表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/70

勝負の世界は非情

最後に向かう先は山だった。

正確には山の上にある公園。香月家の近くから山へと続く道があり、そこを自転車で登っていく。

山道ということで急な坂道になり二人乗りの自転車ではさすがに無理だったので夏希たちは自転車を降りて歩いて登る。下り坂になると自転車に乗って次の坂道にむけて加速をつける。


「あ! ここうちの竹藪!」

「そして毎年春になると猪か人かわかんないんけど、たけのこ泥棒がでるって玄さんがぼやく」

「道沿いだから目立つんだよねー」

「へー。すごいね。山に土地があるんだ」

「境界がどこからどこまでかなんて分からん土地だけどな」


この山の土地も昔はもっと明確に分けていたがもう土地の所有者が亡くなっていたり、所有していることすら知らない人も増えてきている。

春樹たちも近所に住む玄斎に連れられてたけのこ掘り来た時に教えてもらっていたが、目印も無い山の中では覚えることは出来ず、何となくこの辺がという認識である。


それは春樹たちに限らず、ここからここまでがと代々口伝で伝えられた結果大分あやふやになってしまっていた。

しっかりと調べたらわかるかもしれないが、ほとんどの人があっても使わない土地なので放置されている現状だ。

アップダウンを何度か繰り返して着いた先は、山の開けた傾斜に大きなアスレチックがある公園だった。


「遊ぶぞー!」


冬里が自転車を停めるなり走り出した。夏希を乗せているので出遅れた春樹もあとを追って走っていく。

一番目を引く木造の大きなアスレチックだけではなく、他にもいくつかの遊具とアスレチックから続く長い滑り台がそこにはあった。


子供が遊ぶにはそれなりに遊具が充実した公園だが辺りには夏希たちの姿しかない。

この公園は山の上にあるため利便性が悪く地元の子供達もあまり寄り付かない。あとは下った先に湾に面した場所にオートキャンプ場やホテルがある。そこを利用した人たちが利用することがあるくらいである。

もう少しアクセスが良ければ賑わっていたかもしれない。


施錠もせず駆け出した春樹と冬里の自転車をどうしようかと考えたが辺りに人はいないので大丈夫かと夏希も二人の元へ歩いていった。

冬里がターザンロープに乗って歓声をあげているところに夏希が来ると、どうやら交代制らしく次に乗るように言われた。


「夏希! しっかりロープに捕まっておけよ!」

「いっくよー!」


言われるがまま夏希はターザンロープの球体の台座に跨ると、それと滑車をつなぐロープを握りしめるよう指示される。

夏希が乗ったのを確認するとスタート位置から冬里が助走をつけて夏希を押し出す。

その先で待ち構えていた春樹が夏希の跨る球体を押しながら並走しさらに加速していく。


「え? ちょっ、待って! はや、速い! これあぶなっ、きゃあ!」


そのままターザンロープは終点の勢いを殺すためのタイヤにぶつかる。しかしそれだけでは勢いは収まらず夏希は振り子のように半回転する。

タイヤに当たり止まった衝撃と浮遊感が夏希を襲い、重力に従い落ちてきた際にまた衝撃が襲った。

夏希の乗せたターザンロープはスタート地点まで勝手に戻っていく。帰ってきた夏希をケタケタと大笑いする冬里が抱き留め捕まえて降ろす。夏希は若干震える足でどうにか降り立ち、これまた笑い声をあげる春樹が駆けつけてきた。

この兄妹、普段仲悪い癖にどうしてこういうときは息ぴったりなのだろうかと夏希は悪態をつく。


「はい。次、春樹くんの番だよね」

「ん? おお」


虚な怪しい眼差しを向けた夏希がターザンロープを春樹に渡した。

最近は忘れていたが夏希は元来負けず嫌いで、やられたらやり返す派なのだ。


「春樹くんもしっかり捕まっておくんだよっ! 冬里、目一杯押したげて!」

「あいあいさー!」

「うはははっ! これ面白れぇな!」


加速役の冬里が春樹ほどの力は無かったせいか夏希よりもややスピードは劣っていたが同じくらいの高さまでターザンロープは振り上がっていた。しかし春樹から聞こえてきたのが悲鳴じゃなく歓声だったことに夏希は何故か負けた気分だった。

自分もやってほしいと冬里が言い。結局ターザンロープを二順する羽目になった。


「次こっちの滑り台!」


次のシーソーにはすぐに飽きたのか冬里は大きなアスレチックのところまで走って行ってしまった。

実は公園に着いた時から巨大なアスレチックが気になっていた夏希が、シーソーに乗りながらちらちらと視線を送っていたのを気付いた冬里がそちらを優先したことには夏希は気がつかなかった。


「俺一番!」


丸太の階段を上った先にあるローラー式の滑り台に我先にと春樹が飛び込んでいった。正直この滑り台に乗りたくてしょうがなかった夏希はそれに続こうとしたが冬里が止めた。


「なっちゃんストップだよ。この滑り台はね乗る人を選ぶの。ハルくんみたいに滑っていいのはおケツの頑丈な人だけなのだよ」


そう言って冬里は滑り方を夏希にレクチャーしだした。春樹のように滑ってもいいが何度も繰り返すとお尻が痛くなる。そして地獄を見ることになると冬里は言う。

一番いいのは滑り台とお尻に何かを敷いて滑るのがいい。今回はなにも用意していなく、公園内を探したら何処かに誰かが使って滑った段ボールがあるかもしれないが探して見つかる保証はない。

そこで何もないときはしゃがんだ姿勢のまま靴で滑るのだと冬里は語った。


「よく見ててね。入り口の上のとこ持って立って乗る。そんで滑ってこけないようにゆっくりとしゃがんでスタート!」


そのまま冬里は滑り出してあっという間に遠くまで行ってしまった。

なるほどなと、冬里をまねしてしゃがんだまま夏希も滑り台を滑ってみる。ガラガラと音を立てて回転するローラーをなかなか速いスピードで滑り降りる。ずっとしゃがんだ体勢のままなので少しキツイが、それを超える爽快感ががあった。

冬里はああ言ったものの普通に滑るとどうなのか気になった夏希は腰をおろして座ってみた。すると夏希のお尻を痛みが襲い、すぐさま元の体勢に戻した。

冬里の言っていたことは正しかったのだと思い知った。少しでも疑った自分を夏希は後悔する。


「よっと」


終点まで来るとしゃがんだ姿勢から飛び上がり地面に着地する。


「おっ、うまいな夏希。どこかの誰かと違って」

「久しぶりだったから降り方忘れただけだしー!」


先に行っていた冬里はうまく降りすことができずに尻もちをついて服を汚してしまい、それをずっと春樹にからかわれていた。

このアスレチックは先に横を走る滑り台を滑ってからアスレチックをつたって戻ることを想定して作られている。傾斜を利用したアスレチックを登るように帰っていき、また滑り台を滑り降りまた戻るといった具合だ。


「競争な! 一番遅かった奴が一番早かった奴に二十円分のお菓子を渡す!」

「よしきた! はい、スタートぉ!」

「いや、まだわたし同意してないんだけどっ!」


突如始まったお菓子を懸けた競争。数日前なら急な話についていけずに反応が遅れていたいたかもしれない。

しかし、今日含めて夏希はこの兄妹と過ごしてなんとなく性格を把握した。わざわざ滑り台から降りたところで春樹が待っていたので何かあると夏希は踏んでいた。予想した通り突拍子もない競争を始めた兄妹に出遅れることなく夏希も同時にスタートできた。


いつぶりだろうか夏希はいま心の底からはしゃいで楽しんでいた。まるで昔に帰ったかのように笑って走り回る。

インドア派だったこともあり外で遊ぶことは少なくなっていった。かつては夏希も休み時間や放課後に友達と遊び回っていた頃があった。負けたくないと全力で遊んでいた。

年を取るにつれて忘れてしまっていた感覚が甦って来たかのように興奮し楽しかった。

こんなしょうもない競争で自分のお菓子を渡してなるものかと夏希は走った。

急こう配になった木の壁に空いた穴に手足をかけて登り、ロープで出来た網をぎしぎしと軋ませ器用に渡る。ゆらりと揺れ動く細い丸太の道を駆け抜けていく。


「じゃあ約束通りあとでお菓子ちょうだいね。春樹くん」

夏希は乱れた息を整え最後にやってきた春樹にそう言った。

「くっそ。まさか夏希にも負けるとは」

「なっちゃんスゴっ、初めてなのにはやーい!」

「ロープ使わずに坂登っていくのカッコよかったよ!」

「あれぐらいやろうと思えば俺もできるし」


結果は夏希がぶっちぎりの一位だった。

アスレチックの途中にあった一本のロープが垂れ下がる急な坂道で、ロープを使って登るのがアスレチック的には正解なのだろうけど順番を待っていたら負けてしうと、ロープをめぐって争う兄妹を尻目に夏希はロープを使わずに駆け上がって行った。

主な勝利の要因としては、その春樹と冬里が足の引っ張り合いをしていたからだ。それがなければ夏希の勝利は危うかったかもしれない。


「もう一回勝負だ!」

「えー。どうしよっかなー?」

「ハルくーん。それが敗者の態度ですかー?」

「くっ。もう一回勝負してください!」

「だってなっちゃん。負け犬がなんか言ってるけどどうするー?」

「お前も負けてんだろが!」

「あはは。じゃあもう一回する?」

「する!」


春樹は負けて渡すお菓子よりも体格に劣る女の子の夏希に負けたのが悔しいらしく二回戦を開催することになった。

アスレチックのスタート地点に戻るためには再び滑り台に乗り下って行かないといけないのだが、今度は三人で一緒に滑ろうと冬里が言い出した。春樹を先頭に冬里、夏希の順で前の人に捕まり連なって滑りだす。それが冬里の罠だとは春樹は知らずに。


滑り台の降りる直前は緩やかになり止まるはずなのだが、そのスピードが緩やかになるところで前を滑る春樹の背中を冬里が両足で蹴りだして終点直前で再加速した春樹はスピードを殺せず、滑り台から放り出されそのまま地面を滑っていってしまった。

一回目の滑り台で降りる際に尻もちをつき春樹に笑われた恨みを冬里は忘れてなかった。


「おまっ、危ねぇだろーが!」

「ふーんだ! ハルくんが笑うから悪いんだよ!」

「冬里。今のは流石に危ないからもうやめておこうね」


ズボンを泥んこに汚した春樹がキレて冬里に詰め寄るが、アスレチックの競争で決着を付けようと夏希がなだめる。

そんな出来事もあり二回戦目も兄妹で足を引っ張りあい、またしても夏希が悠々とゴールにたどり着いた。今度の最下位は冬里となり、もう一回と今度は冬里が言い出したが泥沼になりそうだったので夏希が止めた。


公園にはテーブルとベンチが所々に配置されており、その中で屋根がついている場所を選び休憩することになった。

それはそうとして夏希は忘れないうちに賞品のお菓子を回収することにした。すでに春樹たちよりも夏希は多く買ってもらっているお菓子なのだが、約束は約束なので二人の買った中から二十円分お菓子を頂いた。

朝から出掛けて時刻はもう夕方に差し掛かっていた。遅めの昼食であったが小腹が空き、それを駄菓子を食べて満たしていた。


「注目! 今日お母さんから貰ったお金の残りがあとこれだけ残っています」


冬里は財布から取り出したお金をテーブルに広げ数枚の小銭が並べられた。総額は二百七十円。自動販売機で安いジュースが二人分買えるかどうかの微妙な金額。


「それがどうした? 三人で山分けだろ」

「あまい! ハルくんが食べてるお菓子よりもあまいよ! はい。なっちゃんならどうしますか?」


これ辛い系なんだけど。と言う春樹の呟きを無視して冬里は続ける。わざわざベンチに立ち上がった冬里が続いて夏希を指さして問いかける。


「えっと。割り切れるし山分けがいいんじゃないかな?」

「ふたりともあまーい! 欲がないよ! 全部オレに寄こせくらい言いなよ! てことで総取りゲーム開催しまーす!」


はい拍手と、冬里が拍手を求める。状況がよく吞み込めないまま夏希と春樹はとりあえず言われるかままに拍手をした。


「ルールは簡単。テーブルの端に置いたこのラムネの入っていた空の容器を反対側からハルくんの輪ゴム銃で多く倒した人が残ったお金を全部賞金として手にします!」

「いや、輪ゴムがねーじゃん。おまえが失くしたせいで」

「はっはっは。いつの話しをしているんだねハルくん。あなたが失くしたのはこちらの輪ゴムですか? それともこちらの輪ゴムすか?」

「どっちでもねーよ。あと失くしたんおまえだって」

「正直なあなたにはこちらの青色の輪ゴムを差し上げましょう」

「うおー! なにそれカッケー! なんでこんなん持ってるんだ?」

「ボブさんとこから貰って来た」


ファーマーズキッチンに着いて不在のボブを探している際に作業場で見つけた輪ゴムを冬里は一掴みを無断で貰ってきていた。その中に偶然に混ざっていた青色の輪ゴムを冬里はお詫びを兼ねて春樹に渡した。

色付きの輪ゴムに機嫌を直した春樹は乗り気のようでポケットから輪ゴム銃を取り出す。それを冬里は奪い取り輪ゴムをセットして空の容器に向けて放つが的には当たらなかった。


「そんでひとり撃てる回数は三回ね!」

「じゃあ冬里が撃てるのはあと二回だね」

「えっ!? いや、あのね。なっちゃん? いまのはデモンストレーションであってだね」

「ちゃっちゃとあと二回撃てよー。後がつかえてるぞー」

「ええい、ままよ!」


無駄打ちで貴重な残弾をひとつ消費してしまった冬里は、片目を瞑りテーブルの向こう側の的にしっかり狙いをつける。残念ながらそのすべてが外れてしまった。

続いて春樹が輪ゴム銃を受け取ると的に向けて構える。


「ちゃっちゃと撃っちゃいなよ。どうせ当たらないんだから」

「おまえと一緒にすんな、俺は当てるし。気が散るから話しかけんな!」

「はーずーせっ! はーずーせっ! はい、なっちゃんも一緒に!」

「え、わたしも? は、はーずーせ?」

「お腹から声出して! はい、せーの!」

『はーずーせっ! はーずーせっ!』

「だあ! うるせー!」


賞金を獲得すべく春樹は的に狙いを定め念入りに時間をかけて発射角度を調整していた。すると何時まで経っても打たないことにしびれを切らした冬里が野次を飛ばし始めた。

夏希も巻き込み両サイドからの外せと大合唱の中で春樹が撃ち出した輪ゴムは的の空容器の上を通り過ぎ外れた。


「いえーい!」

「いえい!」


望み通りに春樹が外したため冬里たちは大盛り上がった。ハイタッチを交わす二人を春樹は苦々しく見つめる


「よーし! 次もしっかり声出していこー!」

「はい! むぐっ」

「はい、じゃねえ。いいか夏希。あいつの悪ふざけにのせられるな。アレを手本にするな。ろくな大人にならないぞ」


すっかり冬里のペースに乗せられていた夏希の口に春樹が駄菓子のおいしい棒を突っ込んで黙らせた。


「あー。いいなー。なんでなっちゃんにだけおいしい棒あげたのー? わたしのは!」

「あと二回静かに出来たら冬里には二本やるよ」

「わーい! ハルくん、はよ撃てや! おいしい棒よこせおらー!」

「おまえ静かにって言葉の意味知ってる?」


春樹の作戦では、おいしい棒ひとつ与えたところで冬里は黙らない。先に夏希に食べさせることで羨ましがり自分も欲しいと言ってくる。そこで黙っていた倍の二本を報酬に提示することで静かにさせる。

そう春樹は考えていたのだが効果はなかったようだ。

その様子を春樹がくれたおいしい棒をもそもそと食べて見ていた夏希は口の中の水分をおいしい棒に持っていかれてのどが渇いてきた。

夏希は水分を欲しってあたりを見回すが近くに自動販売機は見当たらない。そしてテーブルに広げられた駄菓子の中に丸型の飲むゼリーがある事に気が付いた。


「冬里。このゼリーとわたしのお菓子と交換して」

「おー? いいよ! じゃあ、なっちゃんの買ったお菓子見せて!」


夏希は意図せず春樹の妨害をする冬里の注意を逸らすことに成功した。

なんにせよこれで集中できると春樹は息つく。

輪ゴム銃を握る手がブレないようにテーブルに固定し、ゆっくり呼吸を整え的に狙いを絞る。先程の一射目で輪ゴムは狙いよりもわずかに上方向に飛ぶことを春樹は把握していた。なので的から少し下に狙いをつけて引き金を引く。

放たれた輪ゴムは春樹の考えた通りの軌道を描き的を射抜く。それに喜ぶことなく次の輪ゴムをセットする。集中が続いているうちに撃ってしまおうという考えだ。

深呼吸をして息を整え残る的に狙いをつけ撃つ。

カランと乾いた音をたてて二本目の空容器が地面に転がる。


「っしゃあ! 見たか!」


二つ目の的を射抜いたのを確認するやいなや雄叫びをあげガッツポーズをとった春樹はとなりのテーブルに目を向けた。

そこには春樹に目もくれずお互いの買ったお菓子を見せ合ってきゃっきゃと貪る妹たちの姿があった。


「あ、終わった? じゃ、おいしい棒ちょーだい!」

「やるか!」


差し出された冬里の手を春樹は叩き落とした。



自宅に帰った夏希たちを迎えた青葉はドロドロに汚れた子供たちにお風呂に向かうように言った。

三人がお風呂から上がると夕食となり鍋を囲って食べた。食べ終わったらリビングでテレビのバラエティー番組をみて、番組が終わりニュースになったところで再び輪ゴム銃で射的をすることになった。

全員がのどが渇くという理由から避け家まで残っていたおいしい棒をベットし試合は遅くまで白熱した。

昼間は春樹に敗北を喫した夏希だったがコツは掴んでいたので、すべてのおいしい棒を大人げなく奪うつもりだった。


「マジかよ…」

「おにー!」

「それでも大人か!」

「はーはははっ! 子供たち。勝負という世界は非常なものだよ」


自分も一緒に遊びたいと高級チョコをぶら下げてリビングに戻ってきた青葉を夏希たちはカモとみて参加を認めた。それが悲劇の始まりだった。

青葉は一発だけ試射をしたあとまさしく百発百中、一度も外すことなく的を射抜いていった。夏希たちのおいしい棒はすべて青葉に巻き上げられてしまったのだ。

ニマニマと勝ち誇った顔で悔しがる子供たちを見下ろし、それに満足した青葉は夏希たちの口にチョコをひとつずつ食べさせて獲得したおいしい棒を手に部屋に戻って行った。


「もう遅いから全員おとなしく歯磨いて寝ること。わかった?」

『はーい』


盛り上がって時間を忘れていたが、もうすぐ日が越えよういう時間だった。もしかしたらそれを咎める意味で青葉はリビングに戻ってきたのかもしれない。

それはないか。と夏希は思い返す。なぜなら、あの時の青葉はわが子に花を持たせる気など微塵も感じさせないくらい真剣そのものだったから。


「ハルくん。なっちゃん。おやすみー」

「おやすみ」

「うん。おやすみなさい」


青葉の言いつけ通り三人とも洗面所で並んで歯を磨いた。

電池が切れたのか冬里は急にお眠モードに入り覚束ない足取りになり、夏希と春樹で支えて二階にあがる。おやすみと挨拶を交わしそれぞれの部屋へと戻って行った。

いつも土曜日のこの時間帯であれば夏希は眠気が来るまでスマホを眺めてダラダラとベッドで過ごしていた事だろう。

しかし今日は既に非常にまぶたが重かった。


のろのろとした足取りでベッドに辿り着くと夏希は布団を被った。そのまま電気を消すと部屋の中は真っ暗となる。窓から部屋の中に届く街灯の明かりなどもなく、目を閉じなくとも本当に真っ暗だ。

暗闇はなんだか不安な気持ちに駆られる。落ち着かず寝返りをうつと手に柔らかな感触が返ってきた。目を開けても見えはしないが誕生日プレゼントと言って冬里がくれたぬーこちゃんというぬいぐるみだろう。一メートルはあろうかこの大きなぬいぐるみは置き場所に困り、冬里の親友というぬーこちゃんをまさか床に置くわけにもいかず、貰ってからというもの隣で寝ていた。

それを抱き寄せ抱き枕すると不思議と安心した。冬里に感謝しなければ。


朝一番にやってきた冬里に連れ出され、春樹の漕ぐ自転車の後ろに乗り町を案内をしてもらった。一日中遊び回り、久しぶりに気怠い疲れからくる眠気ではなく眠れそうだ。

ぬいぐるみをしっかりと抱き直し目を閉じる。このまま眠ってしまうまえにもう少しだけ今日の楽しかった出来事を思い返していたかった。けれどあらがえない眠気がすっとやってきた。

ただ、今日がとても短かったなと。そう思い夏希は眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ