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たびガール  作者: 諏訪いつき
7章 三浦半島編

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6話 城ヶ島散策

 道は海から少し離れた後、もう一度海沿いへとつながった。海の向こうには大きな橋が見えて、その先にはもう1つ陸地が見えた。多分あれが城ヶ島。さっき見た地図とも合致する。

「これから渡る橋をこうやって見れるのも、いい景色だな」

 橋ばかりに目を奪われてしまうことの内容に気を付けながらも、茉莉は暇があれば右のほうをちらと見た。すぐ近くには中型の漁船が停泊している。波音はあまり聞こえず、対向車の音と自分の自転車が出す音、海鳥がどこかで鳴いている音が風に紛れて聞こえてくる。小さな湾を海沿いに進むと、頭上に青い看板が見えた。左に曲がってこの海沿いから離れたら、城ヶ島へとつながる道に出るようだ。車体を左へ。すると道は急に上り坂になった。

「確かに、あの橋の高さまで上がらなきゃいけないか」

 電動アシストがついているとはいえ多少は力を入れる必要がある。登っている最中にこれから通るであろう橋の下もくぐって、平たんな道になったら道なりに進んで、突き当りの信号を右へ。街並みに隠れて姿を見せなくなっていた橋は、直進して少し経てば見えてきた。視界も開ける。

 橋に差し掛かれば、向こう側に城ヶ島、その両脇に海と、右の方にはほんの少し前に通った三浦の街が映った。眼下にも街が広がっている。

 見える景色が夏に着色されて爽やかで、楽しくなってペダルを踏みこむ力も強くなるけれど、もう少しこの橋にいたい。みるみるうちに城ヶ島が近づいてきた。渡り終えた左端の石碑には「県立城ヶ島公園」の文字。頭上に見える青看板が、道を右に行けば城ヶ島公園に行けることを教えてくれた。少しの上り坂。すると駐車場のような場所に行き当たった。駐車料金についての案内はあるが、自転車の駐輪料金についての案内が無い。

「すいません、自転車は駐輪料金いくらですか?」

 料金所にいる係の、年配の男の人にそう聞いた。

「あぁ自転車ね、お金はいらないから、向こうの建物の近くにある駐輪場に止めて」

 どうやら無料だったようだ。その場所まで漕いでいった。

「なんか、ラッキー」

 駐輪場代は必要なものだと身構えていたから、ちょっとした幸運に恵まれたような気分になった。

 自転車を止めて公園の中に入ると、松の並木が出迎えた。駐車している車の少なさに比例して、あまり人を見かけない。

 歩きながら大きく息を吸って、吐いた。その次に大きく伸び。誰も見ていないから自由にできる。薄い風が吹いて心地いいが、少しだけ暑い。松並木を抜けたら、芝生の広場と、展望台が見えた。

「芝生でちょっと休もうかな」

 芝生に直で座ってもいいし、ベンチもある。足が少し痛んだ。

「……今休んだら、夕方まで動けなくなりそう」

 展望台のほうへと足を向けた。

「水平線だ~!」

 スロープを登った先には太平洋の景色が見えた。南方には遮られることのない水平線が広がっている。太陽がその上からまぶしく光って、海を照らす。東の方には房総半島が、江ノ島の展望台から見るよりもはっきり見えた。そちらに目を向けた時に、城ヶ島にあるもう1つの展望台も見えた。

「あたしこれから、あっちの方に行くのかな」

 北には今まで走ってきた三浦市街と、そこから少し東のほうには断崖になっている三浦半島が続いていた。城ヶ島くらいはなんとなく行くと思っていたけれど、ここから先はどこに行くかすらよくわかっていない。さっき橋を超える前に、青矢印が東の方へと向いていたのを見たから、それに沿って行くのも良いなとはほんのり考えていたけれど。その道が続いていそうな場所では、巨大な風力発電機がゆっくりと動いているのが見えた。

「うん!ますます楽しみになってきた」

 展望台を降りてそこから見えていたもう1つの展望台にも登った。先ほどの場所から見られるものはさほど変わりなかった。景色を傍らに、この島でほかに何をしようか少し調べた。

「ハイキングコースがあるんだ……島1週……はちょっと疲れちゃうかな」

 これからのサイクリングのことを考えると、それと両立するのはあまり現実的ではないように感じた。

「へぇ、洞門っていうのがあるんだ、これだけ行ってみようかな」

 馬ノ背洞門というものがこの島の南中央にあるらしい。それだけ見て、駐輪場に戻る、ということにした。

「そうと決まれば」

 駆け出すような勢いで茉莉は展望台から降りた。来た道とは違う道を通って西の方へと歩いて、ウミウの銅像を一瞥したら、左のほうの小道へと入り込んだ。両脇に背の高い草が生えていて、あまり見晴らしはよくないが、たまに草の無い場所があって、南の海だけを一望できた。

 いつの間にか足元の舗装はなくなっていて、砂利道の中を歩いていた。人通りも極めて少なくて、先ほどと見晴らしも全く変わらない。どこまで歩いてきたかを目の前の情報から得ることが難しくて、道端に時々現れる、この島の西端にある灯台までの距離を示す看板のみが頼りだった。いつの間にか自分しか知らない秘境に迷い込んだような、そんな感覚と、かすかに聞こえる波の音とともにひたすら歩いた。ちょっとの疲労で、顔から表情が薄れていく。

「あ、分かれ道だ」

 それからもうしばらく歩いた茉莉に表情を取り戻させたのはその地点だった。異なる3方向を指し示す矢印の形をした看板の1つに、「馬ノ背洞門」の文字がある。ここからもうわずか100メートル。そちら側へと迷わず進んだ。相変わらず草が視界を遮ってくるけれど、その間から見える海の色がさっきよりもはっきりしていた。目の前にある階段も次々と降りていけば、次第に視界が晴れてきた。それらしきものは見当たらないが、階段の再起にまた看板がある。

「どれどれ……『馬の背の洞門は、崩落するおそれがありますので、洞門の上に登ったり、下に入ったりしないでください』……あっ、これが洞門なんだね」

 階段のほぼ真下にあって見えづらい位置になっていたので、柵で行けないようになっている目の前の細い道が洞門の上の部分だと気付くのに時間がかかった。

「風が気持ちいいな」

 岩場になっている海岸に波が打ち付けられ続けている。階段を降り切ったら、靴に砂が入ってしまわないように岩の部分を歩いて海と洞門に近づいた。立ち入り禁止のロープの手前まで。

「本当に岩のアーチだ。これが自然にできたんだ」

 馬ノ背洞門はこの穴の部分に波が打たれ続けてできた海食洞と言われるものだ。昔この門の下は海だったが、過去の大地震によって下部が隆起。現在この門下は陸地となっている。もっとも、上部に崩落の危険性があるのでくぐることはできないが。

「岩も波みたいで……っと、すごいや」

 洞門をよく見て写真を撮った後、岩場を伝って行けそうな場所まで海に近づいてみた。多くの岩が斜め上に尖っている。また遠くの水平線を望んだ。

「前に海を見た時は、『いつかあの海の向こうまで行くのかな』とか思ってたっけ」

 ふと七里ヶ浜のことを思い出した。もうすでに懐かしさが沸いてきている。

「あの時よりも……いつか行くような予感がするな」

 ここから南に行ったところには伊豆諸島がある。今まではあまり興味のなかった離島にも足を踏み入れてみたいような気分が、心のうちに少し宿っている。その時、優しい風が茉莉を通り過ぎて行った。その風は『心の穴』の痛みもちょっとの間だけ和らげて、去っていった。

 そのあと、周りには誰も見当たらないし、あまりにも視界の海原が心地いいから海の向こうに何か叫ぼうと大きく息を吸って、恥ずかしくなってやめた。この辺りを一通り見終わった後、駐輪場に戻ろうと階段の近くまで来た時、ふと今まで来た、視界の悪いあまりにも単調な道のことを思い出した。

 もう一度海の近くまで駆け寄って、大きく息を吸った。

「あの道、めっちゃ嫌だーーーーーーーー!!!!!!」

 叫んだ茉莉は、東の方にさっきまで見なかった小さな人影を見かけた。「ヤバっ」と小さく声を上げたら、また恥ずかしくなって逃げるように階段を駆け上って、この島の駐輪場へと戻っていった。

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