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二人乗りはご用心

香月家の朝食は曜日に関わらず各々パンを焼いて食べることになっている。

いましがたトースターで焼けた食パンにマーガリンをたっぷり塗る。カリッと焼けたトーストに表面がしんなりとするぐらいにマーガリンを付けて食べるのが昔から変わらぬ夏希流の食べ方だ。

温かい食べ物は温かい美味しいうちに食べ切ってしまいたいのだが、この身体になって一口が小さくなってしまったので一枚を食べ終わるころにはトーストが冷めてしまっているのが残念だ。

夏希が最後のひと口を牛乳とともに流し込んだところで春樹がリビングにやって来た。


「おはよう、春樹くん。パン焼こうか?」

「おう、おはよう。じゃあ二枚頼むわ」

「おっけ。二枚だね」


夏希は注文通り食パンを二枚トースターに入れてタイマーをセットする。

冷蔵庫からジャムと牛乳を取り出してくると春樹もテーブルに着いた。


「夏希もあいつにヘンな起こされ方されなかったか?」

「まあ、うん。大丈夫だったよ」

「うちの妹が悪いな」

「ううん。普通? だったと思うよ。あはは」


された。と瞬間的に返事しそうになったの夏希はをグッと堪え、乾いた笑みをこぼした。

正確には冬里がやって来た頃にはすでに目覚めていたので起こし方に問題はなかった。その後の出来事を説明するのが面倒だった夏希は冬里に普通に起こされたことにした。


「イヤならイヤってはっきり言わないと冬里はつけあがるから注意しとけよ。じゃないと俺みたいな起こされ方になるから」


会話から春樹は日頃から冬里によほど過激な起こし方をしたようだった。


「ねえ、今日どこかに出掛けるみたいなことを冬里が言ってたんだけど、春樹くんは知ってる?」

「冬里から聞いてないのか? 今日は」

「今日はね。私たちがなっちゃんに浜那美町を案内してあげるんだよ!」


いつの間にリビングにやってきたのか春樹にかぶせる形で冬里が返事を返した。


「ほらほら、ハルくん。いつまで食べてるの。ちゃっちゃと食べちゃってよ。はやくいこーよー!」

「気がはえーな。俺まだ食べてすらいねーぞ」


すぐにでも出発したい冬里は朝食を早く食べ終えるようテーブルを叩いて要求するが、そもそも春樹の朝食のトーストはまだ焼きあがっていなかった。

ちょうどトースターから音が鳴り、焼きあがったトーストを冬里が取り出して一枚を春樹に渡し、もう一枚に冬里がジャムを塗る。


「しょうがないから私が食べるの手伝ってあげるね!」

「塗ってくれてるんじゃなくて、お前が食べるのかよ!」

「だって、私も朝ごはんまだだもーん」

「夏希、もう一枚!」

「はーい」


春樹が早く食べ終わるように冬里がトーストにジャムを塗ってあげているものだと思ったら、自分が食べるためだったようだ。てっきり夏希もそう思っていただけにトーストを食べ始めた冬里を見て驚いてしまった。

減ってしまった春樹の朝食を補充するためトースターに食パンを入れ、朝からわいわいと賑やかな兄妹を眺めながら二人が食べを終わるのを夏希は待った。


「ハルくーん! まだー!」


朝食を食べたあと春樹は着替えると言って二階に戻り、しばらくたっても戻ってこないことにしびれを切らした冬里が廊下に向かって叫ぶ。


「いまトイレー」

「もー、はやくー! 先行っとくから追いかけてきてねー」

「わかったー」

「よし、いこ! なっちゃん!」


春樹の返事を聞いた冬里は夏希の手を引いて裏口に向かった。

裏口でサンダルに履き替えガレージまで行くと中には乗用車と二台の自転車があった。


「自転車で行くの? わたしのまだ届いてないよ」


ガレージにある自転車は春樹と冬里のもので、夏希の自転車はまだ届いていない。

先日青葉から自転車のカタログを見せられてどれがいいかと聞かれた夏希は要らないと答えた。これ以上世話になるのが忍びなかったし、なにより学校以外で外に出ることがないと判断したからだ。

それで数日は乗り切ったが、絶対に必要になる時が来るからからと青葉の説得に根負けした夏希は冬里と同じ自転車を買ってもらうことになった。


「大丈夫! 二人乗りすればいいのさ!」

「いや、危ないから。わたし歩くよ」

「さあ、カモンカモン!」


冬里は自転車に跨ると夏希にリアキャリアを叩いて乗るように促してくる。

期待に目を輝かせる冬里とアルミのリアキャリアの両方を眺め夏希は躊躇する。以前と比べて夏希の体重はだいぶ軽くなったとはいえ、あの冬里に運転を任せるのが不安だった。

もう一つの懸念が、一度目の学生時代で夏希は自転車の裏に人を乗せたこともあれば乗ったこともある。乗るほうが自転車を漕がなくて楽に思えるが、人が座ることを前提で作られたサドルと違い無骨なリアキャリアは人を乗せる構造ではないのだ。なので自転車の衝撃がダイレクトにケツに来るのだ。

夏希は自分の肉付きの薄いお尻が耐えられるのか心配なのだ。


「ちょっと待ってて!」


冬里の返事を待たず夏希は家の中に戻って行った。リビングまで引き返しソファからよさげなクッションを選び、それをもって冬里の元まで戻る。


「ヘイ彼女! 乗ってかねーかい?」


よく分からないキャラになりきっている冬里はひとまず無視してリアキャリアに持ってきたクッションを固定する。


「おっけ。準備できたよ」


自転車のリアキャリアに乗ろうとして、またもや問題が夏希を襲う。青葉が選んだこのロングスカートのワンピースでは跨ることが難しい。跨ることもできなくはないが後輪のタイヤにスカートが巻き込まれそうだ。少し悩んで跨るのではなく横から足をそろえて乗ってみることにした。


「いくぜお嬢様! しっかり掴まってな!」


夏希が乗ったのを確認した冬里はペダルを勢いよく漕ぎ始めた。


「ちょっと待って冬里! この体勢想像以上に怖い!」


我ながらナイスアイディアだと思っていたがすぐに後悔した。漫画だったかアニメだったかで見た覚えにある乗り方だったが、跨って乗るよりも不安定で揺れる自転車に重心が定まらず落ちてしまいそうで非常に危うかった。落ちないように片手で必死に冬里にしがみつき、もう片手で風で舞い上がるスカートを夏希は抑える。


「冬里、ストップ! いったん戻ろう。わたし着替えてくる!」

「大丈夫!」

「大丈夫じゃないんだってば!」

「うおおお! とばすぜー!」

「いやー!」


夏希の悲鳴を歓声とでも勘違いしているのか冬里は自転車を漕ぐスピードをあげだした。正確にはこの先が坂になっているので冬里は助走をつけるためにスピードをあげたのだが、パニックで周りが見えていない夏希は知る由もなかった。

走った時間はせいぜい一、二分だったが命の危機すら感じていた夏希にはとても長く感じた。


「うぶっ」

「なっちゃん! ここが第一目的地の一ノ瀬酒造だよ!」


猛スピードで走っていた自転車が急ブレーキで止まるものだから夏希は冬里の背中に顔を埋めた。

二日連続で痛めた鼻を夏希は押さえ冬里が指差した先を見る。

一ノ瀬酒造の文字と創業の昔の年号が書かれた看板が掲げられた建物があった。


「酒造って言うのはね、お酒を造ってるところなんだよ。お酒は二十歳からだから、なっちゃんはまだ飲んじゃダメだよ!」

「うん。知ってる」

「成人になったら一ノ瀬酒造のお酒で乾杯しようって愛理ちゃんと約束してるんだ。その時になったらなっちゃんも一緒に乾杯しようね!」

「うーん。わたしお酒って好きじゃないんだよね。おいしくないし。あ、いや。お父さんが飲んでたビールを少し飲ませてもらった時の話しね」


あたかもお酒を飲んだことがあるような言い方で返してしまった。実際に飲んでの感想なのだが今の見た目で酒に付いて語るのはおかしいと夏希は言い訳を付け加えた。


「そんなに慌てなくてもわかってるよー! 実は私もお祭りの時におっちゃんたちにハルくん達と一緒にちょこっと飲ませてもらったし! お母さんには内緒だよ?」


周りに聞いている人など誰もいないのにひそひそと小声で冬里は言った。

夏希は自身の発言に慌てたものの、お酒は二十歳からと言いつつ子供の時に少量を口にするのは意外とめずらしいことではないのかもしれない。


実際に夏希がいまぐらいの見た目の時にはもうお酒を口にしたことがあった。夕食時に父親が飲んでいたビールを少し貰って飲んだこともあった。冬里と同じく地区の祭りの時に名も知らぬおっさんたちに勧められたこともある。

当時子供だった夏希の舌にはお酒の味は合わず、お酒はまずいものと印象に残ったためか夏希は大人になっても自分からお酒を飲むことはなかった。


「ちなみに愛理ちゃんってのはね。ここの一ノ瀬酒造の子で私たちと同い年で同じ小学校の友達なんだ。でも中学生になってクラスは別れちゃったけど」

「そっか。さみしいね」

「そんなことないよ。隣のクラスに行けばいつでも会えるし体育とか授業でもあえるもん!」


冬里が少し暗い表情をしたので夏希は心配したが無用だったようだ。

きっとクラスが別れたくらいでは冬里にはなんの障害でもないのだろう。それに冬里の性格的に他所のクラスに行くぐらいなんの躊躇もなさそうだ。

隣のクラスの友達の元を訪れるとき平気な顔をしつつ内心緊張していた夏希とは違う。


「そういえばなっちゃんは愛理ちゃんとまだ会ったことなかったよね! 呼んできたげる!」

「え? いや、まって!」


愛理を紹介しようと冬里は自転車を降りて呼びに行こうとしたが夏希がストップをかける。


「えっと。ほら、約束もしてないし急に尋ねたら迷惑じゃないかな?」

「大丈夫大丈夫! 愛理ちゃんそんなの気にしないから!」

「ああっと、あの。そう! わたし今日は冬里に案内してもらえるのがすごい楽しみにしてたから先が気になってしょうがないんだ!」


夏希の人見知りここに極まれり。

正直言って友達の友達なんて一番困る。件の愛理ちゃんとやらの付き合いは夏希よりもずっと前からで、冬里の話を聞く限り愛理とは小学生から、もしくはそれ以前の友達だと予想できる。

最初は新参者の夏希の話題になるだろうけれど、会話が進むにつれ次第に夏希にはわからない話題で冬里たちで盛り上がって、夏希が蚊帳の外になるに決まっている。想像するだけでいたたまれない気持ちになる。

栞のときはクラスの居場所を作るために頑張った。いまも良好な関係を築けていると夏希は考えている。最低限のコミュニティで生きていければいい夏希にはいまの環境のままで充分だった。


人生をやり直すと決めた。ならばこのままの自分ではダメだと分かっているが、まだ心の準備が出来ていない。

いずれも会うにしても、もう少し先延ばしにしたい。この状況に夏希はやっと少しずつ慣れてきたところなのだ。いまはまだ自分に甘えても許されるだろうか。


「そっかそっか。なっちゃんがそんなに楽しみにしてくれているなら今日は先を急ごうか! ハルくんも追いついたみたいだしね!」


夏希が振り返ると春樹が橋を自転車で渡ってくるところだった。走行中はずっと無我夢中で冬里にしがみ付いていたものだからあの橋を渡った記憶は夏希にはなかった。

10万文字書いた。頑張った。褒めて…

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[一言] 10万文字かけて偉い! いつも楽しく読ませてもらっています。
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