昼休みの過ごし方
ホームルームが終わると夏希は五里に席を交換してもらった。関係のない五里を巻き込んでしまい悪いとは思ったが、夏希は席の周りが知り合いばかりになったので少しホッとしていた。
またその後を追うように武豊も春樹に席を変わるように頼んでいたが拒否されていた。
隣だった席から前の席に変更となった冬里だが変わらずかまってくるので夏希はあまり授業に集中できなかった。
隣の席の春樹も授業中に前を向かずに武豊たちと話をする場面が多く見られ、教師の話はおろかノートすらろくに書いていないようであった。
この兄妹はテストは大丈夫なのだろうかと心配になった夏希だったが、思い返してみると自身の昔の授業態度も二人とさほど変わらなかった。むしろもっと悪かったかもしれない。
一度目の学生時代で夏希は学校で習うことなど仕事の役には立たないと思っていた。
実際に大人になり就職したが確かに授業で教わったことは大半が仕事では使わない知識であった。けれど必要ないと馬鹿にしていた知識が必要な場面がなかったわけではない。
何者になるかもわからない子供にいつか必要になるかもしれない、そんないつかに備えて知識だけてはなく社会性を育むため教育しているのかもしれない。
「ねえ、冬里。ちゃんと前向いて授業聞いたほうがいいよ」
「えー。授業よりもなっちゃんと話してた方が楽しいじゃん!」
一応は注意してみたものの、大人になってようやく分かることが学生に伝わることはまだ先の話なのだろう。
「それじゃあ行こうか体育館裏」
午前の授業が終わり昼食を終えると冬里たちは武豊を拘束してそう言った。
「お、俺はなにも悪いことはしていない!」
「はいはい。話の続きは署で聞くから。ちょっと、しっかり歩きなさいよ」
「いてっ。おい、蹴るなよ花村! 目隠しされてるからうまく歩けないんだよ! てかなんで俺拘束されてんの!?」
「もお、耳元でうるさいな。目隠しじゃなくて猿轡でも嚙ませる?」
武豊は目隠しされ後ろ手には手首をタオルで縛られ、両腕を冬里と栞に捕まれて連行されていく。
「ダメだよしおりん。そんなことしちゃ」
「そうだぞ! 俺を手荒に扱うんじゃない。花村に比べてやっぱり冬里ちゃん優しいなぁ」
「喋れないとお話が聞けないよ。それにタオルが汚れちゃうよ。ばっちぃ」
「俺のためじゃなかった!」
「それもそっか」
そのまま冬里と栞に両腕を掴まれて教室から連れ出される武豊は心なしか嬉しそうにも見えた。
食べ終えると遊びにでかけた春樹たちにはついていかずに、夏希たちが食べ終わるのを一人いまかいまかと待っていたくらいだ。口ではああ言っているが案外楽しみにしていたのかもしれない。
それを見送る夏希は、まさか体育館裏宣言が本当に実行されるとは思いもしなかった。
一度目の学生生活でネタとして体育館裏を使ったことはあったもののさすがに実行したこともなければされたこともない。
夏希の中で体育館裏に呼び出しのイメージといえば告白かイジメなど気に入らない相手に焼きを入れるなど。そんな出来事はマンガなどフィクションでしか見ないが、そういった描写がされるからには夏希が体験したことがないだけで本当にあるのかも知らない。
事情を知らない人が冬里たち三人を見たら不穏しか感じられないが、クラスメートたちは気にも留めていなかった。
このクラスの新入りである夏希が知らないだけで、きっと彼らは普段からああいったノリなのだろう。
夏希になってからずっとべったりと一緒にいた冬里の夏希には見せない知らない一面に興味とまた不安があった。
昼食のためにくっつけていた机をそのままに冬里たちは教室を出て行ってしまった。しかも冬里にいったっては弁当箱を食べて広げたままだ。その弁当箱たちを片付けてそれぞれカバンに戻すと、夏希は引きずりながら机の元あった場所に直す。
食後の口直しに持ってきていた飴玉をひとつ口にし、椅子に座りなをして気付いた。いま夏希はひとりだ。
正確に言えば教室にはクラスメートもしくは隣のクラスの生徒たちがいるが夏希の周りには誰もいない。
周りにその他大勢の人がいてそれぞれグループを作り、その中で自分がひとりでいると夏希は途端に不安になってしまう。
周りにいる人は何とも思っていないのだろうけど、夏希を密かに見て笑っていたり蔑んでいるように思ってしまう。
自意識過剰と分かっていても強迫的にネガティブ思考になってしまうのだ。
手元にスマホがあり使えれば自分の世界に閉じこもることもできるが、あいにく浜那美中学校では使用どころか持ち込み禁止。転校初日に担任の桃山にそう言われていた。
それか暇つぶしになる本でもあればいいがそれもない。
周りの子に話しかけて交友を広めるのが学生らしいのかもしれないが、人見知りでいて閉鎖的な夏希にはなかなか難易度が高い。
きっと転校して日の浅い夏希が話しかけたら邪険にはされないかもしれない。クラスメートといってもほとんど初対面みたいなものなのでまだ色々と話題にこと欠かさないだろう。
けれど会話が弾むのは最初だけ、会話が進むにつれてズレが生じて夏希と話していても楽しくないと気付かれてしまう。
ただでさえ夏希は話題の引き出しが少ないのに、相手が年の離れた十代前半の子供なのだ。いったい何を話せというのか。
それに事細かに夏希の事を聞かれると困るので
やはりここは定番の寝たふりで切り抜けるべきだろうか。
それとも昼休みが終わるまでトイレに籠城するか。女子トイレの最大の利点はすべて個室なので籠っていても怪しまれない。そう考えて夏希は思い出した。なぜか休み時間に長々とトイレに溜まる学生もいたことを。
夏希は机に伏せ両腕に顔を埋め寝たふりをすることに決めた。
いまはこれでいい。まだ時間はたくさんある。これから先で変わればいいのだ。あわよくば誰かが夏希に声をかけてくれるかもしれない。いまはこうしているが、冬里たちがいないだけで夏希はひとりではない。帰ってくるまで少しの辛抱だ。
目を瞑り外界とシャットアウトした思考の中で、ふと青葉の言葉が夏希の頭を過ぎる。
どうせ逃げるなら挑戦してからでもいいんじゃない。
その言葉を青葉は意識して言ったわけではないかもしれない。けれど失敗を恐れて失敗するならば行動しないことを選んで逃げてきた夏希には考えもしなかった言葉だったのだ。
そうだ。これでは今までの人生と同じではないか。
これまで成功した人生を送ってきて、それをなぞらえるならまだしも、成功とはほど遠い後悔ばかりの日々だった。
せっかく新たな人生を歩む機会があるのだから、以前と同じではダメなんだ。すでに失敗という経験を知っているのだからこそ対策できることもあるのではないだろうか。この失敗を知っているのは夏希だけの強みでもあるのだから。
それにここにいるのは夏希だ。
若返り、あまつさえ性別が変わるという夢かと疑う出来事を体験した。
『 』は死んだのだ。自意識過剰でプライドが高く、周りに壁ばかり作って遠ざけていた彼を知る人はここにはいない。
突然変わって失敗ばかりしたとしても後ろ指差して笑われることもない。
意を決して夏希は立ち上がった。
抑えていたゲーム欲が爆発しました。
もうちょっとしたら飽きると思うので、そしたら再開すると思います。




