雨の昼休み
夏希は悩んでいた。
昨日体育館裏で出会った渡瀬莉子と連絡先を交換すると約束したことについてだ。
帰宅してからは冬里が夏希のスマホをずっと占有していたため、就寝前になってやっと電話番号とメッセージアプリのIDを確認できた。
それを夏希の部屋にあった可愛らしい柄の入ったメモ用紙の可愛らしい部分を切り取り排除した紙にメモしてきた。
あとはこのメモを渡すか直接伝えればいいだけなのだが、そこからが夏希には難関だった。
問題はこれをどうやって渡すかなのだ。
人によれば普通に隣のクラスに居る莉子に渡せばいいと思われるかもしれない。だがそれが出来ないから夏希は午前中の授業そっちのけで悩んでいるのだ。
まず夏希には二組との接点が全くない。そんな夏希が二組の教室に入って行けば注目を集めること間違いない。好奇の視線を集めたまま連絡先を渡すなんて芸当は根っからの陰キャである夏希には恥ずかしくてとてもできることではない。
それにもし勇気を出して行動を起こせたとしても、肝心の莉子が席を外していたらどうしようだとか。
あのとき夏希は楽しく会話していたと思うし、莉子の方も楽しげに話をしてくれていたと思う。けれど莉子の方は社交辞令的なノリで連絡先の交換と言っただけで。あ、本気にしちゃったのごめんねー、って感じで引かれてしまうパータン。
もしくはいざ渡しても連絡が来ないなど、悪い方向ばかりに考えてしまい余計行動に移しづらくなってしまった。
なんなら莉子の方から来てくれないかと思ったがそれは高望みだろうか。莉子は美少女なのだから多くの友達がいて、授業の合間の時間だろうと周りが放っておかないことだろう。
新しく友達ができたと舞い上がって喜んでいたのは夏希だけで、きっと莉子からすれば夏希は数多くいる友達の一人なんだ。
得意のマイナス思考で気分は落ちるところまで落ち、そのおかげで逆に正気に戻ってきた。
夏希は沈んだ気分を紛らわすために机の上に広げられたお菓子の中からチョコレートを一粒摘まんだ。
「それでね。お母さんは私にはまだ早いって言うんだよ!」
とろけだしたチョコレートの甘さが口の中に広がり、その心地よさに夏希は癒されながら冬里の話しに耳を傾ける。
話題は昨日の朝の出来事を冬里が愚痴っているところだ。
悩みに悩んでいたらあっという間に昼休みになっていた。すでにお昼ごはんも食べ終わり、いまはみんなで持ち寄ったお菓子を広げているところだった。
「んー。そこまでストレートな問題に引っかかる冬里が悪いと思うんだけど」
ぷんぷんと憤る冬里をどう反応したものか夏希が考えていると栞が直球で返してくれた。
栞もスマホを持っていない組だが、青葉が出した分かりやすすぎる問題はすぐに理解できた。また冬里の素直すぎる答えに心配してしまう。
「なははは! ウケる!」
「こらー! 笑うなー! タケちゃんだって絶対同じ答えするでしょ!」
今日はいつもよりも多くの男子生徒の姿が教室にあった。
天気予報では昼にはやむと言っていたが窓の外ではまだ小雨が降っている。
雨でグラウンドが使えないので、したがって体育館は混むことが予想されるため春樹たちの男子グループでは教室で雑談に興じるか、混雑を分かったうえで体育館に突撃するかに分かれた。
冬里のお菓子をたかりにきた春樹にくっついて、狙っていたかのように武豊はするりと夏希たちの輪に入って入ってきた。
どのみち晴れていたとしても武豊は教室に残ってこうして夏希たちの話に混ざっていただろうが。
「いやいや! そんなんいまどき小学生でも分かるでしょ。それに引っかかる冬里ちゃんヤバいって! なあ、春樹」
「ああ、うん。そうだな」
そう言って武豊ほひとしきり笑うと、我関せずとそっぽ向いてスナック菓子をかじっていた春樹に同意を求める。
「ちょっと? 自分は関係ないみたいな雰囲気してるけど、ハルくんもお母さんに聞かれて私と同じ回答してるんだからね!」
「まじかよ。春樹、おまえ…」
「あー。いや、えっと。そのな」
昨日学校から帰宅すると約束通り夏希はスマホを冬里に貸してあげた。夕食時になってリビングにやってきた春樹が母親のものではないスマホを冬里か触っていたことに気付いた。
まだ夏希がスマホを持っていることを知らない春樹は、そのスマホはどうしたのかと冬里に聞いた。
冬里はとても自然に、今日お母さんに買ってもらったんだよ。と答えた。
まさかの返答に呆気にとられた様子の春樹をスマホのカメラで撮影したあと、手に持った夏希のスマホを見せながら冬里は春樹にマウントを取りはじめた。
中学校にあがり同級生たちのスマホの所有率も多くなってきて、春樹の周りでもスマホを持っている友人も少なからずいる。
彼らの話を聞いて春樹が興味を示したのは数多くのゲームが遊べたり、無料で漫画が読めるということ。
他にもSNSで他校の生徒と友達になったとか、いま話題の動画がどうのと話してくれたがそちらの方はよく分からなかった。
スマホが欲しいと聞かれれば間違えなく春樹は欲しいと答える。けれどことあるごとに母親に強請る冬里ほど欲しいものでもなかった。
でも冬里が買い与えられたのに自分には無いのはちょっと違った。
そこからはスマホの主を夏希を冬里に置き換えたバージョンの、今朝方見かけたばかりの青葉と冬里のやりとりを巻き戻したかのような会話が始まった。
最終的に冬里と同じ条件を青葉から提示され、第一問はこれまた同じ問題を春樹は出されていたのだった。
「夏希ちゃんはまえの学校の友達と連絡とってたりしないの?」
「えーっと」
冬里と武豊がここぞとばかりに春樹イジりが始まる一方で、夏希は栞からの質問になんと答えらいいか逡巡する。
夏希が通っていた学校の設定についてはまだ誰とも話していなかったはずだ。
だからこそ難しい質問なのだ。夏希という人物はつい最近誕生したばかりなのでこれからの未来はあれど過去など存在しないのだから。
いると答えてしまうとどのような友達だったのか聞かれることだろう。
そして今後その空想の友達のことを夏希は忘れてはならないし、名前から性格など思い出のエピソードを考え覚えないといけない。そして下手に盛ったりすると後々自分の首を絞めかねない。
なおかついままで話した春樹と冬里が知っている夏希の過去と乖離しないように調整しなくてもいけない。
「あの。ほら、わたし病気があってろくに学校行けなかったからさ、はずかしながら友達って呼べるような人ができたことがないんだよね」
考えるのも面倒になった夏希は思い至った。
病気設定もあることなので、学校に行けなかった夏希にはいっそ友達ができなかったことにすればいい。
ここでいまでも連絡友達が居ると答えそれを掘り下げられても困るし、昨日から夏希のスマホは冬里が触る機会が増えることも想定される。そうなるとそのうち冬里には必ずうそがバレてしまう。
であれば存在しない友達を作り虚しい気持ちになるよりも、居なかったと説明した方がマシだ。
それに実際、夏希になる前にも友達と呼べるような人との付き合いもなかったことだ。仮にもし夏希に今でも友達付き合いがあって、見栄っ張りな性格のままだったならべらべらと話して後々困っていたかもしれない。
そう考えると友達がいなかったのが救いだったのではないかと自虐的に夏希は笑ってしまった。
「だから連絡以前にって感じかな。あはは。って、あれ?」
内心我ながら最適解を導き出したのではと自分では納得していた夏希だったが、事情を知り得ない栞たちはその言葉を悲痛な面持ちで聞いていた。
栞は興味本位で聞いたつもりだったのだが、言葉の最後に夏希が浮かべた寂しそうな顔をみて質問したことを後悔した。
冬里から聞いた話によれば夏希は幼い頃から病気のため人生の大半を治療のために病院で過ごしていたらしい。
思い返してみれば栞が夏希とはじめて会話した日、表情や動きが硬かったのは転校初日で緊張していたからだと思っていた。
常に夏希にべったりくっ付いている冬里がリードする形で会話は進む。
だから他の人は気付いていないかもしれないが、たまに夏希と話をしていてぎこちなさを栞は感じることがあった。
それはただの人見知りだと思っていたが、今思えば同世代とのコミュニケーションに慣れていなかったのではないだろうか。
事実夏希の方から栞に話しかけてくることはほとんど無い。まだ人との距離感をはかりかねているのかもしれない。
自宅での発言をからかわれていた春樹も、からかっていた冬里と武豊も喋るのをやめて夏希を注目していた。
そのままなんと声をかけていいものか誰もが迷っていた。
「夏希ちゃん!」
「あ、はい」
「私たち友達だからね! あと今日帰ったらお母さんにスマホ買ってもらえるように頼んでみるから!」
栞が出した答えは自分は夏希と友達だと思っていると、しっかりと言葉にすることだった。
一番辛かったであろう闘病中は応援のメッセージを送ることも寄り添うこともできなかった。それは夏希と栞はお互いを知らなかったから仕方がない。
けれど過ぎた過去ではなく今からが大事だ。
「俺も俺も! 帰って親父に交渉する!」
「う、うん。えと、がんばって?」
栞たちが何を想像しているか分からない夏希は、二人が突然のスマホ買ってもらからと宣言され戸惑いつつも応援の言葉を返した。
「めずらしいな。普段なら真っ先に行きそうなのに」
「ふふん。わかってないね、ハルくん。私たちとなっちゃんは家族なんだから、黙って成長を見守ってあげればいいんだよ」
「おまえ、それだれ目線で語ってんの?」
次回予告
4/13いつもの時間に投稿します。




