心配性なお姉ちゃん?
六時間目の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
しかし教師が黒板にチョークを走らせる手は止まらない。またしっかりと解説までするものだから一年一組の授業だけ延長線へ突入したのだった。
生徒からの早く終われという圧をものともせず。最後まで授業をやり遂げた教師は号令がかかると涼しい顔で職員室へと帰って行った。その強い心だけは見習いたいものだと夏希は思った。
「なっちゃん。本当にひとりで大丈夫?」
「もうっ。今日それ言うの何回? 大丈夫だよ」
「ラケットは忘れずに持った?」
「持ったー」
朝のホームルームが終わる頃には、よくやく冬里も夏希がテニス部に入部することを受け入れた。
それととに今度は夏希をひとりにして大丈夫かという心配事が冬里の中で浮かびあがってきたのだ。
実際にひとりになるわけではない。ましてや学校の部活動なのだが、冬里は自分のいないところで夏希に何かあったらと思うと居ても立っても居られない。
こうして放課後になってもずっと世話を焼いており、そのせいで夏希をなかなか部活に行かせてくれない。
「でも心配だよ! やっぱり私も一緒に行く!」
ついには一緒に部活まで行くと言い出す始末だ。
「あーはいはい。夏希ちゃん、この姉馬鹿はコッチに任せて行ってきな」
「離して、しおりーん!」
花村栞はいつまで経っても夏希のそばから離れようとせず付き纏う冬里にしびれを切らし実力行使にでた。
更衣室を出て行こうとする夏希の後を追おうとした冬里をブロックする役目を買って出る。
「うん。よろしく。行こっか七穂さん」
「ようやく?」
「待たせてごめんね」
「ううん。いいよ。おもしろい寸劇も見れたし」
「あはは。お願い忘れて」
早い段階で着替えを終えていた七穂双葉だったが壁にもたれ夏希と冬里のコントが終わるのを待ってくれていた。
二組の生徒たちは先に部活に向かったようで女子更衣室に姿は見られない。
テニスコートまで案内が必要なほどではないが一緒にいてくれるのはとても心強い。
出会って最初の方は七穂の受け答えからドライな印象を夏希は受けたけれど、喋ってみると色々と気にかけてくれる面倒見がいい性格のようだ。
先ほどのいつ終わるかもわからない冬里の暴走も何も言わず待ってくれていた。
「おトイレは先に済ませてから行くんだよー!」
「うるさーい!」
更衣室から冬里が叫んでいるのが聞こえてきてくる。
よりにもよってその内容が最悪だったので、思わず反応してしまい夏希もまた叫び返してしまった。
階段を下りていた途中だっため夏希の高い声はよく響き廊下まで届いていた。
よくも恥ずかしげもなくあんなことを大声で言えるものだと夏希は顔を赤らめる。
授業が延びたとき夏希も他の生徒とともに恨み節を述べたくなった。だがその結果として、こうして人がいない状況を作り出した時間にずぼらな教師には感謝するばかりだ。
この夏季の季節。部活の時間はだいた二時間弱ほど。冗談抜きでおはようからおやすみまでの殆どの時間を共に過ごしており、夏希が学校でそれだけの時間を冬里と離れるのは初めてのことだ。
だから離れることに不安がないなんて夏希は自信を持って言えない。
それでも冬里が一緒に体験入部で付いて回ってくれたおかげで、もう同級生の部員とは知らない仲ではない。だから一番の心配要素だった人間関係もやっていけそうだと夏希は感じている。
まさかそれを見越して冬里が一緒にいてくれていたのかと考えたが、それは絶対にないなと考えるのを止めた。
「トイレ寄ってかなくて大丈夫?」
夏希が靴を履き替えていると、からかう様に七穂が喋りかけてくる。
「もうっ。大丈夫っ」
「そ。じゃあ行こうか」
「うん」
二階の更衣室へ続く階段を夏希は振り返りそうになって、かぶりを振るうと七穂の後を追っていった。
この前の話で新しいリアクションマークを初めてもらえて嬉しかったです。




