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パイナップルよりピーマンを入れないで

昼休みになり夏希と冬里はお昼ごはんのおかずを受け取りに来ていた。

四時間目の授業はチャイムが鳴った後もしばらく続き、尚且つ移動教室であったため教科書と筆記用具を教室に置いてから受け取りに来るまで時間がかかった。最後尾の夏希たちの後ろには誰も並んでいないため一番最後のようだ。


「今日のおかずは酢豚なのかな!」

「そうみたいだね」


お弁当を受け取るための列に並んでいると前の方から今日のおかずの内容が聞こえてきた。


「ねえねえ、なっちゃん。酢豚にはパイナップルはいってると思う?」

「どうだろう。そういった声は聞こえてこないね。好きなの?」

「うーん。嫌いじゃないけど、どちらかと言うと別々で食べたいかな!」

「うん。わたしも」


酢豚のパイナップル論争。世の中にはパイナップルを入れるのを許せない人もいるらしい。またそれが原因でケンカになることもあるとかないとか。


夏希がはじめて酢豚を食べたのは通っていた小学校の給食だった。小学校でも中学校でも給食ででてきた酢豚にはパイナップルは入っていた。だからパイナップルが酢豚に入っていても夏希としては違和感はない。


給食以外では家でも外食でも夏希は酢豚を食べたことはない。なので夏希的には酢豚と言えばパイナップルが入っている方が普通なのかもしれない。

けれど酢豚自体がそんなに好きではないから、言ってしまえばパイナップルが入っていようがいまいがどっちでもいい。


「でもなんでパイナップルって酢豚に入ってるんだろうね? ふしぎー」

「たしかパイナップルの成分がお肉を柔らかくするんじゃなかったっけ?」

「そーなの! なっちゃん頭いい!」

「テレビか何かで聞いた話だから合ってるかはわかんないよ。わたしはそれよりも他の具材の方が気になるかな」

「ほかー? なにかあったけ?」

「ピーマン」


夏希が苦々しく呟いた。

小さく切られたピーマンでも口にしたら苦いのに、酢豚に入っているピーマンは大抵大きめにカットされていることが多いのでとても嫌いだ。


「入ってるね」

「うん。しっかり入ってる」


お弁当を受け取った夏希たちはおそるおそるお弁当の中身を確認し、大きくカットされた鮮やかなピーマンがしっかり入っていた。気分が落ちため息をもらす二人は重い足取りで教室に戻る。


「そうだ! なっちゃん。私のピーマンあげるね!」

「ありがと。お礼にわたしのピーマンを冬里にあげるよ」


苦い野菜が苦手な冬里と野菜全般が嫌いな夏希はお互いにピーマンを擦り付け合う。


「香月さん!」


教室に戻ろうとしていた二人を呼び止める声が聞こえて振り向くと、夏希たち一年一組の担任である桃山由香が手を振り上げて立っていた。


「丁度よかった。いまから呼びに行こうと思っていたところだったの」

「なっちゃん。先生がお呼びだよ。何やったのさ?」

「いやいや呼ばれたのは冬里の方でしょ。そっちこそなにしたの?」

『先生。どっちの香月さんですか?』


コントじみたやり取りのあとにどちらを呼んだのかと口をそろえて尋ねてくる香月姉妹に桃山は顔をひきつらせた。


「ええっと、ごめんなさい。夏希さんの方です」

「なっちゃんどんまい! じゃあ私は先に教室戻るね! 出所するときは必ず迎えに行くから連絡して!」

「うん。手紙だすね。あ、わたしのお弁当持って帰っておいて。先に食べてていいから」

「あいあいさー!」

「こらー! 廊下は走らない!」


受け取ったばかりのお弁当を冬里に渡し、呼び出された理由について見当もつかないが夏希はおとなしく桃山の後について歩いていく。

ここに来て約一週間なにか学校で悪いことをした覚えはないので、おそらく転校についての話だろうと夏希は当たりを付けた。


しかしタイミングが悪い。出来る事なら昼ごはんを食べた後にしてもらいたかった。今日は朝食を食べてこられなかったせいでお腹が減りすぎて、夏希のお腹は逆にもう痛いくらいなのだ。

転校初日で学校説明の時にも使用した生徒指導室に桃山は入っていき夏希も後に続き中に入る。


「お昼休みなのに呼び止めてごめんね。夏希さんの教科書が午前中に届いたので午後の授業までに渡しておこうと思っていたの。そうしたら丁度廊下で見かけてね」

「そうだったんですね。ありがとうございます」

「これが一年生で使う教科書です。ちょっと重いけど持てる?」

「んっ。大丈夫です」


テーブルに置かれていた無地の白い紙袋を桃山が取り夏希に渡す。

一冊一冊は大した厚さではないけれど一年間で使用すべての教科書が集まればそれなりの重さになっていた。

男性であった頃ならば片手で難なく運べただろう荷物が、いまの夏希には紙袋をしっかり力を入れ両手で握っていないと持ち上げて歩けそうになかった。


「転校してから一週間たつけど久しぶりの学校生活はどう? やっていけそう?」

「クラスのみんないい人ばかりで、何かとわたしを気遣ってくれてるようで、楽しく過ごさせてもらっています」

「そう、よかった。一緒の教室に冬里さんや香月君もいるから心配はしていなかったけどうまくやっていけてるならいいわ。困ったことがあれば周りの子もだけど先生も頼ってくれていいからね」

「はい。ありがとうございます」


生徒指導室という場所が場所だけに夏希は言葉が少々固くなってしまう。

一度目の学生の時はどんな風に教師と話していただろうか。小学生の時は完全に敬語なしのタメ口だったはずだ。中学生になってからは語尾にですますを付けただけで友達と話すような感覚で喋っていた気がする。

我ながら子供だったと夏希は思う。けれど周りの生徒もそんな感じだったのでしょうがない。でも怖い先生には完全に敬語だった。


「あ、そうだ! 夏希さん」


教科書の受け渡しだけだったので時間はかからず夏希たちは生徒指導室から退出した。そのまま隣の職員室に戻ろうとした桃山は思い出したように夏希をまた呼び止める。


「戻るついでに五時間目の授業に使う資料も持って帰ってくれない?」

「わかりました。大丈夫です」

「ありがとう! 持ってくるからちょっと待ってて」


桃山の五時間目の授業は一年一組の国語であり、その授業に使う資料を教室に戻るついでに運ぶように夏希に頼んだ。

教科書の入った紙袋だけで結構限界だったが何とかなるかと夏希は潔く引き受ける。返事を聴いた桃山は職員室の中へ資料を取りに戻る。


「すいませーん! 体育館倉庫の鍵を貸してくださーい!」


夏希が職員室の入り口で桃山を待って待機していると、目の前を男子生徒たちの集団が横切り職員室へと入っていく。


「あ、春樹くん」


体育館倉庫の鍵を求めてやってきた男子生徒のグループの中に春樹の姿を夏希は見つけた。


「おう夏希。どうしたんだこんな所で?」

「わたしの教科書が届いたみたいで受け取りに来たの」

「そっか良かったな。これで冬里に授業の邪魔されずに済むね」

「あはは。さすがお兄さん、よくお分かりで」


教室で二人の様子を見ていたのか、それとも冬里の性格を把握しているからこそなのか。夏希が心の中で少し思っていたことを春樹に言い当てられしまった。

今日教科書が届くまでの間、授業中は隣の席の冬里と机をつけて教科書を夏希は見せてもらっていた。


それ自体はとてもありがたいのだが授業のさなかに冬里が教科書に落書きしだしたりだとか、ノートの端に文字を書いてきて会話しようとしてくるので夏希はどうも授業に集中できなかった。

夏希を気遣ってかまってくれるのは嬉しいのだが時と場合を考えてほしいかったのは事実だ。


「おお! 夏希ちゃんじゃん!」


春樹と話しているところに横から夏希の名前を呼ぶ声があった。


「俺、夏希ちゃんと一緒のクラスなんだけどさ。名前わかる?」


親しげに夏希に話しかけてきたのは栞から関わってはいけないと言われていた沖田武豊だった。

初対面から夏希を名前呼びで呼んでくるは、めんどくさい絡み方をしてくる武豊に事前情報もあり少し警戒感を示す。


彼らくらいの年ならば名前呼びもあり得ないことではないはずだ。夏希が小学生だった時はクラスどころか学校全体で相手を呼ぶ際はみんな名前呼びだった。中学校に上がって他の小学校から来た子らで苗字呼びしていたことに夏希は驚いた覚えがあった。


中学生になり新たな友達ができ小学校の頃の友達と疎遠になっていき、久しぶりに話す時にはお互い苗字で呼んでいた。

たまに周りに流されずにあだ名や名前呼びを貫き通す人もいたが、呼ばれた側はあまりいい顔をしていなかった。


特に異性を呼ぶとき苗字読みは基本になり、仲良くもない異性を名前呼びが許されるのは陽キャかクラスのお調子者くらいだった。

彼の場合は事前の情報からお調子者の分類なのだろう。たいして仲のいい間柄でないお調子者を相手にするのは夏希は苦手だ。


「あ、うん。えっと、沖田くんだよね」

「うおお! 何で知ってくれてんの! まさかこれは脈ありなのでは!?」

「ねーよ。タケは悪目立ちしてるだけだろ」

「ってぇな! 夏希ちゃん、義兄さんが暴力振ってくるんだけど!」

「やめろよ気持ち悪いな! おまえに兄さんとか言われたら寒気がするわ」

「あはは…」


夏希にちょっかいをかける武豊を春樹が軽く小突くと、武豊はオーバーリアクションで返す。

うわさに聞く通りのお調子者なだけだと分かり夏希は苦笑いした。

きっと冗談なのだろうけれど異性に、感覚的には同性に興味を向けられたことが夏希には言葉にしがたい奇妙な感情が心に渦巻いた。


「五月蝿いッ! 職員室で騒ぐな!」


春樹と武豊のやり取りに一緒にいた男子生徒も囃し立てはじめたことで職員室の入り口付近が瞬く間に賑やかとなる。

それを見かねた教師が一喝する。突然の怒声に皆びくりと肩を揺らし静かになった。


「職員室では静かに。分かったな」


体育館の倉庫の鍵を片手にやって来た生徒指導の大城の気迫にみな無言で首を縦に振った。

鍵の貸し出しに手続きがあるのか大城は用紙を静かになった男子生徒たちに差し出すと、それを春樹が受け取り記入していた。


「ごめんねー、夏希さん。お待たせ。これなんだけどよろしく」

「あ、はい。わかりました」


久しぶりに大声で注意を受けたことで軽い放心状態になっていた夏希のところに桃山が資料を持って戻ってきた。夏希は反射的に返事をしてしまったが、桃山が差し出す資料の束を見てやはり断ればよかったと後悔した。


「教卓の上にでも置いてくれてたらいいから」

「……。わかりました」


生徒の人数×何十枚はあろうかというプリントの山を持って現れた桃山はプリントを入り口付近にある棚に置くとそそくさと職員室の奥に消えていった。

残された夏希は絶望した。軽い気持ちで請け負ったがまさかこんなにプリントの量があるとは聞いていない。


新しい教科書を持って帰るだけでも手一杯なのに、さらに追加でこのプリントを夏希に教室まで持っていけというのか。

いまは同じ女性である桃山が持っていけると判断したから頼んだはずなので、もしかしたら夏希がただ無理だと思い込んでいるだけなのかもしれない。


「ふう」


試しに紙袋を片腕にかけてプリントを持ち上げようとしてみたがこれは無理だ。まず紙袋を下げた片腕が持ち上がらない。たとえ持ち上げられたとしても、教室まで行く途中で力尽きて廊下にプリントをぶちまける未来しか想像できなかった。


請け負ってしまったからには、やっぱりできませんでしたとは言いづらい。

仕方がないので一度教科書だけ持って帰って往復することにした。二往復目のプリントは冬里たちにも手伝ってもらおう。


まさか夏希はいまの自分がこれほどに非力だったとは思いもしなかった。

かつて同僚だった女性が荷物を運ぶ時に重くて持てないとほざいていた時はどうしてやろうかと思ったが、こういう事だったのかと自身も女性となって初めて実感できた。


「夏希。それも持って教室に帰るのか?」

「うん。先生に頼まれたんだ」


プリントを前に立ち尽くしていた夏希に気付いた春樹が声を掛ける。


「持てるのか?」

「あー、うん。まあ往復すればいけるかなって」

「往復っておまえ。貸せよ。俺が持つから」

「あ。春樹だけ点数稼ぎずりぃ! 夏希ちゃん、俺も持つよ。てか持たせてください!」

「点数ってなんだよ。親切心だろうが」

「そうそう、それだ! とにかく俺も持つ!」

「沖田ァ。いい心がけだが、残念ながらお前はこっちだ。反省文の続きを先生と書こうか」

「いィやだー! 俺は女の子の荷物持ってあげるイケメンになるんだ! 先生ェ、反省文は家で書いてくるから今日はやめて!」

「これまでそう言ってお前が書いてきたことがあったか?」

「ない!」

「そういうことだ」


武豊は今朝の数学の抜き打ちテストのリーク及びテストプリントを盗み出そうとした件の反省文の続きを書くため、大城に襟首をつかまれ生徒指導室に連行されてしまった。

その出来事に男子生徒たちは特に驚くことなく、武豊を置いて体育館に遊び行ってしまう。


「俺これ教室に持って行ってからいくわ」

「おう。わかった。がんばれよ、頼れるお兄ちゃん!」

「うっせ!」


ひとり残った春樹はプリントの山を指さしながら体育館に向かう男子生徒の一人に声をかけた。


「それも俺が持つよ」

「いいよ、こっちはわたしが持つから大丈夫」

「いいから貸せって。夏希のためじゃなくて、早く教室に置いて俺が遊びに行きたいだけだから」

「あっ」


夏希が持っていた紙袋を春樹が取り上げると、プリントを持ち上げて先に職員室から出て行ってしまった。


「ありがと春樹くん。やさしいね」

「べつに」


そそくさと先に行ってしまったので小走りで追いかけ、隣に並ぶと春樹の顔を覗き夏希はお礼を言った。

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