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追いかけた先で

近くの席にいた見た目大人しめの女子生徒二人に狙いを定め、話しかけようと強い意思をもって夏希が席を立った。

立ち上がったまではよかったが、話しかける寸前で日和った夏希は一瞬止めた足を動かし女子生徒たちの横を通り過ぎて教室を出てきてしまった。


そして困った。教室を出てきてしまい行くところがない。

教室を出てすぐにUターンして再び自分の席に戻ると夏希は話しかけられなかった情けなさに苛まれてしまいそうなのでその選択肢はなかった。

候補としてはやはり無難にトイレに避難なのだが、それも気が進まない。身体は女性となったが心は元の男性のままなのだ。必要もないのに女子トイレに籠ると思うと変質者にでもなったかのような気分になってしまいそうだ。


考えた結果夏希は冬里を追い駆けて体育館裏に行くことにした。

冬里たちは教室を出て渡り廊下の方向に進んでいった。渡り廊下に出ると中央には数本の木と草とコケに覆われた中庭がある。その中庭はコの字型の校舎と体育館に囲われているため日当たりが悪いためジメジメしている印象だ。

渡り廊下に出てすぐに体育館があるが、体育館の入り口に辿り着くには少し遠回りして歩いた先にあるため校舎からの利便性が少々悪い。


目指す場所は体育館裏であるため入り口がある方とは反対に進む。

本来渡り廊下からは体育館裏の方向に行くことが想定されていないようで、渡り廊下のように舗装はされていないむき出しの地面が続く。

このまま上履きで進んでもいいモノか思案するも、一人教室で座って待つよりかはこのまま進むことを夏希は選んだ。

極力上履きが汚れないように体育館の周りのコンクリートの部分か蓋のない側溝のサイドを慎重に踏んで進んでいく。


「あれ? いない」


冬里たちがどの辺りを体育館裏と言っていた不明だが、おそらく体育館裏と呼べる所まで夏希はやってくるもそこに誰もいなかった。

耳を澄ましてみてもすぐそこにある山の木々が風で揺れる音と、体育館の中から遊んでいる生徒たちの声が聞こえるだけでここに人気はなかった。


このまま真っ直ぐ行った先を曲がると体育館の入り口になるため、さすがに手首を拘束され目隠しもされた人物と話し合いをするには不向きだろからそちらにはいないはずだ。

それでもわずかな可能性を信じて冬里たちを探そうと夏希は曲がり角に向かう。途中外にせり出した体育館の柱が何本もありその陰を通りざま確認しながら進む。


「あ」

「え?」


半分を通り過ぎたあたりで柱の陰に隠れるようにしゃがんだ一人の美しい少女と夏希は目が合った。

その女子生徒はこれまで夏希が生きてきた中で一番と言えるくらいにとびっきりの美少女がそこに居た。


「わっ。わわっ!」


突然姿を現した夏希に驚いた女子生徒は咄嗟に手に持っていた物を隠そうとした。

驚き慌てていたためだろうかその女子生徒が隠そうとした物は手からこぼれ落ちてしまう。それを手を伸ばし掴もうとするも上手く掴めずにお手玉をするかのように飛び跳ね、何度か宙を舞うと最後には手に大きくはじかれる。

立っている夏希の頭の高さまで舞い上がったそれを、夏希は反射的に両手を広げて受け止めた。


「スマホ?」

「ああ、あの! いや、これは違って。これはその。ごめんなさいごめんなさい! お願いだから先生には黙っててください!」


女子生徒は慌てて立ち上がると夏希に向けて言い訳を言おうと考えるもうまい言葉が出てこなかったようで、このことは教師には報告しないで欲しいと何度も頭を下げてきた。

バツが悪そうに目を彷徨わせる女子生徒は、こちらを見つめたまま返事を返さない夏希の出かたを恐る恐る伺っていた。


一方で事態を呑み込めていない夏希は一体なぜ謝られているのか分からなかったが、女子生徒の視線が夏希と手に持っているスマホに往復しているのを見て合点がいった。

高校生以降は携帯電話を持ち歩くことが当たり前になっていた夏希は気付くのが遅れてしまった。浜那美中学校ではスマホの持ち込みは禁止されているのだと。


手に持ったスマホにはゲームの画面が表示されていた。

そもそも持ち込みが禁止されているスマホを持っていて、あまつさえ隠れてゲームをしていたとなれば生徒指導は避けられないだろう。

文字通り証拠を握られている状態で女子生徒は可愛らしい顔を不安げに歪めていた。このままスマホを返すも、スマホをもって職員室に駆け込むも夏希次第だ。


「はい、どうぞ。気を付けないとダメだよ」

「えっと。ありがとうございます」


夏希はスマホを返すことを選んだ。

まさか返してもらえるとは思っていなかったのか、女子生徒はキョトンとした表情で差し出されたスマホを受け取った。

上履きの色を見るに相手は夏希と同じ青色の上履きを履いているので同じ一年生のようだ。


この女子生徒がスマホを持っていたことを教師にチクったところで夏希に得することはない。それどころかそれをきっかけに逆恨みされかねない。

平穏に暮らしたい夏希は同級生とは仲良くしておきたいので厄介事はご免だ。だから夏希はここで何も見なかったことにするつもりだった。


「違うの! 今回が初犯なの見逃して!」

「うん。わかった」

「え、それだけ? 先生に言ったりしないの?」

「しないよ」

「あっ、そっか。香月さんは知らないかもだけど、学校にスマホは持ってきちゃダメなんだよ」

「知ってるよ。ひょっとして先生に言ってほしいの?」

「ううん! 違うよ。ちがうちがう!」


夏希に教師には報告しないのかとしつこく確認してくる女子生徒に逆に報告してほしいのではないかと思ってしまう。

学校にスマホ持ち込み禁止であっても上級生ともなれば、こっそりとスマホを持ってきている生徒は大勢いいるだろう。おおっぴらにできない事なので彼女のような一年生はまだ周りの様子をうかがっている状況なのかもしれない。

前回の中学校生活のときも携帯電話は持って来てはいけない決まりになっていたが夏希は持って行っていた。


あの時代は今よりずっと普及率が低かったが持っている人は学校に持って来ており、教師の目の届かないところで隠れて携帯電話を使用していた。

昔はスマホのように多彩なコンテンツがあるわけではない。それに堂々と触ることもできないので、当初は周りに自慢するために持ってくる人が多かった。

携帯電話を持つ人が増えてくると情報交換が盛んになり、いまで言うSNSみたいなサイトが次第に流行り出した。

そこで知り合った人物たちからメッセージが届いていないかチェックしてこっそり返信していたりもした。


夏希は主に携帯電話を学校では登下校時の音楽プレイヤーとして使っていた。三年生になり隠れて使うことにこなれてくるとイヤホンのコードを制服の中に通して袖口から出して肘をつきながら授業中に音楽を聴いていた。

髪の長い女子らは襟からイヤホンを出してハンズフリーで聴いていたので羨ましいと思っていた。そんなことを思い返していたら、いまの夏希なら同じ事ができるかもしれないと思い至る。


そもそも夏希の時代と違い有線のイヤホンが主流じゃない現在であれば、耳が隠れるくらいの髪があればコードを気にする必要すらもないのではないだろうか。

当時より技術が向上している今、あの頃出来なかった事がいくつもできそうだ。いくつもアイディアが浮かび夏希はワクワクしてきた。

今回は真面目に学校生活を送ろうと夏希は思っているのでそんな事は考えるだけにとどめるつもりだ。


「実は学校にスマホ持って来るの初めてで、ここだったらバレないかなって思ってたんだけど甘かったね。たはは」

「もう少しいい場所があったんじゃないの? ここだと触ってるとこ見られなくても、来るときや帰る時に目撃されるだけでも怪しまれると思うけど」

「だよねー。一生懸命授業中に考えてたんだけどここしか思いつかなかったんだよ」


そんなこと考えずに授業まじめに受けろよ。彼女の発言を聞いてはじめにそう思ってしまったあたり、いまの見た目はともかく夏希も大人になってしまったのだと感じた。

彼女と同じ中学一年生の頃授業中に夏希はまだ文房具同士を机の上で戦わせていたし、マンガやゲームのことで頭がいっぱいだったことを考えれば人のことはとやかく言えない。


「家に帰ってからやればいいのに」

「それじゃ遅いよんだよ! スタミナが溢れちゃう!」

「でもそのゲームってランク上げたらスタミナも増えていくから朝か夜に消費しておいたら大丈夫じゃない?」


先ほど飛んできたスマホを受け止めた際に見えたゲーム画面は夏希もプレイしたことがあるゲームのモノだった。

ずいぶん昔に大ブームが起きたパズルゲームでもう何年も前に辞めてしまっていたが、当時は夏希もハマっていたこともあり知っていた。

彼女がいつから始めているのかは知らないが、ゲームシステムが大きく変わっていなければランクを上げていればスタミナは溢れなかったはずだ。


「それはそうなんだけど。昨日メンテあるの忘れてて朝はギリギリに起きちゃったからアプデートしかできなくて全く消費ができなかったんだ」

「あー、なるほど。それならいま話してて大丈夫?」

「うん。家に帰るまでの分はもう消費したから大丈夫。それよりも香月さん詳しいみたいだけど、もしかしてこのゲームやってたりするの? よかったらフレンドになりませんか!?」


先生に報告されないかビクビクしていた女子生徒はゲームの話題になるやたちまち元気になった。

プレイしていたゲームのシステムを知っていた夏希を、ゲーム仲間が現れたと思った女子生徒はぐいぐい迫ってきた。

興奮気味の美少女に迫られ夏希は顔が熱くなるのを感じ顔をそむける。


「ごめん。ちょっと近い」

「あ、ごめん」

「それとそのゲーム。ずいぶん昔にやめちゃった」


危なかった。もし夏希が見た目通りの歳であれば彼女に一目惚れするところであった。


「そっかぁザンネン。まだやってる子がいるかと思って期待しちゃった。でも、もともとスマホ版をやってる子は少なかったから、そういう意味では仲間だった人がいてうれしいかな」

「わたしはリリースした年から三年くらいはやってたかな」

「わっ、すごい先輩だ! このゲーム今年で十周年だったから。え。ていうことは二、三歳のときから…?」

「あ! あー、あの。その。そう! わたしがやってたというより両親がやってたのを貸してもらってたというか」


ゲームをしていたころが懐かしく、つい素で話してしまった。

本来の夏希からしたら十年前は二十歳そこらで専門学校生をしていた時になるが、夏希ちゃんで換算すると十年前は二歳ほど。

自発性が芽生えて言葉を言葉として話しだしたりするくらいの時期だ。リリース当時はゲーム性が単純だったとはいえ二歳児が一人でするには難しいかもしれない。


「そうなんだ。私も同じだよ! 私のお父さんもゲーマーでよく触らせてくれたの。かくいうこれは元々はお父さんのアカウントで、それを譲ってもらった大切なやつなんだ」


いまどきの子であれば子供のころぐずったり泣いたとき、気を紛らわすために親からスマホを渡され動画や知育ゲームをしている場面を目にした事がある。

先程の話しもその延長で考えてくれたようだ。どうにか誤魔化せたようで夏希はホッとした。


「あっ。ごめんね自己紹介もしないで私ばかりしゃべって。私は一年二組の渡瀬莉子。よろしくね」


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