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朝の無計画襲撃者

登校するのは決まってホームルームがはじまる直前。それが夏希の登校時間だった。

いつだったか高校の教室で大して仲も良くないクラスメートに理由を聞かれたら事があった。その時はギリギリまで寝ていたいからと夏希は答えた。


たまたま小中高と家からわりと近いところに学校がありそこに通っていた。そのため電車やバスなど公共交通機関の都合に左右されることなく登校の時間を自分で決められた。

それに年を重ねるにつれ夜更かしの時間が増えていき起きれなくなったことも原因かもしれない。


そのクラスメートはクラスの全員が友達と言うおかしな奴だった。聞いた話ではわざわざ朝早くの電車に乗って学校に来ているらしい。理由は友達と一緒にいたいから。

あいにく夏希はその生徒を友達と思ったことは一度もない。そもそも部活の朝練もないのに朝早くから登校している生徒の気が知れない。大した用事もないのに朝から友達とおしゃべりするために早くから学校に来ているなんてとても理解できなかった。


そう思っていた。けれどそうじゃない感情も夏希には一部あった。

夏希が所属していた部活に朝練はなかった。高校の時に至っては帰宅部だったのであるはずもない。

早朝独特の雰囲気でする部活もの楽しそうとか、朝練終わりでホームルームぎりぎりに教室に駆け込んできたりする様子が楽しそうと思ったこともあった。でも本当に朝練があったらあったで夏希は面倒くさがって、そんな感情を抱くことはなかっただろうけれど。


ホームルーム前に友達と教室で話すことも全然ありだった。人見知りの夏希だけれど友達と話すのは大好きだ。授業中だってずっと話していたい。

なぜいつも直前に来るのかと聞かれてギリギリまで寝ていたと言ったのは嘘ではないが本当でもない。友達たちが朝練だったりぎりぎりに登校するものだったので夏希もそれに合わせていた。

朝早く登校しても友達はおらず周りが友達と楽しそうにしているのに自分ひとりポツンと席に座っているのが耐えられないからが本当の理由。


本当は朝から友達と遊んだり喋ったりしたかった。

夏希に理由を問いかけたクラスメートはそれが日常だったのだろうけど夏希からしたら非日常で特別感があって羨ましかった。大人になってから学生の時に何気ない青春をもっと送っておけばよかったと後悔することもあった。

だからといって実際にもう一度学生に戻ったとしても実行できるわけではない。


「セーフ!」

「ハァハァ。よかった、間に合った」


ホームルームが始まる直前に夏希と冬里が息を切らして教室に駆け込んできた。


「おはよー。どうしたの二人とも今日は随分と遅かったね?」

「おはよ、しおりん! そうなんだよ。なっちゃんが今朝なかなか起きてくれなくて!」

「ちがうよ! 冬里がわたしの目覚まし止めちゃうからでしょ! 危うく遅刻しかけたじゃん!」


一度目の学生時代はひとりで登校していたので好きな時間に起きて、その日の気分によって朝食の時間削って二度寝に充てることもあった。

この二度目の中学生活では冬里から一緒に登校しようと言われているため、家を出発する時間を二人であらかじめ話し合って決めている。その時間に間に合うように夏希は目覚ましをセットしてから就寝していた。


今朝めずらしく目覚ましが鳴る前に起床した冬里は、まだ寝ているであろう夏希を起こしてあげよう考えた。しのび足で夏希の部屋へと侵入した冬里は枕元に置かれた目覚まし時計のアラームを切ってしまった。そして本来アラームが鳴る時間にどうやってインパクトのある起こし仕方をしようかと冬里は考える。

寝起きで回らない頭で考えているとスヤスヤと気持ちよさそうに眠る夏希を見ていると次第に眠気が襲い、それに冬里は抗うことなくベッドに潜り込み寝てしまった。


妙に暑く寝苦しさを感じて目を覚ました夏希は隣に冬里が寝ていることに驚いたが、枕もとの目覚まし時計で現在時刻を見てそれ以上に驚いた。

悲鳴をあげて文字通り飛び起きた夏希はまだ眠たそうに目をこすりながら起き上がる冬里を部屋から追い出すと急いで制服に着替えた。


夏希は素早く制服に着替え終えると廊下で冬里が部屋から出てくるのを待っていたのだか一向に出て来る気配はない。部屋の扉をノックしても返事がないため、断りを入れ中に入るとパジャマを脱ぐ途中で力尽きたらしく冬里が床で寝ていた。


声をかけても身体を揺らしても気持ちよさそうに眠る冬里は起きず、もういっそ置いて学校に行ってしまおうかとも夏希は考えた。

やっと起きたと思うと遅刻しそうという認識がないようで、着替えにもたつく冬里を夏希が手伝う。冬里のせいで朝食を食べる時間も無くなったので着替え終えたら夏希たちはすぐに家を出たのだった。


「あはは! 朝から災難だったね夏希ちゃん」

「ホントだよ。まだ学校始まってもないのに疲れた」

「どんまい!」

「誰のせいだとっ!」


学校まで走って来たせいで乱れた息を整えたあと夏希は今朝の香月家での出来事を栞に伝えた。

ホームルーム直前に着くように調整して登校していた夏希だが遅刻しないようにしっかり余裕をもって家を出て登校していた。今日みたいにバタバタすることはなかった。


「およ? しおりん教科書広げてどーしたの?」

「どうも一時間目の数学なんだけど抜き打ちテストするみたいなんだよ」

「ええ! そんなの聞いてないよ!」

「教えてたら抜き打ちにならないからね。でもなんで栞さんは知ってるの?」

「今朝、沖田が職員室に行ったときに高嶋先生がテストを準備しているのを見つけたんだって」


特に用事があるわけじゃないけれど職員室に行くことが日課の沖田武豊は、一年生の数学を担当している高嶋の机に中学生になってから勉強した範囲の問題が書かれたプリントを発見した。

その大ニュースを広めるために武豊は意気揚々も教室に戻り、クラスメートに本日一時間目の数学の授業で抜き打ちテストがされていることをリークした。


「へえ。そんなことがあったんだね」

「そのタケちゃんは?」

「あー、うん。今ごろ大城先生に説教でも受けてるんじゃないかな。たぶん」


テストがあると分かっただけでも僥倖だけれど、出来る事ならテスト内容を知りたいと思うもの。

抜き打ちテストがあることをリークした武豊だったがテストの範囲、あわよくば答えを聞き出そうとしたクラスメートに詰め寄られた。


自慢じゃないが武豊は頭が悪い。職員室で高嶋の机のプリントを見た武豊は数字が書かれたプリントがあるなくらいにしか認識していない。なんとなく授業中に見たことある数式だったので、これがテストなのではないかと思った。

そのためクラスメートが求める肝心の問題の答えはおろか範囲すらも武豊には分からなかったのだ。

クラスメートに使えないと罵られた武豊はもう一回見てくると言って教室を出て行き、そして今の時間まで教室に帰ってくることはなかった。


「ふーん。まあいいや。なっちゃん。私たちも急いで勉強しよう!」

「そうだね」


ホームルームと一時間目の移動教室の時間を入れても二十分ほどしかないので今更とも思うが、やらないよりはマシかと夏希は復習のするために数学のノートを開いた。

夏希が席についてすぐにチャイムが鳴りホームルームのため教室にやって来た担任の桃山がやってきた。

入学式以来いつも注意しないと席に着かない生徒たちが静かに着席している姿に桃山は驚いた。


「班替えをしようと思います。今日の放課後に班長会をするので、帰りのホームルームまでに班長に立候補したい人は考えておいてください」


週明けの連絡事項を伝える桃山の話をいつにもまして野次もなく静かに聞く生徒たちに、遂に自分にも教師としての威厳がついたのかと勘違いをして職員室へと帰って行った。


「その様子だと皆さんもう知っているようですが今日はテストをします。プリントは裏向きにしたまま後ろの人に回してください」


数学教師の高嶋は一時間目の開始のチャイムが鳴ると同時に教室にやってきた。ぎりぎりまで足掻くように教科書とにらめっこする生徒たちをみて笑い、テストの説明をしながらプリントを配り始める。


「先生! 沖田がまだ来ていませんが」

「ああ、大丈夫ですよ。沖田君はいま別室で大城先生と特別課題をしてもらっていますから」


武豊と同じ部活で野球部員の五里清良の質問に高嶋は黒い笑みを浮かべて答えた。普段は生徒にとても優しい高嶋だけれど今回はかなり怒っているようだった。

プリントが全員にいきわたるまでの間で夏希は先週の授業内容を思いだしていた。


所詮は中学一年生の一、二学期の学習範囲だ。夏希でも予習しなくても大体は解けるだろう。

それに病気のため学校にこれていなかったという設定の夏希のために、これまでの復習と題して高嶋が授業をしてくれたおかげでだいぶ思い出してきた。満点は取れなかったとしてもそれに近しい点数は取れるはずだ。


「それでは三十分間で解いてください。その後問題の解答と解説をしていきます。では始めてください」


プリントを裏返すくらいの時間など誤差でしかないのに、皆が勢いよくプリントを表に返して回答を記述していく。

テストが始まると同時に静かになった教室を夏希がひっそりと見回すと机の上のテストに真剣に向き合う生徒たちがいた。


わざとかと思うほどにシャープペンで強くプリントに文字を書き込む音に、書いた文字を力強く消しゴムで消しプリントがグシャリと破けてしまわないか心配になるほどの音が聞こえてくる。頭を掻いて悩む生徒もいれば足を揺すり設問をぶつぶつと声に出す生徒。


ふとなぜ自分がここに居るのか疑問に思う。

この光景を初めて見るはずなのに何故か知ってる。馴染みのない場所なのに過去に見てきたような不思議な気分。

まるで夢のなかで教室を俯瞰して見ているかのような光景とでもいうのか。

なにか心にぽっかりと穴が開いたような感覚がよぎる。ここに居るのは夏希なのだけれど、夏希ではない違う誰かの目線でいるようだった。


夏希があたりを見回していると教壇に立つ高嶋と目が合う。高嶋は何か自分に伝えようとしているようで口元を動かした後に微笑んでくる。

がんばれ。聞こえはしなかったがなにを言ったかははっきりと理解できた。

なにを? と考えて夏希はいまテストの途中だったことを思い出す。

まだ裏返してもいなかったプリントを表に向けると、香月夏希の名前を間違えないように丁寧に書いていく。テストは全部で二十問ほどの問題が記されていた。ほんの少しだけ出遅れたが夏希は焦らず一問目からとりかかった。


「はいそこまで。ペンを置いてください。採点するので隣の人とプリントを交換してください」


解答時間が終わり高嶋が声を上げる。途端に生徒たちは口々にしゃべりだす。


「やめて! なっちゃん見ないでぇ!」

「見ないと採点できないでしょ」


夏希は言われた通りに隣の席に座る冬里とプリントを交換しようとするが、冬里は自分のプリントが取られないように覆いかぶさって抵抗している。

今回のテストはそれなりに自信があるので夏希はすぐに渡したが自信なければ渡すのを渋ったかもしれないので冬里の気持ちが分からないこともない。しかしもたついていると余計な目線を集めてしまうので冬里のプリントを奪い取った。


「ああ! ゼッタイ、ゼッタイに誰にも点数言っちゃだめだからね!」

「わかった、わかったから椅子に座りなさい」


机からひったくったプリントを追い駆けてくる冬里を椅子に押し留め夏希がそう答えるとようやく諦めたのだった。


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