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宿題は自分でやりましょう

「そういえばSASUKEが新曲だすんだってね」

「うっそ、ホントに! でもどこ情報? また紗奈の嘘とかじゃないでしょうね」

「いやいや、今回は本当だってば」

「あっ。私も見たよ! 今朝のニュースでやってた! ね、なっちゃん」

「あ、うん」


自身の話から話題が切り替わったことで気を抜いたところで突然話を振られた夏希は思わず頷いてしまった。

新曲というワードからある程度想像できる。しかしSASUKEなるアーティストは夏希は知らなかった。


「え、え。どんなんだった?」

「楓の好きそうなジャンジャン鳴らしてる曲だったよ。あと今度ドームライブもやるって言ってた」

「え、やば! めっちゃ行きたいんだけど」

「いやー! さっちゃんも有名になったもんだね! 私も鼻が高いよ」


腕を組んで誇らしげに頷く冬里。なぜ冬里が誇るのかとツッコミを入れてやりたかった。

けれも話題についていけないと気付いた夏希は話を振られないように空気と同化中のため思うだけにしておいた。


「なんで会場はいっつも都会しかないのかな。不公平だ! 私は何故こんな辺鄙な場所に生まれてしまったのか」

「えー。私はここに生まれてよかったって思うけどな。じゃなきゃ楓とも会えなかったし」

「紗奈」


地方生まれ特有の愚痴を口にする伊吹。それに対してまさか地元大好き系ギャルだった神崎のフォローを受け、伊吹との間にいい感じの雰囲気が醸し出されている。

何か期待する眼差しでこちらを見ている冬里に夏希は気づかないフリをした。


「ど、どういうことだ夏希ちゃん! 野球部のマネージャーになってくれるんじゃなかったのか!」


どこから嗅ぎつけたのか沖田武豊がよく分からない台詞とともにやってきた。

周りの生徒たちは、また沖田か。くらいの反応ですぐに興味を失っているようだ。しかし沖田という人物をいまいち把握できていない夏希はどう反応していいか迷う。


沖田の剣幕から冗談なのか本気で言っているのかが判断がつかない。

もし仮に夏希がマネージャーを希望したとしても、浜那美中学校ではそんな希望は通らないのは確かだ。

ただ女子同士の会話に割って入ってくる。その豪胆さは尊敬できた。


「っ!」


夏希の肩に手を置こうとしてきた沖田の手をひらりと躱すと冬里の後ろに隠れる。


「おいこらタケちゃん! なっちゃんが嫌がってるでしょうが!」

「うわ。厄介なのがきた。行くよ楓。またねー、夏希っち。冬里ちゃん」

「ちょっと。わかったから押さないでよ」


冬里は夏希を守るように両腕を広げて立ち塞がる。

また沖田がきたことで神崎は伊吹の背を押してその場から移動していった。


「そこをどいてくれ、冬里ちゃん。俺は夏希ちゃんに聞かなければならいないことがるんだ!」

「私が退くと思うかい?」

「退かないのならば仕方がない。この手段だけは使いたくなかったが仕方ない。いけ! 我がしもべ、ゴリラ!」


遠巻きに友人と共に話していた五里清良は突然沖田に名前を呼ばれた。

呼ばれたので渋々といった感じて沖田の隣までやってきた。

なにかに巻き込まれたことは分かるが、それがなんなのか状況がつかめず五里はただ困惑しているようだった。


「なにおう! いでよ、わが親友しおりん!」


対して冬里は花村栞の名前を呼び応戦する。


「あー、はいはい。五里くんそこのサル、動物園に返してきてちょうだい」

「了解」


それに花村はこちらを見向きもせず、席に座ったまま五里に雑な指示を出す。

動物園とはどこのことだろうかと五里は真面目に考えつつ、背中から沖田をホールドするとそのまま引きずり教室から出ていった。


「クソぅ! 裏切ったな! 放せゴリラ! 俺たちが、俺が夏希ちゃんを甲子園に連れていくって約束したんだ!」

「ああ。俺とでよければ高校行ってから目指そうな」

「お前じゃない! 俺はお前とじゃなくて夏希ちゃんと目指したいんだー! 青春したいんだよー!」


急な展開に終始ついていけない夏希はオロオロとしていた。だがやはり慣れたものなのかクラスメートたちはまるで何事もなかったことのように普段通りに過ごしている。


「朝から災難だったね」

「あ、うん。えっと、おはよう栞さん」

「おっはよう、しおりん! 英語の宿題みせて!」

「冬里ぃ」


挨拶も早々に、さっそくズルをしようとする冬里を夏希は咎めるように呼ぶ。


「残念だけどそれはできないわ」

「そんな! しおりんまで私に意地悪するのか!」

「だって見せようにも、その宿題。私もできていないからね!」


やっと花村が顔をあげたと思うと机の上にある宿題のプリントを指差して言う。まだやり始めたところなのかプリントの問題は大半が埋まっていなかった。

ずっと机に向かっていたと思えば、いままで必死にペンを走らせていたらしい。


「なんで今回に限って書き写しが無いやつなのよ」


そう言うと花村は椅子の背にもたれ掛かり愚痴をこぼす。

これまでの宿題は単語や英文を書き写すものがあり、問題を理解せずとも書けばよかった。だが今回の宿題ではそれが一問もない。


「そ、そんな! 頼みの綱のしおりんまでこんなザマとは。こうなったら仕方がない。ハルくん! 半分。いやいっそ全部間違っててもいいから見せて!」

「おーい。言い方」


頼みの綱だった花村も宿題を忘れていたときた。当てが外れた冬里は後ろの席で腕を組んで座っている春樹にターゲットを変えた。


「おい。なんで俺が間違えてるのが前提なんだよ。お前と一緒にすんな」

「ほほう。その態度、自信ありと見た。一足先に私が採点してあげよう」

「ふっ。ならその目で確かめてみろ」


見せてもらう側とは思えない冬里の言動に、また兄妹ケンカが始まる予感を夏希は感じた。

しかし春樹は言い返すどころか、眉ひとつ動かさない。そして春樹はカバンからヨレヨレのプリントを取り出すと冬里へ渡した。


「なっ!」

「えぇ…」


そのプリントを見て冬里は戦慄し固まる。

気になった夏希も横から恐る恐るプリントを覗いてみると、そこには新品のヨレたプリントが一枚あるだけだった。


「自信ありげに出しといてコレ!? がっかりだよ!」

「見ろ。俺は一問だって解いていない。だから間違いなど一つだってない!」

「な、なるほど!」

「冬里。春樹くんの勢いに騙されたらダメだよ。百歩譲って確かに間違えはないかもだけど、正解も一つもないからね」

「はっ! そっか。騙されるところだったよ!」


宿題を忘れたところで教師に小言を言われる程度であれば、春樹のようにやらないという選択肢も出てくるのも仕方のないことだ。

けれどそれを何度も続けることで教師によっては不意に堪忍袋の緒が切れ、授業そっちのけでガチ説教が始まるときがあるので使いどころの見極めが必要な技でもある。


ずいぶんと余裕たっぷりに構えていた春樹も宿題をすることをすでに諦めていたからこその態度のようだ。

夏希も同じような事を何度もしていた。もちろんその度に教師から説教なりがあったが、残念ながらあの頃はそれを教訓とすることはなかった。

どちらにせよこのまま続ければ学期末の評価には少なからず響くことだろう。


「いいことを教えてやろう、夏希。全員揃って怒られれば、さほど恐れるものでもないんだぞ」

「ちょっとハルくん! ヘンな知識をなっちゃんに教えないで! 真似しちゃったらどうするの!」

「兄妹三人そろって怒られるのも乙なものじゃなか。ははっ」


乾いた笑声をあげ夏希に悪知恵を吹き込む春樹の背を冬里がバンバンと叩き咎める。

しかし彼が思うほど夏希は純粋ではない。むしろ汚れきった思考をしていると思う。

子供を経て大人になるということは色んな経験をしたということだ。


それに香月夏希という少女のこれまでの経緯を踏まえれば教師を欺くなどとくに簡単なことだ。だから怒られることを回避する方法などいくらでも思いつく。

体調が悪いと言って保健室に避難することは容易だろう。また勉強が難しくついていけていないと言えば強くは言えないはずだ。


「そのカウントにわたしを入れないでほしいな。わたしは宿題終わらせたからね」


けれど2度目の中学校生活に望む夏希は一味違うのだ。なんたって宿題をやってきている。なので彼らと同じ仲間として見られるのはとても心外である。

なのでここはしっかりと反論させてもらう。


『まさか夏希ちゃん宿題をやってきているの(か)!?』

「ちょっと! なんでそんなに驚くのかな!」


いまだかつて宿題をやってきてここまで驚かれた人はいただろうか。

一度目の中学校の頃であれば夏希が宿題をやってきて驚かれるならいざ知らず。今のところ夏希は真面目な生徒として擬態していたつもりだったのだが、慣れないことをしていたためボロが出ていたのだろうか。


「頼む! 見せてくれ夏希!」

「私もお願い! 見せて!」

「ああズルい! なっちゃん、私にもみせて!」

「あ、いや。その」


冬里には自分でやるように言ったけれど、こう集まって猛アプローチを受けていると、宿題を見せない夏希が悪者になったかのような気分になってしまう。


「学校に復帰したばかりの香月に頼って、あんたら恥ずかしくないの?」

『うっ』


やり取りを後ろの席で眺めていた七穂双葉から出たもっともな正論に、宿題をやってきていない三人は言葉に詰まる。

病を患いろくに学校にも通えておらず。ましてや復学して間もない女の子に頼るのは如何なものだろうか。

あくまでそういう設定ではあるが、このことを知る人はここにはいない。


「そう、だよね」

「まあ今からやればなんとか間に合うかもだしな」

「まだ時間はあるもんね! みんなで力を合わせればやれるよ!」


七穂の発言に反論の余地もなかった。春樹たちは書き写すことは諦め、どうやら自力で解くことにしたようだ。


「えっと。ありがとね、七穂さん」

「どういたしまして。ということで香月。お礼に宿題みせてくれない」

「??」


まさか諭した側の七穂からそんな言葉が出るとは思わず、何を言われたのかすぐには理解できず夏希は目を白黒させた。


「おおい! 俺たちにもっともらしい事言っといて、自分は見せてもらうってどういうことだ!」

「ふん。あなた達とは覚悟が違うのよ」

「やな覚悟だな!」

「と。言うことで! お願い、なっちゃん! ね!」

「ああもう! 間違ってても知らないからね!」


カバンから夏希はクリアホルダーに挟んだプリントを取り出すと机に置いた。

プリントに群がるように集まると我先にと書き写していく四人。その光景に夏希はこの席順でやって行けるのかとても不安になった。

タイトルちょっと変わりました。

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― 新着の感想 ―
まあ、中学生なんてこんなもんだよね。 人生2回目の夏希は兎も角、面倒くさい他にやりたいことがあるってなったら怒られるだけで済むなら宿題なんてぽーいだよね。
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