きたるべき日に
部屋に配置された一通り家具の説明と青葉のこだわりのポイントの説明を夏希は受けた。どうもこの様になった原因はやはりというか青葉が趣味全開に走ったようだった。
「わたしの部屋じゃなくて自分の部屋でやってよ」
「だって、こんな部屋じゃ機能性ないし、そもそも散らかしてそのうち見る影もなくなるのは目に見えてるから」
「あー」
から笑いを浮かべる青葉を見て、今朝見た青葉の部屋を思い出した。あの荒れ果てた部屋を見てしまった後では夏希も頷くしかない。
「それに私には似合わないからね。やっぱりかわいい部屋はかわいい女の子が使ってこそ輝くのよ!」
「なんで冬里じゃなくてわたしなのさ」
「もうあの子でやったわ。でも気に入らなかったみたいで、気付いたらあの好みの部屋に変わってたんだ」
「じゃあ、わたしも好きなように模様替えしていいかな」
「ダメよ! 少なくとも数年は見ていたいから」
とても身勝手な青葉の理由に反論しようとしたが用意してもらった身なので、今回に限り夏希はしぶしぶ引き下がった。そのうち冬里の様に自分の好きなように変えようと決めた。
「さて、表面の説明は終わりにして。今度はこっちの中を見ていこうか」
「まだあるの」
まだ続きそうな青葉の言葉に文句を言いつつも、次の言葉を待つ。
部屋の備え付けのクローゼットを青葉が開けるとずらりと女の子の服が並んでいた。
「いや、あの。多すぎない」
「何言ってるの? これでも少ないぐらいだよ。夏希ちゃんに似合いそうな服を厳選に厳選を重ねて選んだぐらいなんだから。この家がもっと広ければもっと買ったのに。はっ! 増築すればいいのでは?」
なにやらとち狂ったことを言い出した青葉に夏希は呆れながら、クローゼットにかけられた服を一着手に取る。今朝から唯一変わっていない姿見に映った自分に服を重ねてみるとサイズは丁度のようだ。
「それにわたしの外見的に、すぐに成長してそのうち着れなくなる気がするんだけど」
「そんな些細な問題気にしなくていいわ。合わなくなれば新しいのを買えばいいのよ」
「勿体なくない」
「何言っているの? 我が子の成長を一番いい形で見るためなら少しも惜しくないわ」
本日二度目の何言っているの。を青葉から頂いた夏希はもう何も言うまいと口を閉ざした。
夏希もうすうす気づいていたが青葉は相当な子煩悩。いや親バカのほうがしっくりくるかもしれな。
すでに冬を見越して冬服まで購入しているようで、厚手の上着もハンガーにかけられていた。
「それでこっちのタンスが畳んで大丈夫な服とか下着が入ってるわ」
そう言って青葉が開けた引出しの中には、色とりどりの小さな下着が所狭しと収納されていた。
これから自分が着用する下着なのに、見てはいけない気持ちになり思わず夏希は目を逸らしてしまった。
「も、もうここの説明いいから。服なんて着るだけでしょ」
「いや、ここは夏希ちゃんにしっかりと聞いてもらうよ」
「なんで!」
嫌がらせかと抗議の声を上げる夏希を尻目に青葉はしゃべり続ける。
「じゃあ夏希ちゃんはコレの使い方は知ってるかな?」
「うっ」
今度は下着の入った引き出しの隣りの引き出しを青葉が開けると中からは、いわゆる生理用品と呼ばれる物が出てきた。
先日まで男で
まさか夏希自身が使用するなど夢にも思わなかったし、彼女がいたこともないのでソレは縁遠い存在だった。
「なんとなく分かるよ」
「本当に? じゃあ質問するけど、ここには数種類のナプキンがあるけどひとつひとつの違いが分かる?」
「え、全部一緒じゃないの?」
「はーい。わかってないね」
青葉の言い方的に引き出しに収められたカラフルなパッケージは物によって用途が違う様で、夏希は驚きの声をあげた。
「キミがその身体になってまだ数日だからまだ分からないけど、初潮が来ていてもおかしくないわ。今のうちに備えて勉強しておかないとあとで後悔するからしっかり聞いて」
「う、うん。そう言うことなら、わかった」
「まずはじめて生理を目の当たりにしたらショッキングな光景だと思うから覚悟しておいて。でも生理は人それぞれだし、ましてやこれからはじめてを経験する夏希ちゃんには万全の用意なんて出来ないの。それでも備えておいて損はないはずよ。私くらいの年齢になれば安定してきて大体生理の日が把握できるし前兆というか、もうそろそろ来るなっていうのが判ったりもする。でも夏希ちゃんのような年頃はまだ不安定でバラバラなの」
生理の仕組みや過程を話す青葉の説明に必死にくらいついて夏希は聞くが、まだ現実として受け止めきれずいた。
「今の説明は男の子でも学校で習うだろうから前置きはここまでにしよう。ちなみにさっき言っていたナプキンの種類の話しに戻ります。問題です。私たちはこれらを使い分けて使用します。まずはこのナプキンはどういうときに使うでしょう」
そう言って青葉が淡い色の包装をした包みを渡してきた。
恐る恐る手にとってパッケージを眺める。正面には商品名が書かれ、肌に優しいなどの文句のほかに、昼用と書かれていた。
「えっと日中に使う用?」
「その通り、正解よ。開けていいから一つ取り出してくれる」
青葉の指示通りに夏希は手に持ったナプキンのパッケージを破り、その中から一つ小さな包みを取り出した。
「ここのシールをはがして開けてみて」
「思ったより大きい」
取り出したナプキンの包装紙に付いているシールをはがす。三つに折り畳まれたナプキンを広げると思いのほか大きかった。
「これは違うけど前と後ろが決まっているタイプもあって大体はテープが付いてる方が前になるわ。次はナプキンを包装紙からはがしてみて、ナプキンの裏側がテープになっているから」
言われた通りナプキンを包装紙からはがす。表面の白い部分に触れた感じはさらさらしていて、パッケージに書かれた通りとても手触りが良かった。
「で、ショーツの股のこの部分に貼り付けて固定するの。それでこれはいわゆる羽根つきって呼ばれるので、運動したりしていてズレてしまうのを防止するためにあって、こうやって折り返して固定するためにあるわ。やってみて」
青葉が広げた下着の内側に夏希が慣れない手つきでナプキンを貼り付けた。またサイドに出た羽の部分をひとつ折り込み青葉が説明して、残りのひとつを夏希に折るように言った。
「さあ試しに履いてみて」
「いま!?」
「そうだよ。ぶっつけ本番より先に体験しておいた方がいいにきまってるから」
「それはそうだけど。ううぅー。わかった。着替えるから出てって」
「いいからいいから。さっさと服脱いで」
「ちょっ! やめ、やめて。自分で脱げるから! スカートから手を放せ!」
ナプキンを付けた下着を履くように要求に夏希は一度拒否を示したが、青葉のもっともらしい言い分に、試しに履くこととなった。
まだ夏希は自身のいまの裸を見るのも恥ずかしいのに、ましてや精神的に異性の青葉の前で脱ぐのには抵抗があったため出ていくよう言う。それなのに青葉は部屋を出ていくどころか、夏希の制服のスカートのホックに手をかけて脱がそうとしてくるではないか。
なぜか夏希は着ていた衣服をすべて脱がされたあとに青葉の手によって下着を履かされた。
ここに来て短い間に青葉の前で肌を晒すこと三度目となった夏希は泣き出したい思いだった。
「うー。 なんかコレ、すごい違和感があるんだけど」
「そのうち慣れるわ。なんたってこれから何十年と付き合っていくんだから」
「うっへー」
ナプキンを付けた下着を着用した夏希の感想は、触れた肌触りはやさしい感じではあったが股のところがゴワゴワと違和感がすごいというものだった。ここに経血が吸収されるわけで、そうなったときはまた感触が変わるのだろうか。
遠くない未来に生理がくると思うと気が気じゃない気分になった。
「ちなみにいまのそれは普通のショーツに付けているけど、生理の時用の下着もあって」
「ええ! 下着にも種類があるの!?」
下着にナプキンを貼る。そんな知識しかなかった夏希は、もうすでにいっぱいいっぱいだったのに新たな情報がどんどん追加され気が遠のく思いだ。
「ちゃんと用意してるから安心してくれ。これはいまの羽根つきナプキンの羽を織り込めるように二重になっていて、学校の体育の着替えの時とか人前でも目立たない構造になっている。もちろん生理が辛かったら体育授業を休んでもいいからね」
下着の股布のところが二重になっていて、ここに羽を折り込むためだと青葉が説明する。
生理で体育の授業を休むなんて考えたことがなかった。たしかにそういった話を聞いたことがあったはずだが、男性であった夏希は気にも留めてこなかった。
それに中学校からは体育は男女別になっていたので、そういった場面があることも想像も出来てなかった。
「これが夜用のショーツで、寝るときはこっちの夜用のナプキンを合わせて使えばモレを防止したりするの。ポケットが付いてるタイプもあってここに替えのナプキンを入れたり、生理痛が酷いときはカイロなんかいれて温めるのもオススメだよ」
そう言って青葉が下着の内側を裏返し、正面に当たるところにポケットが縫われており実際にナプキンを入れて見せた。
「ちなみに一日何回くらいナプキンを付け変えると思う?」
「ええっと、三回くらい?」
「これも人それぞれではあるんだけど五、六回くらいは変えるよ。長時間つけっぱなしだと色々とトラブルの元になるから、夏希ちゃんも勿体無いとか考えずに頻回に変えること」
青葉の質問にしばらく逡巡したあと夏希は答えた。
質問の意味は分かるが、男性だった夏希には生理の過程すらあやふやなのだ。着替える時に変える。出たら変える。考えてみて出たのが朝昼夕の三回という食事をするような感覚での回答だった。
「明日から学校にはこのポーチを持っていくこと。中にナプキンを入ってるから。もし学校できたら使ってくれ。今後足りなくなったり忘れたりしたときは冬里や周りの子に相談すること。逆に相談されたら渡してあげたらいい」
「う、うん。ありがとう」
「最初の生理が家できたらいいけど、そうもいってられないから。もし学校できてしまったら冬里か保健室の先生に相談するのがいい。あの子はもう始まっているから相談に乗ってくれるはずだ。前もって私からもからも言っておくから」
差し出されたポーチを夏希はおずおずと受け取ると、そのポーチを胸に抱いた。これから起こる自分の体の変化への恐怖から少し手が震えた。
いま青葉から生理について聞いていることもそうだし、冬里にもう生理がきていると聞いてしまった罪悪感に、いつ始まるかもわからない生理への不安でもう夏希の感情はぐちゃぐちゃだった。
「ちなみに中学生でも生理きていない子もいるから、夏希ちゃんもしばらく生理が来ないからって心配する必要はないから。あと生理が始まる前におりものって呼ばれるものが出はじめて下着が汚れることもあるんだけど、病気とかじゃないから安心して。一応それ用のシートも買ってあるから必要なときは使って」
「ストップ! 青葉いったん休憩しよう? わたし喉乾いちゃった。ね、ね!」
新たなワードが出てきたところで夏希の精神的な許容範囲は限界に達したため、まだ続きそうな青葉の話の腰を折る。タンスの引き出しから追加のアイテムを取り出そうとする青葉の手を引いて部屋から連れ出した。
そのまま二人は部屋を出ると階段を降りて一階のリビングへと戻る。
青葉をイスに座らせると台所の冷蔵庫からお茶の入った容器を夏希は取り出すと、テーブルに片付けられずに残っていたコップに注ぐ。
「どうぞ。青葉もいっぱい喋ったから喉乾いたでしょ」
「そんなことはないが。いや、せっかく夏希ちゃんが入れてくれたんだし頂こうか」
「うんうん。どうぞどうぞ。とてもためになる話しをありがとう。また聞かせてくれたうれしいな」
「そうだね。いきなり全部詰め込まなくてもいいか。ゆっくり覚えていこう」
夏希の遠まわしに今日はもうやめようと言うのが青葉にも無事に伝わったようだった。
先ほど青葉が話してくれた内容はとても大事な話だった。この姿に夏希がなって一人だったなら考えすらしなかった内容だ。いざとなって慌てふためく自分の姿が目に浮かぶようだった。
衣食住だけでなくサポートしてくれる青葉に夏希は本当に感謝している。ただ目的に真っ直ぐすぎて説明不足なことがあるのが玉に瑕だが。
「さっきの話は夏希ちゃんのためにも覚えといて。それとキミの処遇について所長から連絡があったから今夜にでももう一度ふたりで話そうか」
「なんかそっちの方がすごい気になるんだけど、いまはしたらダメなの。その話し」
「もう冬里が帰ってくる時間だからね。焦らず夜にゆっくり話そうじゃないか」
「ああ、なるほど。そういうこと」
「それはそうと服着なくても大丈夫かい? まだ暖かいとはいえ風邪をひかないようにね」
「は? はわっ!」
青葉の言葉で自分の格好を夏希は思い出す。
試しにと生理用品を付けた下着を履かされそのまま話していた。夏場だったこともありむしろ下着だけでいた時の方が快適でいつのまにか忘れていた。
気づいていて黙っていただろう青葉を夏希はにらみつけるが、どこ吹く風とお茶を傾けていた。
「たっだいまー!」
玄関から冬里の元気な声が家中に響き渡る。
その声が聞こえ、いまだに下着姿の夏希は慌てた。冬里に気付かれないように自分の部屋に逃げ込もうにも二階へ続く階段を上がるためには玄関の前を通らないといけない。冬里が自室に戻るか洗面所なりどこかに寄ってくれればとの願いもかなわず足音は夏希たちのいるリビングに近づいてくる。
まわりになにか着るものがないか探すも、そんな都合よい服はなかった。
「あー、涼しいー! 生き返るー」
「おかえり冬里。なにか飲むかい?」
「お母さん、ただいま! それじゃあキンキンに冷えたビール一杯!」
「はいはい。冷えた麦茶ね」
「かー! やっぱり仕事終わりはこの一杯だね! およ? なっちゃん。どったの、そんなところで?」
「あ、ははは。えーっと、お風呂入ろうとしてた?」
リビングの扉を勢いよく開けて冬里が入ってきた。青葉から手渡された所望した麦茶を一気に飲み干し、年齢を疑いたくなるようなセリフを吐いた冬里はソファーの陰から覗く夏希とばっちり目が合った。
冬里から隠れることに失敗した夏希は、とっさに出た言い訳を実行するため、身体を隠すように猫のおとーさんを抱きあげお風呂へと向かうためバタバタとした足取りでリビングから退散していった。




