学生の土曜日は?
ふと目が覚めた。
カーテンの隙間から入り込む陽の光が眩しくてすぐに目を閉じた。
長い夢を見ていた気がする。夢の内容は思い出せないが、久しぶりに気持ち良くぐっすり眠れた。そのおかげか近年毎朝寝起きに感じていた気だるさを感じることはなかった。
寝ても疲れが取れないという言葉を実感してきたこの頃。だらだらと夜ふかしすることをやめて早めに寝るように心掛けるようになった。しかし今度は疲れているのに眠れないという悩みが出来てしまった。
明日のために早く眠らないと。そう考えてしまうと返ってストレスを感じて眠れなくなってしまう。我ながら難儀な性格だ。いや、体質だろうか。
では土日は休みだからストレスはないのでは?
あいにく土曜日も朝早くから出勤なのでそうはいかない。だったら土曜日の夜はゆっくり眠れるとお思いかもしれない。事実、日曜日の昼までぐっすり眠れば体の疲労も大体は回復する。
しかし昼まで心ゆくまで睡眠をとり一日中ダラダラと休養をとった代償として、日曜日の夜が眠れなくなってしまうのだ。
月曜日から朝早くから仕事だから早く寝ないといけない。でも日曜日しっかり睡眠と休養をとった結果、身体は元気で疲れていないので眠気は全くない。
そうして電気を消した真っ暗な部屋の中、目を瞑って寝ているのか起きているのかわからない中途半端な状態で朝を迎え、週の始まりから絶不調で出勤する羽目になるんだ。
だからこうして土曜日からゆっくりできる日は貴重だ。このまま二度寝してしまおう。
きっとそれはとても気持ちがいい事だろう。ゆっくりと微睡に落ちていく中で、不思議と冷静な思考が頭をよぎった。
確か今日は土曜日だ。祝日の土曜日だったら会社も休みになるはずだが、果たして本日は祝日だっただろうか。
大丈夫だ。毎週土曜日はアラームが鳴る設定にしている。それが鳴らないということは、本日が祝日の土曜日だという証拠だ。
毎月カレンダーは確認している。正確には祝日を確認している。だって貴重な休日だから。であるからして自信を持って今から二度寝と洒落込もう。
しかしアラームの設定が切れてしまっていただけだとしたら。
気持ちよい微睡から一転、酷い悪夢を見たかのようにグルグルと胸を不安が渦巻くような不快な感覚が押し寄せる。
ばちっと目を開くと枕元に置いたスマホを手に取り時刻を確認する。
「遅刻だあぁぁ!」
八時四十七分。
スマホに表示された時刻は出勤時間を一時間以上オーバーしていた。
出社するためにスーツに着替えようと慌てて身体を起こし、部屋の中を視界に収めたところでやっと状況を思い出すことができた。また布団から出たことで部屋を満たす冷気を浴びて冷静さを取り戻した。
目の前に広がるモデルハウスのような生活感のないファンシーな見慣れぬ部屋。学生時代から十年暮らした部屋ではない。ここは夏希の部屋だ。
これからはもう土曜日なのに朝早くから出勤しなくてもいいのか。そう考えると夏希は気が抜けてベッドにゆっくりと倒れた。
すっかり眠気が吹き飛んでしまった。何というか夏希の若返った身体は元気が有り余っている。この身体になってから一晩寝れば朝には元気いっぱいなのだ。一度起きてしまうともう寝付けないだろう。
元気な身体、そしてこれから毎週土日が休みかと思うと、連休初日に何でもできてしまいそうな万能感が湧きがってきた。
映画を見に行こうとか、美味しいものを食べに行こうとか。こんな時じゃないとできないやりたい事がいっぱいである。
気持ちだけが先行し感情が飽和状態になり、何をしていいのか分からなくなって結局何もしない。それがいつもの夏希だ。
でもまあ、そもそも普段から引きこもりで引っ込み思案の夏希が連休になっただけで変われるはずがないのだ。
それが見た目が、性別が変わったところで性格は変わらない。だから夏希になっても必要がなければ部屋から、家からも出ることはない。
ぼうっと天井を見上げて夜寝るまでどうやって暇をつぶそうか。長い一日になりそうな予感がした。
「おっはよー! なっちゃん準備はできてるかー?」
嵐のように部屋に侵入して来た冬里は夏希が横になるベッドに駆け寄ってくる。
「あれれ? なっちゃん起きてるのに寝てる。もしかして体調悪い?」
部屋に入ってきた冬里は返事がないのでベッドに寝転ぶ夏希の顔を覗き込む。返事をする間もなかっただけなのだが起きているのに返事のない夏希を冬里は体調が悪いのかと勘違いした。
「元気だよ。ゴロゴロしてただけ」
「よかった、元気か! じゃあ私もゴロゴロするー!」
「わっ! ちょっと冬里!?」
夏希が元気と返事をしたことに冬里は安心すると、自分もゴロゴロするため夏希のベッドに上がった。
横になった冬里は夏希の身体に腕を回して抱き着いてきた。
「えへへ。なっちゃん、ひんやりしてて気持ちいいー!」
女子中学生とベッドで抱き合うなんて場面を誰かに目撃されてしまう様なら通報されて塀の向こう側に寝泊まりしないといけなくなる。抱きつかれた夏希はなんとか冬里の拘束を解いて抜け出そうとするが、身体を締め付ける冬里の腕力の方が強くわずかな身動ぎしかできなかった。
夏希の平らな胸に顔を埋めてじゃれついていた冬里が顔を上げて無邪気な笑顔で見上げてくる。その笑顔に毒気を抜かれ夏希はもう抵抗することをやめた。
「もう……。冬里は温かいね」
「よく言われる! 存分に暖を取るとよいぞー?」
「んー。でもまだ時期じゃないから必要になるまで押し入れに仕舞っとこうかな」
「いやー! しまわないでー!」
掛け布団を払いのけたままでしばらく寝転がっていたため冷房で冷えた夏希の身体に密着してくる冬里の温かな体温が心地よく感じた。
「それでどうしたの?」
「なにがー?」
「なにがって。用事があって来たんじゃないの」
「うーん? なんかあった気もするけど。今はなっちゃんとイチャイチャする方が優先だ!」
「なにそれ」
夏希の問いかけにしばし考えるも思考を放棄して冬里は再び顔を埋めだした。
もし年の離れた妹がいたらこんな感じだったのだろうか。傍から見れば妹に甘える姉の図なのだが、夏希はそんなことを考え冬里の頭を撫でてみた。
「なんか、なっちゃんっていい匂いする」
夏希の胸に押し当てた鼻をすんすん鳴らし冬里がくぐもった声をあげる。
「あまい。美味しそうな匂い。お腹すいてきた。食べちゃいたいかも。あむあむ」
「ちょっと! なにやってるの!」
遠慮がちに嗅いでいたのが次第にエスカレーターしていき、深呼吸をするように息を吸い込みだしたと思うと冬里がわき腹を甘噛みしだした。
それに気付いた夏希はすぐさま身を引き、冬里の口の中にパジャマだけが残りそれを噛みしめることとなり。
「美味しくない」
「そりゃそうでしょう」
このまま引き続きゴロゴロする気分でもなくなったのと、冬里の唾液で汚れてしまったパジャマを着替えようと体を起こす。
「……。なにしてるの青葉」
「娘たちのじゃれ合う姿を収めてるんだ」
冬里が入って来た際に半開きになっていた扉からスマホを構えた青葉が夏希たちを覗いていた。
「盗撮は立派な犯罪だよ」
「失礼な。これは極めて和やかな家庭を映したホームビデオだ。母親が子の成長を収めるなど至極当然。そしてこれがあれば私はあと一週間は寝ずに仕事に取り組める」
「寝ろよ。あと消せよそれ」
悪びれる様子もなく撮ったばかりの映像を再生してニヤニヤと眺める青葉が気持ち悪かったので、それ以上夏希が追及することはなかった。
まだパジャマに嚙みついている冬里を引きはがすことを諦めて、パジャマのボタンを外して上着を脱ぎやっと夏希は立ち上がることができた。
こんなに騒がしい朝を迎えたのはいつぶりだろうか。夏希は比較的に目覚めの悪い方なのだがすっかり目が覚めてしまった。
クローゼットから青葉が取り出したワンピースを受け取り着替える。
「ほら冬里、いつまでそうしているの。今日は夏希ちゃんと出掛けるって張り切ってたでしょ」
「そうだったー! こうしちゃいられない。ハルくんも起こしに行かなきゃ!」
青葉の言葉で目的を思い出した冬里はドタバタと走り廊下を挟んで向かい側の春樹の部屋に向かった。
「出掛けるってどこに?」
「さーて、どこにだろうね。私じゃなく冬里に直接聞くといいよ」




