夏希の体験入部4
グラウンドからさらに一段上がったところにテニスコートはあった。
階段を登るとボールが落ちていかないように張られたネットがあり、その裂け目を潜り夏希はテニスコートに足を踏み入れる。
手前に四面とその奥に三面、合計七面のクレーコートがある。コートの外周はフェンスとネットで仕切られており、その向こう側は本当に自然の山であった。
「おーい! なっちゃん。こっちこっちー!」
コートの中では上級生と思われる生徒たちが練習しており、どう声をかけたものか夏希が考えていると冬里の呼ぶ声が聞こえた。
声の聞こえてきた方向に目を向けると、ぶんぶんと両手を振り奥側のコートで存在をアピールする冬里が見えた。
上級生たちはチラリと冬里に目を向けたがそれだけで練習を続けていた。
びくびくと気配を殺し周囲を気にしながら夏希は先輩方の練習の邪魔しないよう、コートを大きく迂回して冬里のいる方へと向かった。
部外者の立場であれだけ目立つ行為ができる胆力は称賛すれど真似はしたくはなかった。
「よく来たな。テニス部はキミを歓迎しよう!」
「あんたはバスケ部でしょうが」
あたかも自分がテニス部の一員のように腕を組み鷹揚に夏希を迎えた冬里に鋭いツッコミが隣から飛ぶ。
「いったぁ!」
「大袈裟ね、そんなに強く叩いてないでしょ」
「ううん、ゼッタイあざできてるよコレ! 気を付けてなっちゃん! 愛理ちゃんめっちゃ力強いから! 昔ハルくんの骨へし折ったこともあるくらい!」
「ちょっとやめなさいよ! 初対面の子に変な情報植えつけないで!」
「いっ!」
愛理と呼ばれた背の高い女子生徒が冬里の背中をふたた叩き、今度は声にならない悲鳴があがった。
自業自得とはいえ、今度は冗談ではなく本当に痛かったようだ。叩かれた勢いのままヨロヨロと夏希に近づくと抱き着きて来たので仕方なく背中をさすってやる。
「あー。愛理がまた暴力振るってる」
「ほんとだ。愛理すぐ怒る。こわー」
両隣から愛理を囲むように新たに女子生徒が現れた。
同じ顔をした少女たちはからかう様に左右から囁き合う。
「もう! あんた達までッ!」
「怒った。私達にまで暴力振るうつもりよ」
「きゃー。助けてー」
愛理が声を荒げると二人は逃げるように夏希の背に隠れた。
「このあとの練習覚えておきなさいよ!」
「殺害予告きた。愛理の本気ショットをうけるとガットに穴が開き、ラケットが折れる」
「そして山が抉れ大地は割れる」
「さすがにそれはうそだよね」
愛理を伺うように夏希の肩から顔を出し、なおからかい続ける。
その夏希の両耳をくすぐる声は二人の容姿と同じく、まったく一緒で驚いてしまった。
揶揄う内容は女子らしからぬもののような気がする。けれど怪獣映画の話をしているのかと疑うくらいにめちゃくちゃだったので流石の夏希もうそだとわかる。
「はあ。もういいわ。私は一ノ瀬愛理よ」
「あ、うん。わたしは香月夏希です。よろしくお願いします」
冬里たちから愛理と呼ばれている少女の名前に夏希はどこか聞き覚えがある気がしていた。
本人から苗字を聞きやっと思い出すことができた。
一ノ瀬愛理。春樹と冬里が町を案内してくれた時に最初に紹介されたのが一ノ瀬酒造。
その酒屋の娘が愛理という子で冬里と友達なのだと夏希に紹介してくれていたはずた。
「それと一応言っておくけど。いまあんたにまとわりついてる子たちの言ったことは、すべて冗談だから本気にしないでちょうだい」
「あはは。さすがに大丈夫だよ」
「そう。それならよかったわ。これからよろしくね」
愛理が自己紹介をしたあとに差し出してきた手を見て、夏希にひっついている三人はびくりと身体を揺らす。その反応に愛理の顔が引きつらせる。
ずいぶん彼女らは仲が良いようだ。そう思いながら握り返そうと夏希も手を伸ばす。
「だめだ! なっちゃん、罠だよ!」
なぜか待ったをかけた冬里は、割り込むように夏希の手を払うと代わりに愛理の手を掴んだ。
「うふふふ。なにがどう罠なのか教えてくれるらしら?」
「いだだだ!」
暗い笑みを浮かべた愛理は握られた手に力をいれて握り返しているようで、それを離そうともがくも解けずに冬里は痛みを訴え悶えていた。
「ふう。やれやれ、命拾いしたね」
「彼女の尊い犠牲で私たちは救われた」
完全にターゲットが冬里にロックオンされたことで、夏希の背後に隠れていた二人もようやく隠れるのをやめたようで出てきた。
自身に身体を寄せしがみついていた女の子三人が離れていってしまい、少しだけ名残惜しいと夏希は思ってしまった。
「よろしくね。私は早道美奈。こっちが妹の美花」
「さすがに気づいてると思うけど、お察しの通り三つ子だよ」
「ええ! もうひとりいるの!?」
双子だろうと思っていたところで、まさかの三つ子とのカミングアウトに夏希は驚き残りの一人を探し周囲を見渡し探す。
「うそうそ」
「とっても仲のいい双子だよ」
どうやら三つ子というのは冗談だったようで、双子は悪びれる様子もなく訂正した。
二人はお揃いの靴下にシューズ、手にしているテニスラケットも同じときた。極めつけにそっくりの容姿だ。おおよそ外見からでは判断がつかなそうだった。
「ちっちゃくて可愛い。こんな妹がほしかった」
「わわっ」
「ちょっとその発言は聞き捨てならない。弁明の内容によっては許さない」
夏希は美奈に引っ張られたと思えば抱き寄せられる。その発言を聞いた美花はムッとそた表情に変わる。
「怒らないで美花。私たち二人の妹として欲しいと言ったの」
「じゃあ許す。ちょうど私も同じこと思ってた」
「あわわ」
双子にサンドイッチされてしまった夏希どう反応したらいいものか分からず、思考も身体も固まってしまった。
「ほら。こっちおいで」
「お姉さんたちがテニス教えてあげる」
あれよあれよという間に夏希は両の手を取られ空いているコートに連れていかれそうになる。
青葉と冬里であれば力の限り抵抗してみせる夏希だが、知り合ってまもない双子にどう対応したものか悩む。
「と、冬里ぃ!」
結果、大変不本意だが冬里に助けを求めてしまった。
「あー! コラ、そこの双子! 私のなっちゃんに何してるの!」
妹の助けを求める声を聞くなり冬里は愛理に握られていた手を振り解くと夏希に駆け寄り双子から奪い返した。
おまえのでもない。そう思ったが助けられた手前、夏希はその言葉はそっと飲み込んだ。
しかしこれが誘拐されそうになる子供の気持ちなのか。ちょっと怖かった。
「ち。本家には勝てないか」
「大丈夫。これから少しづ刷り込んでいけばいい」
「ちょっとあんたたち! 事前に話し合って私が担当するって決めてたでしょ!」
浜那美中学校のソフトテニス部は生徒たちの自主性を重んじる部活である。
そう言ってしまえばよく聞こえるかもしれないが、これだけふざけ合っているのに誰からも注意もされないくらいにはユルユルな部活だ。
入部して新入生に興味があるうちは先輩から教わることはあった。それも一ヶ月もたてば空いているコートで勝手にボールを打っていろ状態になる。
顧問の桃山も月に一度コートに顔を出す程度。またテニス経験もないため生徒に指導することもなければ口出しする事もない。
愛理は、近く夏希と一緒に体験入部に行くからと冬里に言われていた。
なので一応新部長にそのことを相談してみた。まあ、予想通り愛理たち一年生に任せると言われ話は終わった。
なので一年生で話して現状一番上手い愛理が担当することになったのだ。
「かわいいね。キミいくつ?」
「ちなみに(テニス)経験はある?」
「え? 13歳です。えっと。あの?」
「へー。じゃあ同い年なのか」
「大丈夫。緊張しないで私たちが優しく(テニスを)教えてあげるから」
双子は夏希に興味津々のようで愛理の話を無視している。
同じ一年生なのだから同い年なのは当たり前だし、美花の質問にいたってはなにか邪なものが感じられたが夏希の気のせいのはずだ。
「ちょっと美奈、美花聞いてるの!」
話し合いの時はどうぞどうぞとばかりに体験入部の話に興味を示していなかった美奈と美花は、どういうことか夏希にテニスを教えようとしているではないか。
それを注意しようと愛理は怒っているのだが双子は聞く耳をもつ気はないようだ。
「愛理には冬里がいる」
「だからこっちは夏希をもらう」
「ああ!」
美奈が冬里の手をとると再び愛理に握らせる。その間に夏希はまた美花に捕まってしまった。
「教えるって言ってもあんたたちじゃ、ラリーもままならないじゃない」
「う。でも、それを言ったら愛理も同じ」
「そもそも私たち全員。人に教えられるほど上手くない」
男女ともにテニス部はこれといった練習もなく、下校時刻になるまでコートでボールを打ち合っているだけ。
別のコートで試合形式の練習をしている上級生も特別練習をしてきたわけではなく、何度も失敗してどうしたら上手くなるかを自分たちで考えて練習してきた。
テニスをはじめて間もない一年生だとボールがネットを超えない、たとえネットを超えたとしてもアウトになるのは当たり前。
あっらぬ方向に飛んで行ったボールがフェンスの向こう側の山に消えていき全員で探しに行くこともよくある出来事だ。
上級生としては一年生が最初まともにラリーができなくても当然の事。
放っておいたらそのうちできるようになるだろう。自分たちもそうしてきたのだから、という考えだ。
入部してそんなこんなで練習を続けること約半年。ようやく一年生はなんとかラリーと呼べるものができるようになってきたところだ。
夏希の両腕をそれぞれ冬里と美花が引っ張って取り合い。その三人を挟んでどちらが教えるかで、バッチバチの舌戦を繰り広げる愛理と美奈。
「もう全員で順番に教えたらいいじゃん。じゃないと時間なくなるし」
「あ、七穂さん」
引っ張られる腕がそろそろ痛くなってきたな、と他人事のように考えていた夏希を救う声がした。
救世主の如く現れたのは夏希とクラスで同じ班になったばかりの七穂双葉だった。
その双葉が誰が誰に教えるかで不毛な平行線をたどる話し合いに割って入ってきた。
※夏希ちゃんは人見知りが激しいので、初めての顔ばかりだと殆どしゃべりません。




