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ご褒美のドーナツ

その後も夏希はいくつかの検査が追加で行われた。全ての検査を終えて来た時と同じ通用口を通り堂前とともに研究施設へと帰った。


二人と別れたあと青葉は堂前に言われた通り部屋の掃除をしていた。入り口付近の床に散らばっていた資料をどかした程度だが青葉は達成感を感じていた。

それからしばらく時間が経ち、まだ戻って来ない夏希が心配になり迎えに行くべきかどうかを悩み始める。病院施設に行ったところで夏希たちがどこにいるか分からない。それに青葉は部外者でしかない。闇雲に彷徨くと問題になってしまう。

悩みに悩み居ても立っても居られない青葉は研究施設の入り口で落ち着かない様子で行ったり来たり往復していた。

そしてようやく戻ってきた夏希たちの姿を見つけるなり青葉は走り寄った。


「夏希ちゃん! 大丈夫だった!? 琴音さんにヒドイ事されなかったかい?」

「普通に検査してきただけだから。頭なでるな。ちょ、苦しいから離れて!」


青葉は夏希のもとに駆け寄るなり強く抱きしめる。

ぐしゃぐしゃと頭を撫でる青葉の手を夏希はなんとか払いのけたが、絞め殺されるかと思うほど力強い抱擁は振り解くことができず夏希は痛みを訴えた。


「苦しいだって!? すぐに病院行って医者に診てもらおう。痛っ!」


暴走した青葉は夏希を抱え上げると病院にむかって走り出そうとする。見かねた堂前は青葉の正気をもどすため脳天にチョップを一撃落とし静止させた。

辺りに鈍い音がするとともに自分を抱えていた青葉の腕の力が緩み夏希は抜け出すことができた。


「一体どこに行こうというの? 医者なら目の前に居るわよ」

「いっつぅ。暴力振うような医者にうちの子を任せられるもんか!」

「まったく。青葉ちゃんはいつも自分の子供が絡むと、とことんポンコツにるわよね」


うざ絡みをするしてくる青葉に対して堂前は片手で頭を抱え呆れる。

我が子至上主義の青葉に堂前は過去にも何度か頭を悩まされることがあった。

まだ春樹と冬里が幼い頃、少し体調を崩しただけで昼夜関係なく電話をかけてくる青葉には辟易したものであった。

なんだかんだ文句を言いつつも面倒見のいい堂前は専門外であった小児科を青葉の求めに対応するためにいちから学び直した。それも今となっては懐かしい思い出のひとつだ。


「私に任せられないのなら夏希さんは所長に任せることになるけれど、それでいいのかしら?」

「それはダメだ!」

「これまでも春樹君と冬里ちゃんを私に任せて何もなかったでしょう」

「何もなかったような。でも何かあったような?」

「何もなかったわよ」

「あうっ」


堂前の言い負かされ冷静さを取り戻していった青葉だったが、最後に失言をして二度目のチョップを食らい沈んだ。


「とにかく今日はこれで終わり。もう帰っても構わないわよ」

「堂前先生。今日はわたしの為にありがとうございました」

「これくらいどうってことはないわ。あなたもこれから大変だろうけど頑張ってね」

「はい。不本意ではありますけどなってしまったものは仕方ないので、せっかくなら新しい自分の人生ってのに挑戦してみたいと思います」

「そう強いのね。でも、なんだかその姿で言われると微笑ましいわね」


そう言って堂前は初めて夏希に笑いかけた。

強いのね。はたして堂前が言った言葉は本当だろうか。いまの夏希の言葉も青葉の受け売りみたいなものだ。

何だかんだで今日までは逃げるという選択肢そのものがなかった。青葉の説得もあり夏希という人物の地盤を固めるために必要だったので逃げるという選択が出来なかっただけ。これからしばらくそれは続くだろう。

たったいま堂前に新しい人生に挑戦してみたいと夏希は言った。しかし一年後、二年後はどうだろうか。かつて自分が歩んだ同じ道を辿っていないだろうか。

最初は頑張る。けれど環境に慣れてくると気が緩み、ふと気付くとダメな自分が顔を出している。それがいつものパターンだった。

夏希が口に出した言葉を体現するためには、これからが本番なのだろう。これまでが何をするにもまず逃げ道を用意するのが当たり前の人生だったので絶対になんてことは言えない。

けれど今回は本当に挑戦したいと思う。いまはまだ何に挑戦するかも定かではないけれど。強いて言うならこれまで何度も逃げてきた全てに今度こそ。


「それじゃあ私は行くわ。これから病院に戻って色々と片づけをしないとけないの。また一月後に会いましょう」

「はい。堂前先生、ありがとうございました」

「琴音さん! 夏希ちゃんの事でなにかあればすぐに私に報告してね!」


過ぎ去る堂前の返事はなく青葉の言葉に振り返ることなく、ひらひらと手を振って返した。




夏希の検査が終わり本日の用事は済んだのだが、青葉の希望でお昼ごはんを食べてから帰ることになった。春樹と冬里には食べて帰るのでお昼は昨日と同じくファーマーズキッチンで済ませるようにと言ってから青葉は出てきていた。

夏希たちが来ている隣町は浜那美町と比べると大きな街だ。ショッピングセンタ―を過ぎれば大通りがありたくさんの飲食店や雑貨屋などが立ち並んでいる。昼時ということもあり道沿いの飲食店の駐車場には多くの車が並んでいた。昨日の浜那美にはなかった賑やかさを夏希は車から眺めていた。


「どこか夏希ちゃんが食べたいお店があれば言ってよ」

「うーん。食べたいものね」

「なんでもいいよ。こっちは色んな店があるから」

「とくにないかな。青葉が食べたい店でいいよ」

「もー。もっと子供らしく分厚いステーキ食べたいとか、回らない寿司が食べたいとかないのかな」

「子供じゃないし。でもしいて言うなら量が少なめのトコがいい」

「ダーメダメ。夏希ちゃんはいっぱい食べて大きくならないと、そんなこと言ってたらいつまで経っても小さいままかもしれないよ」

「それはやだな。それじゃあ青葉がわたしに食べさせたいものがある店にいきたい」

「なるほどそう来たか。それじゃあうちの子たちが少し前に大絶賛していたのとっておきの店に連れて行ってあげようじゃないか」


特に食べたいものがないときに何が食べたいかと聞かれても困ってしまう。だからと言って本当に何でもいいわけでもない。この飲食店に行こうと言われたらそれは気分じゃない、嫌いだからいやだと夏希は平気で言うだろう。

理想は焼肉か寿司か中華かといったようにいくつかの選択肢を用意してもらいそこから選ばしてほしい。だからといってその中から選ぶとは限らないのだが。食事に関して好き嫌いが多い夏希はそこらの子供よりとてもワガママなのだ。

とはいえ、これからどこに行くのか分からないが春樹たち子供が好きな飲食店であれば夏希が食べれるものも一つくらいはあるだろうと異議は唱えなかった。

そして行き先が決まり青葉は来た道を引き返していき、この辺ではひときは目のひくショッピングセンターへと車は向かった。

ゆうに百台以上の車が停められる大きな駐車場があり、ショッピングセンターの建物からずいぶんと離れた周りに駐車した車がない場所を青葉は選ぶと前向き駐車で車を停めた。


「さあどうぞ、召し上がれ」


夏希は車から降り青葉の先導について歩いて行った先にはショッピングセンター内の飲食店が数店舗並ぶエリアだった。その中のレトロな喫茶店風を模した外見の店舗へと二人は入った。

店内は混雑していないようで夏希たちは順番を待つことなくすぐに席へと通された。水の入ったコップを持ってきた店員に夏希に隠すようにしてメニューを指差し青葉は注文する。そのまま夏希の分の注文も勝手に注文してしまったのだ。


「え、嫌がらせ?」

「もちろん違うさ。言っただろう春樹と冬里が少し前まで大絶賛していたメニューさ」

「……。」


少し前がどのくらい前を示すのかを確認しておくべきだったと夏希は後悔する。それ以前に勝手に注文された時点で何を注文したのか問いただすべきだった。

夏希は渡られたスプーンを片手に提供された食べ物を前に固まってしまう。

ハンバーグ、唐揚げ、ウインナー、エビフライ、ポテトフライ。申し訳程度のプロッコリーとミニトマトがひとつずつ。デザートのプリンまで一つのポップな柄のプレートにまとめられている。ひときわ目を引くのは国旗のついたつまようじが刺さったケチャップライスだ。

ケチャップライスの上に彩りで乗せられたグリンピースさえなければ完ぺきだったなと、小さめのスプーンでお子様ランチを掬って食べた。


「おいしい?」

「そりゃね。食べ物自体なら嫌いな人はいないでしょ。見てないで青葉も食べたら」

「もう少し目に焼け付けてからね。最近は春樹も冬里も勧めても食べてくれないから、次にこの光景を見れるのは孫ができたときかと思っていたんだよ」


自身が頼んだオムライスには手を付けずに夏希をガン見する青葉はとても幸せそうだった。その満足そうな青葉を夏希は冷ややかな目で見つめ返していた。

たしかに大絶賛しただろうさ。かつての小学生手前か低学年くらいの幼かった春樹と冬里でなくても大体の子供たちがそうだろう。

いまの夏希の見た目ならまだいけるだろうか。運んで来た店員や周りに座る客からも変なモノを見る様な視線を向けられていないか気になってしまう。仮に一人きりだったとしてもお子様ランチを食べるのには精神的に少しくるものがあっただろう。

ともあれ食べ物に罪はない。それにお子様ランチのプレートにまとめられた食べ物は夏希も好物ばかりだ。どれも普通に美味しいしデザートまでついているのだ。苦手なグリンピースはまとめて味の濃い唐揚げと一緒に食べお子様ランチをキレイに完食した。


「全部食べれてえらいですねー」

「やめい!」


全部残さずに食べ終えた夏希の口を拭うべく青葉はお手拭きを延ばしたが届く前に振り払われてしまった。

夏希よりもずいぶん後から食べ始めたはずなのに青葉はもう食べ終えていた。一刻もはやく店から出たい夏希はテーブルに置かれた伝票を掴み取るとレジに向かう。


「夏希ちゃん」

「なに」

「ほら、旗を忘れてるよ。家に持って帰るんでしょ」

「いらんわ!」


名前を呼ばれ夏希が振り返るとお子様ランチに刺さっていた旗の付いたつまようじ持って青葉が追いかけてきていた。それと手にしていた伝票を交換して青葉が会計をしている間に夏希は元あったプレートに旗を返しておいた。


「さて、次はどこに行こうか?」

「帰るよ」

「えー。ゲームセンターとか行かないの。もっと遊んで帰ろうよ」


帰ると言ってるのが夏希で、遊びたいと駄々をこねているのが青葉である。

飲食店から出て腹も満たされたので帰って休日をダラダラと堪能したい夏希と、せっかく遠出してきたのでもっと親子のコミュニケーションをとりたい青葉。


「ここのゲームセンター結構大きくて色んなゲームあるし、コインゲームとかも豊富にあるよ」

「いきません」

「おかしいな。春樹なら絶対食いついてくるのに」


男子中学生と同列にしないでほしいと夏希は思う。こちらは明日からの学校に備えて英気を養わなければならないのだ。

これでは今までと変わらないのは解っている。若返った体は昨日一日遊び走り回った疲れも一晩で回復するが精神面はそうはいかないのだ。疲れ切った精神に癒しがほしい。なので夏希は早く帰って猫のおとーさんと遊んで癒されたいのだ。


「じゃあさ。下の階のスーパーで買い物だけしてから帰ろう。それならいいでしょ。ね?」

「まあ、それぐらいなら」

「よーし。それじゃあ行こうか」

「ちょっと! なんで手をつなぐ必要があるの!?」

「だって、万が一でもはぐれたら大変じゃないか」


昼時も終わりショッピングセンターに入って来た時よりも人が多くなったように感じられる。

だからといって手をつながないとはぐれるような人混みでもない。第一に見た目はともかく夏希は手をつながないとはぐれるような歳ではない。


「その時はスマホで連絡するし」

「はぁ。夏希ちゃんに携帯電話を買い与えたのはまだ早かったかな」

「なんでだよ。真っ当な使用方法だろ」


夏希の携帯電話には悲しいことに電話帳とアプリ含めて青葉しか登録されていない。持ち歩かなくてもいいかなとも思う携帯電話だったが一応持ってきていた。

説き伏せたところで青葉は手を離す気はさらさらないようで構わず先に進んでいく。ここで握った手を振り払おうと抵抗すると駄々をこねている子供のようで、人目を集めてしまいそうなのでおとなしく並んで歩くことを夏希は選んだ。


「そうだ。ちょっとだけココに寄り道してもいいかな」


スーパーのある一階までエスカレーターを使い店内を移動する途中、エスカレーターを降りてすぐにあったドーナツのチェーン店を青葉は指さす。


「留守番している二人にお土産を買って帰ってあげよう」

「うん。そういうことなら」

「夏希ちゃんはどれがいい?」


ドーナツ屋の店舗の中に入ると青葉は夏希と繋いだ手を離しトレーとトングに持ち変え問いかけた。

久しぶりにドーナツ屋にやってきた夏希は十数種類はあろうかというドーナツを前に悩んだ。昔から馴染みのある商品もあれば新作や期間限定と書かれたドーナツもある。どれも美味しそうで迷ってしまう。


「春樹はカスタードの入ったやつ、冬里がクリームを挟んだシュー生地のやつが好きなんだ。私はやっぱりオールドファッションが一番かな」


青葉はすでに買うドーナツは決まっていたようで、それぞれの好物のドーナツを説明しながらドーナツをトレーに乗せていく。


「えっと、じゃあ。わたしはこれで」

「オッケー。これだね」


青葉は悩む暇もなく決めてしまったので夏希も急いで決めないととドーナツに目を走らせ人気ナンバー1と書かれたドーナツを指差した。


「夏希ちゃんは特別にもう一個選んでいいよ」

「え?」

「今日検査を頑張ったご褒美だよ。ゆっくり選んでいいからね」

「子供扱いするな」


そう言って青葉は夏希の頭をなでた。

検査を頑張ったからもうひとつ選んでいいというのは嘘かまことか。もしかしたら青葉には気付かれていたのかもしれない。

夏希が選んだドーナツは普通に好きな商品だった。けれどそれが本当に食べたかったかは自分にもわからない。久しぶりにみる種類豊富なドーナツに目移りして決めかねてしまい、青葉を待たせてしまうと悪いと思い目に入ったそれを選んだ。

今回は夏希の頭を撫でる手を払うことはせず、その対価としてドーナツを選ぶ時間をたっぷりともらうことにした。


「あとは夜ご飯の食材を買うだけだ。それと帰ったらみんなでソレを食べよう」

「うん。ちなみに今夜のごはんは?」

「鍋」


春樹と冬里には内緒で買ってもらった期間限定のキャラクターもののドーナツを店内のイートインスペースで食べ終え出てきた夏希はお土産のドーナツが入った箱を手に帰路についた。

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