ちょっと高いアイス
寝転がってスマホをいじっていると、コンコンと再び扉がノックされた。
「どうぞ」
また青葉が戻って来たと夏希は思ったが、入ってきたのは春樹だった。
「いま、ちょっといいか?」
「うん。どうぞ大丈夫だよ」
入って来た春樹は物珍しそうに部屋の中を見回した。
「その、なんだ。さっき母さんが夏希がヒマそうにしてるって言ってたから、いくつかマンガ持って来た」
「わあ。うれしい。あ、これ気になってたやつだ」
「続きが読みたいマンガがあれば貸すからいつでも言ってくれ。それじゃ俺はこれで」
春樹が持って来てくれたマンガはいくつか見繕って最初の数巻をもってきているようで、お試しでよんで夏希が気に入るマンガがあれば追加で貸してくれるようだ。春樹なりに考えてくれているようで、その心遣いが夏希にはうれしく笑みがこぼれた
その中にはSNSで紹介されていて以前から夏希が気になっていたマンガもあった。
「春樹くん。ありがとね」
「お、おう。おやすみ」
「おやすみなさい」
持って来たマンガをテーブルに置くと春樹はすぐに帰ってしまった。
春樹を見送ったあと夏希はテーブルのマンガの表紙をみる。少年誌系の単行本が多く、春樹はバトル物が好みなのかなという印象だ。
その中の一冊を読もうと手を伸ばしたところで扉が開いた。
「うわーお! かわいいお部屋になったねー!」
ノックもなく無遠慮に冬里が部屋の中に入って来た。
冬里は興味津々といった様子で夏希の部屋を見て回る。クローゼットを開けてハンガーにかかった服をひと通り見ると満足したのかベッドに腰かけた。
「なっちゃん、かわいいお洋服いっぱい持ってるね! うらやましー」
「ほとんど青葉さんが用意してくれた服なんだ。わたしあまり服とか持ってなかったから」
一応冬里たちには本日夏希の荷物が届いた体になっているため、怪しまれないように全部が用意された服とは言わなかった。
「はー。なるほど。たしかによく見たらお母さんの好きそうな服ばかりだ! 私は似合わないけどなっちゃんが着たらよく似合いそう!」
「そうかな? むしろ冬里の方が似合うと思うけど」
「うーん。お母さんチョイスの服を私が着ると、ハルくんに笑われる確率が高いんだよね」
この部屋にある服は冬里が着ても十分に似合うと夏希は思うのだが、話から春樹は違うようだ。他人を見る目と兄弟を見る目は違ってくるのでそのせいではではと夏希は思った。
夏希の本当の姉も美人だと友達に言われたことが何度かあるが、仲もよくなかったこともあり夏希には全くそうは思えなかった経緯がある。
「それで冬里はわたしになにか用があってきたの?」
「ああ、そうだった! 忘れるところだったよ!」
そう言って冬里は手に持った物を差し出してきた。
「こちらが約束のブツでさー。お納め下せー」
芝居じみたセリフを吐いた冬里が差し出してきたものはアイスクリームだった。お昼ご飯の時に夏希の背の低さをネタにした謝罪にと約束していたことを思い出した。
「これは、受け取れないよ」
しかしそれはお高いことで有名なアイスクリームだった。通常のものよりも二、三倍は値の張るアイスで、中学生ともなればおいそれ手の出せる値段じゃない。
それをじゃれ合いのような口喧嘩で奪うほど夏希も鬼じゃなかった。
「いいのいいの。トメ子おばあちゃんのお手伝いをちょこっとだけしたときにもらったやつだから気にしないで食べて! ほーら、なっちゃん。あーん!」
話している間にも冬里は開封していきスプーンでアイスを掬うと夏希の口元まで持ってくる。そこまでされると逆に食べない方が失礼かと思い、根負けした夏希は口を開けてしまう。
時間が経ってちょうどいい感じに溶けたアイスは口に入れた瞬間バニラの味がいっぱいに広がる。久しぶりに口にするよくわからないが高級そうな味に思わず夏希の頬が緩んだ。
「スプーン貸して」
「むぐっ!」
「このアイスはもうわたしの物なんだから、どうしようがわたしの勝手でしょ」
冬里からスプーンを奪い取るとアイスを掬い上げると、口ではああ言ったものの未練が拭いきれない表情の冬里の口にアイスをねじ込んだ。
「だから半分こしよ。二人で食べた方が絶対美味しいと思うから」
「なっちゃん。なんて優しい子なんだ。お姉ちゃんとして誇らしいよー!」
「こら。抱きつかないで! あとわたしの方がお姉ちゃんだから」
「妹はみんなそういうものさー。スプーン借りるね」
知ってか知らずか冬里自身に盛大にブーメランしている発言をすると、再び夏希にアイスを運んだ。
「ちょっと自分で食べられるから」
「私が食べさせたいの。ほら口開けて、なっちゃん!」
「んんー!」
「あはは! おひげが出来てるよ! あむっ」
「冬里のせいでしょ。ああ! それ摂り過ぎじゃない!?」
「私の身体の大きさ的にこれが適正なのです」
「そんなに変わらないじゃん! あ、ちょと。次はわたしが食べる番でしょ! スプーン貸しなさい」
「取れるものなら取ってみなさーい!」
「もー! 調子に乗るなー!」
特大にアイスを掬い上げて自らの口に入れる冬里を咎める夏希がスプーンを奪おうとするが、冬里にアイスとスプーンを掲げられてしまい身長差からそれを夏希は奪い取れないでいた。
小さなアイスを二人で時間をかけて食べ終わる頃には夏希は疲れ果てていた。
「なんでアイス一つ食べるのに疲れないといけないんだ」
「美味しかったねー! また手に入ったら半分こしよーね」
満足そうな冬里とは裏腹に夏希は疲労困憊の様子だった。
半分こと冬里は言いつつ、それぞれの食べた量に関して疑惑を夏希は抱きつつも無言で頷いた。
「およ。このお財布、なっちゃんの? かわいいね!」
青葉からプレゼントされた財布を見つけた冬里はかわいいと言ってうらやましそうに見ていた。
「あ、うん。さっき青葉さんが誕生日プレゼントって言ってくれたの」
「なぬ!」
それを聞いた冬里は立ち上がると部屋から出て行ってしまった。
なにか変なことを言ってしまったのかと夏希は不安になった。自分の親が他人の子ばかり贔屓にしていてはいい気はしないだろうし冬里が怒ってしまったのかと思い、どうしようか部屋を夏希が右往左往していると冬里が帰ってきた。
「はい!なっちゃん。これあげる!」
「え?」
「私の親友のぬーこちゃんだよ。抱き心地がとってもいいから、抱いて寝るとよく寝れるから!」
「ぬーこちゃん?」
冬里から渡されたのは緩んだ表情を浮かべた一メートルはありそうかという胴長の猫のぬいぐるみだった。
「えっと。親友って言ってたのにもらってもいいの?」
「いいの! この子を私と思って大事にしてね」
「でも」
「それ以上は言わないで、決心が揺らいじゃうから! なっちゃん、お誕生日おめでとう!」
「えっと、ありがと」
誕生日プレゼントにと押し付けるよう渡されたぬいぐるみを夏希は抱いて、親友のぬーこちゃんに後ろ髪を引かれるように出ていく冬里を見送った。
夏希はまだ冬里と出会って短い期間しかないが、直情的で思い立ったら即行動を起こす真っすぐな一方で思いやりのある子のようだと思った。




