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そんなには食べられません!

すでに大半の生徒がお昼ご飯を食べ終えていた。食べ終わると遊びに教室を出ていく生徒たちもいるが夏希たちは教室に残っていた。


「ほら、がんばれ! なっちゃん最後の一口だよ。なんなら食べさせてあげようか?」

「いい。自分で食べるから」


冬里の言う通り夏希はお弁当の残りの一口を震える箸で運んだ。これ以上はお腹には入らないと拒否反応を抑えなんとか嚥下した。

背もたれに身体を預けて夏希は休憩をとる。いま動くとすべて戻してしまいそうな気分だったからだ。

決してお弁当の量が多かったわけではない。青葉用意した小さなお弁当箱で適量か少し多いくらいだったのだが、夏希に冬里たちが食べさせているのを見たほかの生徒たちがこぞって自分たちのお弁当のおかずを食べさせてきた。


人の好意を無下には出来ない。というか断ったら嫌われてしまうのではと考えた夏希は差し出された全てを食べきった。

それに加え青葉が用意してくれたお弁当を残すのも申し訳ないので夏希は気力を振り絞り胃に詰め込んだ。

夏希が食べ終わるころには昼休みはもう半分以上の時間が過ぎていた。こんなに時間をかけて食べたのは小学校の給食で嫌いなものが出てた時以来だろうか。そういったときは意地でも食べないで、お昼休みが終わるタイムアップまで粘って残していた。


「うっぷ。もう食べれない」

「がんばったねー。夏希ちゃん。ほら、ご褒美のあめちゃんだよ」


限界までお腹に詰め込んだためしばらく動けそうにない夏希の口に、栞が飴を詰め込んでくる。その飴を口の中で転がしイチゴの味を堪能した。

そのまま休憩をとる夏希は午後の授業に体育がないことを祈った。もし座学以外の授業があれば冗談抜きで吐いてしまいそうだった。そんなことが起これば転校一日目で不登校になる自信が夏希にはあった。


「あ、ずるーい! 私のはしおりん!」

「はいはい。ありゃ、ごめん。いまので最後だったみたい」

「うわーん。あんまりだー! いいもん自分の食べるもん」


そう言って冬里は自分のカバンから飴を取り出した。自分のもっとるんかいと夏希は思ったが、お腹が苦しくて口には出せなかった。

自分で持っているくせに人からねだる冬里に呆れたが、もうないと言ったくせに冬里が自分の分を取り出し食べだしたのを確認するとポケットから取り出した飴を食べ始める栞をみて、目の前で駆け引きが行われていたことに夏希は目を見張った。


「今更だけど、学校でお菓子食べてもいいの?」


しばしの休憩で余裕が戻ってきた夏希は疑問を口にする。


「おっけーなんだよ! うちの学校は認められてるんだ!」

「正確には食後のデザート扱いで暗黙の了解ってやつだよ」

「そ! 私もそれが言いたかった」

「冬里の説明じゃ全然言えてなかったよ」

「でもお昼休み以外で食べてるの見つかったら呼び出しだから。夏希ちゃんも気を付けてね」

「見つからないように食べれば怒られない。これも暗黙の了解!」

「違うと思うよ」


お菓子を食べていい中学校はめずらしいなと夏希は思った。といっても他の学校のとこは知らないし、あくまで十数年前の感覚なのでいまは当たり前なのかもしれない。

夏希が一度目に通った中学校はお菓子を食べるのを許されていなかった。それでもみんな隠れて持って来たお菓子を食べていたから、あまり変わらないのかもしれない。


「ちなみにハルくんは入学してから二回呼び出しくらっとります!」

「ふふ、そうなんだ。なにしたの?」

「それは今度ハルくんがいるとこで教えてあげるね」


いたずらっぽく笑う冬里はそう言って教えてくれなかった。


「一年でぶっちぎりに多いのは沖田って奴で、呼び出しは二桁を超えてるんだ。夏希ちゃんは絶対アイツには関わっちゃだめだよ」

「わかった。気を付ける」


わずか半年足らずで二桁の呼び出しをされるほどの不良生徒。平穏に学校生活を過ごしたい夏希は、その沖田という生徒には絶対に関わらないと決めた。


「ちなみにふたりは呼び出されて怒られたことないの?」

「私はないよ。私はね」


ずいぶんと含みを持たせた言い回しを栞はすると、隣に座る冬里をちらりと見た。


「違うもん! あれは呼び出しでも怒られたでもなくて、注意されただけだもん!」

「などと犯人は供述しております。裁判長判決を」

「有罪」

「なんでだー!」


栞に乗せられて夏希もふざけてみたが話を聞くと、以前に冬里がお昼休みに食べたガムを捨てるのを忘れてしまった。授業が始まってすぐに気付いた冬里は自ら名乗り出て注意を受けたそうだ。

ちなみに夏希が不良生徒と思っている沖田も冬里に続き名乗り出したが、そちらは放課後に職員室に呼ばれたらしい。


少なくとも夏希がその状況ならこっそり口から出して捨てるなどして誤魔化すが、名乗り出た冬里はすごいと思った。そもそもお菓子を食べて授業を受けるのが間違っているが、夏希自身も通った道なので今回の学校生活では気を付けよう。

残りのお昼休みを他愛のない話をして過ごしていたが、あと少しで休憩が終わるという時間を時計は指していた。


「ごめん。ちょっとお手洗いに」

「トイレまで案内してあげるね!」

「いや、大丈夫だから」

「じゃあ私も行こうかな」


案内されずともトイレの場所はすでに夏希は知っていた。ホームルーム前に担任の桃山から教室に来る途中にあるトイレを教えてもらっていた。

なので夏希ひとりでも行けるのだが、三人で行くことになってしまった。

校舎自体は大きくない中学校なので構造単純だ。コの字型の三階建ての校舎は一方に一年から三年生の教室があり、もう一方が特別教室になっている。トイレは教室側通路にあるので教室からすぐの場所だ。


「ささ、どうぞお先に。レディファーストですので」

「え? あ、うん。わっと」

「はいはーい。後が詰まってますよー。てか、みんなレディじゃん」


ピンク色の押戸を先頭の栞が開けると、そのまま入らず戸を押さえ夏希を先に入るように促した。

レディという単語にどう反応したものかと戸惑ってしまったのもあるが、女子トイレに入るのに夏希が躊躇していたら、うしろから冬里に背中を押され女子トイレの中に押し込まれてしまった。


夏希は女子トイレに入ってしまった。個室はすべて開いていて夏希たち以外は誰もいないようだ。

三日前であれば即逮捕だっただろうこのシチュエーション。いまとなってはコチラに入るのが当然なのに、夏希の心臓の音は周りに聞こえてしまいそうなほど大きく鳴っていた。

当然そんな夏希の事情など知らないふたりは自然に個室に入っていった。

個室の扉が閉められ内側から鍵が閉められる音で我に返る。慌てて夏希もふたりが入った個室から一番遠い個室に入った。


離れた個室からところから布が擦れる音が聞こえてくる。その音に夏希は顔が熱くなるのを感じた。個室の中には便器とサニタリーボックスのみ。うわさに聞く排泄音を誤魔化す音が出る機械はなかった。

夏希は覚悟を決めて制服のスカートをたくし上げて下着を下ろす。

この身体になってからの排泄行為は今回で二度目だが、認めたくないがトイレでするのははじめてだった。トイレの使用方法は分かっているが、男の時とは少々勝手が違うので手間取ってしまう。


下着を下してスカートが汚れないように腕で抱えて便座に座る。どうするのが正解なのか分からないが何となく想像で夏希はやってみた。離れた個室にいるふたりに聞くわけにもいかない。スマホが手元にあれば調べることができるかもしれないが、はたしてこんな事が書かれた記事があるのだろうか。

なんとか排泄までは行きついたが、排泄後も股間にはまだ濡れた感覚が残った。何となく男性の名残で身体を揺すってみたが変わりはなかった。

そこまでやって、そういえば女性は拭かないといけないんだと夏希は思い出す。

これは何度拭けばいいのだろうか。ゴシゴシと拭くのか、サラッと当てるだけ?

分からない。スマホが欲しい。けれども夏希のスマホは青葉に処分されてしまっているので手元にはない。


他の個室からはすでにトイレを流す音が聞こえてくる。もう少し早く気づいていれば、ふたりがトイレットペーパーを取る音から推測できたかもしれない。

急がなければと夏希はホルダーからトイレットペーパーをむしり取り下腹部の水気をサッと拭き取り、立ち上がると下着を上げて手で固定していたスカートを放した。

夏希がトイレを流して個室から出た時にはふたりはもう手を洗い終えていた。


「ねー。なっちゃんもそう思うでしょ」

「え、なにが?」


夏希が出てくると冬里が話しかけてきた。


「学校のトイレの便座、夏はいいけど冬は冷たくていやだよねー。って話し」

「あー。たしかに冬のことを考えればゾッとするね」


いましがた座っていた便座には温度調節機能はなかった。冬里の言う通り冬になれば暖房もないトイレは極寒で冷え切っていることだろう。

男子トイレの小便器は触れなくても用を足せるので、先日まで男性だった夏希はその考えに至ることはなかった。そう考えるといまから冬が憂鬱になってしまう。


「それなのにね。職員トイレは男女ともあったかくなる機能もウォシュレットも付いてるらしいんだよ」

「うわっ。ずるい。職権乱用だ」


そのままお昼休みをチャイムが鳴るまで夏希たちは女子トイレでおしゃべりをしていた。


「おっと。はやく戻んないと掃除時間だよ」

「ところで夏希ちゃんはどこの班について掃除行くの?」

「そんなの決まってるじゃん。うちの班だよ!」

「えー。冬里の班もう六人いるでしょ。私の班五人なのに」

「ふっ。しおりんにはまだうちの大切な妹を預けられない。かな」

「誰だよ」


夏希の肩に腕を回した冬里は、やや渋い声を作って栞に向かってニヒルに笑う。

そんなつれないツッコミを入れた夏希だが、きっと掃除は冬里の班について行くだろう。

栞とはいい友人になれると思うが、人見知りの夏希にはまだ栞とふたりになるには、もう少し心の準備をする期間が必要だった。

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