忘れてしまった感性は
「ここが浜那美病院だよ!」
歩いて十数分かかる通学路も本気を出した自転車ならすぐだった。
いつ落ちるかもわからない恐怖を耐えていたものの、途中で限界がきた夏希が自転車から飛び降りたことによってレースは幕を閉じた。
さっきまで全力で走っているだろうに、まだ元気が有り余っているようで全く疲れを見せない春樹と冬里。二人の体力の底が夏希にはまったく想像が出来なかった。
しかもあんなどうでもいい理由でなぜ本気になれるのだろうか。今日はまだ始まったばかりだと言うのに、あのテンションで最後まで持つのだろうか。
もう十数年も省エネモードを基本スタンスにしてきた夏希には理解できなかった。
「毎年冬になったら冬里がお世話になるとこだな」
「ハルくんはいいよね。バカだから風邪ひかなくて」
「バカなのに風邪ひく冬里ってなんなの」
「はいはい。すぐケンカしない」
また口喧嘩が始まりそうになったためヒートアップする前に夏希が止めに入る。夏希がいないところで迷惑が掛からない範囲でする分には構わないが、この暑い日差しのもと屋外でされると大変困る。
「あれホームセンター」
「学校の帰り道だから知ってると思うけどここがスーパー!」
「正面の店が薬局な」
「ちなみにアイスクリーム買うときはスーパーより薬局の方が安いんだよ!」
「お菓子も大体薬局の方が安いよな」
再び自転車は走り出したと思うと、少し走ると止まると店の中を冷やかし程度に見て回る。店頭に置いてあるカプセルトイを見たり、各お店のお菓子売り場で新作のチェックをしていく。
思い返してみれば子供のころ親の買い物に付いて行ったとき夏希もいまと同じことをしていた。
あの頃はヒマつぶしであったり、お菓子を買ってもらうために親について行っていた。
それが親元を離れ一人暮らしをするようになり買い物は自分が生きるためにするようになった。ただ食べたいものを探すから、より安いものを見つけてその中から選ぶに変わった。
「見てなっちゃん! このグミ、一メートルもあるんだって!」
「わ、ホントだ。すごい」
「しかもこれ一本に色んな味もいっぱいあるんだって。お得じゃん!」
冬里が持ってきた『日本一とってもなが~いグミ』のパッケージにはカラフルな文字で全長1メートルと長さを強調する文字が目立つように書かれ、小さく日本一とは当社比と注意書きされていた。
先日都合により目線が低くなり、少々世界が大きくなったかのように錯覚を覚える夏希にそのグミはとても大きく見えた。
「なにしてるの?」
「なっちゃんとどっちが大きいかなって思って?」
冬里が見せつけるように掲げられたグミが夏希の視界から消えると、今度は夏希を比べるかのように並べられた。なにやらわざとらしく考えるような仕草をする冬里。それに対して怪訝な表情を浮かべる夏希が問いかけると、含み笑いを浮かべ冬里が悪びれることなくそう答えた。
「そんなにちっちゃくないから! わたしの方が大きいからね!」
「なはは! 冗談に決まってるじゃん。そんな怒んないでよー!」
以前は同世代より成長が早く、最終的にも男性の平均身長以上あったので今までこの様な風に感じたことはなかった。
それがこの身体になってからというもの、夏希は身長をコンプレックスに感じるようになっていた。
背が低いいじりをしたことはあれど、されたことがない夏希には少し耐性がなかった。心の中でかつて友人であった人たちに背の低さをイジったことに対し謝罪した。
「もお! これどこあったの」
「あそこー」
「わっ、たか」
けらけら笑う冬里からグミを奪いとり元あった場所にを聞き出して戻そうとして、パック売りされているグミの数倍の値段が張られた値札をみて夏希は驚いた。
「今度お母さんと来た時に買ってもらおう!」
「これ青葉さん買ってくれる?」
「三人で分けて食べるからって言えばいけるよ! たぶん!」
三人で分け合うとして勘定しても若干高いのではと思うが、あのわが子に甘い青葉のことなので全員でせがんだら買ってくれるのかもしれない。
「さ、リサーチも済んだし次にいこっか!」
「あれ、そういえば春樹くんは?」
今日一番の時間を使ってお菓子コーナーの物色を終えた夏希たちは出口を目指す。
店に入ってから春樹の姿はいつの間にか消えていた。また春樹を置いて先に行くのかと夏希は思い冬里に確認する。
「んー? ああ、ハルくんはあそこだね」
冬里の指さす先を見ると、店から出てすぐに設置されたカプセルトイの台に張り付き中を覗き込む春樹の姿があった。
「はーるくんっ。なんかいいのあった?」
「ああ、お前らか。ちょっと見てくれ。次に出てくるアレはコレだと思うか?」
「どれどれー?」
春樹が覗き込むのとは逆サイドから冬里も台を覗き込む。
そのカプセルトイは余り物をごちゃ混ぜしたもののようで、当たりが輪ゴム銃のようでそれを春樹が狙っていた。
カプセルトイの台を真剣に覗きこむ二人を見て、昔の夏希も次に排出される景品がお目当ての物かどうかよく見て確かめていたなと懐かしんでいた。
こういった物には歳を重ねるにつれて次第に興味事態を失っていった。と言えば大人になったと思われるかも知れなが、実のところは興味はあった。
今までも欲しいなと思った物も多くあったがカプセルトイは子供のものと決めつけて、立ち止まって見ることさえ避けていた。それが丁度今くらいの年齢の時で、大人になって多少考えは変わったものの、欲しいとは思うのは一時的欲求に過ぎず、使ったり飾ったりするかと言われると首を傾げてしまい結局立ち去っていた。
だから、もう夏希はこの様なカプセルトイとは無縁と思っていたのだが。
「なんかぽいな!」
「だよな! 夏希はどう思う?」
「あ、わたし?」
春樹は離れて見ていた夏希の背中を押してカプセルトイまで連れてくると中を確かめるよう促した。
「あー。ぽいかも?」
夏希が隙間からのぞき込むと中にはまだ台の半分くらい残っている。統一性のない景品が入ったカプセルの間の奥、次に出てくるであろうカプセルの中には見本と同じシルバーの鉄のような質感をした塊が入っているように見えた。
「よしよし! やっぱそうだよな!」
春樹は何度も違う角度から確認して確信めいたものを感じていたのたが、それと同時に違うのではないかという気持ちもあった。あとひと押ししてくれる何があればと悩んでいたところに、店から戻ってきた夏希と冬里にも確認してもらった。二人も同じ意見であったことから春樹はカプセルトイを回すことを決意する。
「でも、ぽいってだけで違うかもしれないよ」
全員の意見が一致したことで、春樹は回す気満々で財布と取り出し小銭が入っているかを確認した。
春樹が挑むこのカプセルトイの硬貨の必要枚数は三枚。社会人を経験した夏希にとっても一瞬考えてしまう。それが中学生の春樹からしたら尚更高い部類だろう。もし出てきた景品が目当ての物でなかったら、夏希は自信の発言のせいで春樹が落ち込んでしまう可能性があると思うと止めなくてはと声をあげるが。
「まって!」
「おーし! いけいけ! いったれハルくん!」
「おう! いくぜ!」
夏希の静止は冬里の煽り声に負けて届かない。もう春樹はすべての硬貨を投入し終え取っ手を回していた。
カプセルトイはガチャリと音を鳴らしながら回り、排出口にゴトンとカプセルが落ちてきた。
そのカプセルを春樹はゆっくりと手を伸ばし手に取った。カポっとカプセルの開く音が聞こえ春樹が中を検める。
夏希からは身体に隠れ春樹の手元は見えなかった。長い数秒の無言の時間を息を飲んで見守った。
「いーよっしゃあ!」
「ホント当たったの!? 見せて見せて!」
カプセルを手にガッツポーズをとる春樹に、カプセルの中身を早く見せろとばかりに冬里が周りを飛び跳ねる。
目当ての景品が手に入り喜ぶ二人をみていると、もし当たらなかったらと余計なことを考えていたさっきまでの自分を夏希は馬鹿馬鹿しく感じた。
夏希は当たったときの事よりも、まず当たらなかった時を想像していた。だか春樹と冬里もそれを考えていない訳ではない、しかし何が出てくるかわからない中でもドキドキと期待に胸を膨らます気持ちが勝るのだ。
きっとそれが春樹たちにあって夏希には忘れてしまった感情の正体なのだろう。
「どうだ夏希。かっこよくないかこれ!」
パーツごとに分かれたビニールを破り、嬉しそうに組み立ていく春樹を見ていると夏希も雰囲気に当てられてなんだかうれしい気持ちになった。
組み立てたあがった手のひらサイズの輪ゴム銃を春樹は構えて見せてくる。
その姿に夏希は自然と笑みがこぼれた。
「うん。かっこいいよ」
「お、おう…。だよな!」
「ハルくん貸して貸して! うおー! ちゃんと飛ぶじゃん!」
「ああー! まだ俺も撃ってないのに!」
笑った夏希に見惚れて気を取られている春樹の手から輪ゴムを冬里が奪い取ると、引き金を引きセットされていた付属の輪ゴムが飛んでいく。放たれた輪ゴムはよく飛びよく駐車場を越えて高く伸びた草むらへと消えて見えなくなった。
初試射を取られた春樹がまた冬里とケンカを始めるかと思われたが、打たれた輪ゴムの行方の方が気になったようだ。
「どーすんんだよ。輪ゴムあれ一個しかないのに! 探せ!」
「ごめんごめん! でも家に輪ゴムいっぱいあるじゃんか。それにどうせあれも明日には無くなってただろうし」
「家に赤色の輪ゴムはないだろ! 絶対みつけろ!」
三人で手分けして探すもついに輪ゴムは見つからず、しぶしぶ春樹が諦めることとなった。
手に入れたばかりで唯一の輪ゴムが行方不明になってしまい使えなくなった輪ゴム銃を大事そうにポケットに仕舞った春樹はしばらく口数が少なかったが時間が経つにつれ機嫌を直していった。




