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カッコいいは、可愛くない

「ねえ、春樹。どこの店に行こうか?」

「俺も詳しくはないけど、この道路沿いに行ったとこか商店街の店じゃないか」


夏希たちが訪れている街にはいくつかのスポーツショップが存在する。

そのどれも大規模な店舗ではない。なので商品数もさほど多くはないので、気に入るものを探し複数のショップを見て回るのが定石だ。


「ハルくんハルくん。アミッサの中にもなかったっけ」

「あるけど、あそこは小さいからビミョー」


冬里が言ったアミッサというのは駅前にあるショッピングセンターのことだ。

たしかにその中にもスポーツショップはあるにはある。しかし小スペースの店舗なので品ぞろえは春樹があげたショップに比べたらだいぶ劣る。どちらのショップでも気に入るものがなかった時に或いはくらいの選択肢だと春樹は考えていた。


「夏希ちゃんはどこのお店がお望みかな?」

「えっと。ゆっくり選べるところがいいかな」


どこの店がいいと夏希に聞かれても、まだどこも行ったことがないので答えようがない。とりあえずショップとはあまり関係ないが夏希の要望を伝えてみた。


「それなら商店街の方だな」

「おーけー。じゃあそっちに向かおうか」


行き先が決まり青葉はウインカーを出し、車は幹線道路から外れ街の中心へと進む。

最近夏希が見慣れてきた和良川や浜那美町に比べるとこの街は建物が多い。大きな道路沿いには背の高い建物やお店が並び、さらにその奥の道に進めば住宅街が立ち並んでいる。


駅前の道からは商店街が続く。所々にシャッターを下ろしもう営業していないであろう店舗は散見するも、それでも生きた商店街が存在していた。

そのまましばらく車を走らせると目的のスポーツショップに到着する。商店街には駐車スペースはなく、大体の客は店の前に車を停める。


「それじゃあお母さんは車を見てるから、あなた達で行ってきて。買うものが決まったら呼んでちょうだい」


青葉は車に残り支払いの時になれば降りてくるようだ。

夏希たち三人は車を降りてスポーツショップに入る。狭くはないが広くもない店内は様々なスポーツ用品が並んでいた。

突出した専門性はなく、品揃えは周辺地域の学校の部活動に合わせた幅広い競技の用品が集まっている。


また要望通り店内には夏希たち以外のお客はいない静かな店だ。

周りに人が多くいたり、同じ商品棚を見ている人が隣にいると居心地が悪くなり集中して買い物ができない夏希にはちょうどいい場所だった。


「なっちゃん。こっちこっち!」


目的の商品の売り場まで案内してくれるのか、冬里が先頭に立って歩き出した。


「こちらがお目当てのバッシュコーナーだよ!」


冬里に着いて行った先はバスケットシューズ売り場だった。

壁沿いに色とりどりのシューズが展示されている。その下には箱に入ったままのシューズがサイズ順に積み上げられていた。


「んん?」

「ちげーよ。反対側だ。着いてこい、夏希」

「やー! 待って! なっちゃんはお姉ちゃんと一緒にバスケ部に入るんだよー!」


残念ながらそこは目的の売り場ではなかった。なぜなら夏希はバスケットボール部には入部しなかったからである。

引き留める冬里をしり目に夏希は春樹の後を追う。


「こっちがテニスコーナーだ」


春樹に連れられて来た先はテニス用品のコーナーだ。

結局夏希はソフトテニス部に入部することに決めた。そして昨日の放課後に入部届を記入し、担任の桃山由香に渡し帰宅していた。


決め手は単純にテニスが楽しかった。それとあのテニス部のメンバーなら一緒にやっていけそうな気がしたからだ。

昨晩の食事の時に夏希は青葉にソフトテニス部に入部したことを報告し、部活に必要なラケットを買いにつれて行って欲しいと伝えていた。

春樹はふーん。とあまり興味がなさげな様子だったが冬里は違った。


自分と同じバスケットボール部に夏希が入ると疑わなかった冬里は絶句していた。しばらく考え直すよう説得されたが夏希の意志は変わらなかった。

一緒に体験入部に着いて回ってくれた冬里にはとても感謝している。でなければ夏希にはこの選択肢はなかったはずだ。


「気にしたことなかったけど、ラケットっていっぱい種類あるんだな」

「うん。迷っちゃうよね」


多くの種類を展示するため壁に所狭しと掛けられたラケットが並ぶ。

それらのラケットには値段と特徴が書かれた札が貼られている。これに関しては正直読んだところで夏希にはわからない。


「おい夏希。これなんてどうだ。かっこよくないか」


赤をベースに黒いラインが入ったラケットを春樹は手に取ると夏希に勧めてきた。


「たしかにカッコいいね。でもそれは硬式ラケットだからうちの学校の部活では使えないよ」

「え。違いとかあるのか」

「たぶん春樹くんがイメージしてるテニスって、こっちの黄色のボールを打ちあってるイメージでしょ?」

「ああ。それそれ」

「その黄色いのが硬式球で、軟式テニスはこの柔らかいボールを使うんだよ」

「ふーん。あっ、全然違うな」


近くにあった商品のボールを夏希が手に取る。二つの違いを説明しつつ春樹には軟式のボールを渡す。


「いま春樹くんが持ってるのが硬式ラケットで、こっちが軟式ラケットだよ。こうすると分かりやすいかな」


夏希は軟式ラケットを手にすると春樹の持つ硬式ラケットと重ねる。


「軟式のよりも硬式の方が面が大きいんだな」

「そうなの。あとはシャフトの長さが違ったり。この部分はガットって言うんだけど、ここの強度が一応違うみたいだよ。あんまり分からないけどね」

「へぇ。夏希に言われなかったらデザインが違うくらいにしか思わなかったわ」


昨日のうちにおぼろげだったソフトテニスの知識を思い出すため、改めてネットで勉強した。その知識を春樹に披露する夏希だった。

ラケットに関してほかにも細かな違いがあったはずだが、覚えたところで役に立つものでもないので流し読みしていた。


それよりも調べていた時に一本シャフトのラケットがいまは絶滅したという一文を見て夏希は驚いた。

見た目は変な感じなのに、だけど独特の形で人の目を引き付ける。そのラケットはソフトテニス経験者であれば誰もが一度は使ってみたいと思ったのではないだろうか。

夏希も欲しいなと思いつつ、無難な方をずっと使っていた。


「いまは何をしてるんだ?」


いったん話を止めラケット選びに夏希は専念していた。同じく春樹もラケットを物珍しそうに眺めていたが、しばらくして飽きたのか夏希に話しかけてきた。


「えっとね。ラケットの重さとグリップの太さを比べてるとこ」

「それもなんか影響あるのか」

「わたしってほら。手が小さくて力もないからさ。軽くてグリップが細目の方がいいかなって」


手の大きさを分かりやすく比較しようと夏希は春樹の手を取って自分の手と重ねてみた。

実際のところは春樹の手が大きいというよりは、夏希の手が小さくなったのだが。

しかしこう比べてみると子供の手って小さいなと夏希が思っていると、春樹があわてた様に手を引っ込められてしまった。 


「そ、そういうことか。ちょっと俺、ほか見て回ってくるわ」

「あ、うん。ごめんね。早めに決めるから」

「いや、ゆっくりでいいよ」


そう言うと春樹は背を向けそそくさと店の奥に行ってしまった。

すこし時間をかけすぎてしまったのかもしれない。見ているだけの春樹はさぞつまらなかったことだろう。これ以上気を悪くさせてしまわないように早めに決めてしまおうと夏希はラケットに向き直った。


そうは思ったものの正直決め手に欠けている。

ネットで得た知識を頼りにラケットを選んでみたが、ミリ単位、グラム単位の違いなんて夏希にはさっぱり分からない。

しばらくの間実際に使用し試してみない事には素人には分からないのではないだろうか。


かつて夏希が男子中学生だった頃は特に何も考えていなかった。手に取って何となくいい感じの重さとか手にフィットする気がする程度で、ほぼラケットのデザインで選んでいたはずだ。

いまもそれくらいの感覚で選んでしまった方がいいのではと夏希は思い始めた。


買ってしまえば次に買い替えるまで、違いなどあってないようなものだ。とりあえずグリップが一番小さい分類で、あとはデザインで決めてしまおう。

そう決めるとあとは楽だった。気に入らないデザインを除外していき残ったのは二本のラケット。


「うーん。どちらも捨てがたい」


白と赤を基調にオレンジのラインが入ったラケットと、黒が強めのモノトーンカラーのラケット。

ラケットを持った時のイメージでいえば白と赤のほうが夏希に似合いそうだ。一応見た目は黒い方がカッコ良くて好きだ。けれど地面に当てたりして白いフレーム部分の塗装が剝げた時が目立ちそうで怖い。


その二本のラケットを前に夏希は悩んでいた。どちらも夏希のセンス的に合格の品だった。

しかしどちらもあと一手決め手に欠ける。

いっそ誰かに選んでもらおうと思い、春樹か冬里を探しにラケットを両手に待ち夏希は店内を探すことにした。


「いたいた。おーい、春樹くん」

「ん。決まったか?」

「ううん。ちょっと聞きたいんだけど。あのね。どっちがいいと思う」


なぜかゴルフ用品のコーナーでアイアンを握る春樹を発見した。

夏希は持ってきた二本のラケットを掲げて見せ、どちらにするかを春樹に決めてもらう事にした。


「そりゃこっちだろ。カッコイイし」

「だよね! よしっ。じゃあこれにする!」


ラケットを春樹は見比べて黒色のラケットを指さした。

春樹の意見を聞き、もう夏希の中では黒色のラケット一択になった。なぜ先ほどまでずっと悩んでいたのか分からないくらいだ。


「あっ、いや待て! うそ。こっちだ! 俺はこっちの方がいい!」

「え? そうかな」

「そうだ。絶対これだ! 貸せ。このラケットは俺が片づけておくぞ」


急に意見を変えた春樹は首を傾げる夏希から黒色のラケットを取り上げた。

春樹自身が使うなら絶対にカッコイイ黒色のラケットを選ぶ。事実選んだ訳だが、実際にラケットを使うのは夏希だ。


夏希が自分で選んだのならだれも文句は言わない。だがそこに春樹の意見があったと知れれば母と妹からバッシングされること間違いなし。

曰く、かわいくない。そんなよくわからない理由で春樹は度々文句を言われる。


かわいい。それは春樹には全く理解できない感性だ。春樹にはかわいいは分からない。理解できなくとも散々言われてきた経験から、かわいくないは何となく解るようにはなった。

春樹から見ても白と赤のラケットを胸に抱え歩く小さな妹は可愛らしい。黒色のラケットは夏希には似合わない。つまりそれはきっと、かわいくはないということだ。


「じゃあこれは返していいな」

「うん。春樹くんが選んでくれたこのラケットにする」


最終確認を夏希にとると春樹は黒色の方のラケットを元あった場所に掛けた。


「でもそれ網の部分ないけどどうするんだ」

「あみ? ああ、ガットはそこに売ってるからそこから選ぶんだよ」


ラケット売り場の向かい側の棚を夏希は指さした。

ガットの素材やメーカー別に何十種類も商品が並ぶ。またグリップテープや振動止めなど関連商品も置かれていた。


「うへ。これもいっぱいあんのかよ」


この中から選ばないといけないと知ると春樹は渋い顔を浮かべた。

春樹がぱっと見た感じ全部同じなんじゃないのかと思うくらいに、パッケージの見た目が大体の商品が似通ってる。

けれどよく見ると色だったり、書かれている文字が微妙に違う。


「大丈夫。こっちはもう決めてあるから」

「おお、すげえ。よくこの中から選べたな。俺だと同

じようなのがありすぎて何が何だかさっぱりだ」

「まあね。春樹くん。青葉さんに買うもの決まったって声かけてきてくれる?」

「おう。わかった」


車で待機している青葉を呼んできてもらうため春樹に声をかける。

春樹が立ち去ったあとに、あらかじめ決めておいた商品を夏希は手に取る。

すごいと褒められちょっと嬉しかった。けれど夏希は少し見栄を張っていた。


手にとった商品には『迷った方・初心者の方にはこちらの商品を』と商品棚に書かれたポップは春樹の目に留まらなかったようだ。

店の前に停めて車から青葉が来るまでそんなに時間はかからないだろう。すぐに分かるように入ってすぐの通路で夏希は待つことにした。


「なっちゃん!」

「なに?」

「はいこれ! 選んどいてあげたよバッシュ!」


名前を呼ばれ夏希が振り返るとバスケットシューズを差し出されてきた。

何の冗談か。しかしニュアンス的に冬里の物ではなく夏希のだと言うことだろう。ラケットを選んでいる間に冬里は何をしているかと思えばこれを選んでいたようだ。


外箱に張られたシューズのサイズのシールはいまの夏希のものと同じだ。ということはネタではなく本当に夏希が履くのを想定して冬里は選んできたようだ。

だがテニス部に入部した夏希には不要なものでしかない。


「返してきなさい」

「うわーん! なっちゃんが反抗期だよぉ!」

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