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栞のミッション

時間は戻りホームルームが終わって放課後の一年一組の教室。


朝のホームルームで担任の桃山由香が生徒たちに連絡していた通り、二学期が始まって初めての班替えを行うため一組の教室では放課後に班長会が行なわれていた。

五人の班長は立候補制で人数を超えたときはジャンケンで決める。反対に立候補者が五人集まらなかったことはまだないので生徒たちはその時どうなるのかは知らない。最もこの方法を考えた桃山は班長が定員集まらなかったときのことは考えていないため誰にも分からない。


班長会といってもやるとこはひとつだけ、班長が自分の班にしたい希望の班員を指名し選ぶだけ。

社会人の班長とは違い、班長になったから重い仕事を負うこともない。たまに班行動する際に軽く矢面に立つことがあるくらい。

教室の席順も五、六人の班で固まり、移動教室があったときは班ごとに分かれて座る。掃除も班単位で行われるので仲良しの友達と班を組みたいがために、各々の仲良しグループ代表者がこの班長会に送り込まれる。

そして花村栞も例に漏れずその一人だ。


「それでは班長会を始めます」


議長を務める担任の桃山が班長会を進めていく。


「初めての人もいるので念のため班決めの説明をします。まず一から五の番号が書かれたくじ引きで班員を指名する順番を決め、一番を引いた人から順に班員を指名していきます。今回から一人生徒が増えたので六人の班は四班、五名の班は一班です。なお班員で同性を指名できるのは三人までとします」


一年一組の班替えは今回で第三回目になる。

班長は連続でなることはできないルールが決められていて、一度なれば一回休みを置かないともう一度班長にはなれない。

栞は第一回目の班長になり冬里と同じ班になれた。第二回目のときは冬里が班長に立候補するも定員超えがあり、ジャンケンの末に冬里が敗れ班長になれず別々の班になってしまっていた。


今回は無事にまた栞が班長になれた。栞が帯びている任務は同じ班に冬里と夏希を引き入れることだけ。なので男子枠は誰でもいいので考えていない。

親友の冬里からは絶対に夏希も同じ班にするようには言いつけられている。もし約束を違えれば明日冬里と会ったとき対応が面倒なので、くじ引きで早めに指名できるいい順番を引きたいところだ。


だが過度に心配する必要はなさそうだ。周りに座る班長達の仲のいい友達を栞は把握している。皆も万が一にも別々の班にはなりたくないだろうから仲のいい友達をはじめから順に選んでいくはずだ。

この中学校生活で冬里と仲がいいのは栞で間違えないはず。だから一巡目で冬里を指名する生徒はいないはずだ。


しかし夏希はどうだろうか。いま一年生の間で話題の転校生でいて容姿の可愛い女の子ということもありと今回人気のカードの一つと言えるだろう。

仲良くなりたいという理由で指名する生徒がいてもおかしくない。またお近づきになろうと考えている男子がいるかもしれない。

だから栞はまず安牌な冬里を一度見送り、最初に夏希を指名しようと考えていた。


「では一番のくじ引きを引いた人から班員を指名していってください」


五人の班長がくじ引きを引き終えるとさっそく指名が始まる。ちなみに引いたくじ引きの番号が班の号数になる。

一番を引いたのは速水典明。栞の予想では速水は仲のいい友人の谷本蒼太を一番指名するはずだ。

栞の順番は三番目。良くはないが悪くもない。予定通り夏希を指名しようと決める。


「あー。班員誰を選ぼうかなー。誰も春樹は選ばないだろうからなー。じゃあ俺の班は先に女の子から決めるとして誰にしようか。ここはやっぱり冬里ちゃんかなー?」

「チッ」


わざとらしく声をあげるのは一年生きっての問題児沖田武豊だ。

今回栞と同じく班長に立候補した武豊が早速心理戦を仕掛けてくる。

声に出すことで暗に春樹を指名するのは自分だから周りに指名するなと牽制をかける。そして犬猿の仲の栞に嫌がらせするために冬里の名前を出したのだろう。しかし分かりやすいからこそ効果がある。


「そう。そうすと二巡目で私の班に香月くんを貰おうかしら」


武豊のくじ引きは五番。つまり指名できる順番は一番最後だ。


「うわっ、まじかー。だったらやっぱり春樹を一番にするかな。でも二巡目にしたら成海ちゃんに冬里ちゃん取られちゃいそうだしな」

「え? あ、うん。そうだね。でも花村さんもいるから香月さん残ってないだろうし」


鬱陶しくしゃべり続ける武豊は田口成海を巻き込み話しを続ける。しかしその会話の内容が栞は引っ掛かった。

くじ引きで二番を引いた田口成海は引っ込み思案な性格の女子生徒だ。一組で仲の良い友達は宍戸芽兎と黒部葵の二人。彼女に限って男子生徒を先に選ぶとは思わないので、女友達の二人を先に田口は選ぶはずだ。


たしかに考えてみれば栞が知る限りで田口が二人の友達以外で仲がいいと呼べるのが冬里だろう。

普段から栞と行動する冬里だが栞しか友達がいないわけではない。天真爛漫で人懐っこ冬里はだれにでも話しかけてすぐに仲良くなる。

その冬里を狙っているとなると田口の班は女子が四人になってしまう。ひとつの班に同性三人までのルールに抵触していまう。

それに田口が友達の二人のうち一人を捨て冬里を選ぶほど仲が良いかと聞かれれば頭をひねる。


「芽兎ちゃんでお願いします」


指名された宍戸芽兎を桃山が手元のプリントに控えていく。


「でわ宍戸さんは一班に決まりました。次二班の田口さんどうぞ」

「っ!?」


まさか田口が指名すると思っていた宍戸芽兎を速水典明が選んでしまった。読んでいなかった展開に思わず栞は声を上げそうになる。


「おいおい速水ぃ。いきなり彼女選ぶとか妬けるねえ」

「や、やめろよ。沖田。恥ずかしいんだから」

「それでそれで? もしかしてお席も隣にする予定なのか」

「まあ、そのつもりだけどさ…」

「かー! いいなー。俺も彼女ほしい!」


茶化す武豊にそっぽむく速水は赤く染めた顔で恥ずかしそうに答える。

班員を決めたあとは班長が班員の座る席を決める。なので班長になれば好きな人を班員にする事はもちろん、好きな人を隣の席にすることも可能になる。

片想いの相手にそれをするには思春期真っ只中の中学生には難易度が高いが、すでに付き合っている両思いの相手となれば別だ。願ってもないチャンスのはずだ。たとえ授業中であろうと隣に彼氏彼女がいるだけでアイツらは幸せなのだから。


目の前で甘酸っぱい青春を謳歌する生徒を見て、彼氏いない歴=年齢の桃山は大きな溜め息を吐きそうになる思いだ。

大人な桃山は知っている。どうせ彼らの恋愛は本気ではない。

中学生になってほんの少しだけ大人に近づいた彼らは大人の真似事がしたいのだ。彼氏彼女がいることが一種のステータス。恋人がいるという満足感、優越感を得て浮かれているだけに過ぎない。


放っておけば数ヶ月で破局することだろう。そしてまた新たな偽りの恋を始める。いうならば彼らは恋に恋する年頃なのだ。

教師の桃山は生徒が間違った方向に行かない様に正しい成長を見守ればいい。いや性長だったか。

手に持つペンをミシミシと軋ませながら、桃山は色恋沙汰に色めき立つ生徒を宥める。


「はいはい。沖田くん速水くん静かに。田口さんが喋れないでしょ」

「あ! すいません…」

「ごめんなさーい」

「では田口さんは誰を選びますか?」

「黒部葵ちゃんでお願いします」


同性の友人を選択した田口に桃山は好印象を抱きながらプリントに控える。


「次は花村さんお願いします」


当初の予想と違う展開に栞は焦っていた。

だが武豊と田口が話していた内容に合点がいった。二人は速水と宍戸が付き合っていることを知っており、同じ班に引き入れることを予想していた。

だから武豊は女子枠が一人減った田口班が二巡目で冬里を狙ってくることを知っていた。そしてくじ引きで決めた順番は栞よりも田口の方が先ときた。


「香月冬里さんを指名します」

「うわ! 冬里ちゃん取られたー!」

「やっぱり花村さんがとっちゃうかぁ」


残念そうに声をあげたのは武豊と田口の二人だ。

栞は急遽予定を変更して夏希ではなく冬里を指名することにした。

武豊は武豊で春樹の妹で同じ小学校出身の冬里とはもちろん仲がいい。ハッタリと言う可能性はなくはない。だが武豊とのやり取りで田口は二巡目で冬里を指名すると明言していた。

ここで栞が冬里を指名しなければ田口が二巡目で、もしくは宣言通りなら武豊に獲られてしまっていたので仕方がない。


予定が変わったがまだ大丈夫だ。一班の速水は次に谷本を選ぶだろうし、二班の引っ込み思案な田口はまともに話したことのない夏希を選ばない。四班の桧山錬は夏希を指名しなかった。

不安要素としては武豊だが春樹を選ばないなら二巡目で栞が指名すると名言っている。親友でもある春樹を捨ててまで夏希を選ぶ事はないだろう。

これで栞の班は予定通り冬里と夏希を獲得できる。

武豊が余計な心理戦を始めなければ田口班に冬里を獲られ別の班になっていたかもしれない。今回に限っては心底不服ではあるが感謝しなくてはならない。


「じゃあー。俺は夏希ちゃんを指名しまーす!」

「え!?」


何とか冬里との約束も果たせそうだと安心したのも束の間。武豊が夏希を指名した。


「あれれー? どうしたのか花村? なにか文句でもございます?」

「何でもないわよ」

「まさか次で春樹を獲って復讐とか考えてないよな。まあそれでもいいけど」

「だったらなによ」

「嗚呼、可哀想な夏希ちゃん。ただでさえ慣れない学校生活なのに冬里ちゃんとは別々の班になったうえに、花村のせいで兄貴の春樹とも離れ離れにされてしまう。さぞ心細いだろうなぁ」

「くっ」


栞は苦虫を嚙み潰したよう顔でにらみつけるも武豊はどこ吹く風といった表情でニヤリと笑うだけだった。

してやられた。おそらく武豊は最初から夏希を狙っていたのだろう。

お調子者の武豊が転校生の夏希に興味を抱かないはずがない。これまでは夏希に絡もうとする武豊を栞が何度も追い払っていたが、それが裏目に出てしまったみたいだ。

同じ班員になってしまえば武豊は夏希と自然と話す事ができる。しかも同じ班長同士なので邪魔する栞が一緒になることはない。


どの道今回の班長会で栞が冬里と夏希の二名を班員にすることはできなかったのだ。もし夏希を先に選んでいても二巡目で田口が冬里を選んでいた。

いうならばただくじ運がなかった。

明日登校してきた冬里になんて言われるだろうか。怒るか拗ねるか、栞はいまはそれが心配だった。

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