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プライベートを守れ!

香月夏希と名乗るようになってから迎える二度目の土曜日。現在夏希はまた青葉が運転する車に揺られていた。


「ふわぁ」


その車内の後部座席で夏希はあくびをこぼした。


「おっきなあくびだね!」


夏希は口に手を当てて隠したつもりだったが、隣にいた冬里にはバレていたようだ。

隣で騒がしかった冬里を黙らせるために夏希は自分のスマホを貸し与えていた。しばらくして冬里がスマホに夢中になって静かになると眠気がこみ上げてきたのだ。


「誰かさんのおかげで寝不足だからね」

「眠いなら肩でも膝でも貸すから必要ならいつでも言ってね!」

「うん。必要になれば言うね」


寝不足なのは誰のせいだと思っているのか、そう口に出すことはなく夏希は言葉を飲み込むと窓の外に視線を移した。

今日の香月家は全員揃ってお出かけだ。

昨日の夜に青葉に買い物に連れて行って欲しいと伝えたところみんなで行くことになった。夏希の買い物を終えたあとに、ついでにお昼もそのまま外食で済ませる予定だ。


「よーし、夏希。そういうことなら眠気覚ましにガムをやろう」

「あ、うん。ありがと。春樹くん」


話しを聞いていた助手席の春樹が親切にもガムを差し出してきた。

春樹が渡してきたガムは黒いコーティングがされた本当に眠気覚まし用のガムだった。それを受け取ると夏希はすぐに口に入れた。


「あー! なっちゃん。ぺってして、ぺっ! それ危ないやつだよ! とっても辛いやつ!」

「大丈夫。わたし食べれるから」

「無理せずにダメだったら捨てたらいいからね。もー! なんでそんな意地悪するかなハルくんは! 自分だって食べれないくせに!」

「はあ! 俺だって食べられるしっ」


冬里から言われ夏希は渡してくる際になぜ春樹が含み笑いをしていたのか合点がいった。要するに、ちょっと悪戯だったのかもしれない。

こういった辛口のガムは刺激的であり、苦手だったり食べられない子供は多いはずだ。

しかしあいにく夏希は大人なので余裕だ。


「それで夏希ちゃんは昨日遅くまで机に向かってたみたいだけど何してたんだい?」


車を運転している青葉がバックミラー越しに問いかけてくる。


「んっ。べ、勉強」


夏希は涙を悟られないよう、窓の外で過ぎゆく風景をぼんやりと見ながら答えた。

なぜなら、舌にいつもより段違いの刺激的な痛みを感じ耐えていたからだ。食べられると冬里に言った手前ガムを吐き出すのは躊躇われたのでひっそりと我慢していた。


昨夜の夏希は柄にもなく日を越えてまで勉強をしていた。

お風呂に入り、歯も磨きもしてあとは寝るだけの状態。けれど寝るにはまだ早い時間帯。

何をするでもなく、夏希はぼーっと部屋の中を眺め、ふいに勉強机とその上の通学カバンを捉えたのがきっかけだった。


所詮は中学一年生の勉強。一学期の授業を聞いていなくてもまだやっていける範疇だと夏希は考えている。

けれど余裕かと聞かれれば素直に頭を縦に振れるほどでもない。


あいにく夏希は地頭がいい方ではないし、授業だけ聞いただけでいい点をとれる様なできた人間でもない。

それではダメだとわかっていても自宅で勉強するのはテスト直前のみ。しかも課題の範囲を丸暗記するだけだった。


ノートに書き取った教師が板書で色付きで書いた部分だけを覚えておけば平均点ラインは取れる。けれど読解力の必要な国語や英語には通用しない方法でもある。それら苦手な教科は端から捨てていた。


目標を見つけてからでも本気で取り組めば叶えられるかもしれない。

なんて人生甘くないことくらい夏希は理解している。飽き性の夏希がいざそのときになってから努力したところで続くはずがない。


だから今も昔も将来の目標もない夏希だからこそ、日頃から備えておかなければならない。進学先が学力を必要としない場所もあるが、もし必要だった場合は過ぎたあとでは修正ができないから。


「素晴らしいね。でも根を詰めすぎたらダメだよ」

「うん。わかってる」


とは言ったものの張り切って始めたはいいが止め時が分からず、眠気の限界まで夏希は起きて勉強していた。

それに明日の出発の時間は遅めだからということも拍車をかけていた。


「で。なんでわたしが机に向かってたって知ってるの」

「あっはっは。そんなの部屋をこっそり覗いたからに決まってるじゃない」


青葉は悪びれることなくそう答えた。

勉強に集中していたとはいえ部屋のドアが空いたら夏希は気付くはずなので、気付かれないよう青葉は密かに覗いていたということなのだろう。


「そーゆーの良くないと思う」

「私は夏希ちゃんのお母さんだからね。しっかりと子を見守る権利がある」

「子供だろうがなんだろうが、自分の部屋の中のプライベートくらいは保証されるべきだよ」


親からしたらそういった言い分があるのかもしれない。しかし子供にだってひとつやふたつ秘密にしたいプライベートなことだってあるのだ。

個人の部屋に用事があるならノックして返事があってから開けるのが常識ではないだろうか。たとえ家族であろうと最低限のマナーは必要だと夏希は考えている。


「部屋に鍵付けてもいいかな」

「なになにぃ。夏希ちゃんはお部屋で隠れて一体ナニをするつもりなのかなー?」


なんだか青葉の言葉には邪なニュアンスが含まれているように夏希は感じた。


「青葉さんキモい」

「き、キモい!?」


部屋に鍵を付けたい理由など決まっている。不法侵入者がいるからだ。

今朝もお出かけが楽しみで早く起きてしまったとい理由で、日の出とともに夏希は冬里によって起こされた。

しばらくかまってあげれば満足して出ていくかと思ったのだが、そんなこともなく冬里は出発の時間までしっかり居座った。おかげで夏希は寝不足だ。


「まあ、スペアキーを私に預けるなら考えてあげなくもないわ」

「はいはい! 私もなっちゃんの部屋の鍵ほしい!」

「あ、ずりぃ! 俺も欲しい!」

「んー。それだと鍵つける意味なくないかな」


家の住人全員の手に渡ってしまったらもはや鍵として意味をなしていないのではなかろうか。

それと春樹が名乗り出たことに夏希は驚いた。家族とはいえ異性の部屋の鍵を求めるとは、将来が危ぶまれる。


「え。ハルくんもなっちゃんの部屋の鍵ほしいの……。うわっ、えっちだ!」

「違うわ! 部屋に鍵つけるって方だよ! おまえこそなんで夏希の部屋の鍵欲しいんだよ」

「そりゃあもう私がなっちゃんのお姉ちゃんだからだよ!」


答えになってない答えを冬里は堂々と言い放つ。

これには一緒に育ってきた春樹でも冬里の考えがまったく分からない。なので理解することを早々に諦めた。


今のところ夏希に見られて困るようなものも、隠れて行うような趣味もない。

鍵を付けて欲しいのは主に安眠のため。家主の青葉の手に渡るのは仕方がないとして、冬里の手にスペアキーが渡ってしまったら本末転倒だ。


「ちなみに春樹はなんで鍵なんてつけて欲しいのかな」

「え? それは、その。あれだ。勉強に集中するためだよ」


青葉に話しを振られた春樹は口ごもりながら理由を答えた。


「ほほう。春樹の口からそんな言葉が聞けるなんて喜ばしいね。でも勉強するなら言ってくれればお母さんたちは邪魔しないよ」

「お母さん! あれだ、私は分かったよ! え」

「冬里。わかっててもそういうのは言わないであげよう」


あまりにもストレートに冬里が答えようとするものだから、夏希は慌てて冬里の口を塞いで止めに入った。

夏希には春樹が部屋に鍵が欲しい本当の思惑はわからない。

でも夏希のいる後部座席から春樹の顔はうかがえないが、きっと真っ赤になっていることだろうことはわかった。


香月家に男の子は春樹ひとりで、ましてや思春期の男子の気持ちを察してくれる人はいない。ただ唯一夏希が分かってやれるのに声をかけてやれないのが悔やまれる限りだ。

いまは女の子である夏希がこの話しでフォローしては、春樹は心に傷を負ってしまいそうだ。


そもそも春樹からしたら夏希は同い年の女の子なのだから、この手の話題で話を合わしたところで疑問に思われるだろう。

ここで春樹を救う方法はこの話題をすぐにでも変えることだ。


「えっと、冬里は部屋に鍵ほしくないの?」

「私はいらないよ! 来るもの拒まず! いつでもおいでだよ!」


冬里は毎日夏希の部屋に来るのに、なにげに夏希が冬里の部屋に行ったことも見たことも一度もなかった。

なんか不公平と感じたので明日辺りに一度行ってみようと夏希は予定を立てる。

今日帰ってからでもいいかもしれないが、なんだか余計疲れそうな予感がするので夏希は止めた。今日はゆっくり休んで明日に備えよう。


「はい。じゃあ結論。我が家の部屋には鍵は付けませんってことでいいかな?」

「はーい!」


家長の青葉の言葉に返事をしたのは冬里ひとりで、夏希と春樹はせめてもの抵抗で無言で肯定したのだった。

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