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ラッキーアイテムだけは信じてる

目覚まし時計が鳴り出す前に夏希は起きた。あと数分もすれば鳴り出す耳障りなアラームを止めるとノロノロとベッドから起き上がる。

昨日諸事情により遅刻しそうになる出来事があったため、今朝も冬里の来襲を警戒して早めにアラームを設定していたが杞憂だったようだ。

そして万が一、冬里が何かしても大丈夫なようにタンスのぬいぐるみの下に隠していたスマホを取り出す。ロック画面を解除すると念のために目覚まし時計よりも五分遅く鳴るようにセットしていたアラームも切る。


「ありゃ。なっちゃん、もう起きてるや。遅かったかー!」


ゆっくりと微かな音とともに夏希の部屋のドアノブが回されると、開いた隙間から冬里が顔を覗かせた。昨日に続いて起こしにやって来た冬里はすでに起きていた夏希を目が合うと残念そうに声をあげた。


「おはよう。懲りないね」

「おは! 当店は素敵で刺激的な目覚めをあなたに。をモットーにしております!」

「刺激的はいらないかなぁ」


本当に素敵な目覚めであれば嬉しいが刺激的な目覚めというのが昨日の様なことならば御免被る。しかも頼んでもいないのに勝手に来る酷い押し売り業者ときた。

これまでのパジャマの上から噛みついてきたり、目覚ましを止めてあわや遅刻しかける。どれも夏希が経験してきたなかで確かに刺激的な目覚めであった。だがとても素敵とは言い難いのでどうにかクーリングオフが出来ないものかと夏希は考えた。


「ふむふむ。なっちゃんが起きる時間はだいたい把握した。明日はこれより早く起きる!」

「お願いだから普通に起こしてね。素敵な目覚めだけでいいから。刺激はいらないよ。フリじゃないからね!」

「了解だよ!」


夏希の目覚ましの鳴るおおよその時間を把握した冬里は、明日も起こしに来る宣言をする。

夏希は一応要望を伝えてそれに対して了承を得られたはずなのに、いまから明日の朝が不安でしょうがなかった。


「うえぇ! なっちゃん。その手のモノはまさか…!」

「え、これ?」


夏希がスマホを手にしているのを見つけるや、冬里は指さして叫んだ。


「そうそれ! それはまさかスマホではないか!」

「うん。そうだけど」

「なんで持ってるの! なっちゃんだけズルい! 買って言ってもお母さん、私たちには買ってくれないのに!」

「ええっと?」

「お母さんに文句言ってきてやる!」


そう言うと冬里は部屋から走って出ていってしまった。

思い返してみるとこれまで春樹と冬里がスマホを触っている姿を夏希は見たことがない。

先ほどの冬里の発言から二人はまだスマホを持っていないことが分かる。それに加え欲しいのに買ってもらえないとも言っていた。


冬里くらいの年頃であれば携帯電話を欲しがる時期だろう。自分はまだ買ってもらえないのに、設定年齢とはいえ同い年の夏希がスマホを持っていることに対して不満に思わないはずがない。

これはまずい事をしてしまったかもしれないと夏希はすぐに冬里のあとを追い駆けた。


「なんでなっちゃんは持ってるのに私はダメなの!?」


声を頼りに夏希がリビングについた時には冬里が青葉に食って掛かっていた。


「夏希ちゃんの持ってるスマホここに来る前から持っていたやつだよ」

「でも私とハルくんにはまだ早いって言ってるのに、なっちゃんは使っていいの!」

「じゃあ冬里は夏希ちゃんからスマホ取り上げたら満足するの?」

「違うよ! そうじゃないけど。ずるい!」


他人の持っているモノが羨ましく感じる。ましてやそれが自分が欲している物ならなおのことだろう。

特に冬里は前々からスマホが欲しいと青葉にねだっていた。けれどいつもまだ早いと言われておしまいだった。それなのに同い年で家族の夏希がスマホを持っていることを冬里は不満に思ってしまっていた。


「あのね冬里。あのスマホは夏希ちゃんご両親が、一人病院でいる夏希ちゃんが寂しくないように、いつでも声が聞こえるようにと本当のお父さんとお母さんが夏希ちゃんを思って買ってあげたものなんだよ」

「あっ」

「もう夏希ちゃんのご両親には電話はできないから。そう言って冬里はずるいからって理由で夏希ちゃんからスマホを取り上げるの? それとも夏希ちゃんをダシに使って不公平だからって自分も買って貰おうとしてるのかな?」

「ちがうよ! でもでも」


夏希がスマホを手にした経緯を知った冬里は思わず口ごもる。理性ではわかっていても欲求の方がわずかに上回る冬里は返す言葉を探すもうまく出てこない。

なおも説き伏せる青葉は続ける。


「なにもお母さんは冬里に意地悪がしたいから買ってあげない訳じゃないんだよ。スマホは冬里が思っているより怖いモノなんだ。だから世の中の良し悪しが分かるまでは冬里たちに持たせられないってお母さんは判断してるの」

「そんなことないもん! 悪いことぐらい私でも判断できるし!」

「では問題です。買ったばかり冬里のスマホにメールが届きました。内容は、おめでとうございます。厳正なる抽選の結果あなたに百万円が当選しました。受け取るために住所と電話番号、名前を入力して返信してください。なおこの権利は先着順となりますのでお急ぎください。またこのメールを確認後二十四時間以内に連絡がない場合はこの権利は消滅します。さあ冬里ならどうする?」

「やった! すぐ返信する!」

「ぶー。不正解。まったくそんなあっさり個人情報を教えたらだめです」

「えー! なんで!? だって先着順だよ急がなきゃ、せっかく百万円もらえるんだよ!」

「はぁ。やっぱり冬里にスマホはまだ早いみたいだね」


なにひとつ迷うことなく断言してみせた冬里に青葉は頭を抱え深いため息をこぼす。


「ちなみに夏希ちゃんならどうする?」

「身に覚えのないメールには返事をせずに削除」

「その通り」

「ええ!? なんで! なんで消しちゃうの! もったいないじゃん! 百万円もらえるんだよ!?」

「冬里。これから一緒に勉強していこうか。どうして夏希ちゃんの答えが正しくて冬里が間違えているのか今日一日考えておくように」


冬里の答えが何故違うのか理由はまだ教えずに自分で調べるように青葉は言うと、これで話はおしまいと開いていた新聞に目線を戻しコーヒーを啜る。

納得がいかないといった様子で頭をひねる冬里はもうスマホを買ってほしいとは言わなかった。

今回の発端は一応夏希といえるので、ひとまずこの場がおさまったようでひっそりと胸をなでおろした。


「なっちゃん。ごめんなさい」


夏希に向き直った冬里が頭を下げてくる。その突然の謝罪に夏希は戸惑い咄嗟に言葉が出てこなかった。


「クラスでもスマホを持ってる子たち同士で家でも連絡を取り合ったり盛り上がったりしてるみたいでね、私は自分のスマホ持ってるなっちゃんが羨ましかったの。でもね、なっちゃんがスマホを必要としてた理由をお母さんから聞いて私思い直したんだ」


冬里の言った夏希がスマホを必要とする理由が一瞬解らなかったが、先ほど青葉が入院中に自由に会えない両親と連絡が取れるように持っていたのだと話していたことを思い出す。

死を待つばかりの病弱な娘が寂しくないように、いつでも連絡ができるようにとスマホを買い与える。娘は奇跡的にとある研究者の手によって救われるも、両親は交通事故により他界してしまう。どこぞのお涙頂戴の物語かよとツッコミを入れたくなる内容だ。


夏希には全く身に覚えのない話だったので聞き流していた。よくよく考えれば自身の身の上話に新たな設定が加わったので、夏希はこの作り話を生涯覚えていかなければいけないのだろう。

それっぽい話だとはいえ冬里を納得させるためにしょうがなかったかもしれないが夏希に相談なく勝手に設定を追加しないで欲しい。

また新たな設定が加わる前に一度青葉と設定の打ち合わせをしておくべきだと夏希は思った。


「だからね私は自分のためじゃなくて、なっちゃんのためにスマホを持つから!」

「ん。なんて?」

「お母さんの出す試練を乗り越えて出来るだけ早く買って貰うから! なっちゃんが寂しいときはいつでも私とスマホでお話ができるようにするから待ってて!」

「ああ。うん。ありがと」


面と向かって話せないことでも通話だったり文字に起こすことで話せることもあるから。きっとそこまで冬里は考えてくれての言葉なのだろう。たぶんきっとそう。

だから一緒に住んでいるのだからスマホを使わずに直接話をすればいいのではないかと無粋なことを夏希は口にしなかった。


それに理由は何にせよ冬里が折角やる気を出しているのだからそれを邪魔するのは良くないと夏希は思った次第だ。

幼い二人のやり取りをひっそり伺い、うんうんと頷きながら青葉が拭う目じりの涙は一体どういう感情なのだろうか。笑っているのか感動しているのか、まだまだこの親子に対する理解が足りないと夏希は思い知った。


「おっ、今日は早起きしたから占いに間に合った! きっと今日は一位だからいい日になるぞ!」


ちょうどテレビから流れだした星座占いを見ながら冬里はトースターに食パンをセットする。二枚入れているあたり夏希の分も焼いてくれているようだ。

冬里がトーストの準備をしてくれているので、夏希はトーストに付ける物を準備するため台所へと移動する。


「冬里はなに付ける?」

「んーとね。いちごジャム!」


要望通りのいちごジャムの瓶を手に取る。夏希はトーストを食べる際はマーガリンを塗って食べることが多いが、今日は冬里と同じくいちごジャムにすることにした。

台所と食卓の間のカウンターにジャムの瓶を置き。一緒に冷蔵庫から取り出した牛乳パックをコップに注ぐ。

牛乳を入れたコップを両手に持ち夏希が戻るとまだ冬里はテレビから読みだされる占いの順位を夢中になって聞いていた。


「まだ呼ばれてないの?」

「うん! あとは一位と最下位のみ!」

「ちなみに冬里は何座?」

「うお座!」


『本日の一位はしし座のあなた! 何もかも思い通りの一日になるでしょう!』


残念ながら一位で呼ばれたのは冬里の星座のうお座ではなかった。

テレビから冬里に視線を移すと、冬里は耳を塞ぎ目を瞑って都合の悪い情報をシャットダウンしていた。


『ごめんなさい。今日もっとも運勢の悪いのはうお座のあなた。何もかも思い通りにならない不幸な一日になるでしょう。そんなあなたのラッキーアイテムはヘアゴム!』


どストレートにうお座は不幸になると溌剌と伝えるアナウンサーがとても印象に残る占いだった。それにラッキーアイテムがヘアゴムって男性に配慮されていないなと他人事なので夏希はそんな感想を思い浮かべた。

恐々と冬里が薄目を開けてテレビを見た時には占いは既に終わりニュースが流れていた。


「今日はいい一日になる気がする!」

「うお座は何もかも思い通りにならない一日になるんだって」

「あーあー! 聞こえないーい」


自分に言い聞かせるかのように冬里が叫ぶ。占い結果を聞いていなかったようなので夏希が親切にも教えてあげると冬里は再び耳を塞いだ。


「ちなみにラッキーアイテムはヘアゴム」

「お母さん髪くくって!」


占いの結果は信じないがラッキーアイテムは信じるようで冬里はヘアゴムを求め青葉に髪を結んでもらうため駆け寄る。

すこし焦げるような匂いがしたのでトースターに夏希が目を向けるとこんがり焼け上がったトーストが目に入り慌ててトースターの電源を切った。

なんとか冬里に不幸が起こる前に夏希は未然に防ぐことができた。

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