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24/70

ファーマーズキッチン

「実は今日お母さんから軍資金を預かってきております! お菓子はひとり三百円まで! 好きなの選んでね!」

「うおー! まじかっ太っ腹じゃん!」


夏希たちは駄菓子屋へと来ていた。

ここは昔から続いている駄菓子屋さんといった風貌で、入り口で通路が二手に分かれていて薄暗い店内は所狭しと品物が並んでいた。駄菓子はもちろんプラモデルやモデルガンなども並んでいる。もう一方の通路には色褪せた昔のおもちゃが売っている。しかしこちらにはもう人は来ないのかケースの中も埃をかぶっていた。

まるでこの店だけ時間が止まっているかのようにも感じてしまうし、初めて来たはずなのに何故か既視感を覚えてしまう。


春樹はもう欲しいものは決まったようでモデルガンの箱を手に取って見ていた。冬里は手に取りひとつひとつ吟味しながらカゴに駄菓子を入れていく。

久しぶりに来た駄菓子屋に夏希は懐かしさを感じつつ少し興奮していた。

小さな子供でも取りやすいように低い棚に並んだ駄菓子たちは、夏希も染みのあるものもあれば目新しい駄菓子も多くあり目移りしてしまう。


ただ商品に張られた値札が昔のままではなかった。

記憶の中の値段からは十円、二十円と全体的に値が上がっている印象がある。

夏希が好きだった棒状のゼリーもひとつ十円だった記憶があるのに、目の前の商品は二十円だった。また半球型のボールを模したゼリーの方は変わらぬ値段のようで安心した。

どちらもカゴに投入し、三百円になるように計算しながら駄菓子を選んでいく。


「わざとじゃねーよ!」

「いーや! 五十円オーバーは絶対にわざとだよ! 狙ってやってないなら、ハルくん小学生からやり直した方がいいよ!」


先に会計をしていた春樹の合計額が三百円を超過していたようでそれを冬里が咎めていた。冬里と言い争いながら五十円分の駄菓子のどれを減らそうかと春樹は頭を悩ませる。


「三百四十円だね」

「お前もオーバーしてるぞ。小学生からやり直せよ」

「うっさい!」


店主のおじいさんが冬里の分の計算を終えると、これまた予算を超えていた。これには春樹が意地の悪い顔を浮かべて、これ見よがしに冬里を非難しだした。

よくある光景なのか店主は止めるでもなくニコニコとその光景を見守り待っていた。


「お嬢ちゃんも決まったかい?」

「はい。お願いします」


春樹と冬里が揃って予算オーバーであったため、自分は大丈夫かとかごの中の商品を頭の中で再計算をしていたら店主に声をかけられてしまった。


「賑やかなお兄さんとお姉さんだね」

「あ、えっと。そうですね」


どうやら店主は夏希を二人の妹と思っているらしい。冬里と比べても明らかに低い夏希なので、何も知らない人からみたらそう思ってしまうのも仕方がない。夏希もわざわざ訂正するつもりもなかった。

それよりも夏希はカゴの駄菓子の合計金額が心配だった。これでも見た目はともかく一応年上としてのプライドがあるので三百円分の暗算はこなしたい。予算オーバーしていないことを祈る。


「二百八十円だけど、追加するかい?」


ドキドキと結果を待ち店主から告げられた金額は二十円少なかった。

視界いっぱいの駄菓子にテンションが上がっていたと心の中で言い訳しつつ、三百円分の計算ができなかったことに夏希はショックを受けていた。


「いえ、これで大丈夫です」

「おい夏希。遠慮すんなよ! これ買え!」

「そうだよ! もっとたくさん食べて大きくならなきゃ! おじいちゃんこれ全部ね!」


夏希は遠慮したわけではないのだが春樹たちはそう受け取ってしまったらしく、自分たちの超過した分の駄菓子を夏希のかごに入れた。

直前まで多いと欲張りすぎだとお互い言い合いをしていたくせに、夏希の会計が少ないと遠慮するなとは極端すぎる。

それに駄菓子を食べても大きくならないだろうと考えているうちに、冬里は千円札を取り出して会計を終えてしまっていた。


「あのホントにわたしだけよかったの?」

「いいのいいの。さーて、和良川に帰るとしましょうか! お昼はボブさんトコだよ!」

「やっとメシか。腹減ったー。何食べようかな」

「なっちゃん。食べたいかもだけどお菓子はまだ食べちゃだめだよ!」

「はーい。でも春樹くんは手遅れだけど」

「なにー! こらハルくん。ごはん前でしょーが!」

「ガムくらいいいだろ! おい、夏希も食べていいぞ。あいつあんな事言ってるけど絶対に隠れて自分も食べる気だぞ」

「あはは。わたしはいいかな。本当にごはんが食べれなくなっちゃいそうだし」


そう小声で夏希に言う春樹は、さすが兄妹と言うべきか自転車を運転していて前を見ているはずなのに、夏希が後ろを振り返るとスピードを落とし距離をとった冬里が袋から駄菓子を取り出して口に運んでいるところだった。

しかし前に来た道を戻っていく。帰りはケンカもなかったのでゆっくりとしたものだった。


和良川まで帰ってくるとバイパスではなく旧道へと入る。こちらは走る車はおろか歩いている人影も見当たらないほど寂れていた。自転車で走っていると微かに聞こえる生活音が窓の空いた住宅からテレビの音とともに漏れて聞こえてくる。

新しく建てられた住宅もあれば古い木造の住宅も多く見た目だけでは空き家かどうかもわからなかった。使っているかも分からない様な納屋があり、壁面には色褪せ錆付いている看板がある。

その納屋には深い埃をかぶっている品々もあれば、真新しいトラクターなど農機具が停められていることもある。


「あ、ここね。小夜ちゃんのお家だよ!」


和良川まで戻ると冬里からどこどこのだれさんの家と紹介されたりすることが増えた。しかしその人物がわからない夏希はうなずくことしかできなかった。


「今朝飲んでた牛乳あるだろ。あれはここで作られてるんだ」

「あ、そうなんだ」


静かな住宅が並ぶ道に現れたのは夢咲乳業と看板が掲げられた工場だった。ここに来てやっと遠目ながら人の姿を見ることができ、従業員らしき人が何か機材を洗っているようであった。

さすがに工場ということもあり特に中には入らずで前を通り過ぎるだけであった。


夏希たちを乗せた自転車は旧道からも外れ畑ばかりの細い道を進みだす。

一行が到着したのは周りを畑に囲まれた場所にぽつんと民家と作業場が一体化した建物だった。そのだだっ広い土地に自転車に乗ったまま入ると、民家の前にある『ファーマーズキッチン』と手書きで書かれた木の看板の前に自転車を停める。

一見普通の民家だが入り口には商い中と書かれた札が下がっていた。


「こんちゃー!」

「ボブさーん。ごはーん」

「えっと、こんにちは?」


中に入ると店内にはテーブルとカウンター席があり、がらんとした定食屋といった風貌であった。


「ボブさんいないみたいだな。作業場の方か?」

「私らちょっくら探してくるから、なっちゃんは座って待ってて!」


そう言って春樹と冬里はカウンター内の調理場へ入って行き、そのさらに奥へと続く扉に消えていった。

勝手知ったるかの如くずかずかと遠慮なく入っていくあたり、ここは春樹たちの知り合いが営んでいる定食屋なのだろうと夏希は思った。

知らない場所に一人残された夏希は心細くなりソワソワしてしまう。今からでも二人を追い駆けようかと迷う。しばらくその場でどうしようかと夏希は考えて、追いかけるのはやめて冬里に言われた通りに座って待つことにした。


座ったテーブルの上には割り箸や調味料が入った入れ物とスタンドに立てかけられた一枚のメニュー表があった。ラミネート加工されたメニューは定食や飲み物など一覧が手書きで書かれていた。

書かれたメニューもさほど多くはなくシンプルにメニュー名だけだったのですぐに読み終わってしまう。この店には余り物が置いていないようで新聞、雑誌のようなものも置いてはいないようであった。テレビは置いてあるがいまはついておらず、勝手につけるのは躊躇われた。


すぐに夏希は手持ち無沙汰になってしまった。

またぼうっと店内を見回していると入り口横の壁にピンで止められている一枚の写真を見つけた。

写真を見ようと夏希は立ち上がり壁際まで移動する。その写真は集合写真のようで、作業服を着た多くの若い男性たちが肩を組んだりと思い思い自由に写っていた。笑顔で楽しげに写っているが、何というか夏希には柄が悪そうな感じというか、みな強面に見えた。


なぜかそんな連中のなかに今よりも幼い装いの春樹と冬里も写っているのを発見した。

肩車をされた春樹に、なぜか屈強な男の二の腕にぶら下がった冬里。幼い二人がいるならば青葉もいるのではと、夏希は写真の中を探してみたが青葉は見付からなかった。けれど大部分が見切れているがシャッターを押す寸前に枠から出てしまったであろう人物の足が写っていた。

なんとなくその人物が青葉だと夏希には分かった。その青葉を慌てて追い駆けようとしている男性の顔が汚れていたので夏希は指で拭う。すると壁に留めていたピンが外れ写真がひらひらと宙を舞った。


地面に落ちてしまった写真を慌てて拾い上げる。そして夏希が立ち上がったところに、すぐ横の入り口が開き色黒でガタイのいい二メートルはあろうかという大男が入ってきた。

それに驚いた夏希は声をあげ、なぜか拾った写真を背中に隠すように回してしまった。


「ひっ!」


その大男は出会い頭に不審な動作をした夏希を訝しげに目を細めて見下ろす。

すぐに写真を差し出して落としてしまったと言ってしまえばよかったのだが、男性だったころの夏希よりも頭ひとつ分よりもさらに高い大男に、縮んでしまった夏希の身長から見上げた目の前の大男に恐怖を感じて気圧されてしまい動けなかった。


「ん?」


夏希を見下げていた大男は、足元にピンが落ちているのを見つけて拾い上げた。


「あの。ご、ごめんなさい。写真を見たら落としてしまいました。汚してしまっていたらすいません」

「ああ、そういうことか。かまわない。無くなってもデータはあるからまた印刷すればいい」


ピンを拾おうと屈む大男の動作に怒られると勘違いした夏希は思わずびくりと身をすくませた。

立ち上がった大男の手にピンがあったことで、隠す必要もなかったの写真を経緯を説明して夏希は差し出した。それを受け取った大男は軽く写真の表面を手で払うとまた壁にピンでとめた。


「それで、キミはうちに何か用かな?」

「えっと、家族に連れられて食事にきたところでして」

「そうだったのか。すまない、少し席を外していた。すぐに用意しよう。それでご家族は」


大男は肩にかけていたエプロンを首から掛けるとカウンターの奥の調理場に向かう。いまの話の流れ的にこの大男が春樹たちが話していた。


「いねーな。店開けっ放しにしてどこ行ったんだよ」

「やばい。私たちご飯どうしよ」

「浜那美まで戻るか?」

「えー。また行くのめんどくさーい。って、ボブさんいるし!」


大男が調理場に向かうのと時を同じくして、調理場の奥から春樹と冬里が戻ってきたところだった。


「もー、どこ行ってたの! 私たちお腹がペコペコだよ!」

「ボブさん。俺、焼肉定食で」


夏希が予想した通りこの大男が春樹たちの探していたボブさんだったようだ。


「なるほどお前が」


やっと見つけたとばかりに騒ぐ兄妹の声にかき消されて、振り向いて夏希を見たボブの小さな呟きは夏希には届かなかった。


誤字報告ありがとうございました!

誤字めっちゃあって笑えない…。また誤字あればご報告お願いします。

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