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たびガール  作者: 諏訪いつき
7章 三浦半島編

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7章4話 終わってしまうもの

 マリンパークの入園料金を払って、入口になっている建物を抜けた。名前に「パーク」とついているだけあって、建物を抜けた先には広場のような空間が広がっていた。茉莉はとりあえず

 目立つ場所にあった案内板を確認した。左手に水族館の建物があって、その奥にはイルカのいる室内プール、右手にはカワウソが住んでいる場所があって、まっすぐ奥には展望台もあるようだ。すぐ近くのレストランの建物からはカレーの匂いがする。とてもあと2ケ月足らずで閉館するような賑わい方とは思えなかったが、考え直せば閉館前に一目見に行きたいという客も多いのだろう。先ほど確認したところ、数十分のちにイルカショーが始まるようだ。ここの水族館を一通り見終わったらちょうどいい時間だろう。もし水族館を周り切れずに時間が来たとしても、もう一度その建物に入りなおせばいい話だ。左のほうに足を向ける。

 水族館の入口近くには、閉館を惜しむ利用者のメッセージカードが掲示されていた。ここが本当に終わってしまう水族館だということが様々な場所から実感できる。何も知らないであろう魚たちは、今日も気ままに泳いでいた。仄暗い建物の中を、1つ1つの水槽の前で少し立ち止まりながら進んだ。夏休みということもあって、子供たちの話す声が良く聞こえるから、仄暗いとはいえ不気味さのようなものは全くなかった。

「アジが泳いでるの見るの、久々に見たかも」

「……どれがクエだろう、あ、水槽の底にいた」

「タコのウネウネ、ちょっと気持ち悪いな」

「クマノミだ!イソギンチャクの中から顔出してるの、かわいい」

 それぞれの水槽を程よく楽しんでいく。

 見えた階段を登っていくと、全周を水槽に囲まれた空間に出た。大回遊水槽というらしく、魚たちが茉莉が今いる場所の周りを大きく回って泳いでいく。中にはサメもいる。

 一頭、水槽の下で休んでいるサメもいた。鼻先がかなりとがっていて、その鼻先にトゲトゲとしたものがついている。

「これは……やっぱりノコギリザメだ」

 そのサメがいる場所から少し離れた場所に、同じ姿の写真とともにノコギリザメの紹介が掲示されていた。このトゲトゲしたものは歯で、このサメは本当にこれを使って魚に傷をつけて捕食するという説明があった。

「そんな気性荒くは見えないなぁ」

 説明されている当の本人は今でも水槽の下でのんびりしている。その上を魚が通って行っても知らん顔。

「きっとここから引っ越すだろうから、寂しいのかな」

 サメはエラ以外動かない。

「そんなわけないか」

 ノコギリザメをいつまでも見ているわけにもいけないので、この水槽を茉莉も一周周ってみることにした。種類までわからないような多くの魚がいるし、たまに泳いでいるサメもいた。子供たちが魚と一緒に走っていて、それに当たらないように歩いた。こうしてみると本当に閉館するとは思えない。

「この子供たちが大人になっても、ここを覚えているといいな」

 どうしてかわからないけれど、そんなことを思う。

 水槽を一周した後、階段を降りた。ほかにいくつか水槽を見た後は、すぐに出口が見えてしまった。館内が薄暗い分、太陽の光がまぶしい。直射日光を浴びた茉莉は思わず「まぶし」と声が出た。

 ちょうどショーの始まる10分前になっていた。今度はもっと奥の方にあるショー専用の建物へ。なんだか劇場のような入口だなと感じながら中に入ると、中も劇場のような席の配置になっていた。違うのは舞台が水槽という点だけ。

 座ってしまえば10分は短い時間だった。その間にも続々と客が入ってきて、ほぼ満席状態になっていた。ショーが始まる。

 ショーはなぜか子供向けの劇のようなものになっていた。桃太郎とアシカが共にいる。中盤からはイルカが仲間になって、キューキュー言っていた。最後は大団円で幕を閉じ、カーテンが閉じられた。カーテンに「53年間ありがとう」と投影されると、何物にも代えがたい哀愁のようなものを感じた。前提の情報があるからかも知れないが、この水族館からは物事がいつか終わるということを強く意識させられる。

 広場に戻って少し歩くと、ペンギンたちが暮らすプールがあった。日光を受ける場所にあるから、丘に立っているペンギンたちはみな暑そうだし、その分プールは気持ちよさそうだ。何枚か写真を撮る。どうか忘れないようにと願いを込めながら。

 マリンパークの西のほうまで行くと、相模湾を一望できる展望台があった。肉眼ではよくわからないが、先月シーキャンドルから見た場所に今立っている。

「『今度行ってみたら?』って言われて、こんなに早く来ることになるなんて」

 茉莉は少しうれしそうな顔をして、展望台をゆっくり歩いた。近くには百円玉を入れるタイプの望遠鏡があった。普段ならそんなに使う気はないけれど、どうしてもシーキャンドルを見たくなって、百円玉を入れた。覗き込めば遠くまで見える。これを使ったのも何年ぶりだろうと感慨にふける間があった。

 相模湾沿いを見ていけば、江ノ島はすぐに見つかった。シーキャンドルは今日も存在感を放っている。確かシーキャンドルにも、同じような望遠鏡があったはず。

「今誰かが向こうの望遠鏡を見ていたらいいな」

 そんなことを考えた。江ノ島のもっと向こうは、この望遠鏡でも少しぼやけて見える。

「ここにも案外早く来たし、再来月くらいには向こう側にいたりして」

 小田原、熱海。どんな場所だろうか。ぱたりと望遠鏡が使える時間が終わって、マリンパークに引き戻された。

 次は三浦自然館へ。こちらにはこの近くで見られるような植物や動物たちが展示されている。さっき出会ったのと同じ種類のように見えるカニが、ケージの中を散歩している。

 茉莉はショーが終わってから、頭の中の半分くらいで終わってしまう物事についてずっと考えていた。この水族館も後2か月くらいで終わってしまう。マリンパークを見て回る時間もそろそろ終わりが来る。レンタサイクルの返却時間も……あれは夜にならなければいいくらいの時間であったけど。この旅も、『心の穴』を埋めるいくつもの旅も、いつか、人生も。自然館から出るときでさえ、ここを見る時間を終えることが怖くて、少しの躊躇とともにまた広場に戻る羽目になった。

 残っているのはカワウソの水槽だけ。やっぱり暑いようでカワウソたちはプールから出ようとしない。運が良ければケージから手を伸ばしたカワウソと握手ができるみたいだけれども、それができそうな雰囲気は一切ない。それはそれとして、カワウソの愛くるしさが先ほどから頭の半分を暗い思考に占領されていた茉莉には多少の癒しとなっていた。隣でカワイイと声を上げる自分よりもいくつも年下に見える女の子に、心の中で、心の底から同意していた。

 カワウソのいる場所から離れたら、もう周る場所はなくなった。

「終わっちゃった」

 今日はここだけではなくほかの場所も周りたい。けれどやっぱり躊躇のようなものが生まれる。

「結局、いつかはここを出なきゃ」

 閉館時間が来るまでいてもいいけれど。閉まる前にもう一度来てもいいけれど。ここが終わるという事実に変わりはない。そうやって躊躇を振り払って、入口の建物に戻った。

 グッズショップではあまりピンとくるものがなかった。一定の大きさを超えるとこの先のサイクリングで邪魔になってしまうので、その点でもここで買えるものは少なくなる。ふわふわで大きなイルカのぬいぐるみがここでも売っていたけど、この子にサイクリングの風を浴びせるのは流石に酷だと思いとどまった。

 中には観光地でよくあるメダル販売機があった。いくつかの柄が選べて、名前と今日の日付を刻印できる。

「これ、ちょうどいいかも」

 サイズもコンパクトで、ここが閉館したら二度と手に入れることのできないものだ。普段はあまり見向きもしないカテゴリだったが、今の心境もあって、これが一番いいものに見えた。お金を入れて、名前を入力したら「油壷マリンパーク」の名前と、その下でイルカがジャンプしている柄のメダルが出てきた。上部にはちゃんと茉莉の名前がアルファベットで刻印されていて、下には今日の日付。これを部屋のどこかに飾っておけば、少なくとも自分は今日のことを忘れない。そうやって茉莉は自分を安心させた。

 お土産も買ったらとうとうここから離れることになった。閉館間近ということを今日知ったから、ここに来るまでに思っていたよりも変わった体験をした。茉莉は終わっていく物事への気持ちが重くのしかかったまま、マリンパークの建物を出た。入口の写真を忘れないように撮ってから、自転車を止めてあった場所に戻った。鍵を開けて電動アシストの電源を入れた。充電も問題なし。この調子なら、駅に戻るまで電動アシストが切れることがなさそうだ。ペダルに足をかけた。振り返ってマリンパークを見納めしてから踏み込んだら、そこからは振り返ることなく青い矢印の待つ道路へと向かって行った。

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