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たびガール  作者: 諏訪いつき
7章 三浦半島編

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プロローグ 準備はしっかり

 いつの間にか鳴き始めていた蝉は日に日にその数を増やしていき、連日日が暮れるまでけたたましい蝉時雨が聞こえる。上がり続けていた気温もついに三十五℃を超える日が増えて、夏真っ盛りという様相。陽光は半年前には考えられないほど強く輝いて、あたりの風景を鮮やかに染めている。そんな陽の元で生活が営まれているから、日焼け止めの消化速度がすさまじい。

 期末テストがひと段落した井町(いまち)茉莉(まり)とその親友風見(かざみ)涼乃(すずの)は、2人とも偶然その日することが無く、クーラーの効いた茉莉の部屋を避暑地としていた。数か月前までは炬燵だったテーブルの上には、涼乃の淹れる冷え切った緑茶と、冷凍庫にいつの間にか大量に用意されていたバニラアイス。緑色に半透明な緑茶の入ったグラスは結露して、その露がゆっくりとコースターに着地しようとしている。

「あついね~」

 暑さで気の抜けた言葉しか出なくなっている。この冷房で少しはましになっているけれど。

「あついよね~」

 それは涼乃も同じことだった。

「期末テスト、思ってたよりも古典の点数悪くてがっかりだな~」

「また言ってる。今回は平均超えてたんでしょ?」

「そうなんだけどさ~」

「『勉強してた割に点数が出てなくて萎えた』んだっけ」

「それもそうなんだけど、先生に良いところ見せたかったというか」

 茉莉の古典の先生は去年度から変わっていない、いつも上機嫌で分かりやすく生徒にも人気な年配の女性だ。去年の二学期末、『心の穴』に集中力を奪われた茉莉が悲惨な点数を取ったとき、その上機嫌な表情を驚きで剝がしてしまったことを、茉莉はいまだに気にしていた。

「先生は今回も別に何ともなかったんでしょ?それならいいじゃん」

「うーん、どうせならもっと喜んでほしいなって」

「なら、次の中間も頑張らなきゃね」

 何もない休日が続いていく。駄弁っているだけも悪くない。今年の夏まつりもみんなで行きたいね、そんな話もした。お茶の入ったグラスを仰げば、氷がコロコロと音を立てる。

「あれ、明日が三浦半島だっけ?」

「そう!楽しめるといいなあ」

「きっと楽しいよ、暑さには気を付けてね」

 今日の気温は高い場所で38℃を超えるらしいというニュースを朝見た。明日はもう少し涼しくなるという予報ではあるが、それでも熱中症は怖い。

「一応いろいろ準備したけど、気を付ける。また体調崩すのもいやだし」

「準備はどんな感じ?ずいぶんたくさん荷物が入ってるみたいだけど」

「えーっと、首元冷やす保冷剤とハンディファンと帽子と日傘と予備の日傘と経口補水液とスポーツドリンクと塩分補給のタブレットと塩飴と首にかける扇風機と」

「待って待って待って」

「どうしたの?」

「『気を付けて』とは言ったけど、ちょっと気を付けすぎかも、えーっと、どこから突っ込もう……予備の日傘ってなに?」

 暑さには気を付けてほしいし、茉莉が準備をしっかりして外出に臨むのは殊勝な心掛けだと思うばかりに言葉を選んで過剰な準備を諭そうとした涼乃だったが、予備の日傘だけは全く意味が分からなくて、率直な言葉が出た。

「玄関にあるのが、本命の日傘」

「本命」

「で、それを間違えて折っちゃったりしたらいけないから、バッグに予備の折り畳み傘」

「折れないと思うけどなぁ……」

「それはそうだけど、なにかあったらって思うと」

「気持ちはわかるけど、むしろ折り畳みだけでいいんじゃない?サイクリングするなら、しまえない傘は邪魔になっちゃいそう」

「言われれば確かに」

「ほかにも役割がかぶっちゃってるのがいくつかあるし、一緒にどれが必要か選びなおしましょ。準備が大切なのはわかるけど、最初から荷物がたくさんあったらお土産も買って帰れないし」

 溶けないうちにアイスを食べきって、そのあと二人で茉莉の荷物を改めた。相当用心深く準備していたのか、ほかにも役割のかぶっているものがいくつか見られて、そのたびに涼乃は頭を抱えていた。30分もすれば、大抵のものの分別はついて、用意されていた荷物はだいぶ軽くなった。

「涼乃いつもありがとう、あたしこのまま行ってたら、荷物が多すぎて逆に失敗してたかも」

 改めて自分の準備のいびつさを見た茉莉は、我に返った気分になっていた。

「そうだね、日傘両手に立ち尽くしてたかも」

「それはもうしないから……」

 自分の顔が赤くなっていくのを感じる。

「それじゃ、私はそろそろ帰るわ、明日は楽しんできてね。今日はゆっくり寝ること」

「うん!ありがとう!」

 涼乃を玄関まで見送った後、いつも通りの日常を過ごして、いつもよりも早めにベッドに入った。明日はどんな景色に会えるだろうか、起きてから乗る路線はなんだっけ、この旅が終わったら……そのあたりのことを考えている頃に、体は無意識に吞まれていった。

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