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たびガール  作者: 諏訪いつき
一部一章 湘南編
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五話 木々のさえずりを聞いて

 長谷駅まで戻ってきた茉莉は、ここから少し気になっていた御霊神社へと足を伸ばす予定はそのままに、駅間の距離が短いので極楽寺までそのまま歩いてしまうことにした。

 この地域は海が近いので、いつでも少し歩けば開けた海を見ることができる。どこまでも建物に視界を遮られる埼玉の街中とは全く違う景色なので、ただ街中を歩いているだけで新鮮味があり、楽しさを感じていた。

 御霊神社に近づくと、パンの焼かれるいい匂いが辺りを埋め尽くしていた。匂いにつられてお腹が空いたのを感じて、こんなに散策してるのに軽い朝ご飯しか食べていないのを思い出して、参拝が終わったらパンを買おうと決めた。

 長谷駅から歩くこと約五分。御霊神社の鳥居前に到着した。江ノ電の窓から見えた通りの景色が目に映った。

 「本当に、鳥居の目の前に踏み切りと線路が……」

 この御霊神社に立ち寄ろうときっかけであった。窓からすぐ近くに鳥居が見えていたので、少し気になったから立ち寄ることにしたのだが、近くでまじまじと見るとその珍しさが際立つ。そうやって見ていたら、タイムリーに踏切が降りて、鳥居の目の前を電車が通り過ぎて行った。軽く「おぉ~」という声が出て、感嘆して声が勝手に出てしまう事が多い今日が恥ずかしくなって、茉莉は慌てて口をふさいだ。

 踏切が上がってから境内に入った。八幡宮の時と同じように手を洗って、神社にお祈りをした。また「心の穴」の事を。

 そうして目を瞑っている間、「心の穴」はずっとチクチクと痛み、それをほんの少しだけ癒すような木々の揺れる音を聞いた。

 長谷駅と極楽寺駅の中間に位置する御霊神社は、鎌倉時代の武士を祀っている神社である。「御霊信仰」というものがあり、簡単に言えば人を祀っている神社で、同じ御霊振興の神社に、かの有名な菅原道真を祀った北野天満宮がある。この神社も梅雨の時期には江ノ電沿線に生えた紫陽花が綺麗に咲いて、どうしてもどんよりしがちな梅雨の景色を彩ってくれる。

 鎌倉西側の丘のすぐ近くに位置している神社というだけあって、茉莉は祈っているときに感じていた落ち着いた雰囲気を境内にいる間ずっと感じていた。また心が疲れたら来ようかな、そんなことを考えていた。

 御霊神社から離れて、先ほどいい匂いがしたパン屋から、小さな食パンと、クロワッサンを買った。本当はその場で食べてしまおうと思っていたけど、海岸で海を見ながら食べたらもっとおいしくなりそう、そんな考えが頭をよぎって、パンをバッグの中にしまった。

 長谷から極楽寺までの道のりには、途中切通しというものが存在する。これは山に囲まれた鎌倉幕府が用意した数少ない鎌倉への入り口の名残であり、急な上がり下がりの道ではないが、峠なので多少の上り坂があった。ここまでの道でさんざん階段に鍛えられた茉莉にとっては特に難のない道であった。木々に挟まれた、これはこれで綺麗な道であった。

 極楽寺の近くに到着した。山の影響で線路と道路が立体交差で複雑に入り組んではいるものの、お目当ての極楽寺はすぐに見つかった。この辺りは観光都市から少し離れた、何でもない閑静な住宅地になっていた。

 極楽寺は、現在は多くの寺と同じか、もしくは少し小さな境内を構えているが、昔は多くの子院を含んだ巨大なものであったらしい。幾度も火災に見舞われた境内は次第に小さくなってしまったらしく、現在のサイズに落ち着いている。現在の建物は関東大震災のとき倒壊したものを再建したものとなっている。仏教的なものを除けば、境内に咲く四季折々の花が見どころとなる。境内は撮影禁止なので、くれぐれも迷惑はかけないようにしたい。

 門の小さな入り口から入った茉莉は、仏像をしばし拝観した後、境内を散策した。こちらも植物に囲まれた落ち着いた場所。意図したものではないのに、今までの行程で訪れた場所はいずれもどこか心が落ち着いた場所が多く、直近は大変な出来事が多かった自分にとって割とちょうどいいお出かけのチョイスをしたなと、自分をほめることにした。

 極楽寺の散策を終えたら、極楽寺駅からまた電車に乗って江の島に近づくことにした。極楽寺から極楽寺駅まで、線路の反対岸になぜか橋を使って渡らなければならなかったことが、この辺りの地形の複雑さを物語っていた。

 とうとう顔見知りの間柄のようになったレトロな車両に乗り込むと、間もなくそれは動き出した。いよいよ楽しみにしていた海と江の島は近い。

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