はじめての友達
「あ、えっと。香月夏希です」
「うん。知ってるよー。うちのクラスでも一組にかわいい子が転校してきたーって話題だもん。わあ。近くで見ると一層かわいい」
お互い自己紹介を終えると莉子は再び正面から夏希をじっくりと見つめてくる。
「ちょ。だから近いよ」
美少女にじっと見つめられてしまい恥ずかしくなった夏希はたまらずその視線から赤くなった顔を隠すように手で遮った。
可愛いと言われて照れた訳ではなく、人と視線を合わせるだけでも苦手な夏希に美少女を真正面から受け止めるには難易度が高すぎたのだ。
女同士のかわいいの意味合いは男性が思っているのとは違ってくるとも聞いたことがある。おそらくここで莉子の言うかわいいは社交辞令、もしくは小さくてかわいいなのだろう。
実を言うと夏希自身のいまの自分の容姿もなかなか可愛いのではと思っていた。だが正真正銘の美少女を目の前にすると、やはり自惚れだと気付かされる。
これまでにも可愛らしいと褒めてくれる人が何度かいたが、夏希の場合は幼い見た目がゆえ可愛く見えるだけなのだろう。ホンモノが相手では分が悪い。
「はぁ。でも香月さんがいい人でよかった。学校でスマホ使ってたなんてお母さんにバレたらまた取り上げられるとこだったよ」
「その言い方だと前にも取り上げられたことあるんだ」
「そうなんだよ。家でゲームばかりしてて怒られちゃったんだよね」
「ふーん。でもあのゲームってそんなに時間とられるやつだっけ」
「あの時はいっぱいゲーム並行してやってて、学校から帰って寝るまでの間ずっとしてたらか」
「ご飯の時も?」
「うん。お風呂にも持って行ったよ」
「それは重症だ」
「だよねー。我ながらそう思うよ」
そう笑って莉子はこれでも厳選して減らした方なんだよ、と言いスマホの画面を夏希に見せてきた。
二ページにわたるホーム画面いっぱいに並ぶアイコンはすべてゲームのようで、莉子の言う通りならばこれでも減らした方という事実が末恐ろしい。
その中に夏希もプレイしたことのあるゲームも幾つかあった。アップデートごとに新マップをぶち込んでくるやり込み要素満載のゲーム。人気マンガをソーシャルゲーム化し原作を破壊するオリジナル展開で一時期炎上した作品。
あとは一試合数十分かかるようなバトルロイヤルのゲームも複数インストールされていた。
流石にあれだけのゲームを全て並行してやるとなると、とてもではないが時間が足りないので気分や日によって変えてプレイしているのかもしれない。
大概ゲームの最初の方は忙しいがストーリーを進行するにつれてやることがなくなって来るし、イベント以外ではデイリークエストしかすることがない虚無期間があるゲームだってざらにあるのでゲームによっては可能かもしれない。
「あ。このゲームまだサービス続いてるんだ」
「ねー。不思議だよね。アップデートも半年は期間が開くし、その内容もたいしたことないんだよね。これはもう惰性で続いててログインボーナスしかもらってないやつだね」
過去に面白いとネットに書いてあったので興味が湧いて夏希も始めてみたが、それほど面白くもなかったのですぐやめたゲームのアイコンを夏希が指さした。
「たしかこの会社のほかのアプリの売上が好調だからサ終しないって聞いたことあるよ」
「なるほど。このゲームとかだよね」
「そうそう。それそれ」
「たしかにこのゲームのランキング上位のプレイヤーは月に何百万とか課金してるって聞くもんね。いいな。私もお金持ちだったらなぁ」
「だったとしてもあとで絶対後悔するからやめといた方がいいよ」
「でもやっぱり強くなって連戦連勝とかあこがれちゃうよね!」
夏希も過去にハマったMMORPGで多くの課金をしたことがあった。
しかも課金して必ず強くなれるわけではなく装備の強化に運要素も絡んできて、強化するのに数千円課金したのに強化に失敗すると強くなるどころか反対に弱くなるかもしれないトンデモ仕様。
強化に失敗して落ち込んでいたら、同タイトルを古の時代からプレイしている人からは失敗しても装備が消滅しないだけマシと励まされた。
でもそんな言葉だけで気分が晴れるわけもなく、夏希の部屋からは机を叩いている音がたびたび聞こえていた。
それでも課金して強くなれば有利にゲームが進めれる。ギルドでも対戦でも活躍できる。なにより承認欲求が満たされるのだ。
たまたま強化がうまくいき月何十何百万と課金するプレイヤーとランキングで肩を並べる時期もあった。けれど一時期強くなってもアップデートが進み新要素が追加され新たな課金要素が増えていくにつれその差は開き、過去の栄光にしがみついてさらなる課金をしてしまう。
幸いというか際限なく搾り取ろうとする運営と、それをモノともしない富豪たちの追随を許さない戦闘力の差を早めに思い知ることで、貯金に手を付ける前に夏希は我に返り微課金程度にもどれた。
所属していたギルドがとても居心地がよかったのでゲームをしたこと自体に後悔はない。しかしゲームを辞めたあとに総額三、四百万を課金したことをふとしたときに思い出すとため息が出てしまう。
たとえ強くなって上位ランカーになっても今度は廃課金ランカー同士の戦いが待っている。それはそれでしんどかった。
ただそれは単に夏希が課金要素の強いゲームをしていただけであって、すべてのゲームが課金だけで強さが決まるわけではない。よほどの富豪がP2Wをプレイするならだけれど、半端な課金額ではかえってストレスが溜まることもあることをそのゲームを通して夏希は知った。
それでも課金した方がゲームを有利に進めれることは間違いない事実なのだが。
「香月さんってゲーム詳しいね」
いくつかのゲームの話題で盛り上がり、一息ついたところで莉子が言った。
「うーん。そんなことはないと思うけど、そこまで熱中したわけじゃないから半端な知識しかないよ」
「そんな全然詳しい方だよ! クラスの女の子たちに比べたら段違いに詳しいよ!」
「そうはいっても有名どころをちょっとプレイしたくらいだよ。それも長くは続かないし」
「それでも私は嬉しいんだよ! だって女の子とこんなにゲームの話しで盛り上がったの久しぶりで楽しかったもん!」
夏希の手を取って莉子は興奮気味に顔を寄せてくる。
化粧などで飾ってもいなくとも正真正銘の美少女と言える莉子の顔がまた夏希の目の前いっぱいに広がった。
正直これはやめて欲しい。それが夏希の思うところだ。
片思いが精々の恋愛経験皆無のおじさん相手に美少女が興奮気味に顔を上気させて手を握ってくるなんて、そんなことされたら勘違いしてしまうではないか。
これまでにない初めての体験にどうしていいのか夏希は分からず、身体は固まりピクリとも動かせないが思考はクリアで凄まじく巡っていた。
たとえ体が動いたとしてもこんなおいしい思いを自分から手放すつもりはないのだけど。アイドルの握手会なるものの何がいいのかずっと疑問だったが、相手が彼女のような美少女であったなら握手券を求めてCDを買い漁るのも理解できる。
「あのね香月さん!」
「は、はい!」
名前を呼ばれて夏希は正気に戻った。もしかしたらなにか喋りかけられていたかもしれないが全く耳に入ってこなかった。
「あのね。夏希ちゃんって呼んでもいいかな?」
「え? うん。それくらい大丈夫だよ」
「よかった! 私のことは莉子って呼んでよ。もう友達なんだから」
「え」
一瞬なにを言われたのか理解できず夏希は惚けてしまう。
「あ、ごめんなさい。私ってば初対面なのに馴れ馴れしかったよね」
ポカンとした表情を浮かべる夏希に我に返った莉子は慌てて握っていた手を離した。
「ううん。全然だよ! 友達。うん。そうだよ、もうわたしたちは友達だよ!」
今度は夏希が莉子の手を握る番だった。その手は莉子を捉えて絶対に離さないというくらいに強く固く握られていた。
栞は間違いなく友達なのだが、まだ冬里がいての関係であると密かに夏希は思っている。他にも教室で一言二言をクラスメートと話すことはあれど友達と言えるほど親しくしている人はいない。
そういう意味では夏希ひとりの力でできた友達は莉子が初めてなのだ。
それに相手の口から友達とはっきり言葉にしてもらうだけで、小心者で人見知りの夏希には飛び上がるくらいうれしいのだ。
「ほんと! よかった。また私が早とちりしちゃってるだけかと思ったよ」
「友達。うん。わたしたちは友達だよ! 友達。えへへ」
確かめるかのように何度も友達と反芻する夏希は、とっても良い笑顔だったかもしれない。
友達。なんて素敵な言葉だろうか。それが最後にできたのは専門学校に通っていた時になるので、実に十年ぶりに夏希に新たな友達ができた瞬間なのだ嬉しくないはずがない。
高校を卒業して自然消滅した高校の友達と同じく、専門学校を卒業するとその友達とも自然消滅した。
就職してから仕事仲間ぐらいはいるが、その人たちは友達という気軽な関係とは言えなかった。
同僚には同僚の友人がいて、恋人が、社会人ともなれば結婚して家族がいる。もしかしたら夏希が誘えば付き合ってくれる人もいたかもしれない。けれど迷惑をかけたくないと声はかけなかった。
それも本当のところは違う。断られたらと怖くて声をかけられなかっただけだ。勝手に相手の考えを知った気になって卑屈になり線引きして壁を作っていた。
そんな奴がプライベートで友人が作れる訳もなく、休日は一人家に籠り何をするでもなく起きてご飯を食べて寝るだけの寂しい日々を過ごしていた。
「それでね。もし夏希ちゃんがよければなんだけど、連絡先とか交換しない?」
「もちろんいいよ! あっでも、わたしいまスマホ持ってないや」
「ああそっか。学校に持ってきてる私がおかしいんだった」
アプリの連絡先交換のQRコードが表示されたスマホの画面を莉子が差し出してくる。それを読み込もうと夏希は胸ポケットに手を伸ばしたところでスマホを持っていないことに思い出した。
「この手段以外でだと電話番号?」
「ごめん。わたし自分の番号覚えてない」
以前使っていた携帯電話の番号なら覚えているのだが、新しいスマホの電話番号を夏希はまだ記憶していなかった。
先日青葉と出掛けたときに住所等の情報が分からず入館の書類が書くことができなかった。夏希の外見なら保護者が書くのが普通かもしれない。けれど中身は三十のおじさんが急な引越しがあった直後とはいえ簡単な書類一枚書けないのは恥ずかしかった。
帰りの道すがら香月家の住所と電話番号を青葉に教えてもらい、香月家に帰るまでの間と帰ってからも何度も復唱してその日中には覚えることができた。
余談ではあるが香月家に帰ってから食後のリビングで寛いでいる最中に青葉に覚えているか確認された。それに夏希が得意げに答えたら、その場にいた春樹に迷子になった時の練習かと言われてしまった。
傍から見たら母親が小さい子に教えているそれに見えなくもないが夏希には屈辱的な発言だった。
それはともかく香月家の電話番号ならわかるのだが教えていいものか。もう自分の家なのだからと言われているが、それでも夏希は躊躇してしまう。
「じゃあ私の番号を言おうか?」
「覚えられるかな…」
たった十一桁の数字。されど十一桁の数字。規則性のない数字を家まで覚えられるかといえば、夏希の記憶力にそこまで自信はない。
メモできるものがあれば別だが残念ながらいまは持ち合わせていない。
「えっと、じゃあ他の方法は。何かあるかな?」
「明日! 明日絶対覚えてくるから、お願いそれまで待って!」
「うん。全然大丈夫だよ。楽しみに待ってるね」
しばらく考えてみたがいい案は思い浮かばなかった。もしかしたら連絡先を交換できる他の手段がまだあるのかもしれないが夏希は思いつかなかった。
「あ! それかやってるゲームとかない? ゲームならニックネームから検索とかできるし」
「おお、頭いい!」
「ね! いいアイデアでしょ!」
「ゲームならインストールすればいいだけだし、どれかいいゲームある?」
「えっと、それなら」
ゲームのアプリを見繕うために莉子がロック画面を解除したところでお昼休みの終わりを知らせるチャイムが響いてきた。
「いけない時間見てなかった! 早く戻らないと!」
「待って! えっと。り、莉子ちゃん! スマホ仕舞ってから行かないと!」
「そうだった! 夏希ちゃん。教えてくれてありがとう!」
慌てて教室に戻ろうとする莉子はスマホを片手に走り出したため夏希が止めた。
莉子はスマホをスカートのポケットに仕舞うと、ここへ来るとき夏希が踏み外さないようにゆっくり進んできた側溝の淵を器用に迷いなく踏んで走っていく。
莉子は学校にスマホを持ってくるのも体育館裏に来るのも今回が初めてと言っていたが、もしかしたらあれは咄嗟に出た言い訳だったのかもしれない。




