒めてくる渡瀬莉子に夏希はどう反応したものかと戸惑う。
試合全体を見ると終始夏希が足を引っ張っていた。それなのに渡瀬は試合で夏希の良かった場面を切り取り、すごいと言い褒めてくる。
それも励ますようにではなく、本当に心からそう思っているようだった。
負けて気落ちしていた夏希は悪かったことばかりしか印象に残らない試合内容だった。しかし渡瀬から見れば同級生の子が、あの強くて上手な先輩と曲がりなりにも試合をしていた事実の方が印象に残った。
見る視点を変えてみれば、こんなにも違うものなのだ。
「私を負かしたんだから先輩方にも勝ってほしかったわね」
「いきなりの試合でビックリしたけど、いい経験になったよ」
「経験で終わらせてはダメよ。次は負けないようにこれから私と特訓よ!」
そう言って一ノ瀬愛理が入れとコートを指さす。
夏希は勝負に負けてしまったで終わっていた。けれど負けないように次に向けて努力しようと一ノ瀬は言う。
その前向きな姿勢というのは夏希も見習いたい限りだった。
「はは。愛理程度のザコがなんか言ってるよ。香月、ナイスファイトだったよ」
「なっ!」
七穂双葉の発言に瞬間的にキレそうになった一ノ瀬は、言い返そうとした言葉をぐっと飲み込む。
咳払いをしたあと一ノ瀬は冷静に事実を告げる。
「んんっ。ふん。そのザコ以下のミジンコに何を言われようが何とも思わないわ」
「ほう、言うじゃん。コート入れし。決着をつけてやる」
二人のケンカが始まる予感にの一年生部員たちはまたかという感じで見ていたが、新入りの夏希はハラハラしながら見守る。
「3ゲーム先取で負けた方は勝った方の一週間下僕ね」
「いいわ。その減らず口も今日までよ!」
「ほら、香月。ぼさっとしてないで早くこっちのコートに入って。そんで莉子は愛理と組んで」
「えっ!?」
七穂が発表したチーム分けを聞いた一ノ瀬は素っ頓狂な声を発した。
「はーい! 夏希ちゃん、お手柔らかにね!」
「うん。でも、ここは名誉挽回させてもらおうかな」
「お。香月、やる気満々じゃん。そんじゃ愛理をボコボコにしてやろうか」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! それだとあまりにも戦力差が」
てっきり一対一だと思っていた一ノ瀬が待ったをかけるが、七穂はすでにボールを打ち出したあとだ。
それに夏希と渡瀬も乗り気のようですでにコートに足を踏み入れている。
七穂の挑発にまんまと乗せられた一ノ瀬は、飛んできたボールにやけくそ気味にラケットを振るった。
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