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陸上部はやめておこう

「今日はどこの部活に冷やかしに行くだ?」


放課後になり春樹が尋ねてきた。


「あはは。一応体験入部って名目なんだよ」

「そうだよ! ほんとハルくんは失礼なこも言うな!」


先週から夏希が各部活動に顔を出していることは浜那美中学校の生徒の間ではそれなりに話題になっていた。

ただでさえ刺激の少ない片田舎の学校だ。話題性のある出来事にはみな敏感なのである。


「てか冬里はバスケ部だろ。なんで夏希と一緒に他の部活に行ってんだよ」

「そりゃあ、私はなっちゃんのお姉ちゃんだからね!」

「理由になってねえし。ちなみにさっきの冷やかしってのは、おまえに言ったんだぞ」

「冷やかし違うし!」


そしてひとつ誰もが気になっている点があった。春樹が諌めるかのように言った通り、なぜ冬里まで一緒に居るのかだ。

それについて説明されることはなく疑問に思いつつも、教師たちが注意することはないので受け入れているのが生徒たちの現状だった。


冬里の同行を許したことになっている担任の桃山由香も翌日の職員室での朝礼で、絶対怒られると思いながらしどろもどろ言い訳交じりに説明した。

そしたらなぜか認められてしまった。その時なんと説明したのかは桃山は必死すぎて覚えていなかったが、他の教員から評価が上がったぽいのでちょっと得した気分だった。


「聞いた話だと、まだ夏希ちゃんが行ってない部活はいまかいまかと首を長くして来るのを待っているみたいだよ」

「ええ…。なにその情報、知りたくなかったな」

「それで今日はどこの部活にいくの?」

「うーん。どこだろう? いつも決めてるのは冬里だから」

「なにそれ。なんで冬里が決めてるの? じゃあまだ行ってないとこは?」

「えっと。あと行ってないのは美術部と陸上部とテニス部かな」


冗談めかしく栞が言ったことはあながち間違ってはいなかった。

先日赴いたバスケットボール部のように本気で夏希を獲得しようとしている部活もある。

けれどそれ以上にいつもと違う雰囲気の部活が楽しいようで、どの部活動もいえることは夏希のことを邪険に思わず歓迎していた。


「だったら今日陸上部に行くのは辞めといた方がいいぜ」


部活に向かおうと黒いエナメルバッグを肩にかけた武豊が立ち止まると、夏希たちの会話に話に割って入ってきた。


「なに。まだ居たの? はやく部活行きなさいよ。しっし!」

「めっちゃ邪険にすんじゃん! ちょっとくらい俺の話し聞いてくれてもよくない!?」

「まあまあ、栞さん。聞いてあげようよ。わたしは沖田くんの話し気になるし」

「うう。夏希ちゃんやさしい。できれば武豊くんって名前を呼んでほしい」

「気持ち悪いわね。さっさと理由を言いなさいよ!」

「ってぇ!」


二次性徴で低く声変わりした武豊が出した妙に甘ったるい声で、自分のことを苗字ではなく名前で呼んで欲しいと要求する。

ただ名前呼びするだけではなく、文字に起こし例えるならハートマークが語尾につくそんな感じだ。


この間までは出ていたはずの高い声が気付いたら出なくなっていた。この時期の男子生徒にはありがちなエピソードだ。

けれど大きな声変わりを経験しない女子の栞は、おぞましい声を聞いたと思わず武豊に蹴りを入れてしまった。


「どうして陸上部に今日は行かない方がいいのかな。めちゃくちゃトレーニングが厳しい日とかがあって、それが今日だったりとか?」


まだ夏希はグラウンドを使用する部活には行ったことがない。

文化部にお邪魔した時にちらりと窓からグラウンドが見えることはあったものの、目の前の部活に夏希は集中していたため気にした事がなかった。


校舎一階よりも高くグラウンドが作られている構造から、グラウンドから届く部活の掛け声を聞くことはあれど目にしたことはない。

体育館の授業もまだ日中は猛暑と言える日が続くので室内で行なっているため夏希はグラウンドに行く機会がなかった。


それはさておき、わざわざ陸上部は辞めておいた方がいいと武豊は忠告をするくらいだ。絶対に陸上部には何かあると夏希は警戒した。

全身にウエイトを付けて地獄のようなトレーニングを強いられ、メニューを終えるまでは帰宅できないとか。竹刀を持った顧問が走るのが遅いと殴りかかってくる。そんな光景を思い浮かべた。

夏希はスポーツはそれなりに好きだが、肉体的、精神的にしんどい運動は嫌いだ。


「いや、厳しいとかそんなんじゃなくてさ。今日は陸上部グラウンド使えない日なんだよ」

「え。陸上部なのにグラウンドが使えないの?」


聞き間違いをしたかと夏希は思い、そのまま聞き返してしまった。

夏希の中で陸上部といえばグラウンド。ただグラウンドを延々と走るか、変な動きを交えながらトレーニングしているイメージだった。


「そっか夏希ちゃんは知らないのか。うちの学校でグラウンドを使う部活が野球部と陸上部とサッカー部なんだけど。全部の部活が一緒に活動すると危ないからってことでローテで使うことになってるんだ」

「へえ。そうなんだ」


浜那美中学校に来てまだ日の浅い夏希の知らない情報だった。武豊の話しではグラウンドが使えない日はどの部活も室内で筋トレか学校周辺をランニングになるそうだ。

そういえばと転校初日の帰り道で春樹が校門を出てすぐの坂道を走っているところに遭遇したことを夏希は思い出した。


いま武豊から聞いた話からして、あの日はサッカー部がグラウンドを使えない日だったのだろう。

てっきり一年生はボールを蹴らしてもらえないで走らされているものと夏希は思っていた。しかし言われてみれば春樹は試合に出場したと言っていたし部員数も少ないと嘆いていた。


いままで通ってきた学校では色々な入り乱れて部活をしていると思っていた。

でも夏希が知らなかっただけでグラウンドなり体育館の使用で部活間で何かしらの決め事があったのかもしれない。


進学したときや部活の試合のとき他校の生徒と話していて、当たり前と思っていた学校のルールが実は独自ルールだと知り驚いたなんてこともある。

反対に他校の習慣だったりを聞いて驚いたりと個々の学校で作られるルールは聞いていて面白いものがある。


「てことで今日体験入部に行っても陸上部の良さは分からないんじゃないかなーって」

「沖田。あんたたまには、まともなこと言うのね」

「たまにはってどういうことだ!」


どうせろくでもないことを言ってくるのだろうと思っていた予想に反して武豊のまともな意見を言ったため栞は驚いていた。


「だからさ夏希ちゃん! 今日は野球部に体験入部しよう!」


めずらしく感心する栞を尻目に、しっかりオチを付けてくるのが武豊らしい。しかも冗談ではなく大まじめなようで夏希は苦笑いを浮かべた。


「はぁ。何言いだすかと思えば。女子野球部なんてないでしょうが」

「そっちじゃねーよ。マネージャーだよ。野球部のマネージャー」

「贅沢いうんじゃないわよ。うちみたいな弱小野球部にはいらないでしょ」

「弱小言うなし! いやまあ、いまは弱いかもだけど。けど夏希ちゃんみたいなかわいい女の子がベンチで応援してくれるんだったら、俺らだって全国夢じゃないぜ!」


ここ最近武豊は不満に思っていることがあった。

野球部は男子のみ。強豪校でもないのでマネージャーなんてものはもちろんいない。

他の部活は男女混合であったり、バスケ部とテニス部は男子女子と別れてはいるものの隣り合わせて部活を行なっている。


サッカー部は男子のみだが、サッカー部が練習をしているグラウンド側は、体育館やテニスコートが近いためたまに女子からの声援があったりする。

許せないことに休憩中に女子とおしゃべりやサボって女子とおしゃべりなんてしている輩も見受けられる。


それが野球部連中からして大変嫉ましく羨ましいのだ。

野球部はバックネットなどの都合で練習位置は固定。位置的に女子からの注目されることがほぼない。

陸上部唯一の花であった女子の先輩もこの夏に引退してしまったことで、グラウンドはむさ苦しい男所帯となってしまった。


つまり浜那美中学校で野球部は女子と縁遠い部活ナンバーワンなのだ。

いま話題の転校生の夏希が各部活を体験入部でまわっている。そんな話題で各部活が生徒たちが盛り上がっている。

だけれど野球部員たちにはまったく無縁の話だった。


男子バスケ部の友人は言っていた。

男子バスケ部は一緒に部活をしたわけではないが間近で夏希の姿を見ていた。必死に飛び跳ねてシュートを打つ姿は微笑ましかったと。

そしてシュート時に捲れた体操服からチラリとお腹とか、黒のハーフパンツの腰の部分から白色の布ぽっいモノが見えたらしいことを証言した。

哀れにもそいつは春樹に腹パンされて沈んだ。

武豊も腹パンひとつで見れるなら見たかった。羨ましい。


情報処理部の友人は語った。

隣に座っただけで甘くていい匂いがして興奮したと。とてもわかる。いま目の前にいる夏希がいるのだから。

でも決して武豊はそれを口にしない。

だってそれを言った男子生徒は笑顔を浮かべた春樹に肩パンされていたから。


そしてカヌー部。

あいつらは男女混合で部活をしている。羨ましすぎる。きっと濡れ透けの夏希と冬里の姿を拝んだに違いない。

春樹にボコられることを危惧してカヌー部連中は言わなかっただけで絶対そうに違いない。

恨めしい。なぜ武豊は野球部じゃなくてカヌー部に入部しなかったのか心底後悔した。


「夏希ちゃんは女バスのマネージャーにもらうわよ。不純しかない部活にはあげられないわ」

「あはは。でも、わたしはマネージャーじゃなくて、みんなと一緒に部活をやりたいな」


何を考えているかわからない不埒な考えを持った集団に渡すものかと栞が答えたつもりだった。

先週のバスケットボール部の体験入部のときの夏希の実力では足手纏いなのでマネージャーとしてならなんとか。そう夏希は捉えてしまった。


「ああ違うの! ごめんね。野球部に渡すぐらいならって話しで、もちろん私も夏希ちゃんと一緒に部活したいと思ってるよ」


除け者された子を慰めるように栞がすこし拗ねた夏希を抱きしめる。


「おーい、タケ。俺先行くから。早く着替えてこないとまたグラウンド走らされることになるぞ」


先に教室をでてユニフォームに着替えた五里清良が待てどもやってこない武豊を呼びに教室に戻ってきた。

気がつくともう一年一組の教室には夏希たち五人しかいなかった。

すでに他のクラスメートたちはホームルームが終わると帰宅するかまじめに部活に向ってしまったようだ。


「うわ。やべッ。時計見てなかった! 夏希ちゃん。俺頑張ってくるから! 期待して待ってるから!」

「あ、うん。練習がんばって?」

「期待してもムダだぞー」

「うおお! 待てやゴリラ! おまえも道連れじゃあ!」

「阿呆! 離せ!」


実現しないであろう期待を胸に教室を飛び出していった武豊は、呼びに来てくれた五里を廊下の途中で捕まえた。一緒に遅刻させようとしているようで争う声が教室に聞こえてきた。


「春樹。まだかかるようなら、こっちも先行くよ?」


続いて同じく春樹を呼びに来た近見謙吾が顔を覗かせた。

夏希たちが話している間、仲良く兄妹で言い争っていた春樹は冬里との会話を打ち切る。


「あ、待って。すぐ着替えてくるから!」

「りょーかい」


春樹は机からカバンを手に取ると急いで男子更衣室として使われている隣の空き教室へ向かった。


「そっちの女の子たちは部活行かなくて大丈夫?」


出ていく春樹と入れ替わるように謙吾が一組の教室に入ってきた。

放課後の隣のクラスで話している女子に気軽に話しかけるなんて誰でもできる芸当ではない。さすが夏希の推定だが一軍で陽キャのイケメンだ。


「私はちょっと遅れてっても夏希ちゃんを部活に勧誘してたって旗田先生に言えばいけるから」

「ふっ。主役は遅れていくものなんだぜ」


冬里と栞が返事を返す。春樹と謙吾は友人ということを夏希は以前聞いていた。そのことから冬里と交友があってもおかしくはない。栞もしかりだ。

ところが夏希が謙吾とは一言二言のあいさつ程度の会話をした程度。

だから先ほどかけられた言葉も夏希に向けられたものではないはずだ。


夏希が冬里と話していると時折知らない名前が出てくる。教室でクラスメートと話していた栞が同じ小学校出身だと紹介してくれた子もいた。

色々と気にかけてくれる冬里も仲良くしてくれている栞も、夏希が知らないだけでそれぞれの交友があるはずだ。

一週間程度の関わりしかない夏希よりも、それこそ同じ小学校だった友人の方が親しい間柄といえる。


誰もが生まれてからこれまで人々との結んできた縁も思い出も、歩んできた歴史が夏希にはまったくない。

本来生きた三十年という軌跡は清算されてしまった。残ったのは生まれて間もない夏希という小さな少女だけ。

そう考えると疎外感が夏希のなかに渦巻いた。


「おーい。なっちゃん?」

「えっ」


不意に肩を揺さぶられ夏希は現実に引き戻された。

いつのまにか夏希の目の前には冬里が立っており不思議に覗き込んでいた。


「あ、ごめん。なに? ぼーっとして聞いてなかった」

「なんだなんだ。なっちゃんはもうお眠なのかな? そーれーとーも! チカミンに見惚れてたのかなー?」

「は? え。はあ!? そんなわけっ」

「え! そうなの? でもたしかにさっきから夏希ちゃん、近見くんの顔見てたような」

「ち、ちがッ!」


一歩引いたところで会話をぼうっと聞いていた夏希は

意識していた訳ではないが謙吾を見ていたようで冬里たちに勘違いされてしまったようだ。

それを正そうと慌てた夏希は顔を真っ赤にして抗議の声をあげる。


「もーもー! 顔真っ赤にしてテレちゃってさ! なっちゃんはかわいいなー! チカミン顔だけはいいもんねー」

「えー! 本当にマジの方なの!」

「んんー!」


たまに夏希には理解できない発言をすることがある冬里だが、いまの発言は一番理解しがたかった。

夏希は身体は女になったが心は男のままなのだ。美少女ならともかく男に見惚れるなどあり得ない。


勝手に盛り上がる思春期女子二人の勘違いを解くために説明しようにも、両隣から夏希を固めて頬をつついてくる指のせいで上手く口を開くもできない。


「顔だけってのは、ちょっと語弊がないかな冬里ちゃん?」

「ホントにちがうか、むぐっ」

「だが残念だったなチカミン! なっちゃんを嫁にもらうのは私だ! キサマになっちゃんはやらーん!」


ひとしきりからかったことで満足した冬里は夏希を守るように抱きしめる。そしてまた意味の分からないこと謙吾にむけて言い放った。


「んもー! 違うからね! 本当にそんなんじゃないから! わたし先に更衣室行ってるよ!」


冬里を振り払い夏希はカバンを背負うと、困惑した表情の謙吾とニヤニヤした二人を残し足早に教室から出て行った。

自分がよりによって男を好きになる事なんて絶対にない! そう心の中で叫びながら夏希は更衣室へと向かった。

前話よりもこっちの方が早くできてました

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