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ギャルと目隠れとラケット

いまも昔も変わらない。それは決まって気だるいはずの週明けの月曜日の朝。だけど学校へ向かう夏希の足取りはいつもよりほんの少しだけ軽かった。

否定するのは簡単だが、ここだけの話し認めてしまおう。

夏希は新しく買ってもらったラケットを部活で使いたくて、今朝起きてからずっと心が弾んでいた。


放課後の部活が待ち遠しい。ラケットをひとつ装備するだけで登校の不安よりも期待が上回る。

以前、夏希の過ごした学生生活でもここまでワクワクした気持ちをした登校はあっただろうか。もちろんそれはあったはずなのだが、いまとなってはもう思い出すこともできない。


「なっちゃん。なんか楽しそうだね!」

「そう? そんなことないけど」

「うん。なんか歩くのも早いし。今日学校で何かあったっけ?」


今日の夏希はいつもと違い、繋いだ手は冬里を引っ張るかのようにリードしていた。

それに気付いた夏希は歩くスピードを緩める。


「あっ、わかった! 部活が楽しみなんだな!」

「違う。早く学校について冬里が忘れてた宿題を授業までに終わらせるため」


冬里に見透かされ夏希は咄嗟にウソをつく。そして熱くなった顔を見られまいと、緩めかけていた足をさらに早めた。


「わわっ! なっちゃん早いよ!」


言い当てられるのは恥ずかしかったから出た言い訳ではあったが、けれどあながち間違えではない。

浜那美中学校の英語の授業では毎回授業の終わりに宿題が出される。たった一枚のプリント。それでも学生にとっては大きな障害である。


何と言っても宿題をすると、その分遊ぶ時間が減ってしまうのだ。ただ書き写すだけなら、テレビやスマホを見ながらながらでもできる。

しかし並び変えたり、英語の質問に英語で答えないといけないような問題はそうはいかない。考えなければならない。やりたいことを置いて宿題に集中しなければ解けないのだ。


考えた末に問題が分からなければ気が滅入る。ますますやる気が出ない。それが苦手な教科だったならばならなおさらだ。

だから究極の選択。やらないを選択する猛者が出てくるのは当たり前こと。


以前はその猛者の一員であった夏希も、いまではカバンの中にしっかりと解かれた宿題のプリントが入っている。

大人を経験した夏希には、たった一枚のプリントをやるなど造作もない。

まず中身おっさんで、歳を取り感受性を失った夏希には、周りから誘惑される事柄が極めて少ない。


それでいて無趣味なので家での時間はたくさんある。やらねばならぬ仕事(宿題)が目の前にあるのなら、難なく取り掛かれてしまえるから不思議である。

だが正真正銘の現役の学生である冬里は違う。

いまやりたい事とやらないといけない宿題を天秤にかけると、やりたことに傾いてしまうのも仕方がないことである。


「そんなに急がなくたって大丈夫だよ! 私には秘策があるからね!」

「見せないからね」

「え?」

「わたしの宿題。見せてあげないから」

「ええ!? そんなご無体な! なっちゃんお願い! 一生のお願いだから見せて!」

「はいはい。授業までに終わらせれるように少しでも急ごうね」


ホームルームと移動の時間を入れれば、一時間目の英語の授業までに宿題を終わらせるには充分に間に合うはずだ。

夏希の中で一、二位を争う苦手科目である英語ではあるが、中学一年生の範囲であればまだ教えるくらいはできる。


そもそも一生のお願いがそんなことで本当にいいのだろうか。

子供の頃はありふれた表現だったが、それもいつのまにか使わなくなっていた。冬里の様に夏希もしょうもないお願いにいったい何度使ったことだろうか。


もしかしたら夏希も過去に一生のお願いを多用しすぎたので、こうして二度目の人生が巡って来たのかもしれない。

ずいぶんと安い一生のお願いを提示する冬里を尻目に夏希は先を急いだ。


「ねえ冬里。ラケットって教室に持って行っていいのかな」


学校に着き上履きに履き替えた夏希は、あきらかにラケットが入る大きさではないロッカーを前に冬里に尋ねる。


「うーん。いいんじゃないかな? 私もバッシュは教室に置いてるし!」


夏希はバスケ部ではなくてテニス部はどうしているかを聞きたかった。

浜那美中学校には部室なんてものは存在しないので、ロッカーに入らないのならば残る選択肢としては教室しかない。

けれどこのままラケットを持って教室に行って笑われたりしないだろうか。


間違えても後ろ指をさされるようなことはないだろうけれど、それはそれとして気分は今日一日落ち込むだろう。

もっと周りをしっかり見ておくべきだったと夏希は反省する。

それか事前に渡瀬莉子にメッセージでも送って聞いておくべきだった。


莉子とは連絡先を交換した日に少しだけやり取りをしただけであった。

金曜日の夜。莉子から送られてきたメッセージに返信し終え、ベッドの上で正座すること十数分。足がほどよくしびれてきたころに心待ちにしていた着信音が鳴る。


ゲームの日課が忙しいようで返信に時間がかかるという一文からはじまる返事が返ってきた。

夏希は宿題をしながら何度かやり取りをした。

そして二十二時を過ぎてゲームをしていたのを母親に見つかり、いまからスマホを没収されるというメッセージと、哀愁漂うスタンプを境に今朝まで返事は返ってこなかった。


ここまで思い返して夏希が質問を送ったところで、結局莉子からの返事が返ってくることはなかった。

これ以上ここで考えたところで答えは出てくるものでもないので、腹を括って教室へ夏希は向かう。


願わくばラケットを置く場所が教室で間違っていない事。それと早く莉子に没収されたスマホが戻ってくることを夏希は祈った。

そうして夏希は肩にかけていたラケットケースをできるだけ目立たぬよう、その小さな身体に隠し気配を殺して教室に入る。


「おっはよーう!」


その小さな努力も教室に入るなり大きな声で挨拶する冬里のせいで意味はなかった。

教室にいた生徒の半数以上が夏希と冬里を捉える。中でも目ざといクラスメートは夏希の新装備に早くも気付いた様子だ。


「おっはー。夏希っちもおはー」

「あ、おはょ」

「てかそれテニスラケット? てことは夏希っちテニス部に入っちゃったのか」

「う、うん。ごめんね」

「べつに謝ることないって。でも残念ではあるかな。美術部って女子あたし一人だからさ」


そことなくギャルっぽい雰囲気を夏希が感じる女子生徒はクラスメートの神崎紗奈。

いまはきちんと制服を着ているが、高校生になったら絶対に着崩してギャルファッションしだすと夏希は踏んでいた。


「あー、でもまだ部活始めたわけじゃないし。変更とか間に合うんじゃないかなー?」


そう言っていたずらっぽく笑う女子生徒。一見ギャルっぽい神崎に美術部からは縁遠いと思うが、その実は美術部所属の神崎。しかもなかなか絵が上手かったりする。

体験入部で美術部を訪れた際に石膏像をデッサンすることになった。


夏希は絵が苦手だったが、もじゃもじゃの髪と髭をした男性像を精一杯頑張って描いた。

その完成した夏希の描いたヘンテコなデッサンを神崎はいたく気に入ったようで、美術部に入部しないかと誘われていた。あの絵を見てどうして勧誘する気になったのかは甚だ疑問であった。


「寂しいなー。今日も放課後ひとり寂しく美術室の片隅でひっそりと絵を描くのか。誰か入部してくれないかなー。ちら」

「あ、うぅ」


派手目の人への苦手意識と人見知りを夏希は同時に発揮する。

結果として言葉が出てこない夏希は神崎からの視線をラケットカバーで遮ることでなんとか抵抗する。


「こら紗奈。夏希さんが困ってるでしょ」


夏希がどうしたものかと困っていると、ひとりの女子生徒が現れる。そして夏希にジリジリと迫る神崎の頭をはたき止めに入った。


「ごめんなさい。昔から紗奈は強引なところがあるから、嫌ならはっきり言っていいから。冬里さんからも言ってあげて」

「そうだよ! まだ遅くない! 今からでもバスケ部に変えちゃおう!」

「しまった。こいつら同類だったか」


伊吹楓は神崎を止めに入ったつもりが敵を増やしてしまったことに気がついた。


「よーし! じゃあ、今から職員室の由香ちゃんのトコいっちゃおうか! 楓はそっちの腕もってー」

「持たないから。こーら。やーめーなさい!」


伊吹は目が見え隠れするほど伸ばした前髪が暗い印象をあたえる。しかし根暗ではなく、はっきりものを言う性格で気も強めだ。

彼女とは吹奏楽部の体験入部の時に夏希も話しをしたことがある。


なんでも本当は軽音部がよかったが、浜那美中学校には存在しなかったので仕方なく吹奏楽部に入部したとか。一番ロックだからという理由で担当楽器はサックス。

ちなみにロック好きで、家では毎日ギターをかき鳴らしているらしい。


「大丈夫? 夏希さんもコレが鬱陶しい時は一発殴って黙らせたらいいよ。私が許すから」

「ひっど! 楓はもっと私を大事にするべきだと思いまーす。それに、そんなに眉間にしわ寄せてちゃ将来しわくちゃになっちゃうぞ。ほら。笑って笑って」


神崎は前髪をかき分け伊吹の眉間に寄った皺を指でなぞると、続いてその指で頬を引っ張りあげる。


「ああん? ぶっ殺すぞ」


それにキレた伊吹はドスの効いた声で返す。


「きゃー! 冬里ちゃーん、楓が怒ったぁ。怖いよー」

「よーしよし! 怖かったねー」


睨まれた神崎は伊吹から逃げるように冬里に抱き着き隠れる。

怖いと言いつつも神崎の表情は楽しそうである。しかし伊吹の顔を見上げている夏希だからこそ分かる。伊吹は中々女の子のしてはいけない目つきで神崎を睨みつけていた。


「えっとね。ラケットも買ってもらったから。だからテニス部から部活を変えようとは思わない。かなっ」


そのまま冬里にくっついて離れないでいる神崎を引きはがしながら夏希が言う。


「そっかそか。ざーんねん!」


夏希の言葉に神崎の返事はあっさりしたものだった。

神崎も本気で言っているわけではなく、まだ距離感を感じる夏希とお近づきになろうと軽いおふざけだった。ちょこっと夏希を困らせてしまったようで、そこは神崎も反省していた。

明けましておめでとうございます!本年もよろしくお願いします。


なんか人狼回とか思いついて少し書いてました。

掲載予定?未登場キャラもいるし…2年後?

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