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夏希の体験入部5

双葉が仲裁に入り話し合いをした結果。まず美奈と美花に基礎的な部分を夏希は教わることになった。

女の子たちが自分をめぐって争うという場面に夏希は名残惜しさを感じつつ目の前の双子に注目する。


「私は美奈」

「私は美花」

「えっと。よ、よろしくお願いします」


双子から自己紹介を受け美奈が姉で、美花が妹だそうだ。

名乗ってすぐだからまだわかるが、目を離しているうちにいまの場所から動かれてしまうと、どっちがどっちか夏希には判断できる自信はなかった。


「まずはラケットの握り方から。手出して」

「そのまま握手する感じで握る」

「こう?」


今回のテニス部の体験入部では同級生が担当し、なおかつ皆が冬里と知り合いの様で遠慮がない。

冬里は本来バスケ部なのと、本人が望んたこともあり説明もそこそこにラケットを持たされコートに立っていた。


そのコート脇で夏希は双子に指導されることになった。

差し出されたラケットのグリップを握るように美花に指示され夏希は言われた通りに握る。


「それでいい。基本的にその握り方を心がけて」

「その握りを意識しつつ、次は素振りをする」


ああ、こんなこともしたっけ。と夏希は昔を思い出し懐かしさを覚える。

いまと同じく中学校からテニスを始めた夏希は同じようなことを先輩から教わった気がする。


ほかにも地面に置いたラケットを拾う様にグリップを握りるやり方もあったはずだ。握り方によってそれぞれ特徴があったはずだけど、それはもう忘れてしまった。


たしか最初始めた頃は夏希もグリップを意識してテニスをやっていたはずだ。

なのに記憶の中にグリップを気にして練習していた記憶はなく、無意識に出来ていたのが適当にやっていたのか。まあおそらく後者だろうが。


「足を開いて。こういう感じで振ってみて」


美奈のラケットは冬里に貸しているため、腕だけ振って素振りのフォームの見本を見せる。その姿を真似して夏希もスイングする。


「そうそう。上手い上手い」

「私たち基準でいえば筋がいい。将来有望。夏希はテニス部に入るべき」

「あはは。ありがと」


夏希はテニス経験半年ほどしかない少女に指導され上手いと褒められてしまった。それでも褒められることに悪い気はしなかった。


「じゃあそのまま素振り五百回いってみよう」

「うえ! 五百!?」

「素振りは一日にして成らず。目指せ素振りマスター」

「素振りマスター。はい夏希もいっしょに、目指せ?」

「えっと。す、素振りマスター?」


双子たちはフレーズが気に入ったのか、その妙な掛け声とともに素振りが開始された。はじめは気恥ずかしかった夏希も、三人並んで何度も繰り返すうちにだんだんと楽しくなってきた。

ちなみに素振り五百回といいつつ誰もカウントすることは一度もなかった。


「四百九十九。五百。終了」

「ぱんぱかぱーん。夏希は素振りマスターの称号を手に入れた」


素振りが百を超えないうちに急にカウントが始まると唐突に終わりを迎え、同時に夏希は見事素振りマスターの称号を与えられた。


「称号はステータスからセットしないと効果がありません。称号を有効にしますか?」

「えっと。はい」

「おめでとう。これでようやくネット打ちに挑戦できる」

「うむ。よくぞきたな、素振りマスター夏希よ」


どこか聞き覚えのあるようなゲーム風に説明がなされる。

美花に言われるがまま称号を夏希はセットする。そうすると条件が満たされたようで、次の試練の開始されたようだ。

きっと夏希の頭上には素振りマスターのアイコンが表示されているのだろう。


「一度休憩を入れますか? それともこのままチュートリアルを進めますか?」

「じゃあこのまま進むでお願いします」


はじめは出会ってまもない掴みどころのない双子に囲まれての練習に抵抗があった。

素の性格なのか、意図して夏希の緊張をほぐそうとしてくれたのか。いざ始まってみると冗談交じりのゲームのような愉快な設定を足してくるし、夏希への気遣いもしてくれる先生だった。


これまでの体験入部のように顧問や上級生から真面目に教わるよりもずっとやりやすいと夏希は思った。

他の部活では冬里と二人セットで教わっていた。だから人見知りの夏希でも不安なく練習ができていた。なんでも興味深々の冬里が目立っているおかげで夏希に好奇の目が集中するのが軽減されていたから。


「あ、美奈。まだバックハンド教えてないんじゃない」

「そうだった。では夏希に新たな技を授けよう。ちょっとラケットかして」

「はい。お願いします。先生」

「先生…。うん、いい響き。見ててバックはこうやってこういう感じ。さあ、実戦でやっていこう」


友達のように話して教えてくれるので、夏希もその場のノリで先生と言ってみると気に入ってくれたようだ。


「説明雑。先生ならもっとちゃんと教えるべき」

「大丈夫。先生は夏希ならできると信じてる。いまからボールを投げるから打ってみて」

「はい先生。がんばります!」


美奈は受け取ったラケットを数度振ってバックハンドの見本を見せるとラケットを夏希に返す。

実演して見せただけの美奈のバックハンドの説明を呆れ気味に美花は雑と言った。

もし夏希が経験者ではなく今日初めてテニスをしたのならば、口に出さなくとも同じことを思うくらいには確かに雑な説明ではあった。


校舎側と山側のテニスコートを隔てるように張られたネットがある。そこへ移動すると美奈と美花が投げたボールをネットに向って打ち返すよう夏希は指示を受ける。

そしてその後ろでは冬里がテニスコートに立っているのだが、夏希の耳に届く声を聴く限り冬里サイドの方は苦労しているようだ。


「こらぁ! ただラケットに当てるんじゃなくて、しっかり狙って打ちなさい!」

「うおおりゃあ!」

「だ・か・らッ!」

「愛理。私が取りに行くから続けてて」


冬里が思い浮かべているイメージではたまにテレビに映るプロの試合だ。

その映像のように本人は力強く華麗なショットを決めるつもりなのだが、当然素人にそんなことができるはずもなく愛理のアドバイスも空しくの明後日の方向に飛ばしまくっている。


一方で夏希の練習は順調に進んでいた。

最後に夏希がテニスをしたのは高校生のとき。十数年のブランクがあるとはいえ、さすがにあそこまでは酷くはない。


夏希は中学校に入学してソフトテニス部に入部した。同時期に入部した同級生たちはへたくそだった。

サーブを打てば空振り、当たってもサービスコートに入らない。打ち返す側も同じだ。

みなラケットで打ったボールをコントロールが出来ず四苦八苦していた。


コツをつかむのは他の人よりも早いと夏希は思っている。事実入部して夏希は当初は一番上手かった。

ミスすることもあるが、それ以上に上達が早かった。だから驕り、努力することを怠り卒業する頃には自分の方がへたくそになっていた。


「いいよいいよ。しっかりとラケットに当てられてる」

「うん。いまの美奈より上手い」


それでも彼女らよりはまともな練習を受けていたのでラケットに当てる程度であれば楽勝だ。


「む。確かに美花よりも上手い。美花は同じことしてて空振りしてすっ転んでたのに」

「ウソはよくない。夏希、そこの女の顔面にぶち込んだら百点あげる」


浜那美中学校のソフトテニス部に練習メニューなどない。そのため上達するためには自分たちで考えるしかなかった。

一年生たちは自分たちでインターネットなりでいろいろ調べ考えて練習をしてきた。いまやっている投げたボールをネットに向け打つのも、その中のひとつだった。まだ三年生がいた頃はコートが使えないことが多くこうして練習していた。


その時はじめてこの練習をしたときにフルスイングした美花が空振りしたばかりか勢い余って尻もちをついてしまったのは事実だ。

以降美奈たち部員にネタにされ大層からかわれてきた。

あくまで女子テニス部だけしか知らない情報だったのに美花はあっさりと夏希に言ってしまったのだ。

その仕返しのために美花は夏希をけしかけようとしていた。


「百点取ったらどうなるの?」

「明日の美花のお弁当から好きなだけおかず持って行っていい。おすすめは母特製の卵焼き」

「えっと美奈ちゃん。やさしくするから、そこを動かないでね」

「やさしくって何!? てか卵焼きに負けた! ぎゃー!」


美花が投げたボールを夏希は美奈を狙って打ち返した。

もちろん本当に当たる気はない。間違えて当たっても怪我しない程度の加減で打った。ボールは緩やかな軌道を描き美花の二歩先を通り過ぎて行った。


「おしい。もう一回」

「よーし。次はあてるぞー」


外れたボールを見てすかさず美花が夏希に向けてもう一球追加で投げる。

しかしこれ以上美奈を脅かすのは可哀想なので夏希はネットに向けて打ち返すことにした。


「あ」

「おっ」

「ぎゃあ! ヒュッてなった! ヒュッて!」


夏希は正面のネットに向って打ったつもりだったが、ボールは美花の耳をかすめて飛んでいってしまった。


「でりゃあ!」

「おー。こりゃまた飛んだね」

「しゃあ! 場外ホームランだぜい!」

「もおおお! あんただけやってるスポーツが違うのよ! コートを狙って打ちないって何度同じこと言わせるの!」

「それじゃ取りに行ってくる」

「ダメよ双葉! 今度は自分で取りに行きなさい!」

「ほーい! いってきまーす!」


愛理の怒声に三人が振り返るとフェンスを越えたボールが山の木々に吸い込まれていくところだった。

もはや冬里のそれはテニスというよりかはバッティング練習と言った方が正しいかもしれない。


本日何十回目かという冬里のミスショットにしびれを切らした愛理は、ボールを探しに行こうとする双葉を呼び止め冬里に取りに行くように命じる。


「夏希。よくこまで頑張った。もう私たちが教えることはない。さあ行くがよい」


特大アーチを目で追っている間に美奈は夏希から凶器のラケットを回収すると、冬里がいなくなったテニスコートを震える手で指さして言った。


「はい先生。ありがとうございました」

「う、うむ。精進せよ」

「ぎゃあ! だって、ぎゃあ!」

「うっさい! 愛理、私たちも一緒に探しに行くから、かわりに夏希そっちにあげる!」


先ほどの出来事に身に危険を感じた美奈は逃げるように冬里とともにボールを探しに行くと言って走り出した。

そのとなりを追走する美花は美奈の真似をして笑っている。さすが双子だけあって美奈のものまねは再現度がたかった。

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